「ねえ、本当に大丈夫なのかな? 大丈夫だよね?」 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ルイセ。コムスプリングスは魔法学院の管轄だし、何かあったらすぐに逃げればいいだけだしね。それにルイセだって気になるだろ?」 「それは、そうだけど……」 コムスプリングスの街を歩きながら、心配そうに何度も服の袖をひっぱるルイセに言い聞かせるカーマイン。 あれから何事もなくレティシア姫を無事に城まで送り届けたカーマイン達は、王から労いの言葉と同時に休暇を数日もらう事ができた。 だが折角の休日ではあるが、グロウがバーンシュタインに捕らわれたままである。 レティシア姫もサンドラもグロウの為にと出来る事を探す中、カーマインも何かしようとした矢先、ティピがある事を言い出したのだ。 「本当なんだって、ほんの一瞬だったんだけど。一度だけユニと繋がった気がしたんだもん」 そう、ティピが言い出したのは、テレパシーがユニと繋がったということであった。 朝に目覚めてからしばらくしてのことだったらしい。 「でも例え繋がったとしても居場所までわからないんでしょ? それを感の一言でここまで来させるなんて」 「それは……感だけど、嘘じゃないわよ!」 「二人とも落ち着いて、ストップ」 まとまるはずもない討論に、ひとまずカーマインが割り込んでとめた。 「そもそも繋がったのは母さんも感じたらしいし、感で答えてもらった場所もティピと一致してる。行き成り見つかる事はないだろうけど、いないとも言いきれない。とりあえず、聞き込みぐらいしても良いと思うよ」 「カーマインお兄ちゃんがそこまで言うなら、私だってグロウお兄ちゃんをはやく助け出して上げたいし」 「マスターに感の裏づけをとったなんて、信じられてない?」 「妙な話、感に確証を得たかっただけだよ。母さんが何も感じてなかったとしても、ここには来てた」 納得したルイセはともかく、不満そうなティピにフォローしてからカーマインは聞き込みを開始し始めた。 主に商店や温泉宿の店員から、全く関係のなさそうな温泉客にまでと手当たり次第にだ。 いくらティピとサンドラの感がコムスプリングスと言っていても、捕らわれの身であるはずのグロウが暢気に温泉に入っているとも考えにくい。 そうなると捕らえられて、何処かへ運ばれる過程を誰かが見ていないかと言う思いから手当たり次第に話しかけたのだが、手がかりは一向に入らなかった。 最初はもしかするとと言う希望から次から次へと尋ねていたのだが、さすがに何時間もそうしているとグロウとユニの特徴を説明するのも辛くなってくる。 もう何度同じ説明をした事か、似顔絵でも持ってくるべきだったかと少しだけカーマインは悔やんでいた。 「やっぱり、そう簡単に目撃情報があるはずないか」 「ねぇ、ティピ。本当にコムスプリングスだったの?」 カーマインが少しだけ諦めの混じった言葉を吐くと、ルイセが念を押すように尋ねる。 「何も情報がなかった上で聞かれると……ちょっと自身ないかも」 人が大勢いる温泉街をあちこち聞き込みをするのは、かなり疲れる事であり、一番体力のあるカーマインでさえも額に汗をかいていた。 さすがにグロウが心配とはいえ、体を休めるべき休日に疲れ果てては意味がないと、カーマインは汗を拭って言った。 「残念だけど、後数人に聞き込んで駄目なら諦めよう」 「諦めちゃうの?!」 「ちょっと見損なったわよ、グロウが心配じゃないの?」 「そうじゃない。休みが終われば次の任務もあるんだ。バーンシュタインにいるはずのグロウを助けるなら、今任務に失敗して行動できなくなるわけには行かない」 諦めているわけではなく、一足飛びに現実が解決するわけではないと言う意味である。 そう言った意味をちゃんとルイセとティピも汲み取る事ができた。 「そう、だよね。全部が全部上手く行くはずがないもんね。でも諦めるのは嫌だよ」 「あったりまえでしょ。でもあと数人って決めたら、誰に聞いてみる? いっそこのまま全て感に任せてみるのもいいんじゃない? どうせ始まりも感だったんだし」 全てが上手くいくはずがない事は、レティシア姫を救出したときに散々味わった。 それでも簡単に諦めるつもりはルイセもティピも、カーマインもない。 あと数人、誰に聞き込むべきかと八割方幸せそうな顔をして通り過ぎる温泉街の人の流れを眺めて見つめる。 そんな時だ、見覚えのある姿を雑踏の中で発見したのは。 「ジュリアン!」 「ティピの馬鹿!」 とっさにその名をティピが叫んでしまい、すぐさま口を押さえたが遅かった。 雑踏の中振り返った彼は、呼ばれた声を頼りにカーマインたちを見つけると驚くよりも先に背中の剣に手を伸ばそうとしていた。 「お前達、しまった。剣を……」 ジュリアンは私用かもしくは休暇で来ていたのか、インペリアル・ナイトの制服ではなく、戦争が始まる前にカーマインたちと一緒にいたときの服であった。 皮のジャケットにパンツと、あの頃の服装であり、今その背中に愛用の剣はない。 すぐにその事には気付いたが、どうやらカーマインたちを見逃すつもりはなさそうである。 「どういうつもりだ……カーマイン。何故お前達がここにいる」 「ジュリアンに剣がない状態で、それにこんな場所で争うつもりなんかないよ。ここで言い合いをしていたら目立つから、場所を変えないか?」 「聞いているのはこちらだ。今がどういう状況なのか解っているのか? お前の国と私の国が戦争をしているのだぞ」 「だから周りを巻き込んでも、ここで僕と戦うのかい?」 問い詰めるジュリアンに対し、驚くほど冷静にカーマインは言葉で返してきていた。 ティピとルイセの慌てようから、今自分と出会ってしまったことがカーマインにとって予想外である事はジュリアンには解っていた。 だがジュリアンの記憶の中にいるカーマインは、どちらかと言えばルイセたちと同じように慌てる側であったはずだ。 なのに今目の前で激昂しそうになる自分とは対照的に、言葉を受け流し投げ返してきている。 何かが変わったと、ジュリアンは怪訝に思いながらも密かに喜ぶ自分を自覚していた。 「まあ、いい。私は私用でこの場にいただけだ。だが今さらお前達と馴れ合うわけにはいかない。次は見逃さんぞ」 「一つだけいいかい?」 そこで別れようとしたジュリアンをカーマインの方が止めた。 ジュリアンは振り向かなかったが、足を止めたということは聞くつもりはあったようだ。 「手短にしろ、それとくだらない事は聞くな」 「グロウはちゃんと無事なのか?」 「言ったはずだ、くだらない事を聞くなと。アイツはもう自分で逃げ出した。そんな事はお前達の方が良く知っているのだろう」 さすがにからかわれてはと振り向いたジュリアンだが、その視線の先に思ったようなカーマインたちの顔はなかった。 これまで冷静に対応してきていたカーマインさえ、驚きをその顔に貼り付けていた。 それもそのはずで、もし仮にグロウが逃げ出してきているのならば、すぐにティピを通して連絡があってもいいはずだからだ。 「そんな、嘘。だって」 「そんなはずないわよ。だったらユニから私にテレパシーで連絡あってもいいはずだもん!」 「テレパシーだと?」 アッとティピが口を押さえたが、もう遅い。 これで二度目だ。 「そうか、レティシア姫の護送に都合よくお前達が現れたのはそういうわけか。道理で襲撃のタイミングや作戦が予め良く練られていたわけだ」 「それは……その…………」 「これ以上お前達と話す事は何もない」 今度こそ行ってしまったジュリアンを見送り、ルイセが少しだけ冷たい視線をティピに向ける。 折角ジュリアンにはない手札をばらしてしまったのだ。 ティピもそれは解っているようで、肩をすぼめてゴメンと言う。 「でも、どういうことだろう。グロウお兄ちゃんがすでに逃げ出してたなんて。今朝一度繋がったって事は、ユニの調子が悪くて連絡が取れないだけなのかな?」 「ん〜、どうだろ。繋がったって言ってもほんの一瞬だし。少し雑音が混じってた気がしないでも……アンタはどう思う?」 「二人とも、少し宿の方に戻っててくれる? 僕はもう少しジュリアンと話してくるよ」 「もう、無理なんじゃない? 今度こそ捕まえられるかもよ」 止めておけばと言うティピに大丈夫と言うと、カーマインは雑踏の間をぬってジュリアンの後を追い始めた。 聞きたかったのは単純に、グロウの安否だけではなかった。 ジュリアンの雰囲気である。 どこか張り詰めたようなものを纏っているように見え、非常に危なっかしく見えたのだ。 体の調子も少し悪かったのか、歩みが異常に遅くカーマインは直ぐにジュリアンに追いつくことが出来た。 「ジュリアン、もう少しだけ話を聞かせてくれ」 「しつこい奴だ。馴れ合うつもりはないと言ったはずだぞ」 「君も聞いたはずだ。レティシア姫があの時逃げるつもりが無いと言った言葉を。グロウは人質に取られてた。そうだろ? いくらグロウでもそんな状況で逃げ出せるはずもない」 「確かに姫の言葉は私も聞いた。だがお前は自分が何を言っているのか解っているのか? その先にある答えは最悪のものだぞ」 インペリアル・ナイトという地位にあるジュリアンにさえ知らされない状況とは、表には決して出せぬ話の類である。 もしそうであるならば、グロウの無事を祈るのは無駄と言って過言ではない。 「例えそうだとしても、グロウを助けるには少しでも情報が必要なんだ。無事なら無事で良い。でも無事ではなくても、一刻も早く助けたいんだ。何でも良いんだ、言える事があれば教えてくれないか」 「本当に、私は何も知らないのだ。それに自国が非道な事をするなどと考えたくもない」 「解った、これで最後。あまり無理はしないで」 二つの話のうち、残りの一つはあっけないほどに一言で終わっていた。 言い放った直後には、カーマインが背中を向けてルイセとティピが待つ宿へと向かって走り出そうとするほどに。 意外すぎる言葉にジュリアンは、馴れ合うつもりがないと言いつつも、カーマインの足を止めるように言っていた。 「お前達は……」 「え?」 「お前とグロウは、少し見ない間に本当に強くなる。それが私とお前達の差なのなら、少し悔しい」 「ジュリアン?」 一体何を思ってそう言ったのかは解らなかったが、カーマインが再び振り向いた時には、ジュリアンは往来の真ん中で膝をつき、倒れこんでいた。 「ジュリアンさん、大丈夫かな?」 カーマインが意識を失ったジュリアンを抱えて宿に来てから、まだ一時間と経っていない。 その間に医者を呼んだりと、なれない土地で苦労し、今は宿の一室の前で診断を待っていた。 「でもどうして行き成り倒れたりしたのかしら。元気そうには見えたけど」 「それはお医者さんに聞いてみないとわからないけど……インペリアル・ナイトだったら、気を張る事はいくらでもあるだろうね」 カーマインの言葉がほぼ間違っていなかった事は、丁度今部屋から出てきた医者の言葉で照明された。 「もう大丈夫です。恐らくは過労、睡眠不足から気が遠くなったのでしょう。一体年頃のお嬢さんが倒れるほど何に悩んでいたのか。お友達ならもう少し気を使ってあげてください。それでは」 「お嬢さんって?」 ただの疲れからくるものであったことはよかったが、気に掛かる言葉にユニがルイセとカーマインを見る。 当然二人とも何の事だかわからずに、いるとまさかという意味を込めてルイセがティピと共にジュリアンが寝ている部屋へと入っていく。 「カーマインお兄ちゃんは来ちゃだめだからね!」 「覗いたら、殺すわよ」 ついでにと脅しまでかけられて、カーマインが廊下で待っていること数分。 何かを確認して落ち込んだルイセが戻ってきた。 何に対して落ち込んでいるのかなんとなく察したカーマインは、ティピに視線を向けた。 「本当にお嬢さんだった。でも、どうしてだろう?」 「それは聞いても答えてもらえないと思うよ。たぶん、そうそう簡単にはいえない事なんだろう。知らない振りしておこう。ジュリアンともここで別れたほうが良い」 「そうよね、折角インペリアル・ナイトになれたのに邪魔するのも可哀想よね。ルイセちゃん、レテポ…………少し休んでからの方がいいかしら?」 ティピがやれやれと溜息を突いた先には、窓の外を遠い目で眺めるルイセがいた。 そこは光が届かぬ代わりに、煌々と明かりを灯された場所であった。 真っ直ぐに伸びるレンガの通路には、点々と太い鉄格子で遮られた部屋が続いている。 何処かに窓でもあるのか、吹き抜ける微かな風音が亡者の悲鳴にも聞こえそうな雰囲気のこの場所に二人はいた。 鉄格子の牢の中で、放り込まれた姿勢のままぐったりと眠り続けるグロウ。 牢の中ではないが、看守用のテーブルの上にある鳥かごの中で眠るユニ。 じっとりと湿った空気と臭みのある匂いが残り香となり、痛いほどの刺激を眠っている二人へと与え、先にユニが目を覚ました。 「ここは……」 ズキズキと痛む頭。 だがその刺激が目覚めた意識をより鮮明とし、全てを思い出させた。 「そうだ、グロウ様は? あの時、グロウ様も……ここは何処?」 自分がさらわれた事を思い出し、ようやく自分が鳥かごに入れられている事に気付く。 だが薄暗いだけでなく、今いる机が入り口らしき扉付近にあるため、目に見える範囲ではグロウの姿が見えない。 「グロウ様! グロウ様!」 鳥かご、ユニにとっては鉄格子と同じ意味であるそれを、両手で掴んで揺さぶりながら叫ぶ。 強く揺さぶるとさすがに僅かには歪むが、出入り可能なほどではなかった。 グロウからの反応もなく、やがてユニはペタンと鳥かごの中で尻餅をついた。 あの連中が何者なのか。 予測は突き出しているが、あまりにも悪い考えなだけにユニは考えたくもなかった。 そう考えてしまえば、何故自分達があの部屋から連れてこられたか、グロウの姿が見えないことも説明がつく。 「ううん、悪い方向ばかりに考えれば何も進まない。まずは、グロウ様がここにいるのか、その安否を確かめないと」 そう強く考え直したユニは、改めて自分がいる場所を眺め回した。 かなり古いレンガと石畳、それさえも明かりのススによってさらに黒く汚れている。 ユニのいる看守用の机から見える一番近い牢には、明らかに監禁用の鎖が壁に打ち付けられていた。 そのような鉄格子の牢が全部で三つ。 嫌な匂いに顔をしかめながらユニが当たりを見渡している時に、それが視界の隅に収まった。 初め冷静になりきれていないときには気付かなかったが、一番奥の牢の向こうに人の手が少しだけ見えた。 「もしかして」 やはり意識がないだけで同じ部屋に居たのかと、もう一度名前を呼ぼうと鳥かごの鉄格子に張り付くユニ。 だが声を出す前にとある音がその小さな耳へと響いた。 コツコツと歩く音。 この薄暗い部屋へと続く出入り口の向こうから歩き、近づいてくる足音である。 誰であろうと考えるまでもなく、あの連中であろう。 いまだここは気絶している振りをするべきか、それともこのまま起きてグロウが目覚めるまでの時間を稼ぐべきか。 どちらを取るべきなのか悩んでいる間に、その足音は一度扉の前で止まった。 その短い一瞬で起きているべきだと決めたユニの前で、鍵を開けられゆっくりと扉が開き始めた。 「やれやれ、身内から裏切り者が出たというのに何時まで同じ隠れ家を使うつもりだ。おかげで危険をおかすことなく、容易に居場所を突き止められたがな」 「貴方は……」 それは予想外すぎる相手であった。 白い、真っ白な装束と帽子を纏った、好々爺の笑みを浮かべる老人。 「おお、いかん。姿を見られてしまったか。眠るのだ小さき者よ。起きた時にはすべて処置は終わっている」 そう言った老人は、呆然とするユニがいる鳥かごに手をかざした。 詠唱も呪文すらなく、それだけの行動でユニは深い眠りへと誘われてしまう。 クタリと倒れこんだユニを確認すると、鳥かごを手に老人は奥へと、グロウのいる牢へと歩んでいく。 「さて、問題はお前だ。やはり翼を開くには早過ぎた。小さな水滴に川の流れが変えられるはずもなく、このままでは世界のグローシュの流れにおまえ自身が流されてしまう」 老人が見下ろしたのは、倒れたまま動かないグロウ。 「今再び翼を眠らせる。だがいずれお前はその翼を持って私の為に大きく羽ばたく日が来よう。その日の為に、今は翼を休ませるがよい」 老人は立ってグロウを見下ろしたまま手をかざした。 その手が淡く、段々と強くなる光が溢れ、老人とグロウの姿が牢の中から一瞬で消え去ってしまった。
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