第六十三話 ぶつかり合う光と闇


「グロウお兄ちゃん、記憶が戻ってる?」

ルイセがそう思ったのには理由があった。
グロウが先ほど自分へと向けていった言葉の中に、お前の大好きなカーマインとあったからだ
記憶を失ってからのグロウは絶対口にしない台詞である。
そう、それは記憶を失う前のグロウこそが言いそうな台詞であった。
ルイセの言葉から本当に記憶が戻ったのかとユニたちもまさかと言う視線をよこすが、グロウは言葉で答える代わりに翼を大きくはためかせた。
片翼だけでもグロウの身長以上に大きな光の翼が、風だけではなくあたりのグローシュまでもを押し流し、グロウの体を浮かせていった。

「ウォレス、俺がカーマインを止めたらすぐにローランディア軍を前進させろ。せっかくローランディアが退いてくれたんだ。この機会を逃すのも惜しいだろ」

「それはわかるが、止められると言うのか。あのカーマインを」

「止めてみせる。アイツは、闇でいて良い人間じゃないんだ」

どう意味での呟きか尋ねる間もなく、グロウは橋の上で死闘を繰り広げる二人へと向けて地面を舐めるように飛んでいった。
羽ばたくたびに翼を構成するグローシュの粒が流れ、あたりに光の粒子を振りまいていく。
絶えず剣を打ち合っていた二人もグロウの存在に気づいて、一旦互いの間合いから脱していた。

「黒い悪魔の相手だけでも厳しいと言うのに、ここでアイツまで出てくると言うのか」

「勘違いしてんじゃねえ。さっさと退けアーネスト。俺の相手は」

「ウオォォォォォォォッ!!」

グロウが叫ぶまでもなく、我を失ったカーマインの視界からすでにアーネスト・ライエルの姿は消え去っていた。
それを示すように無防備な背中をアーネスト・ライエルに向け、グロウへと振り返っていた。

「俺の相手はコイツだ!」

「ガァァァァァッ!」

カーマインの振り上げたクレイモアと、翼をはためかせ突進していったグロウの雷鳴剣が重なる。
二人の一撃の威力を察したアーネスト・ライエルはすぐに身をひるがえして退き、二人の時が止まった様に制止したのは一瞬。
グロウが意味の無い気合だけを込めた叫びを上げて光の翼がさらに大きくなり、橋の上で踏ん張ろうとしたカーマインを浮かせ吹き飛ばしていく。
もしもグロウがカーマインと橋の上で戦ったならば、確実に橋に致命的なダメージが残った事であろう。
そこまで計算しての事か、グロウは突進の勢いでカーマインを橋の上から追いやり押し出していった。
だがカーマインが単純に押し出される状態に甘んじているわけもなく、クレイモアから片手を離してグロウの襟首を掴むと、上半身の捻りだけで真横に投げ飛ばしてしまう。
自身は勢いがそがれていく体を地面を削りながら止め、グロウは投げ飛ばされた姿勢から翼を制御して優雅に降り立つ。

「なんて力だよ。だけど楽しくねえな。ちっとも楽しくねえ!」

「グルゥッ!」

「獣みてえな面しやがって。お前はそんなもんに頼らなくても強くなれる、頼らない方がよっぽど強い。だから楽しくねえ、どうせやるなら楽しくいこうぜ!」

「グアァァッ!」

グロウの言葉に肯定とも否定とも判断つかない雄たけびを上げながらカーマインが地を蹴った。
蹴るたびに地面は割れてめくりあがり、カーマインの速さに磨きが掛かっていく。
対してグロウは自由な左腕を空へと向けて掲げ、辺り一体に浮かび上がっているグローシュへと唱えた。

「我が魔力よ、我が力となりて降り注げ。マジックレインッ!」

小さなグローシュの光たちが近くの光と寄せ合い集まり、研ぎ澄まされた一刃の矢を形成して矛先を一定方向に向け放たれた。
途切れることなく魔法の矢がカーマインに突き刺さっていくが、止めるには至らなかった。
ある矢はカーマインが発する闇の光によって打ち消され、肉体をえぐろうとも瞬時にえぐられた部分が修復していった。
永続的に回復魔法をかけ続けているような光景にグロウが息を呑む間に、カーマインは懐へと舞い込んでいた。
振るわれたクレイモアを雷鳴剣で受け止めるもそれは残撃などではなかった。
斬る事よりも殴る事を目的としてなぎ払われては受けきれず、グロウの体は地面の上を二転、三転と繰り返していた。
空中ならまだしも地面の上を転がる最中では翼も無意味であった。

「イデッ、ア…………止まりやがれ、こんちくしょおッ!!」

地面に雷鳴剣を突き刺して止まろうにも、慣性がしつこく雷鳴剣が地面を数メートルに渡り切り裂いていっていた。
ふうっと息をついたのもつかの間、グロウの真横の地面が深く陥没していた。
転がっていくグロウに追いついたカーマインが自らを止めるために足をついた時にできた陥没であった。
まだグロウはしゃがんだままであり、普通なら避けられないタイミングであったが、足の変わりに光の翼が動いていた。
反転するように舞い上がったグロウの髪をクレイモアがかすっていた。
完全にとらえたと思ったところで相手が消え去ったように見えたカーマインの動きが止まったのを見計らって、グロウは真後ろへと降り立っていた。

「敵を打ち砕け、ソウルフォースッ!」

マジックアローの何倍もの威力を持った一撃が至近距離で放たれ、今度はカーマインの方が地面を投げ飛ばされていった。
二人が似ているからなのか、学習したからなのか、地面に剣を突き刺して止まる所までそっくりである。
意識を失くしてまでもと少し笑いがこみ上げたグロウであったが、相変わらず楽しくなかった。

「はっ、弱っちいな。そんなもんかよ。お前も俺も、弱っちいな。笑っちまうほど、弱すぎるぜ! もっとだ、もっと力をよこせ!」

止まらないカーマインに、止められない自分に苛立ち叫ぶ。
グロウの思いに呼応した光の翼がさらに貪欲にグローシュを取り込み巨大化していく。
辺りからグローシュが全てなくなれば、どういった原理かも考えずに大量のグローシュを再び出現させ、ふたたび翼の中へと取り込んでいった。

「ウ、ウォォォォォォォォォォォォォンッ!!」

カーマインもグロウの翼に己の力不足を悟ったのか、体を覆う闇の光をさらに強く輝かせていく。
まるで二つの音叉のように互いで互いを高めあい、強大な力を得ていくグロウとカーマイン。
二人が力を高めれば辺りの豊富なグローシュは取り込まれ、なくなれば補充され、また取り込まれていく。
その結果訪れる現象が実際に現れるまでは、何かが起こるなど誰も気づけなかった。
まるで心臓の鼓動のようにドクンと鳴動した世界、血肉に刻み込まれた記憶なのか、二人以外の誰もが心臓を手でつかまれる様な危機感を覚えた。
二人に取り込まれ吸収されたグローシュは一体何処から補充されているのだろうか。
グローシュは時空の不安定な場所から、この世界に重ねられた以前の世界から流れ込む魔法の源なのである。

「やべえな、少しばかり楽しくなってきちまいやがった。これ以上楽しくならないうちに、終わらせようぜ!」

グロウの言葉に答えて、カーマインが駆け出した。
もはやその姿は通常の人間の瞳で捉えることはかなわず、黒い光が駆け抜けたとしか映らなかった。
その光をしっかりと眼で見定めて向かって自身を光の翼でグロウも加速させた。
数メートルが刹那の間にゼロとなり、二人がぶつかり合う瞬間、第三の光が空より舞い降りた。
目を貫くような閃光が辺り一体を多いつくし、それが何だったのか正確に見えたものは誰もいなかった。
ただ光が収まった頃には、グロウとカーマインの間に一人の老人が立っていた。
真っ白な髪とあわせる様に帽子と上着まで白で統一し、何が面白いのか終始笑みを浮かべ続ける老人であった。

「止めよ」

老人は命ずるように呟いていた。
バインドと言う初歩魔法によってわが身を捕らえられた二人に対して。

「ウガァッ!」

「この、何しやがんだ爺。離せこら!!」

それはありえない光景であった。
かなり力の差がなければ掛からない束縛の魔法が、しっかりと二人を捕らえて離さなかったのだ。
それだけ目の前の老人の魔力のポテンシャルがずば抜けている事を示していた。

「世界を崩壊させてまで決着をつけたいか? だがさすがと言うべきか、世界のグローシュの流れに飲まれることなく操るとは。数ヶ月前までとは段違いの力だ」

一体何の事だと尋ねる前に老人は手のひらをグロウへと向けていた。

「だがもう少しだ。もう少しだけ、眠るが良い」

風船が弾ける様に、グロウの光の翼が弾けて消えていく。
これまで全てが夢であったかの様に、意識を失い眠りに着いたグロウを見届け老人は、もう一人へと振り返った。
バインドが生み出す影を振り払おうともがくカーマインである。

「力になど目覚めず、失敗作として天寿を全うすればよいものを。哀れよな、お前の力に奴が目をつけるのも時間の問題だ。だが触媒としてグロウと共にいさせたのも私ならば、責任はとろう」

グロウにそうしたようにカーマインへも手のひらをかざすと、闇の光が影をひそめ意識を失っていった。
力なく倒れこんだ二人を並べて寝かせると、用事は済んだとばかりにその場から消え去っていた。
すぐにルイセたちが駆け寄ってくる後ろをローランディアの兵たちが追随して、橋よりバーンシュタイン側を占領していく。
最後まで残っていたアーネスト・ライエルも、二人が最初にぶつかった時より姿を消しており、ローランディア軍は最後の最後で被害を最小限にしながら占領に成功していった。
だが倒れこんだ二人がすぐに目覚める事はなく、一旦ベルナード将軍がいる後方の部隊まで戻る事になった。





「誰だ、お前ら?」

後方の陣でベルナード将軍から借り受けたテントに二人を寝かせ、やっと起き上がったグロウが一番に言い放った台詞に誰もがまたかとポカンと口を開けていた。
折角記憶が戻ったのに、謎の老人のせいでまたもや記憶を失い、さらにはゼロからのスタートとなってしまったグロウ。
いい加減にしてくれとは言いたいものの決してグロウだけのせいでもなく、何処にも発散できない思いが皆の胸にたまっていく。

「頭の栓がどっか抜けてんじゃないの?」

ティピの突っ込みもむなしく響くだけであり、いきなり知らない者達のなかに放り込まれたグロウは、ここは何処だと辺りを見渡している。
そして隣で寝ているカーマインをみつけて、何かを思い出す素振りを見せて急に拳を額へと振り下ろした。
ゴッと鈍い音がしたが、深く寝入っているカーマインはまだ起きる気配が無い。

「グロウ様、一体何をなさっているのですか?!」

「いや、なんかムカついたから」

「ムカついたって」

子供かと叫びたくなるのをユニが我慢していると、苦しそうに呻くカーマインを心配するルイセやミーシャを置いて、グロウはじっとユニを見上げ始めていた。
またもや何かを思い出す素振りをみせながら、ユニに手を伸ばしそっと触れるようにして自分の前へと招きよせる。

「ユニ?」

「そうです、ユニです。グロウ様、一体何処まで忘れて、何処まで覚えていらっしゃるのですか?」

自分を一番最初に思い出してもらえて嬉しいのを隠しながらユニが尋ねる。

「ユニ、ユニ…………たしか、昨日。ああ、好きって言った。俺はお前の事が好きだ!」

「うえぇぇぇぇぇッ?!」

「駄目なのか?」

「駄目とかそうじゃ、ちょっと待ってください、グロウ様。いえ、確かに言われましたけど。それは」

しどろもどろになりながらも、何かを説明しようとしたユニは、ハッと自分に降り注ぐ複数の視線を感じ取っていた。
三つの乙女の視線は詳しく聞かせろとユニに突き刺さっている。
ある意味死なばもろともとユニはボケ倒すグロウの後ろへと非難してしまい、三人は迂闊に尋ねる事も追い詰める事も出来なくなってしまう。
だが何時までもグロウの後ろに隠れているわけにもとグロウの顔色を伺うと、その視線はすでに別人へと移ってしまっていた。
その相手はルイセであり、再びユニの時と同じように額を手のひらで押さえつけながら何かを思い出そうとしている。

「お前は、確か……ルイセ」

「このパターンってもしかして、私も?」

「妹だけど義理で、俺はルイセの事がす」

つらつらとグロウの口から並べ立てられた情報を前に、ルイセが身を引いた瞬間、カプリとユニがグロウの首筋に噛み付いていた。

「痛ェ、なにすんだよ、ユニ!」

「グロウ様の馬鹿。節操無し、告り魔! ついさっき私に、わた……私に」

自分が言おうとした台詞を自覚して言葉が出なくなってしまい、ユニはカーッと顔を赤らめはじめていた。
ニヤニヤとグロウを含め、ティピやミーシャ、さらにはルイセも助かったとばかりに追随してにやけている。

「もうユニってば、そこはズバッと浮気者って言ってやればいいのよ」

「そうそう、折角両思いになれたのにルイセちゃんにとられちゃってもいいの?」

「とらないよ。とらないから、ユニがんばって」

「う、うぅ…………別になんでもありません。がんばらなくて良いです、このままで十分です!」

「あ、逃げた。そんな中途半端は、このティピちゃんが許さないわよ!」

耐え切れなくなってテントの中からユニが逃げ出すと、ティピが真っ先に号令をかけてルイセとミーシャをつれて追いかけていった。
つい先ほどまでグロウとカーマインが命をかけて戦った緊張感は何処へやら。
しばらく静観していたウォレスが深く溜息をつくと、ユニの狼狽振りを見て笑っていたグロウが振り返る。
ユニの言葉通り何処まで記憶が戻っているのか怪訝に思うよりも先にウォレスは見抜いて言い放っていた。

「からかうのはいいが、後で謝っておいてやれ」

「起きた瞬間は本当に忘れてた。つっても、まだラシェルの街で起きた以前の記憶は戻らないがな」

ややこしくはあるが、戻った記憶は忘れても、忘れてからの記憶だけは残っていると言う事であった。

「全く、こっちは色々な事で頭が一杯だと言うのに……一つ聞いて言いか?」

「アンタが人に聞くなんて珍しいな」

グロウの言葉を肯定と受け取り、ウォレスは勝手にたずねることにした。

「もう、俺の役目は終わったんじゃないのか? お前は覚えて無いかもしれないが、お前とカーマインの戦いを見て切に思った。時にお前達を守り、時に迷った時に手を差し伸べる。導き手としての俺の役目はとうに終わっているんじゃないのか?」

それは一対一の勝負でカーマインに敗れてからずっとウォレスが考えていた事であった。
年齢的な衰えはまだ先であろうが、元々大怪我を負ったせいで衰えた体術はどうしようもなかった。
過去の自分を取り戻そうとあがいている横で、若いグロウやカーマインが軽々と自分を追い越し、かつての自分すら追い越していっていた。
迷った時でさえ、自分自身を必要としなくなる日は近いのではないのだろうか。
育ったひな鳥を頼もしく見上げるよりも、置いていかれるような不安が付きまとっていたのだ。

「これは俺の勝手な想像だが。アンタが何時までも俺達を半分子ども扱いしているから、そう思うんじゃねえのか?」

「子ども扱いと言うのはまだ解る。だがその半分とはどういうことだ?」

「アンタ、俺達を子供じゃなく対等な仲間として見始めてるから、自分の力の足りなさを感じて不安になってるんだろ」

「そうか、そうかもしれない。確かに俺はお前達に対して、かつての仲間のような暖かい物を感じ始めていたのかもしれない。だが、力不足は」

「ああ、もう面倒くせえな! 一緒にいたけりゃ、いりゃいいじゃねえか。力がなきゃ力をつければいい。なんでそんな簡単な事がわかんねえかな。もっと簡単に言ってやろうか? アンタが急にいなくなれば、カーマインは少なからず不安に思う。後ろでどっしり構えてくれるアンタがいないから。ルイセは単純にアンタがいなくて寂しいと思う。ティピだろうが、ユニだろうがミーシャだって同じだ。別に俺は平気だけどな」

酷く単純で純粋な言葉をぶつけられ、ウォレスは十数年前に忘れてしまったものを思い出させられたようであった。
かつては大勢の仲間に囲まれ当然のように持っていたものを、たった一人で世界を歩くうちに忘れてしまっていた。

「まさかお前に説教される日が来るとはな」

「俺で良かったんじゃねえか? この天然ボケ男なら、お前の顔をまっすぐ見つめて貴方がいなくなったら僕は寂しいとか真顔で言ってくるぜ」

もちろんその天然ボケ男とは、今もまだ目を閉じているカーマインである。

「妙齢の女性に言われるならまだしも、男に言われてはぞっとせんな」

「確かにな」

途端に笑いに包まれたテントの中で、しばらくたたないうちにカーマインが意識を取り戻す事となる。

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