第四十話 ガルアオス監獄


夕暮れの朱と影に二分されていくラージン砦のとある一角に、途絶えることなく続く剣戟の音が鳴り響く。
一人は大剣であるクレイモアを軽々と振り回すカーマインであり、もう片方は特殊な造形である双刀の剣を扱うウォレスであった。
カーマインが渾身の力でクレイモアを振り下ろせば、ウォレスが刀身を滑らせてクレイモアの軌道をかえながら、そのまま逆側の刃をカーマインめがけてないだ。
クレイモアが石畳を叩くのと同時に、カーマインの顔へと刃のが迫る。

「クッ」

恐らく何も出来なければ、迫る刃は寸止めされたことだろう。
だがカーマインは地面にめり込んだクレイモアを利用して、腕に力を込めて無理矢理に頭を下げさせた。
頭上を通り過ぎる刃を確認もせずに、今度は腕だけではなく両足に石畳が悲鳴を上げるほどに力を込めた。
力任せにウォレスを切り上げたが、すでにその場にウォレスの姿はなかった。
恐らくカーマインが両腕と両足に力を込めようと下を向いていた隙にその場から離れたのだろう。
カーマインがウォレスの姿を確認した時には、すでに次の行動に入っていた。

「コイツは手加減できねからな、気をつけろ」

ダブルエッジを右手に持ったまま、上半身を百八十度に近いほどにねじり、その反動で投げつけた。
確かに手加減できないぶん、直撃コースではなかったはずだ。
それでも高速回転をしながら唸りを上げて迫るダブルエッジを前に、恐怖しないはずがなかった。
背中に走る冷たいものを必死に押さえつけて後ろに大きく跳ぶカーマイン。
だが気がつけば、

「誰も手を使わないとは言っていないぞ」

目の前でウォレスが冷たい右腕を引き絞り、放っていた。
反射的に眼をつぶった後に続いた長い暗闇の中、創造した衝撃が訪れる事は無かった。
ゆっくりと眼を開ければ、ウォレスの拳は顔面の直前で止められていた。

「避けるにしても、あまり大きく跳びすぎると逆に隙を大きくするぞ。癖になれば、逆に今みたいに相手に利用されるだけだ。あと最後まで眼だけはつぶらん方が良い」

「気をつけます……」

ようやくそれだけの言葉を搾り出したカーマインは、そっと視線をダブルエッジへとよこした。
すでに回転こそは止んでいるものの、石畳を数枚けずり割って刺さっている。

「あれで怖がるなって方が無理だよな」

ふっと溜息をついてクレイモアを鞘に収めると、カーマインは額に浮んだ汗を拭って修練上のすみへと歩いていく。
夕暮れとはいえ日差しの中にいては引く汗も引かないため、城壁の影の中へと座り込んだ。
パタパタと赤の上着をはためかせて熱くなった体に冷気を送り込む。
その間は体を動かした充実感が頭を占めていたが、体が冷えるに連れてそれは消え去り、カーマインの顔が暗くなっていく。

今ラージン砦にはのんきに修練を行っている者などいない。
つい先日に東の渓谷へと派遣された部隊が、バーンシュタインの創った橋を落としその足を止めた。
おかげで一週間は進軍の足を止めることが出来たが、ゆっくりしている事はできず、もう一つの経路である迷いの森方面へと兵を派遣された。
カーマインとウォレスが例外的に修練場を使っているのは、任務の内容が異なるからである。
戦争そのものではなく、バーンシュタインに捕らわれたレティシア姫を救出する事。

「ウォレスさん、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

カーマインのいる直ぐ横で壁に背をあずけていたウォレスは短く問い返したが、おおよその予想はついているようであった。
ただカーマインの方を向かずに、前だけを見つめている。

「どうしてグロウを一人で行かせたんですか?」

「まさかたった一人で行く事になるとは思わなかった。止めなかったのも事実だがな」

聞いた話では、東の渓谷までは一つの部隊に付き添い、そこで現れたインペリアル・ナイトと共に橋ごと落ちた。
だがそこからは不可解な話の連続であった。
何故かインペリアル・ナイトを守る為にグロウは自ら落ちたと言う話であり、自分を不利にしてまでも助けたそうだ。
さらにそこからは夢物語であり、姿が見えなくなるほど底に落ちた時、光が渓谷を割ったらしい。
そして光の翼を生やしたグロウが、そのまま空へと消えた。

「心配か?」

「本心では少し。だけど、ルイセやウォレスさんのように僕もグロウの安否そのものは大して心配してません。必ず生きてレティシア姫の下までたどり着いてます」

「なら、なにが不満なんだ?」

「グロウが無事だと信じて疑わない事。剣術という点において言えば、僕はグロウと互角だと思います。でも単純に決闘を行った場合、七割の確率でグロウが勝つでしょう」

「アイツには魔法があるからな。お前にも必殺の一撃があるが、外れれば終りだだと言う点で使い勝手が悪い」

ウォレスはカーマインの意見に反論は見せずに、驚くことなく付け加えた。
それはつまり、ウォレスも気付いていたということだ。

「お互いの特性の問題だとしても、僕はグロウよりも弱い。だから、もっともっと強くなりたいんです」

「若いな。だが若いうちはそれでいいのかもしれないか。それならば、付き合ってやるのが年上の義務だな。カーマイン、もう一度手合わせだ」

「はい、よろしくお願いします」

すっかり日陰しか見得なくなった修練場の中央へと、壁から背を離して歩いていく。
お互いに向かい合って軽く礼を行ってから、剣を抜いて構える。
カーマインはオーソドックスに自分の正面にクレイモアを持ち上げているが、剣の重量ゆえにやや剣先がさがっている。
たいするウォレスは足を肩幅に開き、左手にダブルエッジを持って上半身をやや捻り、義手である右手をいつでも使えるように構える。

互いに合図は無く、構えた瞬間から始まっていた。

「おーい! 待ちに待った連絡が来たよ!」

そこへティピが急いでやって来た瞬間に、カーマインとウォレスが踏み込んだ。
そのまま互いの得物をぶつけ合い、剣圧の風にティピが巻き込まれた所で終わった。





「こんな時になにのんきに鍛錬なんかしてんのよ。しかもアタシまでまきこんで、ふざけんな!」

「あはは、ごめんごめん。ちょっと気合入っちゃってて。それよりもユニからの連絡がきたんだろ? 伝えてよ」

「それよりって、アンタねぇ!!」

どちらかと言えば、鍛錬の最中に二人の間に飛び込んできたティピの方が悪いのだが、彼女の怒りは収まりそうにも無かった。
なにしろ謝っているカーマインの顔が笑っているので怒り絶頂の彼女にはヘラヘラ笑っているように見えたのだろう。
だが折角ティピ自身が二人をブロンソン将軍の執務室へと連れてきたのに、本末転倒である。

「ティピ、わざとじゃないんだし。許してあげてよ」

「やだ」

「そこをなんとか、ね? ユニだって次はいつテレパシーできるか解らないんだし。おねがい」

「ん〜、ルイセちゃんがそこまで言うなら……アンタは今度何か奢らせるからね!」

ルイセのお願いにようやく聞く耳を持ったが、最後まで譲る事は無かった。
カーマインが約束すると言ってから、ティピは喚くのを辞めて、静かに眼を閉じて内に響く声に耳を傾けた。

『バーンシュタインの魔術師達は別件で手を取られていますが、悟られないために端的に述べます』

「うん、わかった」

『私とグロウ様は、現在バーンシュタインの王城、レティシア姫が軟禁されている部屋に一緒にいます』

「わ、すご。グロウとユニがもうレティシア姫の所にいるって!」

やってくれるはずだと思ってはいても、実際にたどり着いたと言う話を聞いては驚くしかなく、ユニは閉じていた眼を開けて皆に告げた。
カーマインとルイセはやったとばかりに手を叩き合い、ウォレスもやったかと頷く。
そのなかで一人驚いていたのは、グロウを送り出したブロンソン将軍であった。
もちろん目算はあってのことだが、国のスパイすら使わずにそれを成し遂げた事が何よりも驚きの原因だった。

(逸材とは、同じ時代に幾人も集まる者だな。ウォレス君にカーマイン君、そしてグロウ君。救出が上手くいけば、彼もまた軍へと誘えないものか)

少し気の速い考えをブロンソン将軍が考えている中、突然ティピが耳元で怒鳴られた時のように両手で耳を塞ぎ始めた。

「痛ッ、ユニ。テレパシー状態で叫ばないで!」

『私は短く済ませたいと言いました! 喜んでばかりもいられないんです。私たちが来た事で、明日の正午にレティシア姫がある場所へと護送されることになりました。場所はガルアオス監獄です。私とグロウ様もなんとか一緒に行けるように努力してみますが……なんと護送中に襲撃を行ってくださ』

「へっ、ちょっとユニ! …………切れちゃった」

いきなりテレパシーが途絶えてしまい、それっきりユニから連絡が入ることは無かった。
それはティピが知るはずもない事で、グロウが穴を空けたバーンシュタインを守る結界の修復作業が終了したからだ。
仕方なくティピは忘れないうちに言われた事を皆へと伝えた。
もちろん、ガルアオス監獄という場所へ護送される事を中心として。

「しかしガルアオス監獄とは、また厄介な場所に護送される事になったな」

「そうですね。あそこに護送されるとなると、ユニの言うとおり護送中を襲うのがベストです」

ティピから伝えられた内容に納得を見せたのはウォレスとブロンソン将軍だけであった。
そもそもルイセやカーマイン、もちろんティピもガルアオスと言う名の監獄など聞いたこともないのだ。
それは当然の事で、よほどのことが無ければ社会の表へと出てこない監獄であるからだ。

「ウォレスさん、そのガルアオス監獄ってどういった場所なんですか?」

「ガルアオスとは、終局を意味する言葉だ。つまり、一度入ったら二度と出てこれない場所だ」

その言葉が脅しや誇張でない事は、続くブロンソン将軍の言葉で裏づけられた。

「あそこはここと同じく、自然の造形を利用して造られた監獄だ。そしてそこに張り巡らされた術的結界も並外れている。中からはもちろんの事、外からも攻め入る事は不可能だ」

「そんな所にレティシア姫が……」

「でもそれなら向こうも護送中がもっとも危ないって事ぐらい解ってるんじゃないの?」

当然と言えば当然のティピの言葉に、ウォレスとブロンソン将軍はお互いに眼を合わせてから黙した。
もちろん二人は意図した沈黙であったが、誰も何も言わない事でルイセとティピは方法がないのかと焦りを覚えはじめる。

「ブロンソン将軍、ガルアオス監獄周辺の地図は有りますか?」

そこに一番最初に口を開いたのはカーマインであった。
すぐさま引き出しの一つをあけたブロンソン将軍が地図を取り出したことで、広げられた将軍の執務机の上に皆が頭を寄せた。
先ほどの説明の通りガルアオス監獄は、ぽっかりと大地が口をあけたような絶壁の中に浮いたように造られていた。
その大地の割れ目がどれほど大きいかは、地図にくっきりとでいることから相当な大きさだと知れる。

「これぐらい大きいと……やっぱり、過去に大きな地震か、中規模なのが頻発したんだ。となると…………」

「カーマインお兄ちゃん?」

ルイセの言葉が聞こえていないように、カーマインはガルアオス監獄から指を差しながらバーンシュタイン王国への街道を逆に指でなぞらえて行った。
その指がバーンシュタインに辿り行くまで完璧に止まることは無かったが、幾度か確認するように動きが止まることがあった。

「やっぱり断層が多い分、架けられている橋も多い。だけど向こうだってそれぐらい……いや、できる」

「アンタねぇ、ウォレスさんや将軍が何も思いつかないのに」

「素人、新米の考えだって事は解ってるよ。だけど、意見を言う権利は新米にだってあるさ。まず襲撃ポイントはここ」

カーマインが地図に指を差したのは、ガルアオス監獄のように地面の裂け目の中に出来た陸の孤島であった。
そこへの出入りのできる手段は、バーンシュタインからガルアオス監獄方面へと入って出る橋がそれぞれ一つである。

「ここで護送の馬車がある程度入り込んだところで、ガルアオス監獄側の橋を落として馬車の足を止める。そのまま護送車へと走りよりレティシア姫を救出後、ルイセのテレポートで逃げると言うのはどうですか?」

どうですかと聞いた相手は、もちろんウォレスとブロンソン将軍である。
それまで黙っていた二人だったが、ようやくその口を開いた。

「襲撃地点と逃走手段の着眼点は悪くないな。七十点と言いたいところですが、将軍はいかがですか?」

「ウォレス君は甘いようだね。五十点だ。まず当然の事ながら護送部隊の中で姫の護送車に一番重点が置かれる事だろう。ガルアオス監獄への足を止めただけでは、意表をついたとは言えない。精々相手の気を引き締めさせるだけだ」

冷静な指摘もさることながら、やはり解ってて黙っていたのかとカーマインは苦い顔をしていた。

「それに護送車の護衛を倒す時間が考慮されていない。もし長引けば後続の部隊がドンドンこの地に流れ込むだろう。だから私であれば橋を一方を落とした直後に、もう一方も落とす。相手がテレポートの存在を知らなければ、自分自身の進路も退路も断つ行為に混乱し動揺が生まれる」

「それに相手にしなければいけない相手の数が限定される。だが問題はこちらの戦力。テレポートで帰る事を考えるとルイセにカーマイン、俺とあと一人か二人だな。いや、レティシア姫、さらにグロウがそこにいると仮定すると増やせないか?」

「ん〜、がんばればもう一人ぐらいいけると思う。でもミーシャはいないし、できれば魔法が使える人がいいですよね?」

「あ〜の〜……一人物凄い勢いで立候補してる人がいるんだけど」

少々げんなりしながらティピが継げるが、この部屋には襲撃メンバー以外の人間はブロンソン将軍しかいない。
お互いに顔を見合わせてから、誰だと眼で言葉を交わしながら、再びその視線がティピへと戻る。
その時に偏頭痛がするように頭を押さえているティピを見て、カーマインとルイセが気付いた。

「もしかして……」

「お母さん?」

「マスター、テレパシーで叫ばないでくださいよぉ。頭痛い……もう、これ嫌〜」

一体どんな言葉を叫んでいるか通訳を頼むには、頭を抱えるティピが可哀想になってきてしまう。
だがそれでもなんとか通訳を頼み込み、サンドラが救出作戦に加わると言う事で話は進んでいった。

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