第五十九話 新たなるゲヴェルの調査


オズワルドのおかげで、折角の休みが休みにはならなかったが、特例は認められることはなかった。
残念は残念だが、今すぐにでもゲヴェルの調査を行いたいと言う事情がカーマインたちにはあった。

「休日中の活躍は聞いてはおるが、すまんな。次も引き続きゲヴェルの調査をしてもらおうと思っておる」

だから申し訳なさそうにアルカディウス王から次の指令を言い渡された瞬間には、むしろ彼らは喜びをその顔であらわしていた。
渡りに船と言ったその顔を不審に思ったアルカディウス王が、尋ねる。

「ふむ、どうやら次の調査の心当たりがあるようだが」

「はい、実は今朝がたカーマインがゲヴェルに関する夢を見たとの事です」

「あふれんばかりのグローシュが沸き立ち、小金に光る砂を持つ湖。そこに現れた秘密の通路へとゲヴェルの部下が入っていくのを見ました。ゲヴェルの所在地、もしくは重要拠点かもしれません。私は名前を知りませんでしたが、オリビエ湖だというのが全員の意見です」

「オリビエ湖か……」

カーマインの話を聞いてアルカディウス王が難しい顔になったのには理由がある様である。

「お前たちの活躍もあってランザック王国がこちらと同盟を結んだ結果、主戦場は北にあるノストリッジ平原となっている。だがオリビエ湖へと向かうのならば、現在の陣よりもバーンシュタイン王国軍を退けさせる必要があるはずだ」

「それは、現在難しいと言う事でしょうか?」

「多少無理をすれば期間限定で退けさせる事もできるだろう。だが一つだけ問題があってな…………よし、ではこうしよう」

ルイセの質問にしばらく考え込んだアルカディウス王がさも名案とばかりに条件をだしてきた。
もとより国に使えている身のカーマインたちには条件に従わないわけにも行かないのだが。
その条件とは、ノストリッジ平原で戦うローランディア軍へと物資を届ける部隊の護衛という任務である。
だが条件として出すからには、ただ護衛だけをすればよいと言う問題でもなかった。

「実は以前から手をつけていたノストリッジ平原へと続く直通の道を切り開いたのだ。これで輸送物資の輸送期間が一気に短縮され、戦いそのものを盛り返す予定であった。だが一つ問題があって、その輸送路は酷く魔物に襲われやすいのだ」

「襲われやすいとは、具体的にどの程度でしょうか?」

「うむ、それが送り出した輸送部隊の半分以上が襲われている。最初は盗賊か、バーンシュタインの工作兵かとも考えられたが、生存者の言葉では魔物のみだと言う話だ」

素人が考えても誰かしらの意思が働いているとしか思えないが、生存者がそういうのであれば本当に魔物のみに襲われたのだろう。
人に飼いならされる魔物がゼロとは言わないが、たった一匹で輸送部隊をそこまで襲えるものでも無い。
異常な状況から考えるならば、バーンシュタインが何かしらの方法で妨害工作を行っていると考えるのが普通だ。

「つまり護衛を果たし、なおかつ妨害工作を行う者を発見、さらには撃退と言う事でよろしいですか?」

「うむ、その通りだ。ノストリッジ平原への直通路は、ローザリアを西から出て北へ向かった場所にある。すぐに今回の輸送隊を向かわせるから、待っていてくれたまえ」

「了解しました。それでは失礼いたします」

カーマインが立ち上がると、それに続いてウォレスとルイセも退室をはじめる。
彼らが去ってから謁見の間の扉が閉まると、アルカディウス王は輸送隊を向かわせろと支持を出してすぐに、傍らに居たサンドラに視線をよこした。

「つい数ヶ月前まではひな鳥そのものだったのに、私を前にしてあの堂々とした振る舞い。お前の息子は成長が早いな」

「お褒めに預かり光栄です」

「そうだな、一度我が娘と面通しをさせておくのも面白いかも知れんな」

アルカディウス王がサンドラの反応をみながら笑っている事から冗談だと言う事はわかる。
だがレティシア姫の気持ちが誰に向いているのかを一応は知っているサンドラには、あまりにも笑えない冗談であった。
どうかばれません様にと思いながら、もしもの場合を想像しながら、困り果てるサンドラがいた。





一旦家に戻ってグロウとミーシャをつれてくると、カーマインたちはローザリアから西へと街を出て、道なりに北へ向かった。
すると今まで未完成であったはずの道が、森を切り開いて作り上げられていた。
その道の初めでしばらく待っていると、アルカディウス王が言っていた輸送部隊がやってきた。
輸送隊長に二人の輸送隊員、それ以上に多いのが物資輸送用に飼いならされた輸送用の大きな鳥である。
鳥と言っても空を飛ぶわけではなく、ダチョウに良く似た動物であった。
田舎ではさほど珍しくない動物に特にルイセやグロウがビックリして見入っていると、輸送隊長が声をかけてきた。

「おお、君たちがお達しのあった騎士だね。戦争はとにかく物資が足りないとすぐに士気が落ちてしまうから、これ以上の失敗は許されない。あまりプレッシャーを欠けたくは無いが、がんばってくれ」

「ええ、わかっています。では簡単に隊列を確認させていただきます。グロウやルイセも良く聞いておいてよ」

「わかったよ、うるせえな」

「グロウお兄ちゃん、大事な任務なんだから」

根本的にルイセを守るためにいるグロウの士気が最初から低いが、そこはルイセが上手くフォローを入れた。
大丈夫だろうかと輸送隊長の目が言っていたが、カーマインの説明を聞いてすぐにそれは変わる事となる。

「まず隊の先頭は僕が歩きます。しんがりは彼グロウが務めます。彼の素早さがあれば、敵が前方のみでも出遅れる事はありませんし、魔法も使えます。それぞれの補助に、魔法使いであるミーシャとルイセがつきます」

「妥当なせんだな。だがこれでは両脇ががら空きだぞ」

「そこはウォレスさんに両脇を固めてもらいます。ウォレスさんの武器ならば、ある程度の距離ならばすぐさま対応できます。もちろん、前後ともに」

「俺は状況しだいで遊撃を行えばよいというわけか」

「はい、ウォレスさんだったら、それぐらいの判断に迷うような事はありません。難しい配置だからこそと言う意味もあります」

ちゃんと仲間の武器や能力を把握した上で隊列を決めたカーマインに感心して頷く輸送隊長を見ながら、ふいにルイセがグロウを見上げる。

「グロウお兄ちゃん、加わらなくていいの?」

「ルイセ様、それはあまりにもご無体なお言葉かと」

「ちょっと待て、人を馬鹿みたいに言うんじゃねえよ、ユニ。それよりも、俺の補助はルイセだよな。それ以外は認めんぞ」

すぐさま否定したようであるが、すぐに話を摩り替えた辺り図星だったのであろう。
ルイセに呆れさせる暇を与えずに、後ろから抱きしめながら主張する。
それに喜んだのは、もちろんミーシャである。

「って事は、アタシがお兄様の補助って事で。残念だったわね、ルイセちゃん」

「む〜、別に残念じゃないもん。任務なんだから、今回はノーカウントだもん」

そんなやり取りをすぐ横でされれば、輸送隊長に不安を抱かせるのには十分であるが、カーマインは大丈夫ですよと言葉ではなく微笑みで訴えた。

「それじゃあ、行きましょうか。ミーシャ、僕と一緒に先頭を歩くよ。ルイセはグロウと一緒ね」

実はこっそりカーマインが自分を指名してくれる事を期待していたルイセが、不満を言う前にカーマインはその口を抑えて耳打ちした。

「ルイセがいないとグロウがちゃんと働いてくれないだろ。グロウの手綱とり、頼んだよ」

「聞こえてんぞ。まあ、お前は先頭でせいぜいがんばんな。俺はせいぜい後ろでルイセと仲良くやってるからさ」

「グロウお兄ちゃん!」

グロウの台詞にさすがのルイセも怒ったが、カーマインは欠片も気にした様子がなかった。
むしろ口元に拳をあてて、クスリと笑う余裕さえ見せた。

「たかが隊列が一緒になったぐらいで、よかったね」

ぽんぽんとグロウの肩を叩いてから、慰めるかのような言葉にグロウの方が呆然とさせられていた。
どうやら、カーマインの方がグロウの性格をしっかりと把握しているようだ。
カーマインが見せた余裕に、グロウはいかに自分が小さなことに拘っていたかを知らせれたと錯覚させられたのだ。
もちろんカーマインはカーマインでルイセと一緒の方が良かったと思っているのだが、頭に血が上ったグロウには気づけない。

「あんの野朗……」

「グロウ様落ち着いてください。ほら、ルイセ様がおびえちゃいますよ。ルイセ様からも何か言ってください」

カーマインがグロウの手綱とりを頼んだのはルイセであったが、ユニが一番苦労しそうであった。





街道をノストリッジ平原方面へと歩き出したのだが、驚くほどにハプニングが何も起こらなかった。
あったといえば、輸送用の鳥を珍しそうに間近で眺めていたティピが、危うく食べられそうになってしまったぐらいだ。
本当に輸送隊が襲われているのかと疑問に思いつつも、誰もがこのまま何事もなくと願っていると、急な突風が北から流れてきた。
小さなユニとティピは危うくそのまま流されてしまいそうになるが、咄嗟に手を伸ばしたグロウとカーマインに助けられる。

「あっぶなぁ。こんな風が吹くんじゃ疲れて飛べないよ」

真っ赤になってペコペコとグロウに頭を下げているユニとは違い、ティピは助けられた事よりも風に起こっていた。
カーマインももとより礼は期待していなかったのか、ティピを肩に乗せながら突風が終わっても強めの風が吹いてくる北を見上げた。
その目に映るのは、空へと向かって削られたような棘を思わせる山が見えた。

「なんだか嫌な風だな……」

「あそこに見えるシュテーム山から吹き降ろされる風さ。この季節はまだいいが、冬ともなると身も切れる思いをする風さ」

山から吹く風に感じたままの言葉をウォレスがはくと、輸送隊長が山と風の説明をしてくれた。
たしかに今は風がきついぐらいにしか感じないが、冬はこの道を行くのもいやになるぐらいであろう。
だが何かを考え込んでいるウォレスは、嫌な風だといったのは、そういう意味ではなさそうである。

「ウォレスさん、今の風がなにか?」

「いや、気にしないでくれ。先を行こう」

そうウォレスが気にしている以上そう言われて気にならないはずもなかったが、カーマインは先に進む事に決めた。
風に気をつけて進みましょうと、後ろを向いて声をかけようとした瞬間、魔物の声が当たりに響き渡る。
一匹や二匹ではなく、さらに興奮状態に近い声であった。

「ウォレスさんの感があたりましたね。グロウ、後ろからこないか気をつけて。一応なくてもルイセと一緒に魔法援護でいいから」

「わ、解ってる事をいちいち命令すんな!」

どもっては説得力がないのだが、誰もつっこみはしなかった。
それぞれが自分の武器を持ち、待ち構えているとまたシュテーム山から風が吹き降ろしてきた。
思わず目を閉じてしまいそうなそれに、耐えていると前方から飛竜系とリザードマン系の魔物が、背後からマンティコアが現れた。
さすがに山の木々を切り開いて作った道だけあって、普段人が行き来する街道よりも強力な魔物である。

「ウォレスさん、後ろはグロウにまかせてこっちの援護をお願いします。ミーシャは、輸送用の鳥が傷ついてもすぐに癒せるようにキュアを詠唱で待機。輸送隊の人は、鳥が暴れないようにお願いします」

「この咄嗟の状況で、よくもそこまで号令が出せるもんだ」

「了解です、お兄様」

クレイモアを手にカーマインが走り出すと、それを追い抜くようにウォレスのダブルエッジが飛んでいった。
直接魔物にはあたらなかったものの、ダブルエッジが地面を砕いていく様は十分すぎるほどに威嚇となったようだ。
少しだけ威勢を失ったリザードロードを縦一文字に切り裂いた。
真っ赤な血しぶきが舞う中、剣を振り下ろした状態のカーマインへと飛竜が鋭い足の爪で掴みかかろうと急降下してくる。
偶然なのであろうか、その時もう一匹いたリザードロードが同時に持っていたさびだらけの剣で切りかかってきた。
まるで人間が相手であるような挟撃に、少しだけカーマインが驚いたが、欠片も焦っていなかった。

「ウォレスさん!」

「おうッ!」

カーマインが叫ぶよりも一瞬速く、ウォレスの手からダブルエッジの第二撃が放たれていた。
岩盤をも切り裂く威力をもったそれは、急降下していた飛竜の片翼を容易く切り裂いていき、ブーメランのように戻ってくる間にもう片翼も切り裂いていった。
挟撃が失敗したと、あわててリザードロードが剣を振り下ろすが、いつまえもその場にカーマインが留まっているはずも無い。
あえなく空振りをしたリザードロードの剣を足で踏みつけ、力を入れるか手を離すか迷った隙にクレイモアで首を吹き飛ばした。

「ふう、このまま何事もなくいってほしかったのに、出ちゃったか。ミーシャ、もう……あれ?」

キュアの詠唱を止めさせようとすると、ミーシャはこちらではなく後ろを向いていた。
彼女はマンティコアの尻尾から放たれた毒針に撃たれた輸送用の鳥の治療を行っていたのだ。

「お兄様、もう少し待ってください。もう少しでこの子の治療が終わりますから」

攻撃を受けて暴れられなかったのは幸運だが、カーマインは少しだけ後ろを守っていたグロウに視線を向けた。

「まさか目前の俺を無視して鳥を撃つとは思わなかったんだよ。文句あるか?」

「カーマインお兄ちゃん、嘘じゃないよ。グロウお兄ちゃんがとどめを刺す直前に、急に撃たれて」

「とどめを刺す直前?」

今度はウォレスに視線をよこすと、妙だと言う事を肯定するように頷き返された。
確かに情報通り襲ってきた魔物であるのだが、どこか行動が人間臭いのである。
カーマインが飛竜とリザードロードに挟撃されたのは偶然と考えても、それが失敗した時のらしくない動揺。
それに例えとどめを刺される瞬間であっても、魔物は生き残るために目の前の敵を攻撃するはずである。

「襲われたのが本当にただの魔物なのか、妨害工作のための魔物なのか。微妙な所だが、これが続いたのなら妨害の方で間違いないぞ」

「ウォレスさん、さっき風が吹いた時に感じた事を話してくれませんか。確信がなければ、僕だけでかまいませんから」

「ああ、実はさっき風が吹いた時に妙な匂いみたいなものを感じたんだ。俺でなければ気づかないぐらい微量だったが」

「匂いとまものですか」

「なんかどっかで聞いたことある気がするのは私だけ?」

それはティピだけではなく、カーマインとウォレスも同じであった。
だがすぐには思い出せず、しかも先を急がなければならないため、まずは輸送用の鳥の治療を終えてから先に進み始めた。
幸運な事に毒に侵されるような事はなく、どの鳥も元気に進み始めていた。

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