第五十話 目覚め、自覚する獣


制御室にまでいたガーディアンを倒しつくすと、サンドラは持ってきていた宝玉を近くにあった台座へと設置した。
それからサンドラがその台座についていたボタンをいくつか押すそぶりをみせると、台座のすぐ目の前、空中に一枚の絵が浮かび上がる。
何度も瞬いてやや見にくい印象を受けるその絵は、地図のようであった。
迷いの森からその周辺、ラージン砦から東の平原までもをカバーした大きな地図であり、その地図上のいくつかの地点に丸い点がいくつも付点されていた。

「やはりグローシアンの遺跡は便利なものですね。誰がかまではわかりませんが、何処に人がいるのか一目瞭然です」

サンドラが指差した通り、どうやら地図上でわらわらと動いている点は人をあらわしているらしい。
言われて見ればラージン砦東の平原には数え切れないほどの点が陣形を取って向かい合っているようにも見えた。
間違いなく、ローランディア軍とバーンシュタイン軍である。

「となると森の中腹辺りにまで入り込んでいるのがランザック王国軍か」

「急がないとまずいな。サンドラ様、遺跡の起動はまだ時間がかかりますか?」

「いえ、もうすぐ…………できました」

サンドラが言うとすぐに、目の前の絵に端的に赤色で「起動」の文字が現れて消えた。
するとどうだろうか、今まで順調に迷いの森を進んでいたランザック軍を示す点の足が鈍り、迷走をはじめた。

「あはは、迷ってる迷ってる」

「これでバーンシュタイン軍が二つの軍に挟まれることはないんだよね」

「ですがそれだけでは足りません。ここをこうして……」

気楽な声を上げた二人に対して、サンドラは未だ台座のボタンを忙しく押し続けていた。
その手元を見ていても何をしているのかカーマインたちには検討がつかなかったが、目の前の地図ではしっかりとその成果が出ていた。
初めはただ森にほんろうされているだけであったランザック軍が、どんどんバーンシュタイン軍の後方へと足を向けだしたのだ。
地図の上では分かれ道や元来た道と言う選択肢がどんどん消えていく。
そしてサンドラが最後に軽快良く一つのボタンを押すと、ついにランザック軍をバーンシュタイン軍への一本道に誘い出された。

「これでよしとしましょう。おそらく距離からして、五、六時間程でランザックがバーンシュタインの後方に現れる事でしょう」

「なら急ごう。回り込ませただけじゃ不十分だし、両者を戦わせる工作もしないと」

「そうだな。今からなら、ランザックより先に回りこめる時間はある。こちらは少人数だしな」

制御室を出て行く二人の後ろで、またあの長い廊下と階段を進まねばならないのかとサンドラとルイセが少しだけ嫌な顔をしていた。
だがそうも言っていられないのは明白であり、すぐに顔引き締めて後を追い始める。
来るときに殆どのガーディアンは倒していたので、帰りはほとんど足止めを喰らう事はなかった。
長い階段を上りきったところで少し小休憩をとったものの、それでもすぐに走り出して遺跡の出口は見えてきた。
そこから外へと出たと一歩目のところで、誰もが足を止めてう辺りを見渡し始めた。

「なによこれ」

「来るときとは辺りの雰囲気が段違いだ。ただ立っているだけなのに、すぐに方向を見失いそうだ」

立ちくらみを起こしたときのようにグラグラと世界が回るようでいて、気持ちが悪いわけでもなかった。
むしろその状態が普通のようで、奇妙な感覚が全身を包み込んでいる。

「確かに、俺も少し辛いな」

「これが迷いの森と呼ばれるゆえんです。ルイセがいなければ我々も瞬く間に迷ってしまいますよ」

皆が皆森の変化に驚いている中、一人ルイセだけがきょとんとしていた。
グローシアンであるだけに影響がほとんどなく、何が変わったのかわからないようであった。

「よくわかんないけど……私が先導するしかないんだよね。行くよ」

「そう言う訳にはいかないな」

ルイセが走り出そうとした一歩を踏み出したとき、男の声が響いた。

「誰だ!」

普段であれば真っ先に気づいていそうなウォレスであるが、遺跡の影響でまだ感覚がつかめていないのか叫ぶ。
薄暗い森の中でよく姿は見えなかったが、その男が歩み寄るにつれその姿があらわとなる。
先ほどの言葉を放った男は、剃り上げた頭と片目を眼帯で包みこんだがっちりとした体格の良い男であった。
どこかで会った事があるのかカーマインとルイセ、そしてティピが頭に引っかかる記憶をで探りで探す。

「あっ、コイツってオズワルドの頭だった奴」

「でもどうして、あの人はインペリアル・ナイトに殺されたはず」

「なんだ、俺の弟を知っているのか? 別にあんなのどうなってもいいが」

そう言いながら男が手を挙げると、同じ格好で統一された数人の男たちがさらに迷いの森の中から現れる。

「ランザック兵? 何故ここに!」

「さてな。今ここで戦争を止められると困る奴が大勢いるんだろ。かかれ!」

男が合図を出すとすぐにランザック兵たちがカーマインたちへと襲い掛かってきた。
戦士が集う国の兵士であるだけに、彼らが持つ武器は一様に重量級の斧や鉄槌である。
だがパワー勝負ならウォレスもカーマインも引けを取るつもりは少しもなく、真っ向からそれらの武器をはじき返した。
その隙をついてサンドラとルイセが同時にファイヤーボールを放つ。

「なんだ……こいつら正規のランザック兵じゃねえ。偽装だ」

「ちっ、もうバレたか」

ウォレスがそう気づいたのには理由があった。
ランザックは優秀な魔術師が少ないお国柄、特に兵士の訓練に力をいれ個人技もさることながら兵同士の連携も随一である。
だが今目の前にいるランザック兵の格好をする男たちは、個人技はともかくとして連携にいくらか隙がみえたのだ。

「カーマイン、ここは俺とサンドラ様にまかせて先にいけ。相手の都合に付き合うこともねえ」

「ルイセを連れて迷いの森奥に行けば追ってもこれないはずです」

「解りました。あとで迎えに来ます。ルイセ、行くよ!」

「う、うん。お母さん気をつけてね」

意識をあわせると、すぐに二手に分かれて走り出した。
カーマインはサンドラの言葉通りルイセの手をとって道を外れた迷いの森奥へ、ウォレスとサンドラは逆に遺跡の奥へと入り込んで行った。
足止めの対象が急に分かれて行動しだした事で偽装したランザック兵たちに迷いが生まれる。
その迷いを打ち払ったのは、やはりリーダーである眼帯の男であった。

「ガキ二人に何ができる、放っておけ。遺跡の奥に逃げた二人を追え、奴らさえ抑えておけば目的は果たせるはずだ」

眼帯の男の言葉を背中で聞きながら、振り向くことなくカーマインはルイセの手をとって走り続けた。





獣道すらはずれて迷いの森へと飛び込んだものの、カーマインとルイセ、それにティピはなんとかランザック王国軍よりも先にバーンシュタイン軍の後方に来る事ができた。
途中迷いの森の中でランザック軍の後方に出てしまうといったアクシデントもあったが、それほど大きな問題でもなかった。
森が途切れる一歩手前の木の陰に隠れながら、戦況を確認する。
どうやらすでにローランディア軍とバーンシュタイン軍の戦争は始まってしまっているようで、やや離れてはいるが悲鳴や怒号、時に魔法による爆発が見えた。
これがただの戦闘なら、なんどもそんな光景は見てきたはずであった。

「カーマインお兄ちゃん……」

ただ正真正銘の戦争は、二人も見る事すら初めての経験であり、ルイセが震える手でカーマインの手を握ってきた。
善も悪もなく殺しあうこの空気に呑まれたのであろう、カーマインとの確執も頭から吹っ飛んだようで、縋るようにカーマインを見上げてきた。
そんなルイセに優しく微笑んで頭を撫でてやりながら、空気に飲まれないように冷静になるよう努めた。

「たぶんあと一時間もしないうちにランザック軍がバーンシュタイン軍の後方に現れるはずだ」

「でもどうやって二つの軍を戦わせるわけ? それにたった二人、ウォレスさんとマスターがいても四人だけど……どうするわけ?」

率直なティピの言葉であるが、カーマインはむしろ大人数いた場合の方がこの場合難しいと思っていた。
まず後ろからいきなり攻撃され、ランザック軍が現れればバーンシュタイン軍は確実に混乱に陥るであろう。
その混乱の最中にバーンシュタイン兵が一人でもランザック兵を攻撃すれば瞬く間に乱戦となる。
だが味方が大勢いる場合、一人でも捕まってしまえば全てローランディアの企みとわかってしまう。

「要はやりようだよ。けれどタイミングは重要だから、二人とも僕の作戦を良く聞いて」

「二人って……ティピもってこと?」

「アタシも?!」

自分を指差しながら思わず声を大きくしてしまったティピだが、向こうでは戦争の喧騒にかき消されてしまっているだろう。
思わず口を押さえあっている二人を見ながら、カーマインは肯定の意味を込めてしっかりと頷いた。

「まず僕が一人でバーンシュタイン軍にまで近寄っていく」

「「ええ?!」」

「最後まで聞いて。まずそこで僕がしばらく時間を稼ぐから、ティピはランザック軍が現れないか見張る。そしてランザック軍が現れたらルイセに知らせて、すぐにルイセはバーンシュタイン軍にファイヤーボールを打ち込んでからこの場を移動」

うんうんと頷くルイセを確認してカーマインは続けた。

「森の中でいいからできるだけバーンシュタイン軍に近づいてから、今度はランザック軍にファイヤーボールを打ち込んで。それから移動を繰り返しながら、両軍にファイヤーボールを打ち込む」

「アタシは最初の見張りだけでいいの?」

「いや、ルイセにはできるだけファイヤーボールを打ち込む事に専念してほしいから、ティピは両軍の兵がルイセに気づかないか、近寄ってこないか常に見張っていて。見つかったと思ったらすぐに森に逃げ込んでいいから」

同じように二人が頷こうとしたが、ぴたりと止まった。
とても放置しておけない問題に気づいたからだ。

「ってアンタはどうすんのよ。ルイセちゃんがいなかったら森に逃げ込むこともできないじゃない!」

「そうだよ。迷っちゃったらどうするの?!」

「それも大丈夫。森に入って迷ったら、なるべく動かないようにするから。遺跡のあの絵を見て迎えに来てくれればいいよ」

確かにそれは不可能ではないだろうから、今度こそルイセとティピは納得して頷いた。
今いる場所はバーンシュタイン軍の後方であり、一撃目のファイヤーボールは何処から撃たれたか正確に確認できないであろう。
撃たれた後に確認しようとして、そこにランザック軍を見つければランザック軍が撃ち込んだと思うに違いない。
後は泥沼となってうやむやにし、ランザック軍が最初に攻撃してきた事実だけバーンシュタインに残ればいい。
もちろん、ランザックにはバーンシュタインの方が先に攻撃してきたと思わせられればなお良いのだが。

「それじゃあ、僕はランザック軍が来るであろう道から森を出るから、二人とも頼んだよ」

「気をつけてね、カーマインお兄ちゃん」

「ルイセちゃんの事はまかせて、しっかりやるのよ」

二人に言葉で見送られながら、まだルイセとティピの事は心配ではあったがカーマインは移動を始めた。
迷いの森の効果で迷わないように、できるだけ森と平原の狭間を背を低くして移動していく。
もうルイセとティピへの説明でもかなり時間をくったが、それでもまだカーマインはどこか冷静な自分に少し驚いていた。

「変だな……いつもなら、もう少し戸惑ったり驚いたりしてるのに」

以前にブロンソン将軍に甘えるなと叱られ教えられたせいなのだろうかと思いながらも、移動は完了し、一つ深呼吸をしてからカーマインは小走りで森を抜け出した。
警戒心を与えないように全力には程遠く、かといって物見遊山に現れた馬鹿に見えないようにまっすぐに走った。
するとさすがに一人、また一人とカーマインの存在に気づき始める。

「なんだ、少年兵か? 伝令が来るなんて話は聞いていないぞ!」

部体長らしき兵隊が、前線を気にしながら下がりカーマインへと叫んできた。
そこで相手の剣が届かない距離を置いてカーマインは立ち止まり、それらしく見えるように背筋を正した。

「えっと……ランザックからの伝令です」

「ランザックだと、こんな少年兵を伝令になど何を考えている。ふざけているのか!」

どうもあらかじめ用意していた台詞を思い出しながら言った「えっと」が気に障ったようだ。
だが逆にその場慣れしていなさそうなたどたどしさが幸運にも少年兵に見えるらしかった。
憤りを見せた部隊長の前ですくむような素振りを見せてから、言った。

「それは、状況を伝える為だけの伝令ですので。もうすぐ一時間程で我が軍は迷いの森を抜け、ローランディア軍を強襲します」

「なに、それは本当か!」

各所で前方への警戒を解かないまま「やった」や「もう少しの辛抱だ」と言うような喜びの声があがる。
そう相手を喜ばせるのもカーマインの作戦のうちではあった。

「だが一部隊長である私に報告されても困る。そういった事はこの場の指揮をとるインペリアル・ナイトであるジュリアン様に伝えてくれ」

その名前にさすがに驚きを隠しきれなかったカーマインであったが、幸運にもそのときの顔を目の前の部隊長に見られる事はなかった。
なぜなら彼が伝えてくれと本部があるであろう方向を指差した途端、すぐ近くにファイヤーボールが突き刺さったからだ。
耳を突き抜けるような爆音の後に不出来な人形のように何人かの人影が中を飛ばされていた。
直撃こそしなかったが、余波である熱風から顔をかばっていた部隊長が叫んだ。

「どういうことだ、何故後ろからファイヤーボールが飛んでくるんだ。まさか、ローランディア軍が回り込んでいたのか!」

「ちがうと思いますよ」

狼狽して事実を確かめようとする部隊長は、気づくのが遅れていた。
すでにカーマインがクレイモアを引き抜き、一足飛びに近づきながら振り上げている事に。

「約束は、破るためにあるようなものです。知りませんでしたか?」

まだ先ほどのファイヤーボールの熱気が納まらぬ中、真新しい断末魔と血しぶきが生まれた。

「隊長! ランザックの若造が!」

「若造がたった一人で来ると思いますか?」

「ランザック兵だ。ランザック兵が後方に現れたぞ!」

カーマインを睨み付けたのとは別の男が森を指差して叫んだ。
振り返って確認する事はできなかったが、前ではなく後ろに振り返りながら幾人ものバーンシュタイン兵が武器を持ち上げれば間違いなかった。
その後過ぐに何処からか打ち込まれたファイヤーボールが後方で爆発をあげるのをカーマインは背中で感じた。
コレでほぼ間違いなく両軍はぶつかり合うであろうと確信しつつ、今度は自分が森へと逃げ込まなければならない。
だが思ったよりも、それは難しそうであった。

「隊長の仇、せめてお前だけは!」

振り下ろされた剣とクレイモアの刃が滑りあいながら、ザラついた金属音をあげる。
その刃をいなしきる軌道のまま、カーマインは相手の兵士の首を切り上げた。
血が吹き出る喉を押さえながら仰向けに倒れる兵士、だがすぐに次の兵士が憤りの声を上げながら向かってくる。
後ろからはランザックの兵らしき者たちの声がどんどん近づいてきていた。

(早く逃げないと、乱戦に巻き込まれる)

そう思ってはいてもバーンシュタイン兵が見逃してくれるはずもなく、カーマイン自身どこかこの人が持つ獣を呼び起こさせるような空気に懐かしさを感じていた。
また向かってきたバーンシュタイン兵の胴をなぎながら、未だに頭は冷静さを失ってもいなかった。
向かってくる人間を、さばいて切り伏せる、その繰り返し。
もしかすると気づかぬうちに戦場の空気に呑まれていたのかもしれないが、頭には脳の代わりに冷水が入っているように冷えていた。

(ルイセはちゃんと逃げたのか? だったら僕も)

すでにバーンシュタインの魔法兵たちも魔法を使っていたために、ルイセがまだ残っているかは解らなかった。
だが両軍がぶつかり合っているのに、いまだ森に身を寄せているほどルイセは馬鹿じゃない。

(僕も逃げないと……でも)

「死ねえ、バーンシュタイン軍!」

真後ろからあがった声と戦斧に、カーマインの思考は途切れかけた。
身を回転させてかわした間近に落ちた戦斧を見送ると、回転した勢いのままにランザック兵を斬り飛ばした。
ランザックの振りをしていたのにまずいと思ったが、そのような細かい事まで気をくばれている者がすでにいなかった。
カーマインに部隊長を殺されたバーンシュタイン兵たちも、いまはすでにランザック軍で手一杯である。
ただ……カーマインは一人、両軍を相手どらなければいけない状況に追い込まれてしまっていた。

(逃げないと)

何度もそう思いながら、常に次の単語が続く。

(でも……)

さっさと逃げれば良い、そのはずなのに懐かしさを感じさせる戦場に手が、足が体が留まりたいと声をあげる。
守るべきものもなく、ましてや志さえ持っていない自分が戦場でなにをしたいのか、なにができるのか。
また一人、今度はバーンシュタイン兵の顔面を叩き割った時、ふと背中の上を何かが走り抜けていった。
まるで駆け抜けると一緒に魂さえも少し刈り取られたような、吹き抜けていく感触。
膝が言う事を聞かずにかってに折れ曲がり地面に膝をつくとまた、先ほど自分の背中を駆け抜けたものが振り上げられたのがなんとなく解った。

「止めだ、死ねぇ!」

すでに体でさえも傾きだした状況で聞こえた声。
それを耳にしていたはずなのに、カーマインは別の声を耳にしていた。

(僕が、教えて…………力の……使い方を)

闘技大会の結晶で意識を失いそうになった時に聞こえた声が、今度は記憶の中で響いていた。
自分の中に眠る何か、それがどんなに恐ろしいものなのか。
考えるより先にカーマインは、それを開放していた。
それはグロウに対する嫉妬からだったのかもしれない、彼と同等でいられるだけの力が欲しいと言う。
そして戦場に、獣が吼える雄たけびが響く。





ファイヤーボールをひとしきり撃ち尽くしたルイセは、言われた通りにティピと一緒に遺跡へと戻っていた。
そこで眼帯の男、グレンガルという名らしいが、その男を遺跡のシステムを利用して追い払ったサンドラとウォレスと合流し、カーマインを探しに戻ったのだ。
事前にカーマインに指示された通り、遺跡のあの地図をみて動かない付点、生命反応を追っていた。
ただ一つだけあった誤算は、虫の息で仲間とはぐれ森に迷い行き倒れたランザック兵とカーマインの見分けが付かなかったことである。

「あっ……」

先を歩いていたルイセが、そこにいた人影を見つけて残念そうな声をあげた。
これで何度目の事であろうか、そこにいたのは虫の息で木にもたれて座りこむランザック兵であったのだ。
いくら戦争中とはいえ、無駄に人の命が消えるのを見逃せないとウォレスが歩み寄りかが見込んで声をかける。

「おい、大丈夫か?」

「……のが…………化け物がいたんだ。斬っても斬っても、なんで死なねえんだよ。化け物だ!」

ついには頭を抱え込んで泣き始めてしまった様をみて、ウォレスは後ろの二人へと静かに首を横にふった。
死を見つめすぎた兵士によくある症状だと結論付けたのだ。
だがそれでもこれで化け物だと言う言葉を放った者は、数人に上る。

「次を探しましょう。カーマインの事が心配です」

「えっと、写してきた地図によるとこっち」

メモに移した地図を見てどんどん進みだした二人を追ってティピが進み、ウォレスは懐から少しばかりの傷薬を置いてその場をさった。
カーマインを見つけたのは、それからまた二度化け物だと呟き続けるランザック兵を見つけてからであった。
全身を真っ赤な血に染めあげたカーマインは、仰向けに大の字になって静かに眠っていた。

「カーマインお兄ちゃん、カーマインお兄ちゃん!」

「ルイセちゃん落ち着いて、ちゃんと息してるわよコイツ」

泣きそうになりながらルイセが揺り動かすと、ティピの言うとおりカーマインはすぐに薄目を開けた。
その事にほっとしながらもサンドラは冷静になろうと、カーマインが怪我をしていないがチェックしだしていた。

「ルイセ……」

「なに、カーマインお兄ちゃん?」

「いや、なんでもない」

伝えたい言葉の一欠けらもカーマインの口から出る事はなかった。
たった一言ではあるが、とても大切な事であった。

(好きですなんて言えるわけないじゃないか)

唐突にそれを理解してしまったのには理由があった。

(僕は、化け物なんだから)

それが決して伝えてはならない気持ちだと、気づいたから。

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