第五十七話 イライラ


病院の看護婦たちから情報をかき集めると、どうやらアイリーンは恋人と共に身を隠すようにラシェルを抜け出したらしい。
身を隠すようにしてと言う事は、薄々アイリーンか、もしくはその恋人がグローシアン殺害事件に察し始めていたのだろう。
カーマインたちは保護に訪れた兵士たちと話し合い、手分けして近隣の村を探す事になった。
そしてカーマインたちに割り当てられたのは、ラシェルから徒歩で半日も離れていないメディス村の担当となり、今木々に挟まれた街道沿いにその村に向かっている。
別の大きな問題も同時に抱え込みながら。

「メディス村ってね、ミーシャの生まれ故郷で綺麗なお花畑があるんだって。ちょっと不謹慎だけどミーシャも来れたらよかったのにね」

窮屈そうに首を引っ込めながら明るく話題を振りまこうとしているルイセであるが、肝心の相手二人は話を聞いているのかどうか。
ルイセの両脇に並び、その頭越しにルイセにばれていないつもりでカーマインとグロウがにらみ合っているのだ。
しかも二人の右手と左手は、しっかりとルイセの手を握っていたりする。

「綺麗な花畑か、今度一緒に行くぞ。デートだデート」

一応話は聞いていたようで、勝ち誇りながらグロウがルイセを引っ張り自分に寄せようとする。
だがすかさずカーマインも負けじとルイセの手を引っ張り始めた。

「アイリーンさんを無事に保護できたら、ついでに寄ってみようか。良い休息になりそうだし」

「マネすんなよ」

「なんのことだか? それよりルイセが歩きにくそうだから、その手を離したら?」

「そっくりその言葉を手前に返してやるよ」

グイグイ手を引っ張られているルイセは見事にほんろうされて、フラフラと歩いている。
それで文句を言わないのはこの状況に弱り果てている証拠なのであるが、後ろを歩いているカレンたちに泣きそうな顔を向けても反応は冷たかった。
ユニは当然のことながらプイッと怒って顔を背け、ティピは良く続くわねともうあきれ果てていた。
そして年長のカレンはというと、何処か羨望の混じった眼差しでルイセを見ている。

「カレンさ〜ん」

ルイセが泣きと疑問が半々の声を投げかけると、ハッと気づいたようにカレンが二人を止めようと足を速めた。
とりあえずルイセを取り上げる所からはじめるべきか、ルイセの両肩に手を置いた時、街道の脇にある藪がガサガサと震えた。
突然の事にヒッとルイセが驚いた瞬間、その藪が爆発した。
煙の中から倒れこんできたのは凶暴な性格を持つリザードマンであるが、もっと恐ろしいものを見るようにカレンはルイセの両脇にいる人物を見た。
いつの間にかクレイモアを抜き放ち見えない斬撃を飛ばしたカーマインと、マジックアローを放ったであろう片手を挙げているグロウ。

「俺の方が速かった」

「止めを刺したのは僕だよ」

「俺が足を止めたから当たっただけだ。余計な事すんな」

「だったら初撃でしっかりしとめる事だね」

ややカーマインに優勢に話が進んでいるようだが、カレンはちょっと怖くなってルイセの両肩から手を離して後ろを歩き始めた。
もはや止めまいとルイセには悪いが、静観を決め込んでしまう。

「二人ともやめてよ。カーマインお兄ちゃんも、グロウおにいちゃんも凄いのは解ったから」

「ほら、僕の方が先に名前が出た」

「ルイセは大事なものは後にとっとく性格なんだよ」

もはやああ言えばこう言うという状態で、二人はにらみ合うのをやめない。
カレンですら止めるのをやめてしまったとなると、もはやこの場にいる誰にも止められない事だろう。
そんな調子でメディス村までたどり着けば、事の張本人であるグロウとカーマイン以外は疲弊しきっていた。
特にルイセが歩くのも辛そうなほどに疲労してしまい、今度はどちらが背負うかで喧嘩しだす始末である。
おかげでメディス村について一番最初に立ち寄る先は、宿屋になってしまった。

「疲れたよう」

「自業自得ですよ、ルイセ様」

「アンタ、本当にグロウが関わると容赦ないわね」

小さな村にある一軒だけの宿であるため、たいした広さがあるわけではないがそこのロビーにあるテーブルでルイセはぐったりと倒れこんでいた。
その周りを心配だからと置いていかれたユニと、ティピがふわふわと飛んでいる。
今カーマインとカレン、そしてグロウと二手に分かれてアイリーンを探して回っているはずだ。

「だってはっきりするって言っても、グロウお兄ちゃんはともかくとしてカーマインお兄ちゃんは何も言ってくれないもん」

言い訳がましく聞こえたかもしれないが、そこが気になっていた。
グロウは馬鹿正直に言って欲しいことも欲しくない事も言ってくれるが、カーマインは違う。
何も言ってくれないどころか、道中の張り合いだって、相手主体で張り合っている気がするのだ。
ルイセが好きだから張り合うのではなく、グロウが好きだというから張り合っているような気がして確信が持てない。

「それに……」

グロウを嫌いかと聞かれたら、即座に否定できる。
ちゃんと好意を言葉にして伝えてくれる、ただそれだけがどれだけうれしい事か。
確かに勝手すぎるところもあるが、好きと言われて喜んでる自分もいる。

「ルイセちゃん、本当に大丈夫?」

「冷たい飲み物でも貰ってきましょうか?」

心配になった小さな二人が問いかけても、もはやルイセは上の空であった。
自分はどちらが好きなのだろう、どうしたいのだろう、いつからこうなってしまったのだろうと延々と考えているのだ。
ついに頭を抱えだしたルイセは、逃避をするようにグロウにいじめられて、カーマインに泣き付いて、またからかわれていた以前が酷く懐かしいと考えるようになっていた。
それからどうにかあの頃に戻れないのかとまで考えるようになった頃、とある女の人の声が耳に届いた。

「ごめんね、こんな事に巻き込んで」

それは宿の二階から降りてきた女性の声であった。
困りごとかなと一旦考えを中断したルイセの眼に入ってきたのは、当の探し人のアイリーンであった。

「何を言うんだアイリーン。君のためなら危険の一つや二つ」

「アイリーンさん、それに貴方はニックさん?」

名前を呼ばれた二人は緊張感から咄嗟に身構えるが、その相手がそれぞれ見覚えの有る人物を捕らえた途端、緊張が解けたようだ。
何故こんな所にという表情で呟いてくる。

「君は確か闘技大会の準決勝で……ルイセ君だったか?」

「アタシもいるわよ」

「ついでというわけではありませんが、私もいます」

「ユニちゃん、って事はグロウ君も?」

不思議がる二人にルイセはまず、二人が置かれている状況とグローシアンの保護が成されている事を話した。
すると二人も数日前から不審な人物がうろつくようになり、ラシェルが巻き込まれる事を避けて先に逃げ出したと教えられた。
この宿もいつばれるか解らず、早々にチェックアウトするつもりらしい。

「同じ宿だなんて盲点でした。それで保護の件なんですけれど、私のお兄ちゃんたちとカレンさんが戻ってくるまで待てませんか?」

「いや、実はメディス村の近隣でも奴らを見たと俺の相棒が教えてくれてね。できればすぐにでも保護を頼みたいのだが」

「魔法学院に送るだけならテレポートですぐじゃない。ユニを伝言に残して、まずは送ってあげたら?」

その方が確実ではあるとルイセがユニの方を見ると、コクリと頷いてきた。

「保護を優先すべきだと思います。もしこのままグロウ様たちを待っていて、敵に見つかっては守りきれません。ニック様はアイリーン様の護衛で手一杯ですし、魔術師であるルイセ様の護衛は誰もいませんから」

「アレ? そう言えば、私もグローシアンなんだけど」

ルイセは自身の言葉に、ティピもユニですら忘れていたとばかりにサッと顔を青くしていた。
特にルイセとティピはサンドラから一人で行動するなといわれたばかりである。
なのにそれを一緒に聞いていたカーマインは、アイリーンを探してメディス村を走り回っている。

「えっと、早く行きましょう。テレポートで魔法学院に送るので一瞬です。一応外に……」

ルイセが先導するように宿のドアノブに触れると、向こうからも同時に誰かが開こうとしたのか軽いフワリとした感触でドアが開いた。
それは向こう側からも同時にドアが開かれたと言う事であり、咄嗟にルイセは後ろへ下がりながら顔を覗かせた人物を見た。
向こうも驚いていたようで、ルイセを見た途端に言葉を失ったようだ。
だがそれは同時にドアを開けたことではなく、お互いに対してであった。

「て、手前は!」

「ふぇ、きゃッ!」

反応が半歩遅かったルイセであるが、そのルイセの肩を誰かが力強く掴み後ろへと引っ張った。
ふらついたルイセをアイリーンへと放り投げたニックは、そのままの勢いで宿の扉ごと顔を覗かせたオズワルドを蹴り倒した。
衝撃に耐えられずに蝶番が外れたドアをオズワルドを下敷きに踏みつける。

「もうこんな所にまで、遅かったか。アイリーン、それにルイセ君も。逃げるぞ」

「はい、ルイセちゃんもしっかり走って!」

「逃がすと思っ、ぶぇ! こら、下敷きになっている人間を、ぐぁ!!」

「オマケよ!」

ドアの下敷きになりながら叫ぶオズワルドを皆で踏みつけて宿を逃げ出した。
ついでにティピもわざわざ踏みつけていったが、しつこい事だけは褒めてやりたくなるようなオズワルドである。
すぐにドアの下から這い出てくると、メディス村全体に聞こえるかと思うような声で部下たちへと号令を送り出していた。





オズワルドの部下が真っ先に集まりだしたのは、メディス村唯一の出入り口である東の入り口であった。
すかさず方向転換を試みようとしたルイセたちであったが、西には薬草や山菜の取れる山へと続く道しかない。
その一瞬の葛藤が命取りとなり、一人また一人とルイセたちをとり囲もうとする盗賊たちが増えたいった。
ルイセたちは三人それぞれが背中を向け合い、トライアングルを形成して待ち構える。

「くっ、あまり村人に迷惑をかけたくはなかったが仕方がない。ここで戦うしかないか。アイリーンそれにルイセ君も下がっていてくれ」

「私も戦えます。これでもローランディアの宮廷魔術師……見習いです」

背負っていた剛剣をニックが抜いたのを見て、ルイセもすかさずゼメキスの杖を構えた。

「そうか、だが無理はしないでくれ。君に何かあったら、カーマイン君に申し訳がない」

「たく、アイツらは一体何処で何をしてんのよ。これだけ騒ぎになってんだから、さっさと戻ってきなさいっての」

「もしかすると西口から裏山まで行ったのかもしれませんね」

ポツリとユニが漏らすが、ありえないとも言い切れなかった。
じりじりと盗賊たちが取り囲む輪を縮めていくと、鼻の頭を赤くしたオズワルドが現れた。
時折痛むのか、顔を抑えながら部下たちの輪を割って入ってくる。

「これでようやく俺もお役ごめんって所だな。部下たちを可愛がってくれた礼も加えてしてやるぜ。あとそっちのチビどもにも、コレまでの礼をたっぷりしてやる」

「随分前の事を、相変わらずちっちゃい男ね。そんなんだから盗賊なんて馬鹿なことやってんのよ」

取り囲まれているにも関わらず、変わらぬティピの憎まれ口に一瞬呆気にとられたオズワルド。

「どうやら、相当痛い目をみたいらしいな……」

「ティピ、余計な事言って怒らせないでください」

「本当の事言っただけだもん。男ばっかでムサイったらありゃしない」

「グローシアン以外はやっちまえ!」

ユニが注意をするもさらに言葉に棘を増やす結果となるだけであり、ちょっぴち金切り声となったオズワルドの声が響いた。
それと同時に、ティピとオズワルドのやり取りに隠れて詠唱を済ませていたルイセのファイヤーボールが火を噴いた。
立ち上る爆炎に眼もくれず、ルイセは次の詠唱へと入っている。
なにせニックはアイリーンを保護するので手一杯であり、ルイセはとにかく隙を見せないほど高速に魔法を唱え続けなければならない。
誰一人盗賊を近づけないように、ファイヤーボールを唱え続けるルイセへとニックがその調子だと叫ぶ。

「当たる当たらないを確認する事もない。とにかく君はファイヤーボールを。アイリーンはできればでいいから回復か補助を頼む」

「わかったわ、できるだけやってみる」

ルイセほどではないが、アイリーンもグローシアンだけあってルイセの呼吸が乱れた間をぬってファイヤーボールを放つ。
ニックはニックで、その場を離れることなく一定距離を近づいてきたものだけを狙って相手の足を止めていた。

「その調子、その調子。時間さえ稼げば、絶対アイツとグロウが戻ってくるわ」

「アイリーンさん、すみません」

「ファイヤーボール!」

ルイセが声で合図を出すと、すかさず呼吸の間を狙ってアイリーンがファイヤーボールを繰り出した。
即席のチームとは思えない連携であり、誰一人として三人の間近へと近づく事はかなわなかった。
なのに何時もならすでに大慌てでいるはずのオズワルドは、ゆっくりと自分の後ろにいる男へと合図を出した。
右の手首から先が剣と一体化した男にたった一言、行けと。
爆炎が立ち上り続ける中、その男は地面をなめるようにニックへと駆けて行く。
一番攻めにくそうな場所ではあるが、三人の位置関係から爆炎が一番薄い場所を選び抜いた結果だろう。

「今度はお前か!」

いち早く男の接近に気づいたニックが応戦するが、コレまでの雑魚とは一味違う事がすぐに知れた。
まずニックが振りかざす剛剣に気おされる表情もなく、冷静に右手から生えている剣で応戦し受け流す。
だが積極的にニックを倒そうとするわけでもなく、ただニックの手をふさぐ事に終始していた。

「お前一人に煩わされるわけにはいかない!」

「だが事実、煩わされているのだろう?」

「このっ!」

焦っている時に、解っている事をわざわざ忠告されるのは酷く頭に血が上るものであった。
幾分コレまでよりも大降りに剛剣を振りかぶったニックの隙を突いて、男は懐へとすばやく手を伸ばした。
振り下ろされ大地ごとえぐろうとする剛剣をかわした男は、懐から取り出した一振りのナイフの切っ先を向けた。
切っ先が向かったのはニックではなく、予備動作もなく飛び出したナイフの刃が向かう先はルイセであった。
そう、男の狙いは最初からルイセであったのだ。
背後から迫るナイフに気づく節はない。

「ルイセ様ッ!」

覚えのある男とナイフを見た時から、ユニの行動は決まっていた。
ファイヤーボールを放とうとするルイセに横から思いっきりぶつかるが、押し倒す事はかなわず飛び出したナイフがルイセの腕の上を滑っていく。
痛みでルイセの手を離れたファイヤーボールがあらぬ方向へと飛んでいき、ルイセ自身は切られた腕を押さえて座る込んでしまう。

「ルイセちゃん?! ちょっと、これって!」

「アイリーン様、すぐにルイセ様の解毒をお願いします。あのナイフは、毒がぬって有る可能性が」

「毒?! すぐにファインを……ルイセちゃん」

腕を押さえながらも意識が朦朧としているのか、毒とは違うように見える症状にアイリーンが不審がる。

「心配するな。グローシアンの捕獲用に眠り薬を混ぜてあるだけだ。さあ、チャックメイトだ。お前一人で、二人も守れると思うか?」

「くっ……汚いぞ」

「最後の台詞にしては、さえないものだな」

男、クレヴァーが剣を振り上げた瞬間、何を思ったか後ろへと跳んだ。
直後その場に突き刺さったのは、何処かから飛んできたマジックアローであった。

「貴様、生きていたのか」

クレヴァーの驚きも有る意味当然で、彼は自分の猛毒ナイフで死んだと思っていたのだ。

「人がいない間に、好き勝手やってくれたみたいじゃねえか」

「僕は温厚な方だと自分でも思ってるけど、それでも怒りに身を任せたい事だってある」

それはルイセたちを囲う盗賊たちのさらに外から投げかけられた言葉であり、当然投げかけたのは二人。

「「ぶっ殺す!」」

グロウとカーマインであった。

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