休暇を終えたカーマインが、ルイセとウォレスを連れ立ってアルカディウス王に謁見した所、次のような言葉がもらえた。 そろそろ自分達の成すべきことが見えてきたであろうから、成すべきことを成し報告しろと。 確かにコレまでは正体が全くの謎に包まれていたゲヴェルが、グローシアンによって造られた兵器であり、弱点があることも解ってきている。 ならば後は倒すだけ、と単純にはいかず。 真っ先にカーマインが思い浮かべたのはゲヴェルがいるであろう、本拠地を探る事であった。 かと言ってしらみつぶしに探すには世界は広すぎた。 「そう言えば、サンドラがお前達に用があると言っていたな。暇を見て言ってみるが良い」 途方にくれかけたカーマインたちに送られたアルカディウスの言葉を頼りに、ひとまず連れ立ってサンドラの研究室へと向かう事になった。 謁見の間を出て直ぐに左に曲がった突き当たり、その左手にサンドラの研究室へと向かう扉があった。 その扉を潜り、渡り廊下を渡って研究室へと入り込んでいくと、上の階からバタバタと慌てる物音が響いてきた。 なんだろうと皆で顔を見合わせながら階段を上り、サンドラのいたテラスへと足を向ける。 「マスター、何かいますっごい物音がしたけど大丈夫!」 「お母さん!」 ティピの早とちりに促されてルイセがテラスへと駆け寄ると、サンドラはテーブルにティーカップを置いて優雅にお茶としゃれ込んでいた。 唯一つ変わっていると言えば、さもおかしそうにサンドラが笑っていた事であろう。 一体先ほどの物音は何で合ったのか、それはテーブルの上に置かれたもう一つのティーカップが答えであった。 「姫、私の言った通りグロウはおりません。隠れるのは止めにしませんか?」 サンドラが言葉を向けた方向を皆が見ると、本棚の影からレティシア姫がひょっこり顔を出してきた。 「あ、私と一緒だ」 「何が一緒なんだ? 微妙にいつもと髪型が違うように見えるが」 「何故か、レティシア姫がツインテールにしてるんです。意味は不明ですが」 ルイセに指摘されカーマインがウォレスに説明するさまを見て、コホンと咳払いをしたレティシアは、髪を結い上げていたリボンを解きながら元いたテーブルの席に座り込んだ。 それからお茶を一口飲んでから何事もなかったように少々赤くなった顔で微笑んだが、あまりにも無理がありすぎた。 少々気まずい時間がレティシアとカーマインたちの間に流れ、仕方が無いとサンドラが切り出した。 「レティシア姫の行動はさておいて、先にこちらの用を済ませておきましょう。今回呼んだのは、これを届けて欲しいからです」 「届け物? これって」 ルイセが受け取ったのは、何かを記した書類の束であった。 「そう。あなたの魔法実習終了の証明書ですよ」 「……あ」 「そうか、ルイセちゃんて、まだ実習中だったんだっけ」 「これを学院長か副学院長に渡せば、後は卒業研究だけですね」 ティピはともかく、ルイセまですっかり忘れていたと言う様子に、サンドラがいまさらな事を付け足した。 サンドラの本音を言えば、ルイセはとっくに実習どころかもはや宮廷魔術師見習いのレベルではない。 これまで多忙すぎた日々のために、単に実習完了の書類を渡すタイミングを逃していただけであったのだ。 「あれ? でもこれ書類が二つ……ミーシャ?」 「元々あの子は私の元で学外授業を受けている扱いになっていました。実質あなた達と同行していたわけですが、実習完了に値する働きであると思っています。それとミーシャにも宮廷魔術師見習いとしての位を授けようと思っています」 「え〜、ミーシャが見習いとはいえ宮廷魔術師?」 嫌と言うわけではないのだろうが、これまでのイメージからティピが嫌そうな声を出す。 だがそばで聞いていたカーマインやウォレスは、異を唱えるような事はなく、むしろ歓迎していた。 「ティピ、ミーシャに助けられた事だって何度もあるじゃないか。良い考えだと僕は思うけど」 「そうだな。それに謁見のたびに留守番じゃ二度手間だろう」 「そうですよね、二度手間ですよわよね!」 突然割り込んできたのはレティシアであり、一度は忘れかけられていた奇異な視線を皆から貰う事になってしまった。 自分でもそれに気づいたレティシアがテーブルの上に乗り出した体をおずおずと下げると、ようやく皆はその言葉の真意を察した。 よくよく考えて見れば謁見の間のお留守番組は二人いたのだ。 ミーシャともう一人、むしろこちらは自分から城に近寄ろうとしないグロウである。 「もしかしてグロウお兄ちゃんも宮廷魔術師見習いに?」 「なんでよ、騎士の方でいいじゃないの。ルイセちゃん」 ボケたルイセに即座に突っ込んだティピであるが、サンドラの顔はどちらとも取れるような顔であった。 「正直あの子の場合、騎士と魔術師両方の実力を秘めています。ですがそれ以前にもっと現実的な問題を持っています」 それは一体どんな問題であるのか、レティシアまでも身を乗り出してサンドラの言葉を待っていた。 「それは、あの子の性格です」 聴いた瞬間に、誰もがあっと声をだしていた。 グロウは誰が見ても従順という言葉が似合わない、むしろ対極に位置するような所にいた。 普段カーマインたちと行動している時は、出来るだけ合わせているようだがそこかしこに我侭が存在している。 誰かとペアを組めといったら即座にルイセを選択するであろうし、実際に輸送隊の護衛の時にはそれ以外に認めないとまで言い切っていた。 もしも一人でどこかの小隊にでも放り込めば、崩壊は目に見えていた。 「説明しなくても解ってもらえたようですね。ほかにも、一応あの子にも城へと上がるだけの手柄はあるのですが、何故か全て他の人の手柄になっているのです」 「私を助けにバーンシュタインへもぐりこむ時に、ラージン砦の東でバーンシュタイン軍の出鼻を挫いたのはラージン砦のとある小隊の手柄となっています。私の救出作戦はカーマインさんの手柄に」 正直に言いすぎなレティシアの言葉に、視線をそらしながらカーマインが頭をかいていた。 「その辺は、ちょっと耳が痛いですね」 「でもまあ、ミーシャと同じで俺たちに同行していた事実だけで手柄は十分だろう。あとは本人の意思が一番重要じゃねえのか?」 「それもそうですね。ではティピ、ユニに連絡をとってミーシャとグロウをここに」 呼んでくれとサンドラが言った瞬間、ビクッと体を震わせたレティシアが逃げ出すように席を立っていた。 だがそのまま走っていくことはかなわず、逃げ出そうとしたレティシアのドレスの裾をサンドラが力強く捕まえていた。 泣きそうな顔のレティシアとは打って変わって、酷く楽しそうにサンドラは微笑んでいた。 「姫、どちらへいかれるおつもりですか?」 「用事を思い出しまして」 「これはおかしな事をおっしゃる。レティシア姫の方が用がおありになると、ここへこられたのではありませんか?」 「それより重要な」 「つまり、グロウの事など放っておいて良いほどに重要な用が他にあると?」 「そのようなものは一つたりとてありません!」 「では良いではありませんか」 薄々レティシアがグロウを避けているのはわかったが、全くその理由を知らないカーマインたちは、逃げようとするレティシア姫とそれを引き止めるサンドラのやり取りをポカンと見守るしかなかった。 「あの結局、二人を呼んでいいの?」 「即座に、直ちに、今すぐに呼びなさい!」 「ティピちゃん、呼ばないでください。あと一日、いえ半日でいいので猶予を!」 どっちなんだと言う珍しく困ったティピの視線を向けられたカーマインは、とりあえず二人を落ち着ける事から始めた。 最後まで強情だったのかレティシア姫であったのだが、それもなんとか落ち着けさせてから事の顛末を訪ねた。 結果、レティシアを覗いた満場一致でグロウとミーシャの両方を呼びつけることに決定した。 もちろんグロウにはレティシアがここにいる事を伏せてという条件付で。 「本当に、本当に私なんかが宮廷魔術師の見習いになって良いんですか?!」 「ええ、貴方の働きにはそれだけの価値があります。もちろん貴方の身分は未だ学生である事を考慮して、保護者である学院長の許可が必要ですが」 「なります、がんばります。叔父様なら絶対にがんばれって言ってくれますから。やった、ルイセちゃんこれからもよろしくね!」 「う、うん……よか、よかったねミーシャ」 サンドラの言葉を聞いて、小躍りしながらブンブンとルイセの両手を上げ下げするミーシャであるが、対するルイセの返事はかんばしくない。 本来ならばルイセもミーシャと同じテンションで喜んであげたいのであろうが、ミーシャの後ろの二人が問題であった。 サンドラがいるテーブルに座っているグロウとレティシアである。 二人とも両隣で座りながらも、グロウはレティシアとは反対方向を見ながら肘をついているし、レティシアは俯いたまま顔を上げない。 まるで別れ話がこじれて向き合う事も、言葉をつむぐ事すら止めた恋人のようである。 「あれ、私なんか場違い?」 「今頃気づいたのか、アンタは」 ティピに突っ込まれて場違いである事を理解したミーシャは、こそっとルイセに耳打ちされてようやく事情を理解する事ができた。 だがミーシャが理解した所で、何の進展もなく相変わらずグロウとレティシアは視線を合わせようとすらしない。 その様子には、二人を嬉々として呼び出そうとしていたサンドラでさえ少し引いていた。 「グロウ、ミーシャにも伝えたように今回貴方にも」 「いらねえよ。別に守りたいもの守るのに肩書きなんて邪魔なだけだろう。何が敵で何が味方なのかは俺が決める。肩書きに決められたくない」 即否定とはこの事とばかりに、グロウの返答は早かった。 だがここまで返答が早いと、当初のグロウの意見云々は抜きにしてサンドラは負けるものかともう一声あげてみた。 「しかしですね、個人の力とはとても小さな物で……それにほら、肩書きがあればなにかと便利ですよ。レティシア姫にすぐに会えたりとか」 言ってしまってから、ハッとサンドラは墓穴を掘った事に気づいた。 ちらりと回りに視線をよこしてみれば、誰もが言ってしまったと避けるように視線をそらしていた。 いまさらながらにこんな事なら呼ばなければと、サンドラが後悔していると、意を決したようにレティシアが顔を上げた。 そのまま真っ直ぐ横に振り向き、深々と頭を下げた。 「昨日は冷静なつもりで、気持ちが高ぶっていました。申し訳ありません!」 何処の世界に一国の姫に頭を下げさせられるものがいるだろうか。 もはや見守るだけしか出来なくなったサンドラやカーマインたちは、黙って見守るしかなくなっていた。 痛いほどの沈黙の中、ようやくグロウがその重い口を開いた。 「お前が謝るなよ。確かに悪かったのは俺だ。謝るのは俺の方だ」 非を認めるグロウというのもある意味新鮮であったが、二人の勢いを阻害しないためにも誰も何も言わなかった。 「俺はずっとルイセが好きだと思っていた。抱きしめたいし、キスしたい。その先だってしたいと思ったこともある」 さらりと爆弾発言を投下したグロウに対して、顔を真っ赤にしたルイセをカーマインが肩に手を回して抱き寄せる。 それを横目で見ながらも、グロウは何も言わずに続けた。 「だが最近解らなくなった。気持ちも、好きだったとしか言えない」 過去形に直された言葉に、僅かにルイセがたじろいでいた。 「俺が勝手に揺れてんのか、ユニのせいか、レティシアのせいかそれさえも解らねえ。ただ解ってるのは、俺はお前の事も好きなんだと思う。それだけは確かだ」 「それでは私をみても、その……したいと思いますか?」 「当たり前だろう」 「本当ですか?」 疑り深く、上目遣いで覗き込んできたレティシアに対して軽く溜息をついたグロウは、不意に言った。 「俺の目を見てみろ」 場所正直にグロウの目を見ようと近寄ったレティシアへと、何の予告もなくグロウは自分の唇を押し付けた。 驚きから目を丸く見開いていたレティシアも、やがて受け入れるように目を閉じていた。 精々その間は十秒にも満たない間であるのだが、周りでそれを見せ浸かられた皆は金縛りに会ったように身動きできず長い長い時間を待たされていた。 二人が唇を話すと、泳いでいた時の息継ぎのような声を出していた。 それから照れくさそうに笑った二人へと、硬直を抜け出したサンドラが早速突っ込みをいれていた。 「しかしまさか息子のファーストキスをこの目でみさせられるとは思いませんでした。しかも結構長いですし」 「グロウさんとレティシア姫って大人……」 「普通は人前で出来んと思うが。ある意味すごいな」 「あっ?!」 ようやく衆人監視の下で自分が何をしたのか思い出したレティシアが俯こうとした瞬間、見られてもたいしたことに思っていなかったグロウが言った。 「いや、俺のファーストキスはユニだぞ」 「へ、グロウ様ってあの時が初めてだったんですか?!」 「そうだ」 「返答が軽いです。何で断ってくれなかったんですか!」 「さっきも言っただろう。俺はユニも好きだし、レティシアもルイセも好きだって」 見た目以上にグロウはレティシアとのキスで我を失っていたのだろうか、グロウは自分が何を言っているのか半分以上できていないようであった。 ユニに向かって喋るグロウの後ろで、ゆらりとレティシアが立ち上がりグロウの首にそのほっそりとした腕を回していた。 グッと喉が絞まる声を出したグロウが視界の端で捕らえたのは、笑っているように見えて、笑っていないレティシアであった。 「ファーストキスの件は、私も先ほどキスしたばかりなのでよしとしましょう。ですが、三人とも好きというのはいかがなものでしょうか?」 「ちょっ、待て。喉が」 「この際、騎士がどうだとかはどうでも良いです。休暇のたびに会いにきてください。キスしにきてください」 「論点がズレ」 「ずれてなどいません。私のことを好きになってくださいと言っているだけです」 「異議ありです。レティシア様、ぬけがけはなしです。私だってもっとグロウ様とキスしたいです!」 後で正気に戻ったら死ぬほど恥ずかしがるのだろうなと、思いながらサンドラがその様子を見ているとティピがやってられないとフラフラ飛んでくる。 まさに疲れたという表情をしながらサンドラの肩にすわりと、黙ってある方向を指差してきた。 何だろうと思ってそちらを見ると、カーマインとルイセがいた。 いて当然であるのだが、純情な二人に近い歳の人のキスは強烈だったのか、何度もお互いに視線を合わせては慌ててそらしたりしていた。 「マスター、どう収拾つけるつもりですか?」 「さあ、私に聞かれても困りますが。いくら私が宮廷魔術師でもグロウは一般市民ですから、やはり騎士か宮廷魔術師にならないと結婚は難しいと思います」 「収拾てそうじゃなくて……もしかしてそれ目的だけで、グロウに肩書き持たせようとしてませんか?」 ティピの突っ込みにサンドラは答えてはくれなかったが、ほぼ間違いは無いようであった。
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