振り下ろしたクレイモアが、目の前の兵士……ランザックなのかバーンシュタインかも忘れてしまった兵士の頭蓋を砕いた。 刀身に髪の毛がまとわり付いたかと思った瞬間には、白っぽい骨と真っ赤な血、そして脳のくすんだ茶色が飛散する。 もしかするとそれらの何割かは愉悦にゆがみ笑う口の中に飛び込んでいたかもしれない。 意識どころか魂でさえも失ったであろう死体が自分にむかって倒れこんでくると、ゴミにそうするように無造作につかんでほうり投げた。 それに巻き込まれて二、三人以上押し倒されただろうか。 (…………よ) 何かが頭の中でささやきかけてくるが、悠長に聞いている暇もつもりもなかった。 また新たに剣を振り上げながら向かってくる兵士に振り向き、その腕ごときり飛ばした。 絶叫、それがまた心地よい音楽のようで、湧き上がる高揚感をさらに高めさせてくれる。 もっと、もっと、もっと、叫べ。 心地よさを求め、倒れ叫びを上げる口へとクレイモアの切っ先を注ぎ込んでやった。 (破壊……よ、破壊せよ) いつか聞いたようなフレーズが頭の中で何度も繰り返される。 だが今こうして命を奪い続けているのは、間違いなく自分自身の意思であった。 ふと戦場であるにもかかわらず物思いにふけっていたせいか、熱いものが腹に押し付けられていた。 真っ赤に熱された鉄棒ではないかとおもったそれは、一本の剣であった。 続いて前後左右、あらゆる場所から一斉に切りつけられていた。 よくよく見ればその相手は姿格好、胸につけた国旗でさえまちまちであったかもしれない。 「コレで終わりだ、化け物が!」 最初にそう言った者が、最初に命を落とす事となった。 まるで柔らかな果物をつぶすかのように、手のひらがその顔をつかんでつぶしてしまう。 果汁が飛び散るように、血が飛び散った。 誰もがその光景に恐れて突き刺した剣から手が離れたとき、本当の恐怖が始まった。 (破壊してやる!) 明確な意思を持ってそれを望んだ瞬間、黒い光が体を覆い始めた。 それ以上思い出してはならないと、バッと布団を跳ね上げてカーマインが起きたそこは、自分の部屋であった。 寝汗で張り付いた前髪を無造作に書き上げると、自分の手から染み付いた血の匂いが漂った気がして顔をゆがめる。 何分、呆然としていただろうか、荒くなった呼吸が落ち着くにつれカーマインは順に思い出していった。 「たしか……」 盟約を結んだはずのバーンシュタインとランザックを戦わせた事で、その後のローランディアとの不可侵条約はあっさりと結ぶ事ができた。 だがそれまでの過程には並々ならぬ努力があったと、アルカディウス王にお褒めの言葉を頂いてからカーマインたちは二日の休暇がもらえたのだ。 そして今日がその一日目であり…… 「そうだ、今何時だ?!」 窓から見上げた空は晴れ渡り、日差しはとても早朝とは言いがたいほどに強かった。 すでにティピのベッドにティピの姿はなく、カーマインはパジャマのまま部屋を駆け出していった。 荒々しく階段を下りていっても誰も咎める者はおらず、勢い良く玄関を開けると驚いた表情のルイセとサンドラがいた。 「カーマインお兄ちゃん? どうしたの、一体?」 「やっぱり寂しくなって一緒に行きたくなったんじゃないの。見栄張らずに一緒に来ればいいのに」 「え、いや……別に呼び止めようとしたわけじゃ」 ルイセがサンドラにグロウを会わせるためにラシェルに行く事はあらかじめ決まっていた事だ。 そしてカーマインが調べ物をしたいからと残ると言い出したことも。 「カーマイン、どうするのですか?」 落ち着かせるようにして尋ねてきた母に、カーマインは一度落ち着いてから首を振った。 「なんでもないよ、もう行っちゃったのかと思っただけだから。母さんにはちょっと部屋の蔵書を見る事だけ伝えておこうと思って」 「ええ、鍵は開けておきましたから好きに使いなさい。貴方には言う必要もないとは思いますが、ちゃんと本は元の場所に戻しておいてくださいね」 「わかったよ、ティピも今日は僕の事はいいから」 「まっ、たまにはね。せいぜい楽しんできてアンタに自慢してあげるわ」 それだけを確認すると、カーマインはルイセには何も言わずに、テレポートで消える彼女らを見送った。 もちろん、声をかけなかったのはわざとではあった。 自分の気持ちに気づいたのなら、コレまでのように振舞うわけにも行かなかった。 思い起こしてみれば、たしかにルイセの気を引くような行動を何度もしていたふしがあるからだ。 テレポートによる光が淡く掻き消えてしまう頃には、ため息を一つついてカーマインは家の中へと戻っていった。 一度自室で着替えを済ませてからカーマインが向かったのは、サンドラの自室であった。 「いつ来ても、よくこれだけ集めたもんだよな。城の研究室の方はもっと多いけど」 呆れながらカーマインが見上げるように見たのは、大量の蔵書が収められた本棚たちであった。 壁いっぱいになるように置かれた本棚の中の本はどれも分厚く、普通の人なら手に取ることもないであろう一冊ばかりである。 その中からカーマインは適当な一冊を選ぶと本棚の前で立ったまま本を開いた。 「戦場精神医学……」 題名を呟きながら、その目次を目で追い、気になった目次のページを開いて読み始める。 カーマインが調べたかったのは、あの時、バーンシュタイン軍とランザック軍がぶつかり合ったときのことであった。 確かに自分が数え切れないほどの人を殺した実感はあるが、冷静に考えるとありえないと思ってしまうのだ。 あの時クレイモアを持っていたときはまだいいが、ある時期をすぎると素手で殺したりもしていたのだ。 「戦場での精神疾患か。ウォレスさんも良くそういうことはあるって言ってたし」 最初は間違いなく自分の手で人を殺していったことは覚えている。 だがカーマインは、それを否定したいわけではなかった。 否定したいのは、その後。 国も立場も関係なく、ただ殺すためだけにその場にいようとした自分自身である。 「今なら少し、母さんの言ってた言葉がわかるかもしれない。世界を滅亡に導く元凶……僕だったらそうなれるかもしれない」 斬られても、斬られても、倒れることなく破壊の限りを尽くそうとした自分。 開いていた本を閉じてもとの場所に戻しながら、思い出す。 そんな時にふと目に付いたのは、伝承をつづった一冊の本であった。 実用書や研究本を集めるサンドラにしては珍しい本だと思いながら手にとってめくってみる。 精霊や妖精、妖魔の類を集めたものらしく、どうやらティピやユニを造ったときの参考にしたようだ。 似たような羽を持った妖精が挿絵で示されていた。 ちょっとした息抜きのつもりでページをめくっていると、そこで手が止まりカーマインは無言のまま読み始めた。 そしてそれが何であるかを呟いた。 「バーサーカー?」 それは狂った戦士とも書ける言葉であった。 普段は何処にでもいる人であるが、一たび危急に陥ると忘我状態となって鬼神の如く戦う人間。 挿絵には普段の状態と、戦場で怒り狂う様が対照的に描かれていた。 「まるで僕の、ことじゃないか。いつも負けられない戦いばかりだけど、闘技大会のときはグロウの命が掛かってた。今回は……僕が死にかけたとき」 人が変わったように、目的を忘れ戦うために戦う。 その事を恐れると同時に、カーマインの頭の奥にズキンっと痛みが走る。 脳の奥に針でも埋め込まれたように何度も何度も、次第に大きくなっていく痛みにカーマインはついに膝を床についてしまった。 それでもまだ治まろうとしない痛みに、カーマインはついにその意識を手放してしまった。 生まれて初めて破壊を心のそこから望んだ瞬間、カーマインの体が黒い光という矛盾した光に包まれ始めた。 体中に突き刺された刃のせいで流れ落ちていた血は止まり、膨張し始めた筋肉が突き刺さる刃を押し出し始める。 やがてカランと何本もの剣が地面に落ち、傷口の向こうには深い闇の光がうごめいていた。 「う、うわぁぁぁぁッ!」 誰かが耐え切れず逃げ出した。 するとつられるように一人、また一人と逃げ出したが、逃げ切れたものは誰一人としていなかった。 獣のような咆哮があがり、カーマインが動き出したからだ。 すでに傷口は殆ど癒えており、闇の光を体にまといながら駆けた。 その動きは駆けたというよりも、消えたという方が近かったかもしれない。 一番最初に逃げ出した兵士の前に現れると、剣の代わりに腕を振り上げて目の前の兵士を切り裂いたのだ。 その様をその目で見たのなら、確かにバーサーカーと呼ぶに相応しいものであっただろう。 「来るな、来るな!」 腰を抜かし、無意味に手足をばたつかせ懇願する兵士には振り上げた足を無造作に蹴り下ろして絶命させた。 一体何人の兵士の命を奪ったのか、誰にも止められる事はなくカーマインは屍を積み上げ続けていった。 しかしカーマイン自身に意識がまったくなかったわけではなかった。 カーマインには自分がしている事も理解していたし、ちゃんと覚えてもいたのだ。 ただ、それを止めると言う事を一時も思うことなくし続けていただけで。 「もっと、もっと破壊を」 何十人と殺し続け、誰も動く者がいなくなったそこで、ようやくカーマインの口からでた言葉はそれであった。 足りない、砂漠で水を求める旅人のように、渇きを求めるように破壊を求めていた。 そのたびに体を覆う闇の光はその輝きを強め、あたり一体を覆うのではないかと思うような強さとなっていた。 「あっ…………」 きっかけは解らなかった。 血の海に映りこむ、向こう側の自分の姿を見たせいか。 それとも破壊の対象がなくなり、気がそがれてしまったせいか。 ふいに正気に戻ったカーマインは、目の前の参上を見て声を上げ、逃げるように走り始めた。 ブツリと記憶が途切れて目を開けたそこは、サンドラの部屋の中であった。 しかもベッドの上で寝ている事に気づいて首を傾けると、心配そうにこちらを覗き込む女の子がいた。 カーマインが目を開けた事に安心したのか、冷水につけてから絞っていたタオルをひとまず置いてから、潤ませていたその大きな瞳を一端閉じて大きく息をつく。 「よかったぁ〜、もうしばらく目を覚まさなかったらお医者様を呼ぼうかと思ってたんですよ」 「ミーシャ?」 搾り出すようにして呟いた名の少女は、しばらく魔法学院へと戻っているはずの少女であった。 どうやら倒れたカーマインをサンドラのベッドまで運んだのはミーシャであるようだ。 「本当にびっくりしたんですから。せっかく叔父様にもう一度許可をもらってきてみたら、誰もいないし。それでもドアが開いてて入ってみたら重たいものが落ちたような音がして、覗いてみたらお兄様が倒れてて」 「ありがとう、ミーシャが運んでくれたんだ」 「いえ、あははは。一応がんばってはみたんですけど、ちょっと重くてお兄様を落っことしちゃったりしました。ごめんなさい」 照れ笑いしながら謝ってきたミーシャの顔が赤いのは、運ぼうとしたカーマインが重くて共倒れになった時にのしかかられる形になったからだ。 カーマインを近くに感じてこのままでもいいかもと思ったが、倒れていた事を思い出して慌てて再チャレンジしたのだ。 そう言えばちょっと頭が痛いかななとど呟いたカーマインを前に、ミーシャは笑い続けている。 「それにしても倒れるほど何をがんばっていたんですか?」 「ちょっとね……たいした事じゃないんだ。もう大丈夫、お礼にお茶でも」 「駄目です!」 起き上がろうとしたカーマインを珍しく厳しい顔になったミーシャが押しとどめる。 そして倒れたカーマインに無理やり布団をかぶせ、安心させるように胸の辺りを二、三度叩いた。 「無理は禁物です。私はちょっと用ができたんで、ちょっと出かけてきますけど、ちゃんと寝ててください。お兄様は疲れてるんです、そうに違いないんですから」 「いや、本当に大丈夫だから。これぐ」 「駄目です。大人しくしてないと……魔法かけちゃいますよ?」 ちょっぴり脅されて、ようやくカーマインは大人しくベッドに寝ている事を選択した。 それを見届けてからミーシャは、絞りかけであったタオルをカーマインの額に置いてから部屋を出て行った。 ミーシャが部屋を出て行ったことはすぐに知れたが、それでも一応カーマインは大人しく寝ている事に決めた。 どれぐらい眠っていたのか、額のタオルが未だ冷たさを保っているためそれほどでもないだろう。 最初はそう思ったカーマインであるが、カーテンが引かれた窓から差し込む西日が今の時刻を決定付けていた。 体を起こして部屋を見渡してみるが、そこにミーシャの姿は見えなかった。 手にとって見たタオルは間違いなくその冷たさを保っている。 「母さんとルイセが帰ってきたのか?」 それなら西日に合わせてカーテンが引かれていたのも合点が行く。 グロウの様子ぐらい聞こうとベッドから立ち上がると、そばに置かれていた棚の上に真新しい花が花瓶に生けてあった。 今の西日に良く似た茜色で、一つの花に何枚もの花びらが付いている可愛らしい花である。 普段家に長居できないサンドラは生きた花を生ける習慣がない。 では誰がと思っていると、部屋のドアが開けられた。 「あ、お兄様。もう起きても大丈夫なんですか?」 「ミーシャ、僕は大丈夫だけど……ミーシャこそもう用事は済んだの?」 「えへへ、もう終わってますよ。お兄様が今触っているお花、それが私の用事です。ローザリアにあるお花屋さんってあまり解らなくて、しかもその花がなかなか見つからなくて時間掛かりましたけど」 わざわざここに生けるためだけに、しかも良く見ればミーシャこそ少し疲れているようにも見える。 実はカーマインのタオルがぬるくなりそうな時間になると一度戻ってきて、タオルを冷やしてからまた花を探しにいったのは、さすがに秘密であった。 「すごく可愛い花だね。ありがとう、ミーシャ。でも……なかなか見つからなくてって、どういうこと?」 「お兄様、そのお花の名前知ってますか?」 質問に質問で返されてしまったが、カーマインは正直に解らないと答えた。 「ディモルフォセカ、別名ケープ・マリーゴールド。そして花言葉は元気です。お兄様は隠してたつもりみたいですけど、あまり元気なさそうでしたから。その花で元気をだしてもらえたらって」 「元気か」 言われてそのディモルフォセカの花びらに触れてみる。 確かに、元気いっぱいというわけではなかった。 それにというか、何かあるとすぐに元気をなくすのが自分の一番の欠点である。 「本当にありがとう、ミーシャ。元気いっぱいとは言って上げられないけど、ちゃんと元気でたよ」 今自分が作ることのできる最高の笑顔でカーマインは伝えた。 そのときにミーシャの頬が少し赤かったのは、西日のせいだけではない。 「いえ、花言葉は私が自慢できる唯一の事ですから」 「そんな事はないよ。ミーシャは人に一生懸命やさしくできるじゃないか。それってすごい才能だと思うよ」 本当はカーマインの為だからできた事だが、自分の気持ちに気づいたばかりのカーマインにはミーシャの気持ちに気づくにはいたらなかった。 それでもミーシャは残念な顔一つせずに、少しだけ口ごもらせながら言った。 「そう言ってもらえてうれしいです。それと……あの、ついでというか、お兄様お昼も食べずに寝てらしたからお腹すいてるんじゃないかと思って」 「確かに、ちょっとお腹すいてるかな。リビングの方に行けばいいかな?」 「それじゃあ、そっちに運びますね。お兄様は一足先に行っていてください」 ミーシャの気持ちに気づけなかった罰であろうか。 大人しくリビングで待っていたカーマインは、目の前に出された料理の数々に絶句した。 期待の眼差しで自分を見つめるミーシャを前に断るわけにも行かず、炭と表現した方が的確なそれを恐る恐る口にして、今度こそ貴重な一日が消えた。
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