第六十五話 光と闇の具現化


落石の後に続くように訪れた鉄砲水から逃げ出してしばらくたった後も、まだ誰一人として喋る事は出来なかった。
谷底から坂道を登り谷の上へと戻ってから、誰もが地面にしりもちをついて座り込んでいる。
耳にこびりついたように残る濁流の根を聞きながら、荒く乱れてしまった息を押さえつけるようにして整えていく。
一番最初に息が整ったカーマインが立ち上がり、徐々に皆が立ち上がり始めた。

「カーマインお兄ちゃん、怪我は…………なんか道具袋が光ってるよ?」

「道具?」

それは薬草の類などを簡単に詰め込んだ小さな袋であった。
確かにルイセの言うとおり袋の口や、小さな穴から光が漏れ出ており、カーマインが袋から光を発する原因を取り出した。

「シエラさんの指輪が」

言い終わらないうちにシエラの指輪が発していた光は消え去っていき、ただの指輪へと戻っていってしまう。
そしてふと思い出したのは、この指輪が何度も自分を守ってきてくれたのではと言う疑問であった。
フェザリアンの遺跡でルイセの魔法が暴走した時、ブレーム火山で溶岩の波に巻き込まれた時、そして先ほど落石に巻き込まれた時。
思い出してみれば、これをシエラが返したと思っていた本人にいつか返してあげないとなと思いながら指輪をもう一度道具袋へしまいこんだ。
それから仕切りなおして行こうかと言おうとした所に、突き刺すような視線がルイセとミーシャから自分へと飛んでいる事に気づいた。

「え、どうしたの。二人とも?」

「シエラさんって誰なの、その人の指輪をなんでカーマインお兄ちゃんが持ってるの!」

「私達に黙って酷いです。こっそり指輪なんて渡すなんて!」

「いや、別に僕に渡されたわけじゃなくて、人違いで渡されただけで」

それは本当の事であるが、どうやら言い訳にしか聞こえなかったらしくますます二人の視線がきつくなる一方であった。
忘れてしまっているグロウはともかく、ティピかユニが弁解してくれればと振り返るもすでに二人どころかウォレスでさえもその場にいなかった。
どうやら付き合ってられないと先に行ってしまったようで、慌てて逃げるようにカーマインも後を追い始めた。

「ほら、二人とも置いていかれちゃうよ」

「あ、逃げた!」

「お兄様!」

足場の悪い地底洞窟である通路を走るが、その足は先に行ったグロウたちに追いつくよりも先に緩やかとなっていった。
別に追いつくのを諦めたわけではなく、ただの地底洞窟であった場所の雰囲気が変わり始めたからだ。
ルイセやミーシャも同じく気づいたようで、何で怒っていたのかも忘れるような感じで辺りをキョロキョロと伺い始めていた。

「どこかで、こんな風景。遺跡? グローシアンの遺跡に似てる。カーマインお兄ちゃん」

「ああ、少し急いでグロウたちに追いつこう」

再び小走りになっって流れていく風景も相変わらず変わり続けており、ルイセの言うとおりそれが何であるかはっきりした。
洞窟のデコボコしていた壁や床が、平らに整えられた壁や床へと変貌していった。
洞窟であった時の名残であるのか、通路自体はやや曲線を描いていたが、明らかに終わりが見え始めていた。
その証拠に、先を行っていたはずのグロウたちはとある場所で三人を待っていた。
それは崩された通路の壁であった。
正確には、閉ざされていた扉を無理やり破った場所であり、置くには上へと続く階段が見えた。

「まだ扉が破壊されてそんなに時間が経ってはいないようには見えるな」

「破壊して無理やり入ったとなると、ゲヴェル本人がいるとはとても思えないですね」

触れてもいないのに瓦礫が崩れるのをグロウが見ると、付け加えるようにユニが言葉を呟いた。

「もしかすると、ゲヴェルの嫌う何か。もしくは知られたくないものがあるのかもしれんな」

「なら急がないと。みんな、準備はいい?」

何故かティピがリーダーシップを取って皆を見回して聞いた。
もちろん先ほどあんな事があったばかりで、元気一杯と言うわけにはいかないカーマインやルイセもいた。
だがゲヴェルの弱点がわかるかもしれないこの時に、足が震えていますなどとは口が裂けても言えるはずがない。
むしろカーマインは率先して、上へと続く階段に足をかけて言った。

「行こう!」

返事を待たずにカーマインは階段を上り始め、後からグロウが続いた。
途中踊り場を二回ほど挟んで階段は続いていた。
上るにつれて入り込んでくる太陽の光が強くなり、階段を上りきった頃には光と共に視界一面に青い空が広がった。
同時に見えたのは、グローシアンの遺跡を破壊するユングたちと、

「すべてを、破壊しろ。急ぐのだ」

ユングよりもさらに一回りも二回りも大きな、全長五メートルを超えるユング以上の何かであった。
一瞬あれがゲヴェルかと皆がカーマインを見たが、違うとだけ短く言葉が漏らされた。
彼らはグローシアンの遺跡の最上階にある小屋のような小さな建物に爪を振るい、瓦礫を投げつけ破壊を試みていた。
かと思えばリーダー格である一際大きなユングが滑らかな口調で命令を下す。

「周りの箱も壊せ」

小屋に飛び掛りきれない、あぶれたユングたちがゆっくりと屋上に配置された不思議な箱へと向かい出す。

「いかん、どこに奴らの隠したいものがあるのかわからんが、守るに越した事はない」

「グロウ、行くよ」

「ぶっ殺せばいいんだろ」

このまま隠れているわけには行かないと、カーマインとグロウがまず身を隠していた階段から跳びだし走り始めた。
当然の事ながらすぐに一際大きなユングが気づき、振り返り新たな命令を下した。

「侵入者は全て殺せ」

箱へと向けて振り上げていた腕を中途半端なままで下ろし、ユングたちが向かってくる。
油断しなければ決して怖くは無い相手ではあるが、なにしろ数だけは多かった。
小屋の破壊を行っていたユングも一旦破壊をやめて戦列へ加わろうとしており、なによりも一際大きな巨躯を持つユングが不気味であった。
カーマインとグロウの背後から二つのファイヤーボールが飛び、殆ど空しかない屋上へと炎を燃え上がらせる。
立ち上る爆炎の中を臆すことなくユングたちは歩き、やがて走り出した。
一匹だけでも人間よりも余裕で大きいそれが、一斉に向かってくる様はまるで白い津波であった。

「グロウ、まずは数を一気に減らすよ。一瞬で良い奴らの足を止めてくれ。ルイセは僕にアタックを、ミーシャはもう一度ファイヤーボールを!」

ウォレスには言わなくても察してくれると、カーマインはそこで言葉を止めて準備に入っていた。
久しぶりに手順を踏んだ必殺技、床に埋もれてしまうほどに足を叩きつけクレイモアの先端を向かってくるユングたちに向ける。
すぐ隣のグロウがマジックアローをユングたちの足を狙って放ち、ユングたちの動きを少しながら崩していった。
畳み掛けるようにミーシャのファイヤーボールが突き刺さり二度目の爆炎を上げる。
直後、カーマインの筋肉が膨れ上がる。
ルイセのアタックだ。

「喰らえッ!!」

クレイモアが回転し、弧を描いて風をないで行き、激しく打ち叩いた。
透明なくせに獰猛な牙を唸らせ風がユングたちを食い散らかしていく。
だが一撃ではとても倒しきれるはずもなく、運よく直撃を免れたユングたちはなお向かってきていた。

「ウォレスさん!」

「おうよ!」

攻撃の間に隙を造らぬように、今度はウォレスがダブルエッジをその腕から解き放ち投げつけた。
これで少しは次撃につなげる暇が与えられるはずであったが、まだ残る爆炎の中から真っ白な腕が伸びてきて回転するダブルエッジを傷つきながら掴み取っていた。
そのまま腕に力を込めてダブルエッジを破壊してしまう。
腕を犠牲にしての行動にカーマインたちが戸惑っているとそれが爆炎の中から全身を現した。
ユングよりもさらに大きな体を持つユングであった。

「そうはいかんぞ。さあ子供達、無残に断末魔の声を残して殺してやれ」

吼えた蹴るユングたちのスピードが上がり、グロウ、カーマイン、ウォレスの三人は魔術師である二人を守るように前へと飛び出した。
幸いダブルエッジを失ってもウォレスはまだ、鋼鉄の腕という武器があり、三人は向かってきたユングたちの攻撃を防ぎ、追い払う。
現時点でユングは五匹程であるが、まだあの大きなユングが残っている。

「カーマイン、ルイセをつれてあのデカ物を倒して来い。このままユングどもに掛かりきりじゃ、いつ隙をつかれるか解ったもんじゃねえ!」

「それに守るべき魔術師が一人なら、一人をオフェンスに、もう一人をディフェンスに回せる。行って来い!」

カーマインが迷ったのは一瞬、ルイセを抱えるとこちらを囲もうとするユングたちを飛び越えた。
一匹のユングが釣られて後ろを振り向こうとするとすかさずグロウがその背中から、雷鳴剣を容赦なく突き刺していた。
もちろんそれはカーマインたちを狙えばすぐに殺すという意思表示でもあった。
迂闊に動けなくなったのはユングたちの方であり、カーマインはルイセを下ろすと正面きって大きなユングへと向かい合った。

「ルイセ、援護を頼むよ」

「うん、大丈夫。私も一緒に戦うから」

意味的には今までと同じ了承の一言であったが、何処かこれまでとは違う強い意志がその言葉から見えた。
その事に薄く笑いながらカーマインはクレイモアを構えて駆け出した。

「私に一人で挑むか、命知らずな」

大木の幹のように太く、真っ白な甲殻に覆われた腕がカーマインへと目掛けて一直線で向かってくる。
まともに受けては助からない事は明白であり、僅かに体の軌道をずらすと、真横をそれが通り抜けていった。
床を砕きめり込んだ音を背後で聞きながら、懐へと容易にもぐりこんでいったカーマインはその胸へとクレイモアを突きたてた。
だがコレまでのユングとは比べ物にもならない、鋼鉄の塊に剣を突きたてたような痺れが全身を駆け抜ける。
その一瞬が命取りであった。

「ッ!」

「だから言っただろう。命知らずだと」

伸ばされた腕とは逆の腕が痺れに戸惑い立ち止まっていたカーマインを掴むべく伸びる。
大きなユングの腕が後一メートルと言う所で、突然眩い光が爆発した。
体中を焼かれる熱と光の目くらましに大きくのけぞったユングの腕は目測を誤り、指先でカーマインを弾くに終わる。

「カーマインお兄ちゃん、大丈夫。回復はいる?!」

二、三度床を転がってから立ち上がったカーマインへとルイセが叫ぶ。
すぐに大丈夫だと手を上げて教えてやると、息を細くしてやがて呼吸を消していく。
呼吸も、心臓を動かす事も、全て忘れてしまう様なほどに集中し、自分自身が武器となったように錯覚していく。

「こしゃくな手を、だがこの程度ではたおせぬぞ、私はおろかあの方を」

あの方とは恐らくゲヴェルの事なのであろうが、今はここにいない。
いずれたどり着くにしろ、今倒すべきは、目の前で流暢な言葉遣いをするただ大きいだけのユング。

「うあぁぁぁぁぁぁッ!」

「我が魔力よ、彼の者に風の如き速さと更なる力を。クイック、およびアタック!」

駆け抜ける刃がルイセの魔法によって加速させられていく。
その速さに一瞬だが、ユングがカーマインの姿を見失う。
何処だという言葉を発した直後に、ダブルエッジを止めた時に傷ついた右腕側にいた事に気づいた。
咄嗟に腕を引くのも間に合わず、破裂するようにユングの右腕が破壊された。
もろい関節や、甲殻の隙間を狙ったわけではない。
硬質な甲殻の中心、ど真ん中からクレイモアを叩きつけ破壊したのだ。

「よくも!」

痛みを怒りで押さえつけ繰り出した左腕がカーマインを貫いた。
咄嗟に間にクレイモアの腹を挟みこんだが、クレイモアが真っ二つに折れてカーマインは破壊された小屋へと吹き飛ばされ突っ込んだ。
名を呼びながら駆け出したルイセへと向かいユングが駆け出した。
その間に入り込むのはカーマインではなく、グロウであった。
どうやら小さい方のユングはすでに片付けたようで、ユングの背中で灼熱の玉が方向を上げていた。
だが走るスピードはそのままに、割り込んできたグロウを足元に転がっていた小石のように無造作に蹴り上げた。

「グロウ様!」

青白い刀身を持った雷鳴剣が砕け、先ほどのカーマインのようにグロウもまた吹き飛ばされていく。
まだミーシャとウォレスの攻撃が背後から続いているが、その足を止めるには至らない。
ユングがルイセを掴んで持ち上げると、さすがに攻撃を続けるわけにも行かず、ミーシャとウォレスの攻撃が止んだ。

「弱い、弱すぎる。確かに貴様らは脆弱な人間にしては強い方だ。だが、弱い!」

「あ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

握り締める腕に力を入れたのか、空気を裂くようなルイセの悲鳴が響き渡る。
見せびらかすように、その程度だと言い聞かせるようにユングがルイセを頭上へと掲げて握る。
もちろん一瞬で握りつぶそうと思えばできるのだろう、だからこそミーシャもウォレスも下手に手を出せなかった。
ルイセの悲鳴を耳にさせられながら、歯を噛み、手を握る。

「ユニ、アンタはグロウを起こしてきなさい。私はアイツを起こしてくるから」

「解っています。私達にだって出来る事はいつだってあります」

そして完全にユングの目に入っていない二人だけが、動く事ができ、それぞれが付くべき者へと飛んでいった
ティピはユングたちが破壊していた小屋へと、ユニはユングたちが破壊しようとしていた箱の方へと。

「何コレ、酷い壊され方」

ティピは破壊された小屋の中の惨状を呟きながらも、その瓦礫の中に埋まっているカーマインを見つけた。
どくどくと大量の血が流れるような怪我はしてはいないが、その手の中にあるクレイモアが完全に破壊されていた。
これでは起こしても何も出来ないと、せめて武器になりそうなものを小屋の中から探し始めた。
ユングたちが必死に破壊しようとしていた小屋になら、何か強力な武器の一つでも考えたからだ。
だが武器らしき物は何一つ見つからず、イラついて目の前にあった小さな箱を蹴り上げた。
安置された場所から転がり落ちてふたが開いたそこから、二つの棒状の何かが転がり出てきた。
それが剣の柄であると気づいた時には、カーマインの手の中に自然とそのうちの一つが納まっていき、カーマインの瞳が一気に開いた。
覚醒とはこんな時に使うのだなとティピに思わせるように一気に瞳を開いて立ち上がったカーマインの手の中には、無いはずの剣がしっかりと納められていた。

「アンタ、それ……どこから」

小さいとはいえ影が出来る小屋の中だから気づけなかったが、カーマインの体からはあの黒い光が漏れ出していた。
そしてそれを吸収するように、吸収したものを定着させるように、あの柄から漆黒の刃が生まれていた。
それが何であるかよりも、今も悲鳴を上げているルイセの方がカーマインには重要であったようだ。

「ティピ、これをグロウに渡してくれ。重いかも知れないけれど、頼んだよ」

「あ、うん。わかった」

もう一つの柄をティピに渡し、言うや否やカーマインは飛び出していった。
体から力がわきあがるのを感じながら、先ほどよりも脅威を感じなくなったユングへと向かっていく。

「貴様まだ生きて……それは、アレのレプリカか。まさかこんな所にそれがあったのか?!」

奴が気づきそこで止まれと恐怖を抱きながらルイセを持ち上げたのが解った時にはすでに、その手首を切り裂いていた。
あれ程抵抗を感じたユングの甲殻が、まるで豆腐でも着るように漆黒の刃に切り裂かれていく。
勢いで浮かび上がったユングの腕であるが、カーマインがフォローするよりも先に、金色の剣を持った人影が手のひらを破壊しルイセを抱き上げた。

「お前にしては随分乱暴じゃねえか。たく、女の子の扱いを知らねえようなお前のどこが好きなのかね。ルイセは」

グロウは、ミーシャに意識の無いルイセを預けユングをにらみつけた。
言葉ではどう言おうとやはり気持ちはカーマインと同じであるらしい。
手の中に収められていた光を放つ剣が一層輝きを増していっていた。

「ウォレス、アンタもこいよ。あのクソやろうには、剣を壊された恨みがあるだろ」

「剣だけじゃねえな。ルイセを人質にとられて何も出来なかった恨みが存分にあるぜ」

右腕に続き、左手までもを失ったユングに勝ち目はもはやなかった。
それでもカーマインもグロウも、ウォレスも手は抜かなかった。
ユングの命が果てるまで、一切手を抜く事はなく渾身の力でぶつかっていった。
結果顔以外は無事な箇所がなるなるまで打ちのめされたユングはようやく倒れこんだ。

「ふふっ、私を倒したからといっていい気になるな。あの方は私など比べ物にならないほどに強いぞ。精々あがくことだ。待っていてやるぞ、貴様らを。もちろん地獄でな」

「すぐに送り出してやるさ、そのゲヴェルもな」

最後まで減らず口を叩いていたユングの顔を、最後にグロウが光の剣で貫き破壊した。

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