洞窟から連れて帰ることになった者の中には満足に動く事もできない者もいた。 そこで人手を借りるために、カーマインとルイセ、そしてティピがテレポートで一足先にクレイン村を目指した。 滝の前で見送るミーシャや村人たちに軽く手を振ってから光に包まれ、次の瞬間にはクレイン村の北側の入り口手前であった。 すぐさまゼメキス村長へと事情を話しに行こうとした瞬間、二人の目の前に何かが降り立った。 現れたのではなく、降り立った。 「ふぇ?」 理解しきれない状況に間抜けな声をルイセが挙げたときには、カーマインがすでにクレイモアを引き抜いていた。 ぶつかり合う剣撃の音が響き、それからようやくカーマイン自身ですらもその相手が何者であるかを認識する。 「白い仮面の、まだいたのか!」 何故かクレイン村の方面から、しかも空から降ってくるように落ちてきた者は先ほど洞窟で戦ったのと同じ白い仮面の男であった。 「ルイセ援護は要らないから下がって、すぐに片付ける」 同じ相手であるならばそれほど手強くはないであろうと思っての発言であったが、白づくめの男が薄く笑う。 その微笑が酷く印象的だったのは、これまでの白づくめの男たちの人間臭い一面を見た事なかったであろうか。 いや、カーマインがもっと注意深く相手を見ていれば、目の前の白づくめの男がコレまでの男よりも若干小さく感じたであろう。 もっともそんな暇は一時も与えられなかった。 微笑を抑えて剣を突き上げてきた白づくめの男の一撃に、面食らう。 「ッ!」 「カーマインお兄ちゃん!」 「下がってろ!」 心配するルイセに対して思わず怒鳴ってしまったカーマインは、クレイモアを握りなおし応戦する。 近距離でほぼ上半身のひねりだけでお互いに剣を繰り出すが、押され始めたのはカーマインの方であった。 パワーはともかくとして、相手の手数に対応しきれず、かすり傷ではあるがカーマインの頬に小さな傷が生まれた。 刹那、カーマインは心の中にあるとあるスイッチを押した。 「なに?!」 闇色の光を体から発しだしたカーマインが、今度は逆に相手の手数を圧倒し始めた。 手数だけではなく、一撃一撃が持つパワーもである。 さすがにそれには驚いたのか、白づくめの男がカーマインと剣をぶつけ合った瞬間の勢いを利用して間合いから脱した。 「おどろいたな。短期間にここまでとは、同じであるだけの事はある」 白づくめの呟きは小さすぎてカーマインの耳に届く事はなかった。 届いたとしても、聞いていたかは解らない。 間合いが離れて白づくめの男へと、休むまもなくカーマインはクレイモアを振りぬいて斬撃の弾丸を放った。 だが弾丸が放たれる直前にすでに動いていた白づくめの男は、一撃、二撃、三撃と繰り返されるそれを容易くかわしていく。 そして大きく跳躍し、四撃目が放たれる前に律儀な忠告を促してきた。 「撃たない方が良いですよ」 カーマインから回り込むように動いていた白づくめの男の後ろにはルイセの姿があった。 だがすでに動き出していたクレイモアを止める術もなく、なんとか方向をそらした斬撃がルイセのすぐそばを駆け抜けていった。 ルイセとティピの悲鳴にカーマインがはっと我に返る。 「ルイセ、ティピ!」 完全な隙を作り出したカーマインの懐に、白づくめの男がもぐりこんでくる。 「たのしかったですよ、いずれまた」 だが白づくめの男は止めを刺すわけでもなく、その一言を残すとすぐに離れてから背中を向けて森の中へと逃げ出した。 遊ばれたのかとカッとなりかけたカーマインであったが、すぐにルイセとティピに駆け寄り安否を確かめる。 「ルイセ、ごめん。ティピも大丈夫かい?」 「うぇぇ、びっくりしたよぉ」 「大丈夫じゃないわよ、何処見て撃ってるのよ。本当に死ぬかと思ったじゃない! 危ないもんをポンポン撃つな!」 カーマインが腰が抜けてしまったルイセと怒り続けるティピに謝っていると、クレイン村から走ってくる二人連れの男の姿が見えた。 再び警戒をあらわにするが、それは別の意味での警戒へと変わっていった。 なぜならその二人組みは、バーンシュタインの兵士であったからだ。 「おい、お前たち。こちらに白づくめの男が来なかったか?」 「急に襲われましたけど、すぐに森の中へと走っていきました」 「そうか、無事でなによりだ。我々は先を急ぐので失礼する」 カーマインの手の中の抜き身の剣に気づいた兵士たちは、その言葉を信じて森の中へと追いかけていった。 クレイン村であの白づくめの男が何をしていたのか、それを知るのはすぐであった。 ゼメキス村長が殺されたと言うのだ。 しかもそれを二人に知らせたのは、先ほどのバーンシュタイン兵を引き連れとある調査に訪れていたジュリアンからであった。 村長宅にある客室、ジュリアンが苛立たしげにテーブルを挟んだ向こう側にいるカーマインとルイセを見ていた。 だがまだ全員がそろっていないと、滝の裏側にあるという洞窟へと差し向けた部下たちの帰りを待っていた。 正確にはそこにいるであろうウォレスとミーシャをである。 「ねぇー、別に全員そろってからでなくてもいいんじゃない? なんか疑ってるみたいだけど、泣いてるルイセちゃんを見てまだそう思うわけ?」 待つという行為が基本的に苦手なティピが我慢しきれずに、渋面をつくるジュリアンに言った。 ルイセは声を出して泣いているわけではないが、ふと気を抜けばその大きな瞳から涙がこぼれるのは間違いない。 これが演技であれば表彰ものだが、そこまで器用な少女ではない事はジュリアンは承知していた。 「私とて好きで疑っているわけではない。だが前にも言ったがローランディアとバーンシュタインは戦争中なのだぞ。お前たちを見過ごすわけには行かない」 「ティピ、説明の二度手間を避けるためにも待ってるんだから、もう少し待とう。次期にウォレスさんとミーシャも戻ってくるよ」 「はいはい。ほら、ルイセちゃんもいつまでも泣いてないで。犯人はすぐにジュリアンが見つけてやっつけてくれるわよ」 ティピの台詞に、何故か当のジュリアンがますます顔を渋面にさせていた。 それに気づかぬままようやくルイセが泣き止み始めた頃に、部屋のドアを開けたバーンシュタイン兵の後ろにウォレスとミーシャが現れた。 「将軍、証言どおり滝の裏にある洞窟に大勢の村人たちの姿とこの二名を発見しました。それと……見慣れぬ怪物の姿も」 「そうか、後で私も調査に加わるが、今は逃げた犯人を追うことを優先させろ」 「了解しました」 兵士が去った後で入室してきたウォレスとミーシャが困惑しながら椅子に座り込んだ事でようやくジュリアンが話を始めた。 それも唐突な形で。 「それでは今一度問おう、ゼメキス村長の殺害はお前たちがやったのか?」 「違います、はい次!」 ティピ以外の者がそう言ったのなら小ばかにしているのかと思われたかもしれないが、ジュリアンは大真面目であると解釈していた。 「道すがら兵士には聞いていたが本当なのか? 犯人の目星は、村長が言っていた一連のグローシアン殺害事件と同じなのか?」 「犯人はあのサンドラを襲った白づくめの男だった。我々が村を訪れたのと時を同じくして村長を殺害して逃走。今私の部下が追ってはいるが……追いつけるかどうか」 「追いつけたとしても殺されるだけだとは思うよ。犯人と少し剣を交えたけど、あの男は今までの白づくめとは違った。おそらくジュリアンよりも強い」 「私よりだと、聞き捨てならないな。ならば何故お前は怪我一つなくここにいる」 ウォレスの質問に答えているジュリアンに、横からカーマインが捕縛の可能性がない事を指摘する。 少々その方法が悪かったようだが、カーマインは続けた。 「遊ばれたと思ってくれれば良いよ」 「お前の顔はそれだけではないと言っているように見えるが?」 事実カーマインは、あの力を使えばジュリアンに勝つぐらいの事はできると思っていた。 同時にただ力で打ち倒すだけでは何の意味もないことも理解していたからこそ、何も言わなかった。 二人の間に険悪な空気が流れ始め、さえぎるように、申し訳なさそうにミーシャが言葉を発した。 「それで疑いは晴れるんですか? それならゼメキス村長さんの亡骸にお花でも添えたいんですけど……」 「良いだろう」 しばしの沈黙の後許可を出したジュリアンであるが、すぐに付け足してきた。 「だがカーマインとウォレスには、まだ付き合ってもらうぞ。せめてこの村に来た目的、それと部下の報告にあった化け物とやらを話してもらおうか」 「それは仕方がないだろう。目的さえ話せば、疑いも完全に晴れるはずだ」 ウォレスが承諾してすぐに、ミーシャはルイセを支えながら部屋を出て行った。 その際残ろうかついていこうかと迷っていたティピをカーマインがお願いしてついていかせた。 「では洗いざらい話してもらおう」 「僕らの任務はゲヴェルの調査だよ」 「ゲヴェル、それが部下の言っていた化け物の名か?」 「いや、それはユングと言う名のゲヴェルの部下みたいなものかな。ゲヴェルとはグローシアンが世を支配していた時代に現れた強力な化け物の事」 「にわかには信じがたいな」 カーマインの説明を聞きながらも、ジュリアンは半信半疑であった。 一口で化け物といっても、言ってしまえば魔物も化け物には変わりはない。 さらに五百年程前の話が加わってくるとなると、さらに怪しい話に聞こえてくる。 ジュリアンの疑いをみこして、ウォレスが説明を加えた。 「ジュリアン、お前もゲヴェルの部下とは戦った事があるぜ。サンドラ様を襲った白づくめの男だ。もしかすると村長を殺害したのもそいつらと言う事になるな」 「あいつらが、ゲヴェルの。それもグローシアン殺害事件の黒幕?」 「俺たちは以前水晶鉱山でゲヴェルが現れた証拠を見つけた。ここをゲヴェルの調査に選んだ理由も、この村から北へ行った場所で俺が白づくめの奴らに目と腕を奪われたからだ」 強固とまではいかないが、情報が少しずつ一致していく。 ジュリアンの中でもそうなのであろう。 だがこれでグローシアン殺害事件の捜査に希望が見えると奮起すると思いきや、薄く笑い始めた。 不審に思うカーマインとウォレスの前でしばらく笑っていたジュリアンは、やがてポツリと言葉を落とした。 「遅すぎたな」 「遅すぎたとはどういうことだ?」 「確かに捜査は進展するだろうが、再犯の防止には繋がらないという事だ。なぜならこの村の村長であるゼメキスがバーンシュタインでの最後のグローシアンだからだ」 さすがにそのジュリアンの台詞には、言葉を失わざるをえなかった。 一体何人のグローシアンがバーンシュタインに存在していたのかはわからないが、その全てを殺すには組織立った動きが必要であろう。 グローシアンの情報の入手から、殺害を実際に行うための実行犯、これはあの白づくめたちであろうが。 特に殺害数が多くなれば、警備が多くなったり、何処かへと保護される場合もあるはずだ。 それなのに全てを殺されたとあっては、ゲヴェルは人と同じかそれ以上の知能を持った化け物だと考えられる。 「ジュリアン、疑いが晴れたのならもう行ってもいいかな。ルイセが心配になってきた」 「ああ……ただし、すぐにローランディアへと戻れ。いつまでもこの村に留まるようでは、見逃しはしないぞ」 カーマインの心配は杞憂であるように、ルイセはゼメキスの寝室で、献花に埋もれる彼の前で祈りをささげていた。 亡骸の傍らには助け出した村長の息子の姿もあり、二、三言葉を交わしていると、彼はゼメキスの傍らに置かれていた杖をその手に取った。 青い宝玉を頭にすえた磨き上げられた杖は村長愛用のものであろうか、それをルイセに渡してきた。 「親父が死んで、これはもう誰も使わないから。君もグローシアンなんだよね。だから、君が使ってくれないかい?」 「でも、私なんかが。形見なんですよね?」 「親父の形見ならいくらでもあるさ。それに感傷に浸っている暇もあまりなさそうだ。親父に代わってこの村を治めていかないと。君たちに助けられたは良いが、帰る場所を失くした人もいるしね」 悲しみの中にも生きる意欲を見せたその瞳に押され、ルイセはゼメキスの杖を受け取っていた。 深々と頭を下げると、ようやくカーマインとウォレスが解放された事を知り、駆け寄ってくる。 「カーマインお兄ちゃん、ウォレスさんも。もういいの?」 「ああ、でも長居は許してくれなさそうだ」 「どういうことですか、まだお礼もしっかり。助けられた人たちもお礼を言いたいはずです」 許してくれないという言葉に最も反応したのは村長の息子であった。 その言葉に嘘偽りはないのか、同じく助けられ、献花に訪れていた者の中にもざわめくものがいた。 「すみません、事を荒立てたくないので詳しい事は言えませんが。本来ならここにいて良い人間じゃないんです」 「それならばせめてそのいられない理由がなくなったのなら、また尋ねてきてもらえませんか? 歓迎させてもらいますから」 それはつまり、戦争がおさまった後を示しており、カーマインは喜んでと答えた。 さらに何人からもまた来てくれという言葉をもらいながら、一行はきりをつけてテレポートでローランディアへと飛んだ。 任務の締めくくりとして向かったのはローランディア王城であり、王のいる謁見の間であった。 報告した内容はもちろん、ゲヴェルと白づくめの男の関係がはっきり繋がった事。 クレイン村の北にある滝の裏の洞窟で見たユングという名の小さな化け物の産卵場の事だ。 そして最後に、グローシアン殺害現場にも居合わせた事を説明すると、王だけでなく控えていた文官やサンドラまでもが難しい顔をしていた。 「そうか、バーンシュタインでも同じ事が起きていたとは。大変有益な情報であった。褒めてつかわすぞ」 「もったいないお言葉です。ですが同じ事とは、このローランディアでもグローシアンの殺害事件が?」 ウォレスが礼を述べてから聞き出すと、王に変わってサンドラが説明を始めた。 「殺害の報告はありませんが、行方知れずとなった者が幾人かいます。強力な魔術師である点はともかく、これまであえてグローシアンという共通点を重要視していませんでしたが。アルカディウス王、先手を打ってグローシアンの保護を進めます」 「そうであるな、保護先は魔術学院が適任であろうな。ただちに人員を差し向けるとしよう」 「ありがとうございます。それとルイセ、貴方もグローシアンなのですから、今後一人での行動を禁止します。必ずカーマインかウォレス、もしくは私をそばに置く事。いいですね」 「はい、わかりました。よろしくね、カーマインお兄ちゃん」 不承不承ではなく、喜んで了承したのは、最近ギクシャクしていた仲をこの期に修復してしまおうと考えているからであろう。 だがそう上手くはいかないもので、返された言葉にルイセの機嫌は急降下してしまう事になった。 「グロウがいない間は守って見せるよ。だから安心して」 だがそう言われるのには、グロウに対してうやむやな態度をとるルイセにも問題はある。 それを理解しているがゆえに、一方的にカーマインに憤慨する事もできないでいた。 謁見の間で奇妙なギクシャク感を見せる兄妹を置いて、文官からカーマインたちは三日の休日を言い渡されていた。
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