第四十九話 迷いの森の遺跡


ラシェルの村の入り口に、不意にグローシュの光が集まり大きくなったかと思うと弾けとんだ。
次の瞬間には今まで誰もいなかったその場にルイセを筆頭にして、カーマインたちの姿があった。

「便利なもんだな。数日かかる道のりが一瞬か」

「本当に、やっぱりグローシアンってすごいんですね。また偏見の目でみちゃいそう」

ルイセのテレポートによりラシェルに送り届けられたグロウとカレンは、驚きの表情であたりを見渡していた。
それで間違いなくラシェルに飛んだのだと言う事が解ると、再度簡単の息をつく。
ユニとティピが得た情報から、本当はすぐにラージン砦に立ち寄りブロンソン将軍の支持を仰ぐつもりであった。
だがグロウとカレンをガラシールズに置き去りにするわけにもいかず、一度立ち寄ったのだった。

「悪いが、感想に付き合ってる暇も惜しい。ルイセ、今度はラージン砦に飛んでくれ」

ウォレスがせかす理由もわからなくはないが、その言葉にルイセはためらっていた。
それはラシェルに立ち寄った事からも解るとおり、グロウがついてきてはくれないと言うのだ。

「ねえグロウお兄ちゃん、本当にだめなの?」

「戦争はごめんだ。お前が決めた事なら止めないが、逆についてもいかない。戦争なんかよりも、俺にはここでやる事があるからな」

「やること?」

記憶すらもなくしたグロウに何をする事があるのか、不思議がるルイセを見てカレンがクスクスと笑っている。
その理由はすぐにわかる所となった。
グロウとカレンがラシェルの入り口にいる事に気づいた子供たちが歓声の声を上げたからだ。
しかもこちらに向けて走ってくると、そのままグロウの背中に飛びついたのだ。

「グロウお兄ちゃん、お帰り。いつ帰ってきたの?!」

「おい、背中にくっつくなといつも言ってるだろ。服が伸びる!」

「伸びちゃえ、伸びちゃえ。よし、みんなくっつけー!」

「このクソガキどもが!」

これほど奇妙な光景もなく、何人もの子供たちにまとわりつかれたグロウは言葉を荒くしながらもあしらわずにかまってやっている。

「グロウさんは意識を取り戻してからずっと、病院で警備員と子供たちの遊び相手を務めてくれているの。アレでも結構人気者なんですよ。もちろんユニちゃんもね」

「へぇ〜、意外そうだけど。思いっきりなつかれてるわね」

口は悪いが、もともと兄貴肌な気質のグロウである。
かまってくれと向かってくる子供たちの相手には丁度良いことであろう。
しかも嫌がった雰囲気を見せずに、本当に楽しそうにも見え、これから戦争にかかわる血なまぐさい争いに巻き込めるはずがない。

「ルイセ……」

「あ、うん。解って……るよ」

そんなグロウにではなく、ついて来てくれとこれ以上言えないルイセを気にして声をかけたのはカーマインだ。
返答するルイセの言葉にさらに陰りが加わったのは気のせいではない。
ルイセがグロウについてきて欲しかった理由は、本当はカーマインにあったからだ。
それじゃあとルイセがテレポートを唱えようとしたとき、子供たちを掻き分けながらグロウがルイセの前にかがんでその顔を両手で優しく包み込んだ。

「グロウお兄ちゃん?」

「いいか、危ないと思ったらすぐに逃げろよ。それで困ったら俺の所に来い。俺が何とかしてやるよ」

「うん、ありが」

お礼を言い終わる前に、ルイセの額にチュッと小さな音が響いた。

「お前に怪我がないように、おまじないみたいなもんだ。ありがたく、受け取っとけ」

それで笑いかけるグロウであるが、ルイセは髪の毛を総毛立たせて顔を真っ赤にしている。
周りにいたカレンもユニもティピが目を丸くして驚いており、ウォレスでさえも少しびっくりしていた。
そしてカーマインは、複雑な胸の痛みよりも、痛みを感じて戸惑う自分に戸惑っていた。

「あー、グロウお兄ちゃんキスした。すけべー!」

「はっ、ガキどもが。これが俺みたいな大人とお前らの違いだ。ガキー、ちびすけぇども」

驚きもしていないのは、すけべとはやし立てる子供たちだけであった。





ラシェルで別れを告げて次に飛んだ先は、もちろんラージン砦である。
すでに幾度か会った事のある門番の人に門を開けてもらい、ブロンソン将軍がいるであろう執務室へと向かった。
その間にカーマインは先を歩きながら何度かついてくるルイセへと振り向いたが、その瞬間に顔をそらされてしまう。
そのたびにカーマインは胸に言いようのないよどみが生まれると同時に、疑問がわいてきた。

(グロウとルイセが義理の兄妹なら、僕だってそうなんだ。でも、それがどうかしたのか?)

義理だけれど、本当に妹のように思っている。
本当の妹だと思っていたいのだけれど、思いたくないと言う矛盾が心をはしる。

「おいカーマイン。何があったかまでは聞かないが、考え事をしている場合でもないぞ」

「え、あ……(今はそんな事考えてる場合じゃないか)」

ウォレスに指摘されて気がついてみれば、すでにブロンソン将軍の執務室の前にまでやってきていた。
少し慌てたカーマインは、急いでノックをして返事をもらってから入り込んでいった。

「失礼します。ブロンソン将軍」

「おお、カーマイン君たちか。君たちが立ち寄るとは聞いてはいないが、何かあったのかね?」

「そんなのんびりと構えてる暇なんてないのよ!」

決してブロンソン将軍も迫るバーンシュタイン軍の迎撃に向けて、決してのんびりとしているわけでもなかった。
だがそれでもランザック王国の介入を知るティピたちからはそう見えても仕方がない。
まずティピとカーマインからガラシールズの街外れにある屋敷で見た事を全て伝えた。
ウェーバーとガムランと言う名の二人と、そこで取り交わされていたローランディア迎撃の盟約である。

「それはまずい事になったな。ランザックとバーンシュタインの両方を相手するとなると、わが国全ての兵士を集めねばならない。だがそんな事をすれば、北のノストリッジ平原ががら空きとなってしまう」

「じゃあ、せめて今ある手勢を二つに分けるとか、挟撃されないように軍を引いたら?」

「いや、二手に分けたとしても各個撃破されるだけだ。それにより国に近い場所で戦うのはリスクが高すぎる。一気に突破されればそれで終わりだ」

ティピがせめてそうしたらと意見を述べるが、ブロンソン将軍にではなくウォレスに否定されてしまう。
自軍を動かす事ができないのならば、当然とるべき手は一つしか残されていない。

「ならランザックとバーンシュタインの盟約を破らせるしかないですよね。彼らの作戦は、ローランディア軍とバーンシュタイン軍が東の平原でぶつかり合っている間に、ランザック王国軍が迷いの森を抜けてローランディアを背後から強襲する」

ブロンソン将軍が机の上に広げた地図の上に指を這わせ、カーマインが再度確認するように呟いた。
カーマインの指がランザック王国軍が通るであろう迷いの森の中をなぞるなか、その指が止まる。
そして指をローランディア軍へではなく、バーンシュタイン軍のほうへと向けて動かした。

「どうにかして、ランザック軍をバーンシュタイン軍の後ろに誘導できないですかね?」

「あ、そうか。ランザック軍が間違えてバーンシュタイン軍を襲っちゃえば、約束破った事になるしローランディア軍も襲われない」

なるほどとルイセが良い案だとばかりに喜んだが、それを言ったのがカーマインだと気づいてすぐに複雑そうに視線をそらした。
今は、今だけは気にするべき事ではないとカーマインはそれに気づきながらも何も言わずに、ブロンソン将軍とウォレスに意見を求めた。

「誘導さえできれば、両者を戦わせる手はあるが、いくら迷いの森と言われていても実際には迷うような森ではないぞ」

「いや、できない事はないかもしれない」

そう言い出したブロンソン将軍に、皆の視線が集まった。

「あの森が迷いの森と呼ばれるのは、実はちゃんとした理由がるのだ。あの森にはグローシアンが作り出した遺跡がある。昔はその遺跡が作動していて、本当に人を迷わせる生きた森となっていたのだ。今はエネルギー不足で停止した遺跡を厳重に封印しているが、動かす事さえできたなら」

「エネルギーか。それってすぐ手に入るものなの?」

「私はあいにく、遺跡などと言うものに詳しくない。もしかすると宮廷魔術師のサンドラ様なら何か知っているかもしれん」

だが今のところそれしか手が見つからない以上、諦めるわけにも行かない。

「わかりました。すぐに確認してきます。手が見つかっても見つからなくても一度戻ってきます」

「ああ、頼んだ。バーンシュタイン軍とぶつかるまでにそう時間はない。それまでに私の方でも何か方法を考えておこう」

カーマインはルイセに頼み、本日三度目のテレポートを行った。





ローランザリアの街の手前にテレポートしたカーマインたちは、すぐにローランディア城にあるサンドラの研究室へと向かった。
サンドラは仕事中なのか、たくさんの書籍が並べられた本棚の前で本を選んでいた。
同盟を結びにいったわりには戻ってくるのが早すぎると驚いているサンドラに、カーマインが戻ってきた理由を話した。
一番重要なグローシアンの遺跡のエネルギー源に関してだ。

「そういうことですが。少し待っていなさい」

そう言って何かを取りに別の部屋へと向かったサンドラは、手に何か宝玉のようなものを持って戻ってきた。
それは以前、レティシアを救出する際にサンドラが持っていたものと同じであった。

「これは魔水晶の中に含まれるグローシュを抽出した宝玉です。これがあればグローシアンの遺跡が動かせるはずです」

「じゃあ母さん、それを」

貸してくれとばかりにカーマインが手を伸ばしたが、その前にサンドラが避けるように宝玉を頭上へと持ち上げた。

「母さん?」

遊んでいる場合じゃないとカーマインが言うが、サンドラもその事は解っていた。
ただ、カーマインたちのほうが解っていなかったのだ。

「貸すのはいいですけれど、貴方たちだけで遺跡を動かせると思っているのですか? 遺跡を動かすにはそれなりの知識が必要ですよ?」

そういわれてみれば、ウォレスは問題外であり、カーマインはそこまでの知識はないし、ルイセも勉強中の身である。
どうするべきか考えるまでもないのだが、一応カーマインがウォレスに意見を求めて視線を向けると、仕方がないだろうとばかりに肩をすくめられる。
この非常時に宮廷魔術師がほいほい外出してよいのか気にはなるが、本人が言っているのならば問題はないのだろ。

「解ったよ、母さん。でもこの前みたいに一人で勝手に行動するのはなしだよ」

「そうね、貴方が何事にも負けなければね」

その台詞にちょっとギクリとさせられたカーマインだが、時間が惜しかった。
一日に何度もテレポートをさせてルイセの魔力が心配ではあったが、これが最後だからとテレポートを頼んだ。
行き先はラージン砦であり、方法が見つかったとブロンソン将軍に報告してから迷いの森にあると言うグローシアンの遺跡へと向かった。
ランザックへ向かうときは迷いの森をそのまま南下したが、遺跡はそれよりも西にあった。
曲がりくねった森の薄暗い獣道を突き進むと、獣道がいきなり人の手によって整備された道へと変化し、その奥に岩山に取り付けられた大きな扉が見えてくる。
その扉は、以前フェザリアンの女王ステラが捉えられていた塔と同様に遺跡に無理やり穴を開けた扉であった。
おそらく遺跡の存在を知った者たちによって封印されたのだろうが、今はカーマインたちのためにその封印が解き放たれている。

「ここがグローシアンの遺跡だとすると、またどんな仕掛けがあるかわからない。母さん、遺跡探索の経験は?」

「ここの遺跡は初めてですが、他の遺跡ならば何度も。大抵の罠や装置なら見抜ける自信があります」

「なら先頭が僕で次が母さん。ルイセが三番手で、後ろをウォレスさんがお願いします。それとルイセは魔力を温存して、またテレポートに頼る事になると思うから」

「うん、わかったよ。カーマインお兄ちゃん」

さすがにこの期に及んでルイセも、ガラシールズの街でのことは持ち出さなかった。
その事に申し訳なく、同時にありがたく思いながらもカーマインは遺跡の中へと足を踏み入れる。
岩山の中に造られた遺跡だけあって、入り口からまっすぐに続いた通路の先には下り階段があった。
どうやら地下へともぐっていくタイプの遺跡らしい。

「どこかに迷いの森を制御する部屋があるはずです。大抵そういうものは最下層にあるはずです」

サンドラの助言に頷きながら、長い長い階段を下りていく。
一体何処まで降りていくのか薄暗い遺跡の中で、底がいつまでたっても見えてこない。
おかげで陰鬱な気持ちにさせられ、嫌になり始めたころにようやく階段の終わりが見え、さらに通路が奥へと続いていた。

「母さん、それにルイセも大丈夫?」

「運動不足ですね……自分から言い出しておいてなんですが、少しついてくると言った事を後悔してます」

「うぅ……エレベーターぐらいつけてくれてもいいのに」

すこし肩で息をするカーマインが振り向くと、サンドラはかなり息を乱し、ルイセにもかなりの疲労が見えていた。
特にルイセは何度もテレポートを使わせたせいか、疲労の度合いがサンドラよりも酷かった。

「ウォレスさん、少し母さんたちを頼みます。僕は先に通路の先がどうなっているのか見てきます」

「わかった。だが、先行しすぎるなよ。やばいと思ったらすぐに呼べ」

「それは大丈夫、ティピちゃんがついてるんだから」

ウォレスに頷いてから、カーマインはティピと一緒に薄暗い遺跡の中を走り出した。
階段を下りてからもまっすぐな通路は続き、それを進むとまっすぐな通路であるにもかかわらず薄暗さからルイセたちの姿が見えなくなってくる。
先ほどの階段と同様に進んでも進んでも風景が変わらないと言うのは、精神的にかなりきついものがあった。
これではまだ複雑な道に迷わされた方がマシだと思っていると、一直線だった通路がふいに途切れた。
そこは不思議なT字路であった。

「なんだろ、床が綺麗にくぼんでるね?」

「何か置いてあったみたいだな」

T字路の頭の部分が円形に広がっており、そのスペースに半径一メートル程の球形にくぼんだ場所があったのだ。
あるべきものを収めるスイッチの類かとカーマインが近づくと、それは急に落ちてきた。

「あ、危ない上ッ!」

ティピ叫びにカーマインが咄嗟に退くと、先ほどまでそこにあったくぼみにピッタリと収まる球形の鉄が降りてきた。
体積で言えばカーマインの五倍以上ありそうなそれは、何処に口があるのか特徴的な声でしゃべり始めた。

『照合を確認、登録者に該当無し』

「なんか聞き覚えのある声でしゃべったよ。やばいんじゃない。ウォレスさんたち呼んだ方がいいよ」

「いや、来る。ティピ皆を呼んできて」

カーマインがそう言ってティピが元来た道を戻り始めた瞬間に、黒くて丸い物体がその体を半分にして上下にわずかに浮いた。
その隙間から覗くことのできる装置の意味もわからないが、高速で回転しているように見える。
そして次の瞬間、球体の頂上部についている角のような点から雷を放ってきた。
とっさに腕で顔を覆うと直撃こそしなかったが、体中の産毛が逆立ってピリピリと悲鳴をあげていた。

『侵入者の排除を開始します』

「されてたまるか!」

黒い物体が再度放つ雷をかわして間をつめると、その体に思い切りクレイモアをたたきつけた。
遺跡と言う密閉された空間に金属音が耳に痛いほど響くが、黒い物体を吹き飛ばす事どころか動かす事さえできなかった。
むしろ重量差から痛んだのはカーマインの手の方であった。

「痛ッ、正面からじゃ……うわッ!」

あまりの重さと硬さに驚いていると、頭上から雷が降ってきた。
ほうほうの体で逃げ出しながら目に入ったのは、雷を放つたびに上下に球体をわけた隙間から見える内部の回転。

「そう言えば以前の遺跡では、本体の周りにエネルギーを精製する装置があったっけ」

思い出して見渡してみればそのような装置は見当たらない。
となれば方法は一つ、この黒い物体は内部でエネルギーを精製しているということだ。
どうすればエネルギーなんて無形のものを作れるかわからないが、気になるのは内部での回転だ。

「狙ってみるか」

未だ皆を呼びに言ったティピは戻ってこないため、カーマインはその場で立ち止まった。
誘いなどと言うものを理解できる頭があるのかは疑問であったが、そのガーディアンは何の疑いもなく立ち止まったカーマインを撃つべくエネルギーの精製を始めた。
球体の上下を少しだけ浮かせて、その隙間から見える内部装置の回転。
それが見えた途端、カーマインはクレイモアを水平に構えて駆け出した。
いつどのタイミングで雷が放たれるのか、ベストは放たれる前に攻撃できる事。
だが直線に加速したカーマインをあざ笑うように、黒い物体の頂上部に雷の輝きが集まり始め、膨れ上がる。

「彼の者に風の如き速さを与えたまえ、クイック」

その時響いた声により、カーマインの足がさらに倍速で動き始めた。
放たれた雷は完全にカーマインの動きを見失い、まったく関係のない床に突き刺さる。
そして次の瞬間には、クレイモアが小さな隙間をぬってガーディアンの内部へと打ち込まれた。
歯車が狂って折れたような鈍い音が響き、煙を吐き出しながらガーディアンはその活動を停止させられた。

「な〜んだ、急いで呼びに言ったのに終わっちゃったのか」

「まったく、男の子はどうしてこう無鉄砲なのかしら。カーマイン、貴方はウォレスの話を聞いていたでしょ?」

「なんだ、母さんか。それほど危険な相手には思えなかったから」

注意されてもそれで済ませるカーマインにサンドラは、思い切りため息をつくだけで終わらせてしまう。
それはそもそもカーマインの単独行動が、自分の運動不足による休憩がはじまりであったからだ。

「カーマインお兄ちゃん、だいじょ……うぶ?」

カーマインに駆け寄ろうとしたルイセであったが、ハッ何かを思い出してその歩みが遅くなる。
それを妙に思ったサンドラが、ちょいちょいとティピを手招きして事の次第をきいていた。

「大丈夫だよ。それに休憩がいいなら、先を急ごう」

「そうだな、それにガーディアンがいるなかで休憩なんぞしてて囲まれるわけにもいかないしな」

ウォレスの心配どおり、四人が制御室にたどり着くまでに何度も同じガーディアンと戦うはめとなった。

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