第五十六話 止めてくれる人


領地として貰ったのは良いが、未だ緑一色のその広すぎる土地。
風がそよいで草木を撫でる中で、二つの影が時に交差し、ぶつかり合いながら駆け抜ける。

「やはり、見えなくなったこの眼にもしっかりとわかるぐらいに重なる」

ウォレスは体から微弱な黒い光を発しながら自分へと剣を向けるカーマインを前に、そう静かに呟いた。
初めてカーマインの力を目の当たりにしてから、日に日にその思いは強くなっていっていた。
休日の間に尋ねようと考えていたところ、カーマインの方から申し出があったのだ。
鍛錬をつけて欲しいと。
ウォレスの目の前で、ダンッと力強く大地が蹴られえぐれた瞬間、真後ろに振り向いてその勢いのままダブルエッジを横に凪ぐ。
すると計ったかのようなタイミングで、カーマインのクレイモアとぶつかり合い金属同士が悲鳴を上げる。

「少し、スピードを上げますね」

「なにッ」

これ以上まだあがるのかと小さな驚きを込めた言葉を放つ。
途端に、カーマインの姿がかすむ様に消えていった。

「何処が少しだ。あの頃の俺でもここまでは」

もうすでに影しか捉えられない魔法の眼は役に立たず、ウォレスは耳と肌に触れる風だけを頼るように感覚を切り替えた。
耳に届くのは絶え間なく大地を蹴り上げる音に、地面から生える草がチリチリとこすれあう音。
だがそれだけでは到底位置を掴みきれず、もう一つの感覚である肌で味わう空気に頼る。

「そこか!」

感覚に加え先読みをして、ダブルエッジがウォレスの手を離れて飛んでいく。
確実に捉えた、そう思った瞬間、カーマインが一際大きく大地を蹴り上げる音が耳に届いた。
眼で見ているわけではないが、上を見上げてあたかも見えているかのように振舞うウォレス。
すぐにカーマインの一撃を予想してその場を離れるが、予想した衝撃は一片たりとも届くことはなかった。
何を思ったのか、クレイモアを振り上げもせずにカーマインが降り立ったのだ。

「チェックメイト」

そう呟いたカーマインは、足が地に着いて呟くのと同時に、クレイモアが唸りを挙げて衝撃波を放った。
衝撃波の向かう先はウォレスではなく、ウォレスが放ったダブルエッジ。
回転しながら主の下へと戻ろうとするそれが、衝撃波に打ち落とされ、あらぬ方向へと回転を弱らせながら落ちていった。
無言のままにカーマインがクレイモアの切っ先をウォレスへと向けた。

「まさか、負けるとはこれっぽっちも思っていなかったぜ。腕が落ちたなんて理由に挙げる気にもならねえ。完全にあの頃の俺よりも強い」

「ありがとうございます」

素直に礼を言ってきたカーマインだが、とてもその顔は喜んでいるようには見えなかった。
むしろ勝ててしまった事を憂いているようにも見えた。

「それで俺に勝っておいて何が不満なんだ? 俺に、何を期待していた?」

そう、休日であるにもかかわらずこの手合わせを願い出たのはカーマインの方である。
例えば自分の腕を試したくなっただけであるのなら、今の憂うような表情は説明できない。
もっと他に理由があるのだとすぐに察したウォレスは、負けたと言う悔しさを押し殺し問う。

「もしも」

クレイモアを鞘に納めながら、空を仰いでカーマインが呟いた。

「もしも僕が誰か、力に任せて誰かを傷つけそうになった時、それを止めて欲しいと頼むつもりでした」

「でした、か。そうだな、お前の承知の通り俺ではお前を止められないぐらいにお前は強くなった。だが反面、酷く危うい。お前自身言っていたな。ある程度は、制御できると。つまり」

「ある程度にしか制御できないんです。あの滝の裏の洞窟で白づくめの男と戦った時も、あの男の殺気がルイセに向かった瞬間、僕は知らずに彼を壁へと叩きつけていた。その後クレイン村で別の白づくめに襲われたときは、危うくルイセとティピを撃ち抜きかけた」

恐れるようにカーマインは自らの両の手のひらを見つめていた。
自分の力の本質は、自分が欲する守る力ではなく、ただ目の前のものを破壊するだけの力だとわかるのだ。
それで自分が傷つくだけならまだしも、誰かを傷つけてしまうのかと思うと恐怖でしかない。
だが何処かで力は使いようだと思い、簡単に力を使おうとする自分もいる。

「お前はまだ色々な面で成長期だ。恐らくその力はこれからいっそう増していくだろう。そうなったら、いくら俺が過去の力を取り戻しても止める事はできん」

「そう、ですか」

「だがお前自身もうわかっているのだろう? もしもその力が暴走しそうになったら、誰が止めてくれるのか」

それが誰であるかを答えずに、カーマインは一礼してからその場を去っていった。





カーマインは自分の領地から自宅へと戻ると、すぐに暇そうにしていたルイセとティピをつかまえとある事を頼み込んだ。
特に断る理由もなくルイセは了承し、一度外へと出てから集中を始めた。
唱えた魔法はテレポートであり、行き先はカーマインが行きたいと言い出したラシェル。
二人の体にまとわりつくようにグローシュの光が集まり、はじけた瞬間には、目の前の光景はラシェルの街並みへと変わっていた。
保養地独特の落ち着いた雰囲気と、ゆっくりと流れる時間が眼に見えそうな街である。

「着いたけど、どんな用があるの? グロウお兄ちゃんにでも会いにきたの?」

目の前に広がった街並みを前に、ルイセがカーマインを見上げながら尋ねた。
普通ならばそれしか用はないはずであるのにも関わらず、ルイセが尋ねたのには理由があった。
グロウがラシェルへと身を寄せていると解っても、カーマインは一度もラシェルに来ようとはしなかったからだ。

「そうだよ、グロウに会いにね。兄弟なんだし、変じゃないでしょ? ルイセだってグロウに会いたいだろ?」

「もちろん私だって会いたいよ」

だけどとルイセは続けるつもりであったが、カーマインの表情がわずかに変わったのを見逃していた。
おかげで会いたいと言った一拍後には、カーマインの腕によって抱きしめられていた。
これがグロウであるのならある意味慣れていたのだが、軽いパニックを起こしながら何かを言おうとする。

「ちょっ、カーマインお兄ちゃん?! なん、で? なにが?!」

「なんかそうしてるとグロウみたいねぇ」

「ティピ、のんきな事言ってないでよ」

「コイツ相手だと助けてくれとは言わないんだ」

周りにいる人たちの視線を一心に浴びながらパニックに陥ったルイセをティピがからかっている。
カーマイン自身、軽い嫉妬の解消方法のつもりであったため、すぐにルイセを開放して笑いかけた。

「ごめん、ごめん。ちょっとからかっただけ」

「からかったって。もう、知らない!」

頬をぱんぱんに膨らませると、ルイセはグロウがいる病院へと向けて走っていってしまう。
カーマインとティピはその後姿を歩いて追いかけはじめる。
目的地は同じなので、たいした心配もしていない。

「ところで、誰が誰をからかってるって? アタシにはそうは見えなかったけど?」

どう考えても見抜かれているとしか思えないティピの台詞に、カーマインが考え込んだのは一瞬。

「これで黙っておいてよ」

手のひらでそっと飛んでいるティピの体を自分に寄せて、その小さな頬に唇を寄せる。
触れていないのではと思える刹那であったが、それが何を意味しているかは十分すぎるほどに理解できた。
片方のほっぺたを両手で押さえながらカーマインから急いで離れたティピは、これでもかと言うほどに赤面している。

「ア、ア、ア。アンタねぇ!」

「冗談だよ。そんなに反応されると……あっ」

誤魔化しが誤魔化しを呼んだ結果のキスであったが、間が悪すぎた。
二人から十メートルと離れていない場所に、見覚えのありすぎる二人がいたのだ。
しかも確実に今の現場を見られていたようで、特に小さなユニの顔が赤らんでいた。
そしてもう一人、買い物袋を抱えたカレンの方は、仲のよさそうに見えた先ほどの光景を羨望の眼差しで見つめていた。

「見られた。よりによってユニに見られた!」

「どうも、こんにちわカレンさん」

「コイツは普通に挨拶してるし!」

「こんにちは、カーマインさん。それにティピちゃんも」

一人せわしなく突っ込み続けるティピを置いて、カレンも挨拶を返して来ていた。

「なんで普通に挨拶してんの?! ユニ、今のは違うの。アンタなら解ってくれるわよね!」

「落ち着きなさい、解っています。体の大きさが違ってもいいじゃないですか、大切なのは自分の気持ちです」

「思いっきり解ってないよぉ!」

真面目にティピの肩を叩きながら言ったユニの台詞に、珍しくなきそうな声でティピが思いっきり叫んでいた。
だがいくら騒ぎ立てようと、カーマインとカレンのマイペースが乱れる事はなかった。

「グロウに会いに着たんですけど、病院の方ですか?」

「ええ、そうですよ。ルイセちゃんの姿が見えないですけれど……」

ごく普通に会話しながらその足を病院を向けており、もはやティピは脱力する以外にできる事はなかった。
そんなティピを応援するやら、がんばってくれと完璧に自分と重ね合わせているユニがいつまでも励ましていた。





カレンに案内されたグロウの病室は今、とても気まずい雰囲気が構成されてしまっていた。
あれほど仲が良かった二人であると言うのに、明らかに敵意のようなものを向け合ってグロウとカーマインが向き合っているからだ。
グロウが記憶をなくしてから、これと言って仲が悪くなるような出来事はなかったはずなのだが、どう見てもそれは仲の悪い二人であった。
間違いなく、お互いに眼を細めてにらみ合っている。

「ねえ、これってやぱりアレだよね」

「ですよね。ティピもようやく私の気持ちがわかりましたか?」

「だから一緒にしないでよ」

小さな二人がこそこそと話し合いながら言葉で指差しているのは、グロウが座るベッドの真横に座っているルイセである。
グロウがこれは俺のものだと主張するようにルイセを抱き寄せているのが原因だと二人のお目付け役は思っているのだ。
事実全くその通りであるのだが。

「あはは、あのね。仲良くしようよ。カーマインお兄ちゃんもグロウおにいちゃんも笑ってよ」

カーマインが嫉妬していると気づいていないルイセは、必死に二人を笑わせようと奮闘している。
だがぎこちなく笑った二人はニヤリとしか表現できない笑みを見せて、すぐに笑顔らしきものは消えた。

「うう、怖いよぉ」

「よし、わかった。ルイセが怖がるから、お前ら出てけ。特にお前が」

特にとグロウが指差したのは、当然のごとくカーマインである。

「遠慮しておくよ。ルイセは寂しがりやだから、僕がいてあげないと。時に、ルイセが痛がっているようだからその手を離した方がいいんじゃないか?」

「俺が、俺の恋人を、どうしようと勝手だろ。なあ、ルイセ?」

「あの戯言はまだ有効だったんだ。でも、ルイセは優しいから。断りきれなかっただけだよね?」

こんな事をしに来たのではないと思いつつも、カーマインは退く事ができなかった。
おかげでルイセは二人の兄の間で板ばさみとなり、笑うほかにできる事がなくなってしまっていた。
しかも二人だけでなく、時折ユニからもハッキリしてくださいと指摘する視線が飛んできているのだ。
せめてと救いを求めてティピを見るが、面倒なのはごめんだとそっぽを向かれてしまう。

「ど、どうしよう」

自分自身、はっきりしないのが悪いのだとは思いつつも、どうしようもできなかった。
ゴチャゴチャと本音と建前と、その他に兄妹だとか記憶がとか混ざり合ってわけが解らなくなってしまう。
そのうちに本当にどうしてよいのかわからずに、ふえっとルイセの瞳が潤みだしてしまう。

「あ、まずいかも」

いち早く気づいたティピがようやく止めようと動き出したところ、病室のドアがノックされた。
急速にほどけていく緊張感を手に取るように感じながら、グロウが返事を返すとカレンが顔を覗かせてきた。

「グロウさん、アイリーンさんを見ませんでしたか?」

「アイリーンを? いや、みてないがどうかしたのか?」

その名を持つ女性がグローシアンだと昔聞いた事があり、咄嗟にカーマインやルイセも耳を傾ける。

「実はローランディアの兵士の方が探しに来たみたいなんですけれど姿が見えなくて。知ってたらと思ったんですけど」

「カレンさん、まさかその兵士の人って保護とかなんとか言ってませんでしたか?」

「ええ、そのような事を言ってましたけれど、カーマインさんなんで知っているんですか?」

やっぱりかと言う思いを込めながら、カーマインは座っていた椅子から立ち上がった。
まだそうと決まったわけではないが、ローランディアが動き出したグローシアンの保護が後手に回った可能性もある。
任務外ではあるが、手伝うぐらいはできるであろう。

「カレンさん、僕もアイリーンさんを探すのを手伝います。ルイセも一緒に来てくれ」

「うん。グロウお兄ちゃんごめんね。ちょっと事情があって」

前置きなく一緒にきてと言われただけなのに、全てを察したようにルイセがグロウの腕をすり抜けるように行ってしまう。

「ちょっと待て、俺も行く」

「行くって、グロウ様。良く解りませんが、国の任務に関わる内容みたいですよ。良いんですか?」

「俺が嫌いなのは争いだけだ。人助けなら範疇じゃねえ。それにアイリーンの事なら、他人事じゃねえだろ」

争いが嫌いだとかちぐはぐな印象は受けるが、人助けという点については以前と変わらない。
その事に少しだけカーマインが笑みを浮かべようとすると、それは一瞬で崩れ去っていた。
それはグロウがルイセとカーマインの間に割り込むように歩いて通り過ぎる一瞬に、カーマインの足を踏んでいたからだ。

「おっと、悪い悪い。足癖がわるくてな」

「最悪だ。なんて性格の悪い。ルイセ、あんなのと付き合ったら駄目だからね。もっと素直で優しくしデッ!」

そうルイセに言い聞かせていると、何処で拾ったのか子供の遊ぶ用具ボールが明らかにグロウのほうから飛んできてカーマインの頭にぶつかった。
カーマインが睨んでも、そっぽを向くどころかグロウは挑戦的に鼻を鳴らしていた。

「この悪ガキ」

「人の恋人に手出す奴の台詞じゃねえ」

「ルイセは了承してない」

「俺がそう決めた。ルイセも嫌がってない」

じりじりと額をぶつけそうなぐらいに近寄りながら言葉を投げつけあう二人に、ティピとユニはすでに勝手にやってろと投げやりになっていた。
そしてルイセは相変わらずオロオロしている。
誰かが止めなければいずれ殴りあうのではないのかと思えた状況を止めたのは、カレンであった。

「全くどうしてそう仲が悪いんですか。大人しく仲直りしなさい」

手を腰に当てながら、典型的なお姉さん口調でしかりつける。
何故だかその声には妙な説得力と言うか、強制力のようなものがあり、二人はしぶしぶにらみ合うのをやめた。

「うわ、ダサ。急に大人しくなった」

「お二人とも意外に年上の女性に弱かったんですね」

ティピとユニの言葉に同時にムッとする二人だが、再度にらみ合う様子はないようである。

「本当に、アイリーンさんを探すのはいいけれど、これじゃあ二人の方が心配ね。いいわ、私もついていくから一緒にアイリーンさんを探しましょう」

「でも病院の方はいいんですか?」

「大丈夫よ、ルイセちゃん。なんだか急な用事みたいだし、婦長の許しさえもらえればね。それじゃあ、少し待っていてね」

パタパタとカレンが廊下を走り出した後、急に元気を取り戻したように一定の距離を持ってにらみ合う二人。
そんな二人を置いて、ルイセをやや離れた場所へと連れて行ったユニとティピはいい加減いやになって詰め寄っていた。

「ルイセ様、このさいハッキリしてください。ルイセ様が好きなのはカーマイン様ですよね? グロウ様は一切関係ないですよね?」

「こらこら、ユニ。押し付けるんじゃないの。でもハッキリしとかないと、いつか喧嘩しだすわよ」

「そ、そんなこと言ったって。選べるような事じゃないよぉ」

ほとほと困り果てたルイセが二人から解放されるのは、カレンが戻ってくるまでと言う長い時間であった。

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