第六十四話 変わり始める心


「うわぁ、綺麗。当たり一体がキラキラしてる」

ティピの言うように、オリビエ湖が陽の光に照らされて鏡のように光り輝いていた。
湖面だけならまだしも、浜辺までもが輝きを放つ景観に皆が見ほれるほどであった。
一度は見たことがあるのかウォレスでさえも目が見えないながらも、記憶の中の光景と水が揺れる微かな音を頼りに当時を思い出している。
このような綺麗な場所に本当にゲヴェルの影があるのか、夢を見た当人であるカーマインも信じたくは無かった。

「お弁当でも持ってピクニックか何かでこられたら良かったね」

「そうだね。今日は少し肌寒いけれど、暑い日なんかは泳げたりしないかな」

「ゲヴェルがいるかもしれない場所でそのような暢気な事は難しいかと……」

楽しそうに語らうルイセとミーシャをに突っ込むユニをひとまず置いて、任務をしっかりと忘れていなかったウォレスが問いかける。

「それでこの場所の何処に、ゲヴェルの影があるんだ?」

「少し待っていてください」

聞かれたカーマインは、波が打ち寄せる浜の外れにある岩場へと走っていった。
彼が夢で見た白い騎士とユングは湖の水がひいた場所にある階段から地下へと下りていった。
その水をひかせる装置が岩場の影に隠されているはずなのだ。
なにぶん夢で見た光景では白い騎士が装置へ歩み寄った場面だけで、正確な位置はわからず時間は掛かったが、やがてその仕掛を見つけたカーマインがボタンを押した。
するとちょうどルイセとミーシャが居た浜の辺りが盛り上がるようにして湖の水が引き、階段が現れた。

「びっくりした……カーマインお兄ちゃん、なにかするならするって言ってよ」

「ごめんごめん」

あまり悪びれていないカーマインの声を背に、グロウがルイセとミーシャを下がらせて階段を覗き込んだ。
かなり深い階段らしく、明るいこの場所から底まで見渡す事は出来なかった。
ただ、並々ならぬ気配のようなものが蠢く感触が階段のさらに置くから外へと流れ込んできていた。

「ウォレス、アンタなら何か感じないか?」

「そうだな」

グロウのかわりに階段に一歩足をかけて覗き込んだウォレスの顔つきが、途端に厳しいものとなった。

「時間の経過と、距離から普通じゃわからんだろうが、独特な匂いが残ってやがる。コイツはユングのものだな。クレイン村の北にある洞窟の時と似ている」

「どうやら当たりみたいだな。嬉しくもないが」

あまり嬉しくなさそうな声を出したグロウは、こちらへと戻ってくるカーマインに振り返る。
見送る視線の中で、カーマインもウォレスに倣う様にして階段を覗き込んだ。
その眼差しはこれから訪れる戦いの緊張よりも、ある種の懸念を含んだ憂いを帯びた表情であった。
不安はいつも、敵ではなく己の中にあるカーマインだからこその表情である。

「カーマイン」

呼び声に反応するよりも早く、グロウの腕が自分の意思の介在なしに動いてカーマインの腕を掴み引っ張っていた。
何故自分がそうしたのかグロウ自身理解できていないままに、カーマインを抱きしめる。
もしかすると失う前の記憶がそうさせたのか、口が勝手に話し始めた。

「大丈夫だ。お前は今よりももっと強くなれる。お前がお前のままで。闇は俺が全部引き受けてやる。だから恐れるな」

呟くごとに抱きしめる腕に力が込められる。
その光景に誰もが言葉を失い、カーマインも安心したように微笑んだ直後、蹴り転がされ階段の下へと落ちていった。

「うわぁぁぁぁぁぁッ!」

段々と消えていくカーマインの悲鳴を打ち消すようにグロウが叫んだ。

「気持ち悪りぃッ!! なんだこれ、男を抱きしめて鳥肌が。ルイセ、口直し!」

「へっ、ちょグロウお兄ちゃん……カーマインお兄ちゃんは?!」

「お兄様、大丈夫ですか!」

「うっわぁ〜、姿が見えない。見事に落ちていったわね。アンタ、生きてる?」

早く忘れたいとルイセを抱きしめて放さないグロウは放っておいて、ミーシャとティピが叫ぶ。
シンと二人の声だけが響いた階段の下はしばし沈黙が続いたが、誰かが駆け上ってくるすさまじく素早い音が聞こえてきた。
もちろんそれはカーマインであり、一歩で数段を飛ばしながら駆け上がってきている。
そのままの勢いで階段を飛び出して降り立ったのはルイセを抱きしめて口直し中のグロウ。
グロウの腕の中からルイセを助け出して、そばに置くと思い切りカーマインは上半身をねじりきった。

「いきなり突き落とす事ないだろう!」

下から斜めに突き上げた拳がグロウの顎先にヒットし、もんどりうって倒れこんだ。
方やグロウもルイセを取り上げられた怒りですぐに立ち上がって殴りかかる。

「ふざけんな、てめえが目の前にいるから思わず抱きしめちまったんだろうが。慰謝料請求してやろうか!」

「それはこっちの台詞だ。いつから男色家になったんだよ!」

もうルイセ云々は関係なく殴りあう二人を止められるのは一人しか居なかった。
皆が一斉にウォレスに視線を集め、お願いしますと目で訴えかけていた。

「こんな理由で自分が必要だと思わされるのも、あまり嬉しくないんだがな」

そう呟いたものの、ウォレスは二人を止めるために間に割って入っていった。





一先ず収まった喧嘩のあと、長い階段を下りた先には大空洞が広がっていた。
ルイセとミーシャが作り出した明かりの魔法が照らし出すことの出来る範囲では到底足らないほどに広い。
階段こそ人工的なものであったが、眼前に広がる大空洞は明らかに大自然の産物であった。

「すごい、どこまであるんだろう」

ルイセの言葉が示すとおり、大小合わせて様々な道が枝分かれしつつ方々に散っていっていた。
この空間全てが人工的に整備されていれば例え迷路であろうと、そこに人の意思が入り込んでいる限り突破できる。
だが全てが大自然の産物だとすると、こちらの方がよほど性質が悪い。

「おい、カーマイン。奴らがここに入っていってからは夢で見て無いのか?」

「いや、僕が見たのはあの階段を出現させて入り込むまでだよ。まさかここまで広いだなんて」

「最悪ルイセのテレポートで出れば良いが、どっちに行けばいいんだ?」

あまりの大空洞の広さに皆を引っ張るはずの二人が途方にくれる。
すると静かにしろと言う意味を込めて指先を口元に当てたウォレスがシッと短く息を吐いた。

「声が聞こえる。獣の唸り声のようなものだが、ユングかもしれん」

皆も耳を澄ましてみるが、風が大空洞内でうごめく音が聞こえるだけで何も聞き取れなかった。
歩き出したウォレスを先頭に、奥へと進んでいく。
十分ほど歩くとウォレスが腕を出して後ろから着いてきていた皆を止めた。
最初にしたようにもう一度静かにと黙らせ、やや曲がっている通路の先を隠れながら指差した。

「ユングだ。でも数は多くないね」

「なにをしているのでしょうか。警備の割にはこれまで姿を見ませんでしたが」

ティピの指摘を聞いて、ユニが首をかしげた。
通路の先でたむろしているユングは三匹足らずで、化け物と入っても難なく倒せる数であろう。

「ウォレスさんが聞いた声はこいつらですか?」

「いや、こいつらもだ。奥からはさらに声が聞こえていた」

それを聞いてカーマインが考え込んだのは一瞬であった。

「一応倒していこう。放っておいて良い類の相手でもない」

皆もカーマインに応えて頷き、タイミングを待ってからまずカーマインとグロウが飛び出した。
ユングもすぐに二人の侵入者に気づき構えていた。

「シンニュウシャ、コロス」

片言であるが言葉を喋ったことに驚きながらも、二人が雷鳴剣とクレイモアを掲げて切りかかる。
ユングが堅い甲殻に覆われた腕で剣を受け止めると、残りの一匹が辺りに転がっていた岩を持ち上げて、味方もろとも押しつぶそうと投げつけてくる。
だが岩がユングの手を離れた瞬間、二本のマジックアローが突き刺さり砕いていた。
それを放ったのはルイセとミーシャであり、すぐにユングの視線が砕けた岩の間から二人にそそがれる。

「力任せだけでは人間には勝てんぞ」

目くらましとなった岩を迂回しまわりこんだウォレスがユングのすぐ目の前まで迫っていた。
慌ててなぎ払うように振るわれた太い腕も容易く交わされ、懐の中へと飛び込まれダブルエッジの鋭い刃が腹部を貫いた。
痛みを訴え叫ぶユングは懐のウォレスを叩き潰そうと両腕を高々と持ち上げたが、振り下ろし始めた時にはウォレスの変わりに回転するダブルエッジがあった。
両腕と共に首までも吹き飛ばされて血が飛散する。

「げッ、ウォレスってあんなに強かったっけ?」

「吹っ切れたような感じだ、うわっ!」

目の前にまだ二匹のユングがいる事を忘れて、ウォレスに見入っていた二人に、ユングの野太い腕が襲い掛かる。
カーマインはその腕をクレイモアで受け止めると、グロウは身を低くしてやり過ごし、しゃがんだ反動で雷鳴剣を振り上げ腕を斬り飛ばす。
続いてカーマインも徐々にだがクレイモアの刃を押し合っていたユングの腕につきたて、砕き裂いていく。
止めは二人同時にであり、カーマインはユングの腹を、グロウは頭を突き刺し貫いていた。
二人が張り詰めた息を抜いたのはそれからのことであった。

「カーマインお兄ちゃんも、グロウお兄ちゃんも大丈夫?」

「今の本気でやばかったわよ。余所見してんじゃないわよ」

確かにウォレスの動きに見惚れるような事さえなければ手こずる相手ではなかったはずだ。
二人ともそれは自分で理解しており、大丈夫だと身振りで伝える。

「とにかく、ユングがいるってことは何かゲヴェルの手がかりがあるはずだ。先に進もう」

「どうも今の奴らは警備をしていたと言う感じでもなかったな。むしろ何処かへ向かおうとして俺達に背後を突かれた感じだった。あまりにも張り合いがなさすぎた」

「アンタがそう言うと、なんかムカつくな」

自分達は余所見があったとはいえ少し苦戦した手前、グロウはふくれっつらをしながら嫌味を飛ばす。
もちろんそんなものウォレスからしてみれば無いのも同然であり、なんら反応を示すことなく受け流していた。

「だが奴らが侵入者とも言っていたから、人に来られたくない場所でもあるんだろう。その理由まではわからないが、急いだ方がよさそうだ」

それからまたウォレスの耳を頼りにユングのあとを追い、数度戦闘を繰り返しながらカーマインたちはさらに奥へと急いだ。
途中ホールのように広い場所でユングに待ち伏せを受けることもあったが、何時もとは一味違うウォレスの活躍で事なきをえた。
ウォレス自身意識していることなのか、待ち伏せを突破した頃にはカーマインにもウォレスの違いが見えてきていた。
いつのまにかウォレスの目線、立ち位置がカーマインたちと同じになっていたのだ。
ルイセやミーシャに援護を貰う時は貰う、隙あらば自分が前へと飛び出し敵を葬り去る。
良い意味で周りへの気遣いが減っていたのだ。

「なんか、ウォレスさん変わったわね。アタシは戦いは素人だからよくわかんないけど」

「そうか? まあ、俺もこの年だがまだ変われるって事だ。色々と、な」

アクセントをつけて言った言葉の後にウォレスが見たのは、グロウであった。
そのグロウも苦笑しながら笑っており、二人の間で何か会ったのだろうことはわかる。
最近自分のことに掛かりきりだったので仕方がないにしても、少しだけカーマインは悔しい思いをしつつ先を歩いた。
大きなホールを出たすぐそこは、いきなり絶壁があった。
壁伝いに細い道のようなものが続いているだけであり、その先は何処まで続いているのか少し見えなかった。

「これはちょっと隊列を考えないと」

振り返ったカーマインは、明かりを作り出しているルイセとミーシャを見た。
できれば明かりを作れる人に先を歩いて欲しいが、二人に先行させるわけにも行かずグロウへと視線を移した。

「グロウ、明かりつくれるよね?」

「舐めてんのか。そんな初級の魔法ぐらい出来るに決まってるだろ」

「なら、先頭を歩いてくれる?」

すぐになんで俺がと口を開けそうになったグロウも、ルイセとミーシャの二人を見て理解した。
一応肩幅程度の道幅はあるがとても普通に歩く気にもなれず、壁に背を向ける格好で絶壁の壁を歩き出した。
自分が作り出した拳より少しだけ大きな光の玉で足元を照らしながら先を行き、後にウォレス、ミーシャ、ルイセと続く。

「見てよ、ルイセちゃん。底がみえないわよ」

「え? えぅ〜〜〜〜〜…………」

数メートル進んだ所でうっかり漏らしたミーシャの言葉に下を見てしまったルイセが、その高さにすくみ上がりそうになり動けなくなってしまう。

「どうしてアンタは突拍子もなく、そんなこと言うのよ。こういう場合、下を見ちゃいけないのって常識じゃない」

「ああ、でもこういう時だからこそと言うか。ルイセちゃん、歩ける?」

「だ、だい……だいじ、ある。あるかッ」

「駄目だわ。全然大丈夫に見えない」

二人が立ち止まっている間にも、グロウたちは先へと進んでおりこのままでは置いていかれてしまう。
助けを求めるようにルイセは自分の後ろにいるカーマインを涙目で見上げ始める。
邪険にする理由も無いし、ユングがいるかもしれない場所で立ち往生も困るのでカーマインはがんばってと声をかけて手を貸した。
ようやくルイセが進み出したが、先に行ったグロウとの距離が少し開きすぎていた。

「急がなきゃ!」

「待ちなさい、アンタが急ぐと絶対ろくな事が無い」

ティピの突っ込みもむなしくミーシャはシャカシャカと壁伝いに歩いていってしまう。
それをみてルイセも焦ったのか、震えたままの足でぎこちなく先を急ぐ。

「ルイセ、そんなに急がなくて良いから」

「でも」

手をつないだカーマインに向かってルイセが言った途端、堅い物がひび割れる甲高い音が響いた。
一体何処からと考える暇もなく、元々小さかったルイセの背が一気に小さくなっていた。
幸運にも伸びきったルイセの腕はカーマインへと繋がっていたが、カーマイン自身も絶壁の壁しかないこの場でつかまる物など何もありはしなかった。
ルイセの体重分だけ体を傾けさせられたカーマインは、そのままルイセともども崖の下へと落ちていった。

「ルイセちゃん、お兄様!」

加速して落ちながらもルイセを無理やり引き寄せたカーマインの耳に、ミーシャの叫び声が届く。
肌で感じる風の強さから自分の状況を察しているルイセは、恐怖で声も出ていなかった。

「ルイセ、しっかりつかまっていて!」

言葉通りしっかり体にしがみついてきたルイセを片腕で支え、カーマインは背負っていたクレイモアを抜いた。
上半身だけの回転で突き刺そうと切っ先を壁へと突き立てるが、差し込まれるよりも落下速度が速く弾かれてしまう。
諦めずにもう一度クレイモアを突き出せば、さらに早くなっていたせいで今度は一ミリも刺さることなく弾かれてしまった。

「くそッ!」

今の自分たちにどれぐらいの猶予があるのか。
ルイセを助けるにはどうすれば良いのか、カーマインの頭によぎったのはあの力であった。
何よりも、誰よりも強い闇の光の力。
だが破壊だけを求めるあの力で本当にルイセを助けられるのだろうか。
何度も暴走して人を傷つけようとした力に、疑問が疑いが向けられた時、グロウの言葉が思い起こされる。
もっと強くなれる、自分が自分のままに強くなっていけるという言葉が。

「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「カーマインお兄ちゃん」

再びクレイモアを突き立てようとするカーマインの叫びに、ただ震えているだけであったルイセがハッと気づいた。
カーマインが必死になって助かろうと、助けようとしている時にただ震えている自分に。
守られているだけのお荷物となっているどころか、強く抱きついて足を引っ張っている自分に。

「そんなのは嫌。私だって……彼の者にさらなる力を、アタック!」

「ルイセ?!」

「カーマインお兄ちゃん、私は大丈夫だから両手を使って」

それが本気だと悟ったカーマインは何も言わず、アタックによって沸きあがる力を両腕にかき集めクレイモアの柄を握り締めた。
息を細く集中した体に、しっかりとルイセがしがみついてくるのがわかった。
細くした息を止め、睨みつけたのは凹凸を持った壁に見えた僅かな亀裂。

「そこだッ!!」

突くのではなく、ピンポイントで切り裂いた壁に深々とクレイモアが突き刺さり、元々あった亀裂を発端に壁を切り裂いていく。
両腕に掛かる体重を支え、切り裂いた壁から飛び散る破片が顔に当たってもカーマインは両腕の力を抜かなかった。
ルイセも自分のかかる負荷が少なくなっている事に気づきながらも、ギュッとカーマインにしがみつく。
ガリガリと壁を切り裂きながらもやがて、二人の落下は止まっていた。
まだルイセは目をつぶったままだが、目を開けていたカーマインが見下ろした地面までは、十数メートルであった。

「止まったか……ギリギリだけど。もう大丈夫だよ、ルイセ。僕だけの力じゃ無理だった。ありがとう」

「そんなこと無いよ。カーマインお兄ちゃんだから、信じてたもん。だけど早くおろして、高い所はもういや」

恐怖ではなく甘えるように抱きついてきたルイセを抱えなおして飛び降りたカーマインへと、壁を伝いきり降りる場所を見つけたグロウたちが駆けてくる。
口々に大丈夫かという声を投げる彼らへと、カーマインがそれに応えて手を振ると、またしても危機を伝える声が届いた。
上、たしかにそういった声に従い見上げると、カーマインが切り裂いた壁が崩れ尖った大岩が複数落ちてきていた。
助かった安堵感からあまりにも気づくのが遅く、咄嗟にできる事と言えばそばで座り込んでいたルイセの服を掴み遠くへと放り投げることだけであった。
すぐ頭上に大岩が来ても、放り投げたルイセの悲鳴に謝りながらカーマインは岩の大群に飲み込まれていった。

「カーマインお兄ちゃん!」

次々と降り注ぐ岩が粉塵を巻き上げ、助けに走ろうとしたルイセをグロウが止める。

「待て、ルイセ。いくらなんでも、無理だ!」

「嫌だよ。私が、カーマインお兄ちゃん!!」

無常にも皆が見つめる目の前で降り注ぐ岩は、まるで長い雨の様に尽きることなく降り注ぐ。
舞い上がる粉塵がグロウたちを包み込むほどであり、それが収まるまでにとても長い時間が必要であった。
このまま収まらなければいいのにと、現実から目を背けたくなる時間もやがて終わりを向かえ。
粉塵が収まり、直視しなければいけない光景が目の前へと現れた。
落下の衝撃でさらに細かく砕け降り積もった岩たちの中から、漏れ出でる淡い光の残照。

「まさか、ウォレス手伝ってくれ!」

一先ず泣き崩れるルイセをミーシャに預け、グロウは岩の塊へと走った。
まだ不安定な場所こそあるものの、二次災害を無視して岩の上へと上ると、漏れ出る光を中心に、どかせる岩からどかせ始めた。
大体大きな物は一番下にあるようで、上っ面をどけるにはなんとかグロウとウォレスの二人がかりで出来た。
そして見えたのは、光のドームに包み込まれたカーマインの姿であった。
急いでカーマインが脱出できるだけのスペースを作り上げると、自然と光のドームは消え去り、カーマインの言葉が届いた。

「なんか、生きてるみたいだね」

「死にさらせッ!」

あははと笑いながらの台詞にとりあえず一発殴ったグロウだが、大空洞全体が揺らぐような地震が起きた。

「おい、まだ終わりじゃないみたいだぞ。走れ、鉄砲水が来るぞ!」

ウォレスの優秀な耳が捉えたのは、大規模な水の流れであった。
幾重にも重なる突然の事態に翻弄されながらも、全員がこの場を離れた数秒後、茶色く濁った水の流れが降り積もった岩ごと全てを飲み込んでいった。

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