レティシアの提案により、場所をサンドラの屋敷へと移した。 言葉通りに天下の往来で話しにくい内容であったのだろうが、それだけでもないようであった。 移動する間もずっと考え込むように歩いていたレティシアから察するに、言葉にする事を躊躇っているようでもあった。 サンドラの屋敷、その客間へと移動し、それぞれの前に軽い飲み物が配られてからようやくレティシアが続きを話し出した。 「エリオット君と言いましたね?」 「はい」 レティシアの身分をルイセやカーマインから明かされたエリオットは、問われて真っ直ぐに身を正した。 「私が似ていると言ったのは、貴方とバーンシュタインの新国王リシャール王の事です」 何を言われたのか理解できなかったエリオットは、目をパチパチ瞬かせているだけであった。 だがレティシアの言葉を証明するようにあっと声を上げたのは一人や二人ではなかった。 「そうだ、似てる。私とカーマインお兄ちゃんは、闘技大会の表彰式で戴冠前のリシャール王に会ったことあるもん。カーマインお兄ちゃんも覚えてるよね?」 「ああ、はっきりと覚えてるとは言わないけれど、エリオットに似てるって話をルイセとしたのは覚えてる」 その頃カーマインは、決勝の時に突然沸いてでた力に悩んでおり、実はリシャール王の顔はうろ覚えであった。 だが今は問題はそこではないため、ルイセに同意するように頷いておいた。 レティシアに最後に同意したのはサンドラであった。 「私も仕事で何度かバーンシュタインに赴き、リシャール王にはお会いした事があります。その頃はまだ小さかったのですが……エリオット君に面影を見る事ができます」 「僕が……バーンシュタインのリシャール王に」 まだ信じられないと言う顔のエリオットであるが、証人がこれだけいれば信じないわけも行かなかった。 すると、もしかしてとエリオットは言い出した。 「僕を襲ってきた連中は連れて行けば金になると言っていました。僕はリシャール王に間違われたと言う事でしょうか?」 「あ〜、そうかもねぇ。アンタ、よりによって似てる相手が悪かったわね」 「そんなぁ……ただの勘違いだなんて」 慰めるように肩を叩いてきたティピに向け、エリオットが情けない声を上げた。 それを聞いて、やはり似ているだけなんだとある意味失礼な感想を誰もが抱いていた。 ゴロツキに追われて逃げ回っていたエリオットと、インペリアル・ナイトを束ねるナイトマスターであるリシャール。 他人のそら似としか思えない状況に、似ていると言い出したレティシアまでも思い過ごしかと思い始めていた。 そこへ異を唱えたのはサンドラとウォレスであった。 「いえ、ただ似ているだけだと結論付けるのはまだ早いと思います。平時ならまだしも、この戦争が始まらんとしている時にリシャール王が自ら敵地に赴いていると考える人はまずいないでしょう」 「それにそれだけではない確証もある。エリオットが襲われている現場の近くで、俺は盗賊とエリオットのやり取りを観察していた男と少しだがやりあった。相当の腕を持つ男だったが、そんな男が監視するほどだ。似ているだけではないかも知れんぞ」 知らない間にそんな事がと驚き、似ているだけではないのだと考え直す。 その間にそう言えばとカーマインが、エリオットに尋ねた。 「僕らはエリオットをデリス村からこの王都へ連れていてくれと君の両親に頼まれたけど、もう用事は済んだのかい? もしかするとその用事に何か意味があるんじゃないか?」 「その事なんですけれど、僕は両親からローランディア王城へと行けと言われておりました。ですがその為の紹介状を失くしてしまい……」 「そんな大事なもの失くしちゃうわけ?」 「いえ、デリス村の宿であの盗賊たちに襲われすぐ逃げ出した後、隙を見て一度戻ってみましたが手紙が失くなっていたんです」 何処まで間抜けなんだと言われていそうなティピの言葉に、エリオットは必死に弁解を試みた。 だがそれはただの弁解に収まらず、さらに謎を呼ぶ結果となっていた。 状況から考えるに手紙は失くしたと言うよりも、奪われたと考える方が普通である。 となると相手はエリオットに関する事情を知っていて、複雑な理由があってエリオットを狙っているという事になる。 「その手紙にどんな重要な事が書いてあったのかな?」 「エリオット、アンタ手紙の内容読んでないの?」 「そんな人様宛ての手紙を読むような事はしませんよ」 妙に律儀というか正しい言葉に、ティピが繭を潜めていた。 言動は常に正しいのだが、そこに正しい行動が伴わずどこか間抜けな印象をうける少年である。 「ねえ、両親がこの状況を先読みして服のどこかにヒントになるもの縫い付けたりとかしてないの?」 「さすがにそれは深読みしすぎだと思うけど……」 ティピの適当な意見に突っ込んだのはルイセだけであった為、真に受けたエリオットが服やズボンのポケットなどを探し始めていた。 誰もが無い無いと視線でエリオットを見つめる中、思い当たる事でもあるのかエリオットがあるものを見せてきた。 それは白地に金の装飾と真っ赤な宝玉を取り付けられたブレスレットであった。 素人目にも一目で高価な代物だと思えるそれに、真っ先に飛びついたのは意外にもレティシア姫であった。 「そのブレスレットは!」 「これは僕が物心つく前からつけているものです。サイズが合わなくなる度に打ち直され、両親から着けさせられました。おそらく何か意味があるものだと」 「同じブレスレットをリシャール王がつけていました。いったいこれは……」 レティシア姫の言葉に、ブレスレットを説明していたエリオットすらも自分の腕にはめられたそれを凝視していた。 「なんだか段々話が妙な方向に……エリオット、もし他に知っている事があったらなんでもいいから言ってくれないか? もちろん、言いたくないことは言わなくていいから」 「いえ、いいかげん僕も自分の事を知りたくなりました。何故僕が襲われるのか、知らないままに他人を巻き込みたくないです」 エリオットが思い出しているのは、あの問い盗賊に突き飛ばされた女性であった。 名前も知らない相手であるが、それこそ勝手にこちらの都合で巻き込むわけにも行かない。 ほんの僅かな変化であるがいままで情けなかった目に、小さな力が宿っていた。 「実は僕は両親の本当の子供ではないと聞いたことがあります」 いくらなんでもそんな言葉が出てくるとは思っていなかったカーマイン達は、少し言葉が出なかった。 「本当の両親が誰なのかまでは話してくれませんでしたが、時折両親がこぼす名前にヴェンツェル様と言う言葉がありました」 「ヴェンツェル、確かにそう言ったのですね?」 エリオットの両肩を掴んで揺さぶるように確認してきたサンドラに、エリオットは真っ直ぐ見つめて頷いた。 少々取り乱しかけたサンドラはエリオットの目に押されて冷静さを取り戻すと、コホンっと咳払いをして言った。 「我が師にして、バーンシュタイン宮廷魔術師長ヴェンツェル。数年前から姿をくらまして行方知れずになっていますが……」 ここまで符号が揃い始めると、もはや似ているだけで済ませる事は出来なくなった。 似ているだけでなく、リシャール王と同じブレスレットまで着けているエリオット。 彼の両親は本当の両親ではなく、彼らはバーンシュタインの宮廷魔術師長であったヴェンツェルと交友があったかもしれない。 その両親に言われるままローランディアまでやってきたエリオットは、幾度と無く命を狙われている。 となると、エリオットはリシャールと兄弟である可能性が高い。 王位はすでにリシャールのものであるが、エリオットの方が年上であった場合、継承権等でその座は危うくなってくる。 「わかりました。彼、エリオット君は私の城でお預かりしましょう。貴方も命を狙われて王都を逃げ回り続けるよりは、安全な城の中の方が良いでしょう?」 「それは、こちらからお願いしたいぐらいです。両親の手紙をなくして、困り果てていた所です」 思っても無い申し出に喜んで目を輝かせているエリオットであるが、レティシアは単にエリオットを思って手を差し伸べただけではない。 悪い言い方をすれば、状況によって使い道があるという冷たい考えも含まれている。 だが転びようによっては戦争を回避する可能性もあるため、その事に気付いているティピとルイセ以外は黙っていた。 「それでは城へと参りましょうか」 エリオットを連れて行くレティシアについて行ったのは、サンドラとウォレスだけであった。 折角の休日ではあるが、思わぬ事で半日以上つぶれてしまった。 かなり複雑な状況を頭で整理させられたカーマインは、ルイセを連れてもう一度外へと出かけていた。 その足が向かうのは道具屋であり、次の任務に備えて携帯用の薬等を補充するためである。 気軽な散歩もかねているのだが、何かを悩んだ様子でいたルイセがカーマインに尋ねてきた。 「ねえ、カーマインお兄ちゃん。私たちは説明に行かなくて良かったのかな?」 「行っても僕らには説明する事なんて無いよ。デリス村での事はウォレスさんが説明できるし、そこからローランディアまではウォレスさんが護衛したから、説明できる事は無い。ヴェンツェルって人の事も知らないし」 「そうなんだけ……」 仲間はずれみたいなことを感じているのか、落ち着かない様子のルイセの頭にカーマインは手のひらを乗せた。 そのまま撫でつけながら聞いてみる。 「僕と一緒に出かけるの嫌?」 嫌と言うはずも無いのを解っていて聞いているのだが、首痛いんじゃないかとカーマインが心配するほどに横に首を振ってから否定してくる。 「そんな事無いよ。私もっとカーマインお兄ちゃんとお出かけしたいもん。本当だよ」 「そう、ありがとうルイセ」 笑顔でお礼を言ってくるカーマインに、照れて顔を赤くするルイセ。 ほぼ日常となる一連のやり取りをみながら、居場所がないとウゲッと顔をしかめているティピがいた。 このまま消えてやろうかしらとティピが思い始めていると、三人に後ろから話しかける声がした。 「よお、お前ら。元気してるみたいだな」 そう言う自分が元気が余っているのではと聞き返したくなる声は、ゼノスであった。 相変わらず大きな体を白い鎧で覆い隠し、その野性的な雰囲気は王都では少し浮いた感じも受ける。 「ゼノスじゃない、なんでこんな所に?」 「まあな、戦争が始まるってんで高く雇ってくれないかと来て見たんだが」 ティピに答えながら苦い顔をしたことから、どうやら上手くは行かなかったようだ。 「まだ実際に始まってもいないから出し渋りが酷くてな。せめて始まっちまえば、苦戦してる方に高く売り込むんだが……」 どちらが勝とうが構わないという言い方に、ローランディア側のカーマイン達は苦笑いするしかなかった。 もう少し気を利かせてくれてもと思うのだが、仕方が無い所かもしれない。 あくまでゼノスは傭兵であり、金を稼ぐ事が一番の目的であるからだ。 カレンを養う為に傭兵を始めたという話は、確か以前耳にした事があった。 「でもゼノスさん気をつけてくださいね。カレンさんもゼノスさんが危ない目にあってまでお金を稼いで欲しいなんて思ってないはずです」 「いや、まあ……そうなんだが」 同じ妹という立場のルイセに言われ、バツが悪そうにしたゼノスだが他に金を稼ぐ方法を知らないのである。 正確に言うと、カレンに少しでも不自由させないだけの金を稼ぐ方法をである。 「おお、そうだ。カレンと言えば、前にお見舞いに行ってくれたそうだな。病室ってのは暇らしくて、アイツ喜んでたぜ。俺から礼を言わせてくれ」 「そんなお礼だなんて、本当は探し物の途中で偶然寄っただけで……」 「それでカレンさんはあれから元気になったの?」 「ああ、ピンピンしてるさ。そのまま念願だった看護婦になって病院の寮に居ついちまった」 何故か嫌そうな顔をしたゼノスに、当然のようにティピが聞き返した。 「なんで嫌そうな顔するのよ。看護婦なんて立派な仕事じゃない」 「いや看護婦はいいんだが、カレンに世話されて入院するような軟弱な若い男がカレンに惚れかねん。それだけが気がかりなんだ……」 「ここにもいたか……兄馬鹿。ルイセちゃんはどちらかというと妹馬鹿だけど」 「ひっどーい、私馬鹿じゃないもん」 そういう意味じゃないんだけどと、付け足したティピにルイセは何度も馬鹿じゃないもんと繰り返している。 何度言っても聞いてくれないティピに、段々とルイセの瞳に滲むものが出てくる。 そうなる前にカーマインが止め始めた。 たわいないやり取りを眺めていたゼノスが、ルイセを慰めているカーマインに切り出した。 「ここまできて手ぶらで帰るのも何だし、カーマイン。久しぶりにやり合ってみねえか?」 ゼノスが持ち上げたのは、彼が持っていた大剣であった。 「おお、いいんじゃないの。決勝戦再びって感じで」 「え〜、やめてよぉ。折角のお休みに怪我しちゃ嫌だよ」 「どうだ、カーマイン」 面白がる声と、止めようとする声を背に再度ゼノスが聞いてくる。 「止めておきますよ。もう一度ゼノスさんに勝てる自信はないですし、ルイセの言うとおり休みに怪我するのも嫌ですから」 「なんだ、つまんねえ奴だな。男ならもっと乗ってこいよ」 てっきり乗ってくると思っていたゼノスは、肩透かしを食らわされ酷く残念そうな顔をしながらもたきつけて来る。 それでも無理矢理にまで戦わせるつもりも無いようで、もう一度念を押して断られるとすんなりと諦めてきた。 どうやら本当に暇つぶしをしたかっただけらしい。 カーマインの方もゼノスの暇つぶしを見抜いていたわけではなく、単にルイセとの買い物を優先したに過ぎない。 「ま、事情は人それぞれか。残念だったがまたな」 普通はここで手を挙げる所であるが、何故かゼノスが右手を差し出してきた為、カーマインは少々戸惑いつつも握り返していた。 お互いに手を握りあった時に、ゼノスが何かを気にかけていたが、ほんの僅かの表情の変化にカーマインは気付かなかった。 「ゼノス、まったねぇ!」 「カレンさんにまた遊びに行きますって伝えてください」 「ああ、アイツも喜ぶと思うぜ。でもどうせなら食いもんが一緒の方が俺は嬉しいぞ」 背中を向けて歩き出したゼノスは、ルイセとティピの言葉に軽く手を挙げて了解の言葉とおまけを示していた。 やがてカーマインたちも目的の道具やへと向かいだした。 それを見計らったかのように足を止めて振り向いたゼノスは、去っていくカーマインを睨みつけていた。 そして先ほど握り合った右手を持ち上げ、カーマインの手のひらの感触を思い出す。 決してお坊ちゃん育ちなどではない、どちらかというと自分自身に近い、ガサついた、剣を何度も振った手である。 「勝てる自信が無い奴が、あんな手をしてるもんかよ」 カーマインの手のひらは決して嘘をついていない。 だがそれでもその手を否定したい程の気持ちを胸に抱えてゼノスは呟いた。 「俺は絶対に認めない」
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