第六十話 シャドーナイツ


シュテーム山から強く厳しい突風が吹いた後に、決まって輸送隊を狙って現れる魔物にカーマインの警戒心が高鳴っていく。
ただ黙って右手をあげて襲撃を後ろに知らせて警戒させると、数分もしないうちに魔物の雄たけびが立ち上っていった。
これで輸送隊を狙って魔物が現れるのは、三度目である。
それはつまり最初にウォレスが言っていたシュテーム山からの風に混じる匂いが関わっている事を確定付ける事になった。

「ノストリッジ平原への距離を考えて、これが最後の襲撃になるはずだ。気合を入れてくれ」

「わかったよ。ね、グロウお兄ちゃん」

「たかだが魔物に美味い飯食わせてやる義理もないしな!」

後方の山道から現れた魔物の群れへとグロウが突っ込んでいき、そこへルイセからの援護の魔法が飛んでいく。
魔物の群れが現れたのは後方だけでなく、二股に分かれた前の道からもである。
辺りの魔物が全てといっては言いすぎであるが、そう錯覚するほどに魔物が集まってきている。

「ウォレスさん、僕の援護をお願いします。ミーシャは何時でも回復できるように待機して」

「了解です、お兄様」

ミーシャの返事が終わらないうちに、ウォレスが放ったダブルエッジが空気を裂くのと同時に魔物たちを切り裂いていく。
傷つきながら逃げもせず輸送隊を目指す魔物の前に立つのはカーマインだ。
かつては両手でなんとか操っていたクレイモアを、まるで片手剣のように軽やかに操っていく。
振り上げられたリザードロードの爪を手首ごと斬り裂いて無防備な胴体を蹴り倒し、全体重をかけて内臓を粉砕していった。
ややえげつない倒し方ではあるが、そうする事で両手が自由に使える。
敵は一匹ではないので、倒しても倒しても波のように押し寄せる魔物の一匹一匹を相手にしてはいけないのだ。

「ミーシャ、後方はどうなってる?」

「お兄様が相手にしているほどの数はきてないみたいです。グロウさんとルイセちゃんで十分みたいです」

「そういう事、だからアンタもやっちゃえッ!」

ティピの声に後押しされたわけではないのだが、カーマインがその場に深く足を踏み込んだ。
何をするのかさっしたウォレスがダブルエッジを投げて、ほんの僅かな一瞬だけ魔物の群れを止めた。
次の瞬間、風が唸りを挙げて魔物たちの悲鳴をも食い破り、後から追いつくように土煙が舞い上がった。
土煙が収まった頃に眼前に広がるのは、半分以上は死に絶えた魔物の死骸である。

「もしも僕の言葉がわかるのなら、逃げて欲しい。君たちは自分の意思ではないんだろう?」

戦意を失ってもおかしくないためそう呟いたが、答えは威嚇の咆哮であった。
だからカーマインも諦め、クレイモアを大きくかかげた。

「勝敗は決してるんだ。これ以上お前がする必要も無いだろ。下がってろ」

そう言葉を置いて残りの魔物に向かって言ったのは、後方から現れた魔物を掃討しおえたグロウであった。
後に続いてウォレスも飛び出していったために、カーマインも続こうとしたが、振り上げた腕を下ろさせるようにルイセが服の裾を引っ張ってきていた。

「カーマインお兄ちゃん、もういいよ。私もどういう事か、わかったら」

ルイセもミーシャも、そしてウォレスも輸送隊だけを狙う魔物のからくりに気づいたようだった。
それはもちろんウォレスが風の中にまじるかすかな匂いにウォレスが気づいたからであるが。
ルイセにうながされて、ようやくクレイモアを下ろしたカーマインは、最低限の警戒だけを行いながら魔物が掃討されるのを待った。
それほど時間が掛からないうちにグロウとウォレスに魔物は倒され、残り少ない距離でも護衛を続けてカーマインたちの護衛は終わった。
初めて被害の無い状態で輸送が行えたと言う輸送隊長の感謝に答え見送ると、カーマインたちはローランディアの敷いた陣の手前で振り返った。
全員が見つめる先はシュテーム山の山頂付近であり、そこに遣り残した仕事があるのは間違いなかった。

「俺はその魔物使いって奴に会った事ないんだが、そんなに自由に操れるものなのか?」

「見ていない以上、私もグロウ様と同意権です。魔物が人の言うことを聞くだなんて……」

グロウとユニが皆が気づいた事をいぶかしむが、それも仕方の無いことだろう。
魔物は人を襲うもの、倒すべき物だとずっと刷り込まれてきているのだ。

「私たちが会った魔物使いの人は、魔物に歌を歌わせたり躍らせたりしてたの」

「犬や猫に芸を仕込むみたいな感じだったわよね。だからなおさら、魔物に襲わせるように仕向けるのってのは腹が立つわ」

「お兄様も、今回の魔物には罪がないから躊躇ったんですよね」

急にミーシャに話をふられたが、実はカーマインはそうではなかった。
この場はあいまいに言葉を濁したが、魔物が同行よりも操られているといった点に酷く嫌悪のような物を感じたのだ。
酷くイラつくため、説得よりも先に手が出てしまったのだ。

「恐らく魔物使いはシュテーム山の山頂付近だろう。吹き降ろす風を利用して、魔物を操る薬をまいているはずだ」

「そうですね。今からそこへ行こうと思うんですが、その前にグロウちょっといい?」

ちょいちょいとグロウを手招き、カーマインは耳打ちして言った。
聞くなりいやな顔をしたグロウであるが、すぐにその表情は真面目なものになっていく。
全てを聞き終わると、呆れも混じった声がグロウから放たれる。

「お前のその小賢しい頭だけは褒めてやるよ」

「褒め言葉だと思ってうけておくよ。頼んだよ」

「やってはみるが、期待はするな。ユニ、行くぞ」

「行くぞって何処へですか? 待ってください、グロウ様!」

良いながらグロウは、ローランディア軍の陣があるノストリッジ平原方面へと走っていった。
慌ててユニが後を追うが、ウォレスでさえもカーマインが何をグロウに言ったのかは察する事が出来なかった。
シュテーム山の山頂にいる敵への援軍でも頼みに行ったのか、聞いてもカーマインは答えてくれず、ただ山頂へと向けて歩き出した。
せいぜいウォレスに想像できたのは敵を騙すには味方からという言葉だけであった。





シュテーム山を登り始めて気づいたのは、つい先ほど自分たちが歩いてきた街道が木々に隠れて殆ど見えないことであった。
もっと山頂に近づいて見下ろせば違うのかもしれないが、やはり木々が邪魔になりはっきりと輸送隊が見えるとは思えなかった。
どうやらそう思ったのはカーマインだけではなかったようだ。

「思ったよりも、森が深いね。嫌な魔物使いってどうやって輸送隊の場所を知ったのかな?」

「わ、私に聞かないでよ!」

「誰もミーシャには聞いて無いわよ。アンタわかる?」

ルイセが口にした疑問を聞いてミーシャが慌てたが、元々答えをカーマインに求めるつもりであったようだ。
だが二人のの予想に反して、カーマインは首を横に振ってきた。

「正直わからない。あるとすれば」

カーマインが見上げたのは空であったが、その可能性は限りなく薄くてカーマイン自身が心の中で否定していた。

「知りたければ捕まえてから聞き出せば良い。そろそろ山の中腹は過ぎたはずだ。気を引き締めろ」

ウォレスに言われカーマインは視線を空から山頂へと向けると、丁度吹いてきた強い風の中に金色に光るもやのような物がみえた。
それがあの時みた魔物を操る粉なのではと思うまでに時間は掛からなかった。
ここからは出来るだけ慎重に進むんだと合図を出してから、カーマインたちは山頂へとさらに歩みを進めていった。
木々による死角を利用しながら山頂へと近づいていくと、急に道の勾配が大きくなった坂道の上に魔物使いらしき人影があった。

「輸送隊が無事についてしまったようだが、まあいい。次もまた私の可愛い魔物たちに襲わせれば良いことだ」

上から見下ろしつつそう呟いたのは、くすんだ緑色の軍服を着た銀髪の男であった。
それ以外はカーマインたちの位置からは見えなかったが、その男よりも問題なのはこの地形であった。
たった一人で男が来ているとも考えられないし、この急勾配をしたから攻め入るのは骨である。

「グロウは、まだか」

カーマインが呟きながら視線をよこしたのは、銀髪の男がいる山頂よりももっと上。
ほとんど崖としか呼べないような場所であった。

「ウォレスさん、恐らく一気に奴の懐にまで入り込むのは難しいです。だから」

「ああ、ようやくお前の考えが解った。無理せずジリジリと上に攻め入るつもりだな。もちろん、均衡が崩れる切欠が現れるまで」

「そうです。ルイセとミーシャも攻撃より防御と回復を優先させてくれ」
やはり崖としか映らない場所を見てグロウの名前を呟いても、ルイセとミーシャにはピンと来なかったようだ。
それでも目の前の急勾配の坂を上りながら攻める難しさは理解しているようで、素直にカーマインの言葉に頷いていた。

「見つかるまでは全力で走り抜ける。そこからが作戦スタートです!」

「いっちゃえッ!!」

グロウがいない今、一番スピードのあるカーマインが隠れていた木から飛び出して走り出した。
ある程度まで走り抜けると、ルイセたちが追いついてくるまでの間を持たせるために叫ぶ。

「お前たちが魔物を操って輸送隊を襲わせているのはわかっている。大人しく投降すればよし、しなければ力ずくで行くぞ!」

「ふん、ローランディア軍も今頃からくりに気づいたわけか。だがたった四人とはシャドウナイツも舐められたものだ。お前たち相手をしてやるがいい」

銀髪の男が振り返り命令した男たちが、カーマインたちを見下ろすようにして坂の上に現れた。
真っ白な仮面を被り、闇色の衣を身にまとった男たちである。
もう随分前になるが、サンドラの魔術書を盗もうとした男たちと同じ格好でもあった。
明らかに動揺を見せたルイセへとカーマインが叫ぶ。

「ルイセ、みんなにレジストを。ミーシャは」

だがルイセの反応は思いのほか遅く、シャドウナイトの一人が放つトルネードに間に合わなかった。
渦巻く風が上から落とされカーマインたちを飲み込んでいく。

「本当に舐められたものだ。私の可愛い魔物たちを出すまでも無いようだな」

余裕の笑みを浮かべた魔物使いであるが、その表情はすぐ変わる事となった。
トルネードによって巻き上げられた砂埃が晴れても、そこには変わらぬ姿で立っているカーマインたちがいたからだ。
それぞれの体を包み込むレジストの光は、ミーシャが生み出していた。

「私だって、やる時はやるんです!」

その言葉に勇気付けられたのか、すぐに気を取り直したルイセがプロテクトを唱えて防御を完璧に近くしていく。

「少しはマシなのがいるようですが、これはどうですか? さあ私の可愛い魔物たちよ。アレは敵です。敵です!」

言い聞かせるように叫びながら魔物使いが金色の粉を風に乗せると、護衛の時と同じように翼竜にマンティコア、リザードロードが集まってくる。
明らかな敵の物量に一転突破が望ましく思えなくもなかったが、カーマインはそれでも作戦を変えなかった。

「ルイセとミーシャは、防御に集中して。ウォレスさんは僕と一緒に相手の足を止めてください」

「想像以上とまではいかないが、耐える戦いは辛いな」

シャドウナイツはあくまで遠距離からの魔法攻撃に神経を注ぎ、魔物たちが前へと突っ込んでくる。
せめて前へと突っ込んでくるのが人間であれば、攻撃魔法を放つ後方も気を使うのだが、シャドウナイツに容赦はなかった。
魔物を巻き込もうと一切気にせず、ひたすらに魔法を打ち込んでくる。
カーマインたちは事前にかけておいたレジストやプロテクトのおかげで耐えるぐらいの事はできたが、魔物たちはそうはいかない。
体を焼かれ、切り裂かれてもカーマインたちへと向けてボロボロの腕を振り上げてくる。
自分の意思とは無関係に、操られてしまったからこそ自らの命にもいとわずに。

「なんの権利があって、どうしてこんな事をするんだ!」

「カーマイン熱くなるな。時を待て!」

ウォレスに肩を掴まれながらも、カーマインは湧き上がる怒りを抑えきれそうになかった。
自分だってこれまで散々魔物を倒しては来たが、それは魔物が好んで襲ってきたからだ。
だが今回ばかりは好む好まざるに関わらず、襲わさせられているという点が気に入らなかった。

「何を言うかと思えば、さあ私の可愛い魔物たちはまだまだいるぞ。いつまで耐え切れられるかな?」

何処までも上っ面しかない魔物使いの言葉の後には、また罪のない魔物たちが集まり始めてしまう。
多少の傷は覚悟で魔物使いのいる上まで上るべきかカーマインが迷い始めた時、その声は聞こえた。

「下衆な奴に何を言っても無駄だぜ、カーマイン。こういう奴は、こう言い聞かせるのが一番なんだよ!」

魔物使いがいる山頂よりもさらに上から聞こえた声は、グロウのものであった。
もはや人が上るには無理がありすぎる崖の上から叫んだグロウが、その場所から飛び降りた。
まさか自分がいる場所よりもさらに上から敵が現れるとは思ってもみなかったのだろう。
逃げるよりも不用意に声の発生源を見上げていた魔物使いは、逃げ遅れその体の上をグロウの雷鳴剣が落ちるのに任せて滑っていった。

「馬鹿な、あの崖を……グハッァ」

「獣道を突っ走って崖のぼりの連続だったぜ。やってみるもんだな、おかげで手前の命が取れるんだからな!」

言いながら雷鳴剣を振りかざすグロウであるが、少し相手を侮っていた。
自分の血を見てうろたえ泣き叫ぶかと思いきや、魔物使いは手に持っていた魔物を操る粉をグロウへと投げつけた。
粉が目に入りつつも雷鳴剣を振り下ろしたグロウであったが、地面の硬い感触が手に伝わるのみであった。

「ちくしょッ、見えねえ。どこだ、こら!」

「はっ、爪が甘かったようだな」

残りの力を振り絞って魔物使いが口笛を吹くと、一匹の巨大な鳥が空気を貫く勢いで空から降りてきた。
そのまま魔物使いの両肩を爪で掴んで空へと持っていってしまう。

「魔物を操れるポイントはここだけではない。残念だったな、ローランディアの犬よ!」

「くそむかつく、かえって来いこのやろう!!」

「グロウ様、途中までは格好よかったのに。全部台無しです」

崖のぼりに付き合わされたユニがよろよろとした勢いで、叫んでいるグロウに突っ込んでいる間にもカーマインは今出来る事をしていた。
魔物使いがいなくなり自分の意思で襲いにきた魔物を倒していた。
やはり操られていたという一点だけが気になっていたのか、カーマインに躊躇はみられなかった。

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