第七十六話 侵入者が狙う者


ローランディア城の謁見の間の扉の直ぐ前では、ぶすっくれた表情のグロウが腕を組んで立っていた。
骨折していたはずの腕は自分で魔力の続く限り回復魔法をかけ続けて無理やり繋げ、無理をしなければ痛みは殆ど無いほどにまで回復していた。
実は相当無茶な方法であり、なおかつグロウが勝手に実行した為にサンドラにこっぴどくしかられたが、膨れている理由はそこではなかった。
グロウが怒っているのは嫌だと言ったのに、現在謁見中のカーマインやルイセに無理やり城につれてこられたことなのだ。

「グロウ様、そろそろ機嫌を直してくださいよ。これでまた任務が始まったら、しばらくレティシア姫ともお別れなんですから」

「そうですよ、グロウさん。任務が始まる前に会っておきたいってレティシア姫の気持ちをさっしてあげましょうよ。だから、もう少しまともな顔できませんか?」

ユニとミーシャが必死にフォローする通り、無理につれてこられたのはレティシアが原因であった。
会えなくなる前に少しでも長くと言う気持ちもあるのだろうが、最たる理由はグロウが記憶を取り戻した為にそっけなくなってしまったからだろう。
少しでも早く以前と同じ関係に持ち込もうと、必死なのだ。

「うるせえな。知らない間に好かれてて、知らない間に親密になってて、俺にどうしろってんだよ。急に懐に飛び込んでこられても、こっちは驚くしかねえじゃねえか」

「それでも、グロウ様とレティシア姫が親しかったのは本当の事ですし……」

「人事みたいに言ってんじゃねえ。お前もだ、ユニ」

「私もですか?!」

どうやら自分は例外のように考えていたようで、大げさに自分を指差して驚いていた。

「俺の記憶より、距離感が近すぎるんだよ。お前が俺を好きな事は解ったから、慣れるまで少しだけそっとしておいてくれ」

「でもでも、肩に座るぐらいは良いですよね?」

食い下がるように提案してきた事に、全然わかってないとグロウは溜息をついていた。
グロウの記憶の中では、ユニに対してお前は俺が好きだなんて指摘すれば真っ赤になって何も言えなくなるか、パニックになるはずである。
だがグロウの目の前で瞳を輝かせているユニは、やはり別人としか思えなかった。
とりあえずでこピンで軽く叩いてやる事で却下の意を伝えると、ヒールを鳴らす急くような足音が近づいてきた。
ある意味そんな不遜な態度が王宮で行える者など限られており、グロウがそちらを見れば思ったとおりの人がいた。

「グロウさん、来てくださったのですね」

「馬鹿二人に無理やり連れてこられたんだよ。逐一回りくどい事をするな」

「私も出来る事なら自分でグロウさんの家まで出向きたいのですが、そう何度も城を抜け出すのは無理なのです。だから、強制的に来てもらったしだいです」

だからそっとしておいてくれと、グロウが頭を抑える一方でミーシャがモテモテですねと追い討ちをかけてくる。
モテる事になった理由も過程も知らなければ、奇妙でしかなくほとほと弱り果てていた。
さらにレティシアが気軽にグロウに話しかけることで、王宮のそこかしこからお前は誰だと言う視線が飛んでくるためグロウはもう一目散にでも帰りたくなってきていた。

「あの、グロウさんが相当参ってますよ。せめて人の目のない、サンドラさんの研究室にでも行きませんか?」

「そうですわね。その方が、色々とグロウさんに甘えられますし。できればしばしの別れのキスなども」

「あ、私が禁止されてるのに。ずるいです。レティシア姫だって甘えるのもキスも禁止です!」

誰か俺に優しくしてくれと半ば諦めながらグロウが先を歩くレティシアたちの後を追おうと足を踏み出した時、それは聞こえた。
サンドラの研究室がある方とは謁見の間をはさんで逆側にある廊下から飛び出してきた兵士二人が、叫びながら辺りを見渡している。
「いたか?!」「そっちはどうだ?」っと言った人を探すような火急の様を見せられては立ち止まり眺めるしかない。
気がつけばミーシャやユニもそちらへと気を取られており、一体何がと眺める中でレティシアが小走りで歩み寄っていった。

「一体何事ですか。騒がしいにも程がありますよ」

「これは、レティシア姫。実は侵入者を見たという報告がありまして、しかも奴らは客人であるエリオット殿を追いかけている節が」

「我々も追ったのですが、見失ってしまいまして」

「まさか、あの子!」

それを聞くなり、レティシアは踵を返して直ぐにグロウの手を取って走り出した。
何か知っているのか迷いのない行動に、ミーシャとユニも慌てて続いた。

「レティシア様、心当たりでもあるのですか?!」

「あの子は人を巻き込む事を極度に嫌います。もしも城の中で襲われたのなら、人気のない抜け道から城の外へ抜け出そうとするはずです。でもそれは逆に人目の付かない場所なんです!」

レティシアが城を抜け出す時は、エリオットから聞いた場所から抜け出している為に、すぐにその場所が思いついたのだろう。
長いドレスの裾を走りにくそうに蹴飛ばすレティシアをに連れられていったのは、城の正門ではなく裏方にある入り口からいける裏庭であった。
表に比べて人の目に触れない分手入れを怠っているのか、枝を伸ばし放題の雑木林が幾つも植えられていた。
城そのものと鬱蒼とした雑木林のせいで日の光はほとんどなく、昼間なのに夕暮れを過ぎた辺りの様な暗さがあった。
裏口を出て正面は雑木林と城壁であり、続く道は右か左か。
どうやら両方に抜け道があるらしくレティシアが迷いを見せたときに、エリオットの声が聞こえた。

「どうして僕を狙うんですか!」

「仕事だからな。諦めろ、その程度の腕では時間稼ぎにもならないぞ」

エリオットの声に続いて男の声が聞こえた後に、刃同士がぶつかる甲高い音が響く。
真っ直ぐ左に折れて走り出したグロウは、エリオットの姿が見える前に叫んでいた。

「ミーシャ、プロテクトとアタックの準備。エリオットが見えて直ぐにかけてやれ!」

城の壁伝いに走り、端の角を折れたところでエリオットと男達、シャドウナイツがいた。
一人は先ほど諦めろと諭していたリーダーらしき人物で、もう二人はエリオットを挟み込んで今にも斬りかかりそうな雰囲気であった。
だがこちらの登場が予想外であったのか、背後から現れたグロウたちに驚き三人が同時に振り返った時、隙を逃さずエリオットが動いていた。
自分を取り囲むシャドウナイトにレイピアで斬りかかったところに、ミーシャのアタックがかけられる。
本人が思い描いていたよりも鋭くなったレイピアの刃がシャドウナイトの肩を切り裂き、挟まれた状態から抜け出そうと走る。

「このガキッ!」

もう一人のシャドウナイトが走るエリオットを真横から斬りかかろうとするが、その顔の表面を舐めるようにマジックアローが霞めていった。
思い切り踏み込んだ状態で無理にかわした事で足は止められたが、もう一人シャドウナイトはいる。
最後の一人は他の二人とは別格らしく背負っていた大剣を抜き去ったが、向かってくるエリオットを見据えるだけで斬りかかりはしなかった。
それは背後にいるグロウがすでに光の魔剣を手に身構えていた事もあるが、エリオットが脇を駆け抜けるのを黙って見過ごしていた。

「エリオット、下がってろ。どういうつもりだ?」

「お前がいたからな、下手に動けなかった事もある。だがそれ以上に一つ、聞きたいことがある」

仲間が一人斬りつけられたくせに、まるで旧知の間柄のような問いかけにグロウだけでなくミーシャやエリオットも違和感を感じずには居られなかった。
その戸惑いに気づいていないのか、どうでもよいと思っているのかシャドウナイトは続けた。

「お前は一生カーマインの日陰で満足なのか? 表に、華やかな光の舞台に出たいとは思わないのか? お前にだって出来るはずだ。何故お前は、そうしない?」

「何言ってんだ、お前?」

「最初の手柄は、両国の開戦直前。バーンシュタイン軍の出鼻を挫き、インペリアル・ナイトと同士討ちを果たす。二つ目は捕らわれだった自国の姫と連絡を取り、救出作戦の地盤を作った。他にもまだ手柄はあるが、それは全て誰の物だ? お前は悔しくないのか?!」

「ごちゃごちゃうるせえよ。人が皆、自分と同じ価値観で生きてると思うな。図体でかいくせに、ガキかてめえは」

たいして面白くもなさそうに会話を終わらせると、グロウは光の魔剣をかかげて続きを催促した。
エリオットを助けた以上、これ以上戦いを続けなくともよかったが、シャドウナイツなど生かしておいて良い事など何もない。
出来ればここで断ち切っておきたいと思っていたが、そう上手くはいかなかったようだ。

「到底それがお前の本心とは思えないが、表舞台に出たくなったら俺に言いな。おい、作戦は失敗だ。退くぞ」

「しかし」

「無駄死にしたけりゃ止めねえよ。じゃあな、グロウ」

肩の力を抜いたように仮面の中で笑ってから、目の前の男は退きだした。
当然グロウは追いすがろうとしたが、名前を呼ばれた事と、男の行動に足を止められてしまう事になった。
男がふいに仮面に手を触れさせると、グロウにだけ中が見えるように仮面をずらすと、見えたのはゼノスであった。
どうしてと立ち止まったグロウの足は追いかけることを拒否してしまう。

「アイツが、シャドウナイト?」

呆然と相手の撤退を見送る中で、平手を振るった音が突如、裏庭に響いていた。

「レティシア様?!」

グロウが振り返った時には、すでに頬を押さえたエリオットと手を振るったらしきレティシアの姿しか見えなかった。
だがユニが驚いたように呟いた事から、レティシアがエリオットの顔を叩いたのは間違いないのだろう。

「貴方が人を巻き込みたくないと考える志は立派だとは思います。ですが、貴方一人で何が出来るというのですか? 貴方が一人で力尽きたら、貴方を守るべき任務を持った兵士は、貴方に接してきた城の人々の気持ちはどうなります?」

「ごめんなさい…………」

「ええ、存分に反省なさい。でもよかった無事で、怪我はありませんね?」

軽く抱きしめてからそう問いかけるレティシアは、まるでエリオットの姉のようであった。
実際エリオットから抜け道を聞いていたり、一度は虫除けと茶化しながらもグロウとのデートの前に連れて行ったことから仲は良かったのだろう。
ようやく襲われた恐怖から開放されて安心したのか、少しばかり鼻をすするエリオットの頭をレティシアはしばらく優しく撫で付けていた。





王への謁見などごめんこうむると逃げ出したグロウの変わりに、レティシアの口からエリオットが襲われた事がアルカディウス王に知らされた。
礼によってグロウから自分の事は伏せてといわれていた為、グロウの名を出す事はしなかった。
その辺りをアルカディウス王に深く突っ込まれなかったのは、愛娘であるレティシアがそんな場所に居合わせた事に大いに驚いているからであろう。
バーンシュタインの裏工作員であるシャドウナイツが侵入した事や、エリオットが襲われた事以上に驚いている節があった。
反対に全て話してからアルカディウス王の驚きに気づき、どうか外出禁止令が出ませんようにとレティシアが祈る中で、考え込むようなウォレスの声が謁見の間に響いた。

「城に入り込んでまで、エリオットを殺しにかかった。そこまでしてくるとは、よほどの事だと思われます」

「そ、そうだな。となると、彼がバーンシュタイン王国の本物のリシャール王であるという話が現実味を帯びてくるな」

少しばかりどもってしまったアルカディウス王は、咳払いをしてから続けた。

「もしも今現在王位についているのか偽者で、ここにいるエリオットが本物であれば。この戦争の発端も怪しくなってくる。これは早急に調べる必要があるな」

「そんな、僕が……」

「その可能性は限りなく高いと思われます。本物だからこそ、彼を亡き者にしようと刺客を差し向けてくる」

自分ではそう言いつつもアルカディウス王自身が半信半疑であったのか、サンドラの同意の言葉を聞いて唸り始めてしまった。
例えリシャール王が偽者であろうと戦争は始まってしまっているし、今のリシャール王が偽者といってもバーンシュタインの誰一人信じる者などいないだろう。
たんなる敵国の卑劣な流言ととられ、最悪相手の士気を高めるだけの結果となりかねない。

「せめて彼が本物であるという証拠があれば、我々にも動きようがあるのだが……」

「国王陛下。1つ提案があります。彼らをランザック王国へ向かわせたいのですが」

「ランザックへ?」

「バーンシュタインの宮廷魔術師だったヴェンツェルを、ランザック城で見かけたとの噂があります。もし本当なら彼と引き合わせてみたいのです」

一瞬誰もがその名に対して誰だと首を傾げたが、すぐに思い至った。

「そうか。エリオット君の両親は、彼をその魔術師から預かったって」

「そうです。ヴェンツェルに会えば、真偽がわかるでしょう。しかし、用もないのにランザック王城へ行かせるわけにも参りません」

そこでサンドラが見上げたのは、玉座に座るアルカディウス王であった。
アルカディウス王もその意図を察して頷いた。

「ではこの書簡を届けに行く任務を授ける。ゲヴェルの調査がある程度進んだので、その注意を促すための書簡をしたためておいたものだ。これをランザックの王に届けよ。その代わり、なんとしても魔術師ヴェンツェルに会い、ことの真相を確かめるのだ」

「了解しました。エリオットの為にも、無意味な戦であるかもしれないバーンシュタインと我が国の為にも」

「うむ、こととしだいによっては新たな戦争の火種になるやもしれぬが、意味のある戦争にはなることだろう。頼んだぞ」

アルカディウス王の言葉にカーマインたちが頷き、謁見の間を出て行こうとするところで何かを決意したようにエリオットが一歩を踏み出した。

「あの……僕もついて行って良いですか? いい加減僕も、自分の事を知りたいんです!」

「当たり前でしょ!」

「あれ?」

少しばかり空回りしたようだが、苦笑しながらカーマインが付け足した。

「僕らがベンツェルさんに会った時に、エリオット君がいないと事が事だけに警戒して話してくれないかもしれないだろ。一緒に行こう」

「はい、ありがとうございます」

「あ、私も城門まで見送りますわ」

エリオットに続いてレティシアもそそくさと謁見の間を出て行った。
あれは城門の外で待っているであろうグロウが目当てで出て行ったなと、含み笑いをしながらサンドラはチラリと横目でアルカディウス王をみやった。
サンドラ自身、レティシアがグロウの存在を隠した報告をしたのは明白で、いつになったらちゃんとアルカディウス王にグロウをあわせられるのか一人溜息をついていた。
どこかそんな日は一生こないのではないのかと疑いながら。

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