これで任務を請け負うのは五回目ともなるが、さすがにこの任務を言い渡される直前の緊張感にはなれる事がなかった。 アルカディウス王の前でかしずいたカーマインは、その体をわずかにだが引き締めていた。 「では次の任務を言い渡す。今のところ、特にしてもらうことはない」 だからアルカディウス王がこう言い出したときには、思わずつんのめって転びそうになってしまった。 なんとなく気配でうしろを探ると、どうやらルイセやティピも同様であるようである。 ただしウォレスだけはさすがと言うか、動じた気配は伝わってこなかった。 自分たちと面と向かっているアルカディウス王にはなおさらその様子が伝わっていたようで、少し慌てて付け加えてきた。 「だからお前たちが調べたがっていたゲヴェルについて調べてもらおうと思っている。もし本当にゲヴェルがいるのであれば、人類との対決は避けられぬであろう」 以前であればゲヴェルについての調査を任せてもらえるのは喜ぶべき事であるが、カーマインはあまり喜ぶ事ができなかった。 自分がゲヴェルと関係しているどころか、似たものなのではないかと思えるようになったからだ。 「しかし漠然と調べろと言われても困るであろう、サンドラ」 「以前ゲヴェルに関した情報は水晶鉱山とバーンシュタインにあるクレイン村でした」 カーマインの様子に気づいているのか、いないのか。 アルカディウス王に促されたサンドラが説明を始めた。 「水晶鉱山からゲヴェルが現れた証拠が見つかった以上、クレイン村でウォレスが襲われた事が決して無関係とは思えません。そこで、貴方たちにはクレイン村に赴き、ウォレスが襲われた現場に向かってもらえますか?」 「つまり俺の目と腕を奪った奴らが、本当にゲヴェルと関係した者なのかを調査しろと言う事ですね」 「その通りです。向こうが偶然あの場所を選んだのか、それともウォレスに調べられたくない何かがあったのか。それは解りませんが、ウォレスを始末したと思っている以上、場所を変えていない可能性もあります」 一通り伝えたサンドラが下がり、アルカディウス王が確認するようにそれぞれを見渡す。 「それではクレイン村での調査、頼んだぞ」 「はっ」 ウォレスに合わせるようにルイセと、ティピまでもが返事をしたが、カーマインの顔は暗く沈んだままであった。 だが立ち上がる直前に胸に手を当てていたカーマインは、ふっとその顔をやわらげていた。 王の前であるにもかかわらず駆け寄って声をかけようとしていたサンドラであったが、その変化に思わず足を止められてしまう。 悪い意味ではなく、もちろん安心したと言う意味であるが。 「どうしたの、母さん?」 「いえ、なんでもありません。気をつけていってきなさい」 頷きで答えてきたカーマインを見て、強くなったと思う反面、これまでがちょっと過保護すぎたかなと思うサンドラであった。 謁見の間の外で待っていたミーシャを加え、一行はまずテレポートでガルアオス監獄へと飛んだ。 レティシアの救出前にそこへ少し立ち寄っていたのだ。 そこからはウォレスの記憶に従って東、橋が建て直されていた救出作戦現場を通り、そのうち進路を北へと向けた。 段々と上り坂になっていくやや荒れた大地の先にクレイン村はあった。 活気と言う言葉とは程遠いが、物静かでどことなく落ち着きをもたらせてくれる雰囲気の村であった。 「へ〜、ここがそおかぁ。ブローニュ村とはまた違った感じの村だけど、感じの良さそうな村だね」 「そうだな、前回俺がこの村に来たときには色々と良くしてくれた人が多かったな。特にこの村の村長が……そういえば」 ティピの評価が正しい事を証明するように話してくれたウォレスが、何かを思い出したように言葉を止めた。 カーマインたちがいぶかしむよりも先に、ウォレスは言葉を再開させた。 「この村の村長はゼメキスと言う名なんだが、確かルイセと同じグローシアンのはずだ」 「私と同じ……後で少し会って」 みたいかもと言い切る前に、静かであった村の中に魔物の声が響き渡った。 人を襲うときのような凶暴な声ではなかったが、その声が村の中心部に近いところから今も引き続き聞こえてきている。 カーマインとウォレスはお互いに見合って確認しあった刹那、村の中心へと向けて走り出した。 何時でも武器を抜く事ができる状態で走る中、奇妙な事にすれ違う村の誰もがのんびりと緩やかな時間を楽しんでいた。 小さな商店で買い物をする主婦、走り回る子供たち。 「どういうことですかね?」 「それはわからんが、もうすぐだ」 確かに村の中央である広場にはグレムリンとい緑色の体を持った魔物の姿があった。 あったことはあったが、とても奇妙な光景となっていた。 「よーし、次はそれ!」 この村の青年であろうか、彼が指先で合図を出すと合計三匹のグレムリンたちは綺麗に整列したかと思うと左から一匹ずつ一回転をはじめた。 だんだんゆっくりとなっていくカーマインたちの足が完全に止まった頃には、その光景にみとれてしまっていた。 青年の合図はまだまだ続き、グレムリンが踊りだしたり、ちょっと音痴ではあるが歌うような事さえあった。 こちらに気づかないままに青年は一通りの演技を追えたのかふっと息をついたところに、ルイセやティピから拍手が送られた。 本当に気づいてなかったようで、拍手に驚きながら青年が振り向いた。 「あ、どうもありがとうございます」 「すごい、すごい。どうやったらそんなに懐かれるんですか?」 「懐かれているわけではないですよ。僕は魔物使い……と言っても見習いですが。種はこの袋の粉にあるんです」 ルイセやティピだけでなく、興味を引かれたカーマインも袋の中を覗き込んだ。 袋の中にはキラキラと光の加減では金色に光る粉がぎっしりと詰め込まれていた。 「独特な匂いのする粉だな」 ウォレスが匂いを言い当てた事に驚きながらも、青年は続けた。 「この粉は特別な調合をされたもので、粉が発する匂いで魔物を操る事ができるんです。僕はまだ見習いなのでこんなに近くで、しかも少数じゃないと操る事ができません」 「操るだけでもすごいと思うけどなぁ」 「アタシもそう思う」 ミーシャとティピが率直な思いを述べたが、やはりそこは技術を知らなかった者と極めようとする者の近いであろう。 青年は厳しい顔になって言った。 「でも一人前、それ以上になると離れた場所から大勢の魔物を操る事ができます。僕はまだまだ勉強しなければいけないことがたくさんあります。この薬の調合から、風を読むこと、他にもまだあります」 「何事も修練と言う事だな」 ウォレスの言葉を聞いてなんとなくルイセが拍手を再開し、ティピとミーシャがつられるように拍手をしだした。 今更ながらに照れだした青年は、本当に今更ながらに自分を褒めてくれたルイセたちの事に気が付いた。 と言うのもクレイン村は特に目玉になるようなものがないため旅行に訪れる者もいないため、珍しがってくれる人が久しぶりだったのだ。 「ところで皆さん、旅の方だとは思うのですがなにかこの村に用事でも?」 「詳しくはいえませんけれど、ある場所に行こうと思ってます」 怪しい一行と見られかねないカーマインの言葉であったが、他に説明のしようがなかった。 カーマインが咄嗟に使ったある場所という言葉に覚えでもあるのか、青年は急に顔を青くして引き止めるように言い出した。 「この村からさらに北にある滝を見に行こうと思っているのなら止めた方がいいですよ。あそこはとても危険なんです。つい最近も村長の息子さんが行って、帰ってこなかったんですから」 「帰ってこないって、どういうことですか?」 「とにかく詳細はわかりませんが、この村から北にある滝に向かって帰ってきた人はいません。おかげでこの村の北側の入り口は村長の命で閉ざされています。ほら、門番の人が立っているでしょう?」 青年が指差した方には、木材で立てられた丈夫そうな門があり、村のおじさんであろう人が難しい顔つきで立っていた。 「それは困ったな。俺たちが向かいたいのは滝ではないが、そこに近い場所ではあるからな」 「やめておいた方が良いですよ」 自分の技を褒めてくれた人を見捨てて置けないのだろう、必死に止めてくる青年であるがこちらにもそれなりの理由はある。 それにウォレスの口ぶりからすると、ウォレスが襲われた現場はこの村から北にあるらしい。 となると方法は一つぐらいしか思い浮かばなかった。 「無理に通ろうとして騒ぎを起こすわけにもいきませんし、一度その村長に会ってみよう。ウォレスさんの事を話せば特例で認めてくれるかもしれない」 「確かにな。もっとも村長が俺の事を覚えているか、行ってみるしかないな」 そう二人が決めてからも、まだしつこく引き止めようとした青年に頭を下げてから、カーマインたちは村長の家へと向かった。 とは言っても、魔物使い見習いの青年がいた広場からさほど離れてはいなかった。 五分もしないうちにたどり着いた村長宅のドアをノックし、中に入っていく。 家の中には杖が立てかけてある安楽椅子にすわり、ゆったりとくつろいでいるかなり高齢の村長がいた。 「突然大勢で押しかけた事をお詫びいたします。この村の村長のゼメキスさんですか?」 「ええ、いかにも私が村長のゼメキスです。と言っても、たんに歳をとったからやらされていると言うだけですがな」 ゆらゆらと揺れる安楽椅子からカーマインに答えてきた村長の声は、見た目以上にしわがれ今にも消えそうであった。 確かに高齢には見えるが、それ以上に疲れているような印象を受ける。 「それでこのような何もない村にどんな御用ですかな?」 「私のことを覚えていただけていますでしょうか? 二年ほど前に一度お世話になったウォレスと言う者です」 「おお! 覚えていますとも、アンタが一番最初の犠牲者だったからの。滝へと向かって帰ってこなかった。しかし生きていたとは」 「まったく無事と言うわけではありませんが、連絡が遅れて申し訳ありません。あの後突然暴漢に襲われまして、この有様です」 一度は驚きと共に立ち上がろうとしたゼメキスであるが、ウォレスの惨状を見てすぐに安楽椅子へと腰をおろした。 「そうか、これで滝へと向かって帰ってきたのは二人というわけですか」 「教えていただけますか? 今この村で何が起きているのかを。北の入り口を封鎖しなければいけないほどの理由を」 「詳しい事は殆ど解っていませんが。この村はバーンシュタインの宮廷魔術師であるヴェンツェル様の領地でしたが、ヴェンツェル様の失踪と共に王家直轄の地となった頃からです。北へと向かい帰ってこない者が出始めたのは」 「何人帰ってこなかったのか解らないけれど、そんな大事件が直轄領で起きて王家は動かなかったんですか?」 当然のルイセの疑問に、即座にゼメキスは答えてきた。 「もちろんこんな小さな村のためにも王家は動いてくださいましたが、何もわからずじまい。業を煮やした村の若い者が向かい、また誰も帰ってきませんでした。そして原因不明のまま北へと向かう入り口は封鎖されました」 「アレ? でもさっき帰ってきたのがウォレスさんを入れて二人って、一人は帰ってきたんじゃないの?」 あまりきかれたくない事だったのか、ティピの言葉にためらいを見せたゼメキスであったが、観念したように呟いた。 「もう一人はこの私です。息子が消え、封鎖されてしまった後も一人諦めきれず私は滝へと向かい、何事もなかったように帰ってくることができました。何故若い者だけが消え、私のようのあ老いぼれだけが助かったのか」 村人が消えてしまった事でも大事なのに、息子まで消えてしまってはその心労は推し量る事ができない。 これでは北の封鎖された門を通してくれとも頼みにくくなってしまったが、老人故の鋭さで尊重から切り出してきた。 「滅多にこない旅人がここへ来た理由は一つしかありませんな」 もしかして通る事を許可してもらえるかと思ったのだが、甘かった。 お願いしますと頭を下げたカーマインたちの前で、無常にもゼメキスはその首を横に振ってきた。 「お前さんたちが興味本位ではなく、並々ならぬ決意で来た事はわかるつもりじゃ。だが、これだけは……」 「そこをなんとか……ほら、ルイセちゃんも一緒にお願いして」 「ちょっと押さなくても」 しんみりしそうになってしまった状況でもめげずにお願いを続けてティピが、ドンッと後ろからルイセを押し出した。 つんのめったルイセが慌てて体勢を立て直していると、ゼメキスが何かに気づいたようにルイセを凝視してきた。 ティピに押された事よりもそちらにビックリしたルイセは、失礼にもカーマインの後ろに隠れてようとし、何故かぎこちなくやめてしまう。 それは未だちゃんと仲直りしていないせいでもあるのだが、カーマインはルイセの肩を軽く叩いて安心させる。 「あの、私がなにか?」 「お嬢さんはグローシアンかね?」 「ええ、そうですけれど」 目を覗き込まれおっかなびっくり答えたルイセは、以前闘技大会の時に杖を売ってくれたお婆さんにも瞳を覗き込まれたことを思い出していた。 そんなルイセの内情はどうでも良いのか、ゼメキスは深く考え込んだ後打ち明けてきた。 「思ったのじゃが、消えていった村の者たちとわしとでは一つだけ相違点がある。それはグローシアンであること。それで安全と思うには早計かもしれんが」 「それじゃあ、北への門を通らせてくれますか?」 「良かろう。ただし十分に気をつけてくれるか。ただでさえグローシアンは今、危険なのだからの」 門の通行を許してくれたのはうれしいが、ただでさえとは気になる言葉であった。 どういうことだろうと首をかしげるカーマインたちを見て、知らんかったのかとゼメキスの顔が渋くなった。 だが言ってしまったのはしょうがないと、教えてくれた。 「実は今バーンシュタインでは、グローシアンを狙った誘拐が多発しているのじゃ。発見されたのは全て殺されてしまったグローシアンばかり。別にお嬢さんを怖がらせるつもりは……十分に怖がらせてしまったようじゃな」 やはり言わなければ良かったと思うゼメキスの前では、カーマインの服をしっかり握っているルイセの姿があった。 カーマインもカーマインで、抱きつくようにしてくるルイセをどう扱えばよいのか戸惑いが見えていた。 「アンタ、なにやってんのよ。ちゃっちゃといつもどおりあやしてあげなさいよ」 「あやすって、私子供じゃないもん!」 「大人はすぐにお兄ちゃん、お兄ちゃんって言ったり、抱きついたりしませ〜ん」 カーマインにひっついている時点で説得力は皆無であった。 ティピとルイセが子供か子供でないかで言い合いになってしまい、別の意味でしまったと言う顔をしだす村長。 結局カーマインはもう少し細かい話をウォレスとミーシャに任せ、二人を先に外へと連れて行った。 それから三十分もしないうちにウォレスたちは出てきたのだが、ルイセとティピの言い合いは続いていた。
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