第四十五話 追われる者


ガタガタと馬車が揺れる道のりを進み続け、王都ローザリアから少し離れたとある敷地へとたどり着いた。
馬車から降りてきた人物は四人、レティシア姫とカーマインにルイセ、そしておまけのティピである。
レティシア姫は運転手を敷地の前に待たせると、カーマインを促して敷地の中へと入っていき、カーマインへと振り向いた。
そしてカーマインやティピには見覚えの有りすぎる敷地を前に片手を広げた。

「ここがカーマインさんに与えられた領土です。騎士と言ってもまだ最下級ですからそれほど広くはありませんけれども」

まだ休日の途中であるにも関わらず、城へと召喚されたカーマインはアルカディウス王から騎士へと任命された。
コレまでの働きを評価してとの事であったが、レティシアの推薦が最たる理由であったようだ。
またカーマインと同じようウォレスも騎士の位を授かり、ルイセはまだ学生の身ということで宮廷魔術師見習いとされた。
ウォレスも今は位と同時に授けられた土地を案内の人と見に行っている。

「土地よ、土地持ちよ。ねえ、そんな場所にするの? アイスクリーム屋さんが欲しい!」

「急にそれだけポツンと建てても無理だと思うけど……」

「あとね、あとね」

自分の欲しい物をまっさきに上げたティピに、ルイセが呆れながら告げるがあまり聞いている様子はない。
そんな浮かれているティピとは反対に、カーマインは浮かれても喜んでもいないように見えた。

「カーマインお兄ちゃん? 騎士に任命された事、嬉しくないの?」

「嬉しくない事はないけど、分不相応だと解っているからね。僕はまだそんな大それた事は何もしていない。自惚れないように自分を律しているだけだよ」

一応任命の理由として挙げられたのは、レティシアの救出であるが、実際にそれを成したのはウォレスと母であるサンドラである。
それに功績と言う点では、ラージン砦から東にある渓谷でバーンシュタイン軍の出鼻をくじいたグロウの方が大きい。
もっともそれはラージン砦のとある部隊の功績になっていてグロウの名は一度も出てこないが。
当然レティシア姫の推薦がなければ、とても騎士だなんて名乗る事ができるはずもない。

「だからこの土地は手をつけない。せめてグロウを助けることができるまでは」

「え〜、もったいない〜」

「ティピ、カーマインお兄ちゃんが決めた事だもん。解ってあげようよ」

「うぅ、アイスクリーム…………」

残念がるティピをクスリと笑いながらも、カーマインの言葉にレティシアは安心したようだ。

「その様子だと、私の狙いが解っているようですわね」

「そうですね。レティシア姫は、今後僕らと会話をしてもおかしくない位を僕らに求めた。グロウの事で情報を交換するためにも」

「もちろん、カーマインさんの技量を評価してという事もありますが……正解です。話は帰りの馬車の中でよろしいですか?」

グロウの事と聞いてさすがのティピも土地から興味を離し、名残惜しそうにするのを止めた。
そろって馬車まで戻ると、レティシア姫の向かいの座席にカーマインとルイセが並んで座る。
運転手から行きますよと声がかかり、馬にムチを入れる音が鳴ってから馬車が走り始めた。
ゆっくりとカラカラまわり出した車輪の音を確認してから、レティシアが切り出してきた。

「あれから私はブロンソン将軍の協力を仰ぎながら、バーンシュタインにいるはずのグロウさんの事を調べさせました。そして妙な事が数点わかりました」

「それって、すでにグロウお兄ちゃんが逃げ出してたって事ですか?」

まさにこれから言わんとしていることを先にルイセに言われ、レティシアが驚きの表情を作る。
どうしてそれを知っているのかという足りなかったルイセの言葉を、カーマインが先日のコムスプリングスの件を話した。

「その時に、ジュリアン。バーンシュタインのインペリアル・ナイトからグロウが当に逃げ出した事を聞いたんです」

「そうですか、やはりバーンシュタインではそういう事になっていますか」

そういう事になっていると言う、造られた様な言い方に今度はグロウたちの方が驚いていた。

「実は妙な点とはグロウさんが逃げ出した状況なのです。お二人にはまだ話していませんでしたが、グロウさんは私が護送される直前まで意識不明でした。ユニちゃんが言うには、光の翼をだしたせいだと言う話ですが」

「光の翼ってまさか、あの。カーマインお兄ちゃん」

「たぶんアレだと思う。レティシア姫、光の翼の事は僕らも知っています。それが何かまでは解りませんが」

それもユニから聞いていたことを打ち明け、レティシアは更に先を続けた。

「まだ妙な点はいくつか見つかりました。まず二人もいた見張りが同じように喉元を一文字に切り裂かれて死んでいた点。どちらにも抵抗の後が見られなかったそうです」

「それの何処が妙なの? 逃げ出すのなら見張りは邪魔だし、一気にやらないと」

「殺した事じゃなくて、殺され方が妙だって事だよ。例え一人は奇襲で後ろから喉を切り裂いても、もう一人が必ず気付く。たった一人じゃ無理だ」

ティピの疑問に答えながら、カーマインは確かに妙だと思い始めていた。
そもそも先日も思ったとおり、逃げ出したのならユニからティピへテレパシーを送ってもよいはずだ。
例えユニの調子が悪いか、他に理由があってテレパシーが使えなくても本人がローザリアに戻るか、手紙でも出せば良い。
なのにこの休日の間にそれらしい人物も届け物も出されていなかった。

「ねえ、さっきから聞いてるとそれって」

考えたくもないと言う不安な声をあげてルイセが言葉を呑み込んだ。
だがそうなってしまっているのなら、今ここで声にして確認するだけでは何にもならない。

「もしかするとグロウは、誰かに連れ去れらた。それもインペリアル・ナイトですら知らされない事情で」

カーマインの言葉に、皆の背筋に冷たい悪寒が走りぬけた。
そもそもグロウは兵士ですらない一般人であるが、バーンシュタイン側にそれを確認する手段はない。
だがレティシア姫を国境を越えて侵入してまで助けに来た者であるのなら、国内の情報に詳しい可能性もあると考えるであろう。
そう考えると、なにもかも辻褄が合ってくる。
まだ想像でしかないが、限りなく現実に近いであろう想像に馬車の中が静まり返っていく。
そんな時だ、急に馬車馬が嘶いたかと思うと、馬車が急停止されたのは。
思わずルイセはカーマインにしがみ付き、座席から前のめりに倒れそうになってレティシアをカーマインが支えた。

「一体何事ですか?」

「申し訳有りません、なにやら騒ぎのようで急に人が横切りまして……」

レティシアが声を大きくすると、窓を覗いて運転手が謝罪を述べてくる。
話し込んでいて気付いていなかったが、すでに馬車はローザリア内へと戻って着ていた。
一体騒ぎとは何なのか馬車のドアを開けて外へ出ようとしたカーマインの目の前を一人の少年が駆け抜けて行った。

「すみません、通してください!」

悲痛な叫びをあげて駆け抜けていった小柄な少年は、エリオットであった。
馬車の中にいたルイセやティピにもその姿が一瞬見えたようで、座席から身を乗り出している。

「今のは……まさか」

「待ちやがれ、小僧。どきやがれ、邪魔だ!!」

「怪我したくなかったら、脇にどいてろ!」

何故かレティシア姫までもが驚くような声を漏らした後、荒々しい怒声を上げながら駆け抜けていく者達がいた。
あまり身なりのよろしくない、粗暴そのものな男達の中に、カーマインは見覚えのある者を見つけていた。
これで顔を見るのは何度目であろうか、盗賊のオズワルドである。
ただ何か良くないことを考えているであろうと言う事だけは解り、カーマインは馬車を飛び降りた。

「申し訳有りませんが、急用ができました。ルイセは護衛としてレティシア姫を城まで送り届けてくれ。僕は奴らを追う」

どうやらルイセもオズワルドを見ていたようで、カーマインの急用を理解して頷こうとしていた。
だがソレよりも早く、レティシア姫が意外な言葉を投げてきた。

「それには及びません。私も行きますから」

それだけは避けたかったが、問答している時間も惜しく絶対に前に出ないことだけを約束させて、三人はエリオットを追いかけ始めた。





何時から自分の人生は狂ってしまったのだろう。
ローザリアの王都を逃げ回りながら、エリオットは追われる理由よりもソレばかりを考えていた。
つい数ヶ月前までは、母に起こされる事から一日が始まり、礼儀作法から勉学、剣術と学び、父と母にお休みといって一日が終わる。
楽しい事も楽しくない事も交えながら同じような毎日が過ぎ去っていた。
ふと滲む涙が視界をかすめさせ、他よりも僅かに浮き上がっていた石畳に足をとられて転ぶ。

「く……痛ッ」

ズボンの上からではわからなかったが、擦りむいたらしい足が痛みを上げた。
だがいつまでも蹲っているわけには行かない。

「坊や、大丈夫かい?」

「なんでもありません」

心配そうに話しかけてくれた女性に、何処に残っていたのか強がりを見せてまた走り出す。

「いたぞ、こっちだ。回り込むぞ、お前らはこのまま小僧を追え!」

「キャッ!」

悲鳴を聞いて振り向くと、自分を心配して声を掛けてくれた女性が突き飛ばされる所であった。
情けない、何処までも情けなかった。
自分の境遇を呪うばかりか、自分を心配してくれた人が傷つけられても助けもせず逃げる自分が。

「父さん、母さん……僕は」

立ち止まり危険を顧みず立ち向かおうか迷う。
だがソレと同時に、王都で騒ぎ立てればいずれ見回りの兵士がやってくるはずだと冷静に考える自分もいる。
どちらが本当に選ぶべき選択なのか。
ただ、今の自分の姿は恐ろしいほどに情けなく、格好悪かった。
そう思ったら、足は震えながらも立ち止まっていた。

「ごめんね、父さん、母さん。僕は、こんなにも弱虫で」

「とうとう観念しやがったか、手間かけさせやがって」

盗賊の三人のうちの一人がエリオットに手を伸ばそうとする瞬間に、一点が衝き抜け盗賊の肩を貫いた。
エリオットがもしもの為にと買っておいた安物のレイピアだ。
倒れこんだ一人を前に、他の二人が身構えようとするが、すぐに緊張を解いて笑い出した。

「なんだよ、コイツ。震えてんじゃねえか、こんなのにやられんなよお前も」

「クハッ、ダッセェ!」

レイピアの一撃を繰り出した時とは打って変わって、盗賊の肩から引き抜いて構えたレイビアの剣先が震えていた。
それだけではなく全身が音が鳴り出しそうなほどに震えていた。

「こ、これ以上僕にかまわないでください。怪我じゃ、すみませんよ!」

威勢良く脅したかった声も、かすれて何処か裏声であった。

「やってくれるじゃねえか、クソガキ。おい、別に生きてとは言われなかったよな?」

「なんでもいいから連れていきゃ金になんだろ」

「お金? 誰かに頼まれたって事ですか?!」

以前から妙な連中に絡まれるとは思っていたが、そこに金銭が絡んでくるとは思いもしなかった。
しかもこんな盗賊まがいの人間に頼むような金の払い主は誰なのか。
思った以上にヤバイ事に巻き込まれているのではと思い直したエリオットは、再び逃げようかと片足を引いた。
だがソレよりも早く、レイピアで肩を射抜かれた男が動く方が速かった。
幅広のナイフを振り上げ襲ってくる相手の形相に萎縮されたエリオットは金縛りにあったように動けなくなってしまう。

「死ねや、クソガキ!」

今にも振り下ろされそうなナイフを前にも、エリオットの金縛りがとける事はなかった。
だがそのナイフが振り下ろされきる前に、少女の声が当たりに響き渡る。

「我が魔力よ。彼の者どもを闇に引きずり込め、バインド!」

何時までたっても振り下ろされなかったナイフに、恐る恐るエリオットが目を開くとそこにはパントマイムをするようにピクリとも動かない盗賊がいた。
ナイフを持った彼だけではなく、残りの二人も突然動かなくなった体にパニックを起している。

「な、なんだこれ。動かねえぞ!」

「影が、影が俺らの足を掴んでやがる」

盗賊の言うとおり、彼ら自身の影がまるで意思を持つかのように彼らを掴んで話そうとしなかった。
一体誰がと思いエリオットが見渡した所、民家と民家の狭い路地から見知った顔が現れた。

「危ない所だったね、エリオット君。ルイセ、怪我がないか見てあげて」

「うん、エリオット君何処か傷めたりしてない?」

「えっと……足を擦りむいた程度です」

エリオットの治療がすむまでの間にカーマインがルイセの魔法で縛られた三人を捕獲しようとすると、一歩遅れて奴が現れた。

「さあ、もう逃げられんぞ小僧。大人しく……」

向かいの通りから勢い良く現れたのはいいが、すでに仲間が捕まっている事にオズワルドが声を失う。
しかもそこには何度苦渋を舐めさせられた事か、カーマインが入る事に気付いてかなり嫌そうに顔をゆがめていた。

「な、なんでお前が」

「地元にいて何が悪いんですか」

「アイツがいちゃ、割りに合わねえ。逃げるぞ!」

よくよく会う相手だとカーマインがクレイモアに手を伸ばすと、向こうから逃げ出した。
しかもすでに掴まった三人を置いて逃げ出しており、置いていかれた三人は泣き叫ぶようにオズワルドの名を呼んでいる。
あまりにも見苦しいその態度に、カーマインは力を入れてクレイモアで殴って昏倒させた。
その頃、盗賊たちが逃げ出すのを影で見ている者がいた。
闇色に近い紫の衣を纏い、真っ白に笑う仮面を着けた男である。

「チッ、こんな街中で騒ぎを起すだけでなく、余計な情報を与えたどころか失敗して逃げ出すとは」

ギリッと強く手を握りこんだ男は、そこから一人だけを見ていた。
カーマインを見つめれば見つめるほどに、男からにじみ出る恨みが目に見えるようである。

「カーマイン、俺は認めないぞ。俺は決してお前を認めない」

「では、どうするつもりだ」

ハッと男が振り向いたそこには、いつの間にか一人の男がいた。
その特徴的な外見に、仮面の男に緊張が走る。
いつその手にある特殊両手剣を投げつけられてもいいように、自分の得物に手が伸びる。

「放浪のウォレスか」

「お前のような奴に覚えられても、あまり嬉しくはないな」

ジリッとお互いの足が地面を擦り上げ、数センチだけ近寄った。
そしてお互いに一足飛びで距離を詰めると、お互いの得物がぶつかり合って甲高い音を響かせる。
そのまま直ぐに離れるが、勝負は続く事はなかった。

「こんな狭っくるしい場所でやってられるかよ。じゃあな、あばよ!」

何かをたたきつけるような動作の後に、あたり一面には濃い煙が広がり始めた。
すぐに仮面の男が路地を飛び出して逃げていくのをウォレスは気配だけで察していたが、追うような事はなかった。
一人で深追いするのは危険であるし、楽観視できる相手ではないのは打ち合った一撃で容易に知れたからだ。
そして何よりも、振り返って声を掛けた相手を一人おいていくわけにも行かなかったからだ。

「サンドラ様、もうよろしいですよ」

「何者ですか、並みの者ではありませんね」

武術についてはある程度の知識と心得しかないサンドラであるが、二人の切り結びはそれ以上の迫力があったようだ。
サンドラの頬に流れる汗が一瞬の緊張を物語っていた。

「それは……あのエリオットに聞けば少しはわかるかもしれません。行きましょう」

二人がカーマインたちの方へ歩いていくと、エリオットに話しかけているのは意外にもレティシアであった。
だがそれは話しかけているというよりも、ただ信じられないと呟いているだけにも見えた。
皆はウォレスとサンドラが連れ立ってやってきた事に気付いて少しだけ視線をよこしたが、すぐにレティシア姫に移していた。

「どうして貴方が……いったい何の為にここにいるのです」

「ここにいるわけは、両親からローランディアの城へ行けと言われたからなのですが……紹介の手紙を失くしてしまい」

「そんな大事なもの失くしちゃったの?」

しどろもどろにレティシア姫に説明しているエリオットに、呆れてティピが叱るように言うが、実はただ失くしただけではなかったようだ。

「以前デリス村の宿であの盗賊たちに襲われて……」

「やはり、似ている」

深く考え込むようにして呟いたレティシア姫に、再び皆の視線が集まった。
だが何にと言う事を避けたレティシア姫は、サンドラに向き直ると頼み込んできた。

「申し訳有りません、サンドラ様。ここでは申し上げにくい話となりますので、ご自宅をお貸しいただけますか?」

もちろん断る理由などないため、サンドラは直ぐに頷いていた。

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