第七十一話 捜査か救援か


入り口の門番を引き連れてきた所によると、多目的ホールの中で死亡していたのは副学院長の手の人らしい。
多目的ホールの異変を告げて直ぐに派遣された人であり、その時の受付を見張りが行ったが、直ぐ後に見張りの交代を仲間に告げられ退室していない事に気づかなかったようだ。
それともう一つ解った事があり、多目的ホールには正面以外に隠し通路とも呼べる外へと繋がる通路が発見できた。
恐らくはグローシアンの移動はその隠し通路から夜間にでも行われたと考えられる。

「思ったよりも大事になってきたな。悪いが学院長と副学院長を集めてくれないか。もちろん学院に居ない副学院長には早馬を跳ばしてくれ」

「了解しました。すぐにでも」

苦々しい口調で言ったウォレスの言葉に反応して、見張りの兵士が外へと飛んでいった。
副学院長がいるメディス村からここまでそれ程遠くはないので、半日もあれば連絡を受けた副学院長が来る事ができるだろう。

「それにしても、何か……変だ。グローシアン殺害はゲヴェルが行っていると思ったのに、それなら何故連れ出す必要が? 今回の件はまた別なのか。どちらにせよ状況から、学院長か副学院長のどちらかが関わっている事に間違いはないですね」

「お兄様、叔父様はそんなことしません。グローシアンの保護だって、積極的に受け入れてくれたじゃないですか」

「どうだか。国公認でグローシアンを集めてくれるのなら、断る理由もないだろう」

辛らつなニックの台詞に、言い返せないまでもミーシャはキッと睨みつけていた。
子供相手とわかっているからなのか、ニックはその視線を受け流しながらも、内心はかなりイラついている様であった。
身元引受人である恩人に疑いをかけられ、恋人をさらわれと気持ちが荒れるのは仕方が無いが、仲間内でそれをしていてはどうしようもない。
むしろ足並みがそろわなくては、協力し合って調査をするのも難しい。

「ちょっと、グロウ良い?」

「ん、ああ……」

だからいっその事ミーシャとニックの片方か、両方を捜査から外そうかと思ったカーマインが、軽くグロウを手招いた。
グロウは何故か副学院長の知り合いの遺体を見つめながら考え事をしていたが、すぐに反応してくれた。
それからカーマインが自分の考えを話す直前に、ユニがあっと声をあげた。

「どうしたの、ティピ?」

「ちょっと待って!」

尋ねたルイセに待ったをかけると、ふんふんと一人で頷き始めたティピ。
その間にこそっとユニがサンドラからテレパシーが飛んできていることを教えてくれた。

「うん、みんなここにいるけど。どうしたの、マスター? えぇっ!?バーンシュタイン軍がランザック王国に? わかった、ちゃんと伝えるから!」

ただ事ではないティピの表情とその言葉に、視線を向けられた皆の体が強張っていた。

「バーンシュタイン軍が進行を開始したのか?」

「うん!それで、ランザック王国から応援要請が出てるんだって。もしアタシたちも行けたら、行くようにって、言われちゃったんだけど……」

「どうしよう、お兄ちゃん?いなくなったアイリーンさんたちを探すのと、ランザック王国の応援と、どっちにするの?」

どちらも緊急を要する問題であり、どちらを優先させても危ない橋であることには変わりはない。
となると二手に分かれるのが普通だが、ランザックの応援はまだしも、アイリーンの捜索の方が問題であった。
ニックはもとよりアイリーンの事しか頭に無いだろうし、恩人を疑われて精神的に不安定なミーシャを戦場につれていくわけにもいかないし、残ると言い出すだろう。
明らかにアイリーン捜索のリーダーに多大な負担がかかる。
記憶を失う前のグロウならまだしも、今のグロウにそれが可能なのか、不安げなカーマインの視線がグロウを襲う。

「なんて目してやがる。お前は自分の心配だけしてろ。二手に分かれるんだろ。そっちはお前とウォレスとルイセ。こっちは俺とミーシャとニック」

「それでいいの?」

自分の考えを見抜かれた事も驚いたが、あっさりルイセを手放した事にカーマインは驚いて聞きなおしていた。

「良いも悪いもないだろ。お前がそれでベストと判断したのなら、俺はその中でなんとかするしかねえだろ」

カーマインは少しグロウの事を誤解していた事を、理解していなかった事を恥じた。
グロウは最初からリーダーとしての負担も、ルイセの事も考えていなかった。
ただ知り合いであるアイリーンを救うのにそれがベストならそうするだけで、誰かを助けるためなら力を尽くすのみ。
そこだけは何も変わっていない。

「できるだけ早く戻る。ウォレスさん、ルイセ。僕ら三人がランザックへ救援に向かいます」

「それ以上の妙案がない以上、異論はない」

「じゃあ、直ぐにでも飛ぶよ?」

ルイセがカーマインに確認して直ぐに、三人はテレポートの光に飲み込まれるようにしてその姿を消した。
残されたのはグロウたちの中で一時の静寂が訪れるが、それを崩すようにグロウがまず座り込み、ニックとミーシャにもその場に座り込むように促した。
ニックは一人早く捜査を行いたい気持ちがはやるのか躊躇したようだが、まだ慣れぬ学院と言う場であることを踏まえてしぶしぶ座り込んだ。

「まず二人に言っておく。間違いなく学院長か、副学院長のどちらかがこの事件に関わっている事は間違いない」

「グロウさん、だから叔父様は」

またもや同じ台詞をミーシャが繰り返した所、グロウはミーシャの瞳を真っ直ぐ見据え言った。

「ミーシャ、恩人が疑われるのが嫌なのはわかる。だがお前はお袋に言ったな、宮廷魔術師の見習いになると。それなら私情を挟むな。酷く広義だが、国民を守るのも宮廷魔術師の仕事だろ?」

「でも、だったらルイセちゃんかユニちゃん、レティシア姫だって良いです。何かの事件で疑われたらどうしますか?」

「もちろん、連れて逃げる。安全な場所に連れて行って、それから真犯人を殺す」

「そんなのずるいじゃないですか!」

確かにグロウの意見は自分だけが何をしても良いという身勝手に聞こえるかもしれない。
だがその身勝手の大前提にミーシャと同じような一つの選択肢があった。

「ああ、ずるいな。それでもそんなズルがまかり通るのは、俺が何の位も持たない一般人だからだ。自分が信じた事だけを実行すればいい。だけどお前は違うだろ?」

グロウは自分で選択して、騎士と言うくらいを受ける事を拒んだ。
もちろん先ほど言った様な状況を考えて拒んだわけではないが、全く考慮しなかったわけじゃない。
何かを手にしていてはできない事がある、逆に何も持たないからこそできる事というものが有る。
漠然とそう言うことを理解していたからこそ、騎士というくらいを持つ事を拒んだのだ。

「でも私、ただ嬉しくて。落ちこぼれだと思ってた自分が認められたのが嬉しくて、そこまで全然考えてなかったです」

重要な選択を浮ついた気持ちで選んでしまった事を後悔するように、涙ぐんだミーシャの頭に腕を回すようにして、二、三度グロウは軽く頭を撫でた。

「んなことは百も承知だ。だが選んだ以上、今回だけは我慢しろ。恩人をただ信じて、潔白を証明するために調査するんだ」

「その通りですね。ミーシャ様、疑うんじゃなくて、信じましょうよ。一番良いのは学院長も副学院長も潔白だと言う事です」

「ユニちゃん……わかりました。無闇に意見を否定するのは止めにします。今はただ叔父様の事を信じます。ニックさん、突っかかるような事ばかり言ってすみません」

滲んだ涙を振り払い、瞳にグッと力を入れたミーシャに頭を下げられ、ニックの方がやや驚いたように戸惑っていた。

「いや、俺も悪かった。それに突っかかっていたのは俺の方だ。本当に、すまない。俺だってアイリーンが疑われたら、君と同じ事を言っただろうし」

さすがに謝ってすぐに握手するほどではなかったが、ミーシャもニックも協力し合って調査を行える事だろう。
とりあえずカーマインが危惧した仲間内での不協和音は、なんとか回避できた。
だが本当の問題はこれからだ。
一体何処から手をつけるべきか、実は一番の問題はそこであるように、グロウはこういった頭を働かせる調査の類が苦手であった。
逆に先ほどのように人と人の間のわだかまりを取っ払うのは、得意、思った事を真っ直ぐ言えばそれなりに解決できるのだが。

「ユニ、とりあえず何処から手をつけるべきだと思う?」

「そうですね。できれば直ぐにでもアイリーン様の元へと救出に向かうのが良いのでしょうけれど、なにも手がかりがない今はそれは無理です」

解っていた事を確認する意味でユニが言ったのだが、やはりニックは少しだけ落胆していた。

「となるとやはり遠回りなようで、学院長と副学院長の元へ行き、計画の綻びを見つけるべきだと思います」

「綻びって、あの遺体か?」

「その通りです。多少の異変はあれ、せっかく誰にも気づかれずにグローシアンの人々を運び出したのに、あの遺体が放置されていたのは妙です。おそらく私達がこの場に乗り込んだ事がイレギュラーなのでしょう。そうでなければ遺体の放置はお粗末すぎます」

確かにユニの言うとおり、グローシアンを誰にも知られないように連れ出しておいて、副学院長の手の者の遺体を放置しておくのはおかしい。
それにと、グロウは先ほど気づいた遺体が握っていた何かを、座りながら覗き込むようにした。
開かれた手の中には赤く光る物どころか、何も握られておらず空っぽであった。

「なあ、さっき誰か遺体にさわった奴って見たか? 遺体が何かを握っていたように思ったんだが」

「いや僕は見ていないな。と言うより、アイリーンの事で頭が一杯でそんな余裕はなかった」

「私もびっくりしてばかりで、何も見てないです」

自分の見間違いだったのか、あの時ウォレスに止められてもちゃんと確かめるべきだったと悔やんでいるグロウの服をユニが掴んで引っ張った。

「グロウ様、遺体が何かを握っていたのですか?」

「いや、はっきり見たわけじゃないが赤い何かが見えた気がした。血のせいだったのかもしれない。今は現になにも握っていないわけだし」

「そうですか、グロウ様少しあちらでよろしいですか?」

そう言ってユニが指差したのはホールにあるステージ脇にの廊下であった。
つまり二人だけで話したい事があると言う意味であり、ユニがそう言うのならよっぽどの事だろうとグロウは立ち上がった。
そしてニックとミーシャに少しだけ悪いと断りを入れてから、ユニを連れて二人に声が届かないステージ脇の廊下へと入り込んでいった。
壁に背を預けるようにしてグロウはさっそくユニの言葉を待ったが、言い出したユニが何故か口ごもっていた。
自分から話があると連れ出しておいて何を躊躇っているのか、グロウは自分の正面にいるユニを安心させるようにその顔を指先で撫でるように触れた。

「言いにくいことなのか?」

「言いにくいのは確かなのですが、あの…………凄く嫌な事を言いますけれど、私の事を嫌わないでくださいね?」

「俺がお前を嫌うはずないだろ。言っただろ、俺はお前も好きだって」

グロウの言葉に救われほっとしたユニは思い切ってきりだした。

「実はミーシャ様の事で気になることがいくつかあるんです。ホールに私達が入るのがイレギュラーだったとして、誰よりも強くそれを止めようとしたのがミーシャ様でした」

「そう言われてみれば、自分で何をしてるのかがわかってないみたいだったが」

「恩人に対してムキになるのも解りますが、杖を突きつけようとするのは異常です。それにグロウ様は忘れていらっしゃるでしょうが、ミーシャ様がこのような不可解な行動をするのは実は初めてじゃないんです」

ユニが言うには、ブレーム火山という場所に行ったときにも突然ミーシャが不可解な言動を始めた事があるらしい。
その時ティピとユニには原因不明の頭痛が起こったそうだが、先ほどミーシャが杖を突きつけたときもかすかに頭に何かが走ったそうだ。
他にもミーシャの故郷らしいメディス村は、薬草が取れる事以外には特に興味を引くもののないとても小さな村である。
そのような村から魔法学院の副学院長という偉い人が輩出されて、同郷の人として知らなかったと言う事がありえるのか。
魔導研修の終了証明書を出し終えてきた時に、確かにミーシャは知らなかったと言っていた。

「他にも」

「まだあるのか?」

「私だってできるならお友達であるミーシャ様を疑いたくありません。ですがこれで最後です。後でミーシャ様の身体検査をしてもよろしいですか?」

「ミーシャの、何か意味があるのか?」

「先ほどの遺体が握っていた何かですが、私達がここへ突入する切欠となった見張りの兵士は除外します。なにより突入は犯人側からしたらイレギュラーですから。それにニック様もアイリーン様のことがありますから除外。そうなると遺体に触れる理由があるのはミーシャ様しかいないのです」

ミーシャに言った通り潔白を証明するには仕方ないのかもしれないが、それも度をすぎれば仲間内で次から次へと猜疑心を生んでしまうことになりかねない。
だが疑わしい所が一つぐらいならまだしも、こうも次から次へと生まれるのならばそれも仕方がないのかもしれない。
言葉通り本当ならユニだって疑いたくもないし、犯人扱いなどなおさらしたくはないのだろう。
疑う自分を自分で嫌い、暗い顔をしだしたユニの頭を軽く人差し指で叩いてやると、気にするなといった意味を込めて微笑んでやる。
グロウにさえ嫌われなければそれでいいのか、ユニが微笑み返そうとした瞬間に、それは起こった。

「ぐおぁッ!!」

多目的ホールをビリビリと振動させる爆音の後に響いたニックの悲鳴。
突然の事で一瞬判断の遅れたグロウとユニはお互いを見合ってから、慌てて廊下を飛び出した。
ホールからは爆発の余熱で空気が一変しており、オロオロと立ち尽くすミーシャから離れた壁際にぐったりと倒れこむニックの姿があった。
先ほどの爆発がニックの近くで起こったのか、ニックの青い鎧の表面が焦げ付いていた。

「ミーシャ、一体何があった!」

「それが、突然のことで入り口からファイヤーボールが」

「ならぼさっとするな。レジスト、その後にニックの治療だ」

「は、はい!」

「もしや遺体を処理しに来た犯人の手下かもしれません。お急ぎください、ミーシャ様!」

ミーシャの前にホールの入り口側から庇うようにして立ちはだかると、グロウは腰にぶらさげていた柄のみの剣、光の魔剣へと手を伸ばそうとしていた。
もしも次弾が放たれれば光の魔剣で魔法を切り裂いて、そのまま敵側まで突っ込むつもりであった。
なのに何時まで経っても次弾が飛んでこず、まさか人が居るとは思わず思わず撃ってしまっただけなのかと疑ってしまう。

「なんだ、逃げたのか?」

「…………ぐ」

なんともでたらめな相手だと柄から手を放そうとすると、ニックのうめき声が聞こえグロウは振り向いた。
すると未だ治療も行おうとしないミーシャがまだ傍らに居たため、仕方なく自分が治療してやるかとグロウが足を向けた瞬間、ニックが自らの怪我をいとわず叫んだ。

「敵はすぐそこだ。お前の隣にいる!」

「となッ!」

ニックの言葉の半分も理解できないうちに、灼熱の炎が自分のわき腹をえぐろうとしていたのが解った。
えぐりきる前に破裂した炎がグロウの体を焼き払い吹き飛ばす。
熱と痛みに翻弄されながらも首を回したグロウの視界には、たった今自分にファイヤーボールをたたきつけたミーシャの姿があった。
グロウもユニも、ついさっきミーシャを疑うような事を言いつつも、やはり仲間には甘く隙を見せすぎていた。
無様に吹き飛ばされ弾んだグロウの体はニックの直ぐ横の壁に叩きつけられ、声も出せずにうずくまるしかできなかった。

「ミーシャ様、一体……どういうおつもりですか!」

「違う、それはミーシャ君じゃない……何故だか解らないが、別人だ」

途切れ途切れのニックの言葉に驚いた後、それを証明するような声がミーシャの口から、ミーシャではない声でもれでていた。

「まったく、一つミスを犯すと後の始末に多大な労力をさかれることになるな。自身のミスで無いのなら尚のこと、腹立たしいものだ」

それは老人の声であった。
ニックとグロウを傷つけた事を毛ほども気にしない、むしろ面倒だとでも言いたげな声であった。
グロウとユニは面識がないから気づけなかったものの、ニックはしっかりとその声が誰であるのか悟っていた。
マクスウェル、魔法学院の学院長である老人の名を呟きながらニックも大きすぎる怪我からその意識を手放していた。

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