水晶鉱山のある町は、岩肌が剥き出しとなった山岳地帯にあった。 鉱山がある山であるからして当然のことではあるが、ウォレス以外はそんな光景は初めてである。 得にカーマインやグロウ、ルイセなどは華やかな外観の王都で育ち、出かけた場所は観光地のコムスプリングスやグランシルのような人が多い場所ばかり。 人が少ないと言ってもブローニュ村のようなのんびりとした、緑あふれ温かみのある農村であった。 それゆえに、殺伐とした寂しさを感じていた。 「なんか、寂しい町ね。ほとんど人の気配がないじゃない」 「そうだね、なんだか寒い感じがする」 感じただけではすまされなかったのか、ルイセがティピの言葉に同意した後に体に腕を回して震えた。 確かに町の入り口から、遠くを眺めても人の姿はまばらであった。 だが人がいないという点だけは、ウォレスが否定した。 「おいおい、なんだか勘違いしているようだが寂れてるから人がいねえんじゃねえぞ。考えても見ろ、ここは鉱山だぞ」 「ああ、なるほどな」 「今は真昼間ですもんね。みんな水晶鉱山の方に採掘に行ってるから人がいないんですね?」 グロウとカーマインが気付いた事で、ようやく皆がこの町に人の姿が少ない理由に気がついた。 「もう、ティピったらよく考えて喋ってよ。私まで勘違いしてたみたいじゃない」 「あ〜、私のせいにするんだ。真っ先に同意したのはルイセちゃんの方じゃないのさ」 「はいはい、二人とも喧嘩しないで。とりあえずは調査をしなきゃいけないんだけど……」 二人を仲裁しながら言葉を濁したカーマインは、今ここにいるメンバーをさっと見回した。 ウォレスはともかくとして、得に女の子であるルイセやミーシャ、さらに小さなティピやユニはこの町では浮いてしまう。 グロウとカーマインでさえ、がっしりとした体格とは少し言いがたい為に決して溶け込みはしない。 「ゲヴェルの調査はともかくとして、このメンバーだと横流しの件は調査が難しいですね」 「やっかましい、ガキが多いからな」 「酷いですよグロウさん。ルイセちゃんも、ティピちゃんもやかましくないし、ガキでもないですってば」 カーマインの言葉をユニが冷静に代弁し、グロウが余計な一言を付け加えた。 すると自分を棚に上げたミーシャがフォローのつもりか声を大にして言うが、 「あんたが言うな、あんたが!」 「声はミーシャが一番大きいんだからね!」 即座にティピとルイセに突っ込まれた。 それでもまだ、嘘だぁっと信じていなかったが。 「グロウ……僕の言いたいことが解ってるのなら、煽らないでよ」 先が思いやられるとばかりに情けない声を出したカーマインに、ウォレスが仕方が無いなと助け舟をだした。 「カーマイン、隠そうとも隠しきれない状況であれば、逆に利用すればいい」 「利用、ですか?」 「都合が良い事にルイセとミーシャは魔法学院の学生だ。俺の護衛の下、お前達四人は水晶鉱山で取れる魔水晶のレポートを作りに来たというのはどうだ?」 「なるほど、それなら皆様がここにいることも不自然ではないですね」 感心したユニの声の後に、お〜っとティピやミーシゃが唸るように感嘆の息をついた。 例え疑われても、ルイセやミーシャは正真正銘魔法学院の生徒なので、学生証を見せれば問題ない。 少しグロウ、カーマインとルイセ、ミーシャに歳の差が見えるが、学年を交えた行事だとでも嘘をつけばいい。 「一見不利に思える状況でも、考え方次第で利点にできるってことだ」 「それにウォレスさんは元々ここの警備を担当していた経緯もありますし、護衛として選ばれた理由もそろってますね」 「そういうことだ。ルイセ、それにミーシャは調査に関しては考えなくて良い。本気でレポートを作る気でいけ。反対に、俺とカーマイン、そしてグロウが最新の注意を払い、不自然な点を見つける」 「ああ、分かった。まかせておけ」 グロウが、そしてルイセとミーシャが頷いた事を確認して、ウォレスが一行の先頭を歩き始めた。 「魔水晶の採掘に関するレポートのために、こんな所にまでね。魔法学院の学生ってのも大変なもんなんだな」 「調査証もちゃんとしたものだし、OKだ。通って良いよ」 ウォレスが提案した嘘が的中し、水晶鉱山の入り口を警備していた兵士たちはあっさりと納得してくれた。 だがそれでも全く緊張せずにいられたはずもなく、警備の兵士たちが見えなくなった所で、ルイセやミーシャは安堵の息をつく。 「う〜、緊張したよぉ。まだドキドキしてる」 「本当……それにしても、ウォレスさんは昔ここで警備をしてたんですよね。なのにさっきの警備の人たちはウォレスさんの事を知らなかったみたいですけど」 「そりゃそうだろう。俺が警備をしていたのは二十年近く前だからな。それに、あの事件もあったしな」 ウォレス自身はなんでもない事の様に言ったが、ミーシャはしっかり皆からしかられた。 「このお馬鹿娘、気を使いなさいよ。ちょっと考えればわかるでしょうが!」 「ミーシャ様はもう少し熟考してから言葉にする事をすすめます。気をつけないと周りから嫌われてしまいますよ?」 「う、ごめんなさい。ウォレスさん」 「昔の話だ。気にするな」 慰めるようにそう言ったウォレスだが、そのまま言葉通りというわけではなかった。 少し無神経だった言葉に、憤ることなく冷静に答えるなど普段どおりには見えたが、義手である手を時おり無意味に開いたり閉じたりしていた。 本当に注意しなければわからないような、些細な行動であり、それに気付いたのはカーマインとグロウだけであった。 二人で顔を見合わせて話を出来るだけそらそうとしたが、 「それでカーマイン、横流しとゲヴェルのどっちを先に調べるんだ?」 「横流しはちょっと調べるのが難しいから、先にゲヴェルの調査を済ませた方が良いと思う。たぶん当時の」 途中でそらす事など不可能な事に気付いた。 そもそもその、ウォレスが出会ってしまった凄惨な事件を調査にきたのだ。 不可能に決まっている。 「やれやれ、どうにも気を使われているようだが、本当に気にしなくて良い。俺自身が望んで調査にきたんだ。ある程度の事には、予め気持ちの整理をつけてある。それに当時の犯人がわかれば、団長を追う手がかりにもなるしな」 大人であるウォレスに気を使う方が無理だったかと、半分カーマインは諦めて頷いていた。 「わかりました。それならどちらの調査を優先するかウォレスさんの意見を聞かせてください」 「お前の意見と同じだ。当時の事件の場所に行き、調査する方が先だ。横流しの件の調査に失敗すると、ゲヴェルの方の調査までできなくなるからな」 「ゲヴェルの調査は失敗しないの?」 単純な疑問としてあげてティピの言葉は、すぐにウォレスに否定された。 「事件跡を調べるだけだからな。聞き込みをする場合に比べて、注意しないと情報が得られないが、反面大きな失敗も無い」 「だろうな。それで、事件のあった場所までどれぐらいあるんだ?」 グロウは尋ねながら、段々と上り具合が急になる先の道を眺めた。 入り口で警備兵に通してもらってから随分歩くが、いまだ岩が乱立する殺風景な山道が続いている。 魔水晶のかけらでさえ、足元に転がる事は無かった。 「鉱山ってのは採掘すればするほど、奥にいかなければならない。事件のあった場所は山の中腹あたりだ。それでも今現在採掘している場所となると、もっと先になるだろうが」 「うっへぇ、上るだけでも大変そう。ルイセちゃん、大丈夫?」 「まだ、なんとか。辛くなったらカーマインお兄ちゃんに手を引いてもらうもん」 「あー、ずるいずるい。お兄様、その時は私もいいですか?」 「あはは、でもできるだけ頑張ってね」 顔は笑っていたが、微妙にカーマインの顔は引きつっていた。 いくら女の子の体重が軽いとはいえ、二人ともなるとかなりの重さとなる。 どうにか二人の体力が持ちますようにと祈りつつ、先へ先へと歩いていった。 相変わらず岩肌が剥き出しとなった光景が続く山道を登り続け、そろそろルイセの体力がなくなりだした頃、分かれ道へとついた。 一つは更に山の上へと続く道であり、もう一つは山の中へと掘り進んだ道であった。 「こっちの登り道は知らない道だな。事件の後、危険だと判断して別口から魔水晶を採掘しようとしたのか」 「という事は、こっちの掘り進んだ道がそうなんですね。行きましょうか」 岩山をくり貫いたような入り口を潜ると、そこは大きなホールとなっていた。 周りは全て魔水晶の残骸か、原石なのか、僅かな光にさえも青白いきらめきを反射させる壁と天井、そして床であった。 鉱山といえばもっと薄暗く、ほこりっぽい場所を想像していた為に、その美しさにウォレスを除いて見ほれていた。 だが直ぐに掛けられた怒鳴り声で、感動が吹き飛んだ。 「おい、お前達。一体何処から入り込んだ!」 奥からやってきたのは鉱山の山道に入る前に会った警備兵と同じような鎧を着込んだ男二人であった。 怒鳴りながら見過ごせないのか、どんどんとカーマイン達の方へと歩いてくる。 その勢いにルイセやミーシャはカーマインの後ろに隠れてしまう。 「ここは立ち入り禁止区域だぞ。さっさと出て行け!」 「おいおい、ちょっと待ってくれ。この子たちは」 「クッ……お、おい、アンタが保護者か。分かったらさっさと出て行け」 自分達よりもよほどガタイの良いウォレスに一瞬気圧されたものの、なんとか取り繕って追い出そうとする。 とっさにウォレスが決めておいた設定を話そうとするが、二人の男は話を聞こうとする様子すらみられなかった。 「気にいらねえ。立ち入り禁止なら感嘆に注意するだけでいいものを……」 言葉通り、二人の警備兵をきつく睨みつけるために前に出ようとしたグロウを、ウォレスが体を張って止めた。 「いや、すまない。立ち入り禁止だとはしらなくてな。失礼する」 「おい、ウォレス」 文句を言おうとしたグロウの背中を押して、ウォレスは来た道を戻り始めた。 続いてルイセやミーシャを先に送り出したカーマインも後に続いた。 そのかわり、鼻息を荒くしていきまく二人と、その奥に見える通路を一度だけ振り返っていた。 「ウォレス、どういうことだ。なんで何もせずに引き返した」 「グロウ様、少し落ち着いてください」 一旦行動を抜けると、すぐさまグロウがウォレスの不可解な行動について言及した。 ユニが落ち着くように目の前で飛ぶが、見えてはいないようだ。 「あいつらが追い出したかったのは、魔法学院の宿題でレポートを作成しに来た学生か、それとも俺達自身を追い出したかったのか。どちらだと思う?」 「どういう、ことだ?」 一見同じ事に聞こえるが、内容は違っていた。 「僕らはまだ何も言っていないから、彼らが僕らを魔法学院の学生だと思うはずが無い。僕たち自身を追い出したかったんだと思う」 「少し飛躍しすぎな気もするが、相手が誰であっても追い出したってことか?」 「そうだ。単にお前達が入り込んで怒るならまだしも、俺が冷静に対応しようとしただろう? なのにあそこまで一方的に追い出したとなると……どうやら、ゲヴェルの調査と横流しが鉢合わせになったかもしれんな」 グロウの言うとおり、ウォレスの言葉は少し状況を飛躍しすぎではあるが、全く無いとは言えなかった。 先ほどの坑道へと続く道と、さらに山の上へウォレスの知らない道が続いている事から、二十年前の事故で一部を閉鎖し、新たに採掘場を形成したとわかる。 その閉鎖されたはずの場所から魔水晶を採掘して横流しすれば、採掘する労力は必要でも本来の採掘量そのものに細工をする必要性が無くなる。 労力が必要になる代わりに、横流しの露見する確率が大きく減る事だろう。 「でもあの剣幕だと、またすぐに追い出されちゃうよ? 夜になってからこっそりきても、また見張りがいるかもしれないし」 「見張りはたった二人だがな」 ルイセの心配そうな声を聞いて、グロウが危うい発言をした。 確かに見張りはたった二人であるが、仮に横流しであった場合、あの奥に仲間がいないとも限らない。 「できるだけ荒事にはしたくないな。採掘されている可能性があるとはいえ、当時の現場はできるだけそのまま残したい」 「誰にも気付かれずに侵入できる方法かぁ」 「それならあたしとッ!」 「ティピ?」 ティピが何かを提案しようとした瞬間、急に頭を抑えて飛び方が不安定となった。 「おい、ユニ?」 どうやらユニも同じであったようで、グロウが両手を合わせて皿にした手のひらの上におりていた。 頭に痛みが走ったのか、一瞬だけ酸欠に似た状態に陥ったのか。 二人とも似たように手を額に当てていた。 「すみません、グロウ様。少しめまいのようなものを感じただけです」 「うへぇ、気持ち悪かったぁ。なんだったんだろう、魔水晶にでも当てられたかな?」 ティピの言葉はあてずっぽうであったが、ありえなくは無かった。 魔水晶はまだ完全に解明されたとはいえない物質である。 人には何の危害はなくとも、体の小さなホムンクルスに危害がないとまではいえない。 とりあえず一度鉱山を降りるかとウォレスが提案しようとした時、ミーシャが思い出したような声をあげた。 「そうだ。良いこと思い出しましたよ。たしか魔法学院の教授の中に、体が透明になる薬を研究してる人がいたはずです。体が透明になれば、穏便に洞窟内に入れるんじゃないですか?」 「そんな教授いたかなぁ?」 「いるんだってば、ルイセちゃん!」 妙な研究を行っている教授がいたものだが、方法が見つかった以上長居は無用であった。 得にティピとユニの症状が心配であったため、一向はすぐに山を降りて、今日はこの町で宿を取る事に決めた。 その夜は、ウォレスが昔なじみにしていた宿に部屋を取っていた。 ティピとユニは、日が落ちる前にカーマインとグロウにベッドに押し込まれ、山歩きで疲れたルイセとミーシャも釣られるように寝入っていった。 そんな中ウォレスは宿屋の主人と一緒に外に出ると、町の各所から聞こえてくる坑夫たちの酒盛りの声を聞きながら水晶鉱山を見上げた。 といっても、夜の鉱山は完璧な影となってしまっており、ウォレスの眼には暗闇にしか見えなかった。 「まだ、続けていたんだな。この宿を」 「なんとなくですよ。それにしても本当に懐かしいですね、ウォレスさん。あの頃は良かった。あんたや団長、ウェーバーがいて。ガムランもいましたがね」 最後のガムランと言う人の何は、ウォレスが少しだけ顔をしかめていた。 やはり傭兵団というぐらいに大所帯ともなると、気の会わない者もいたらしい。 「あの日、あの事件さえなければいまでもこの宿で貴方達は騒いでいたんでしょうね。だから私が今でもこの宿を続けているのかもしれません。あったはずの今を夢見て」 「団長は、必ず見つける」 「姿は大分変わられましたが、真っ直ぐ前を見るところは変わりませんね」 呆れたような、それでいて羨ましそうに言った後、宿主はとある物を取り出した。 ややほこりで汚れた白い布に綺麗に包み織り込まれたそれは、通常の剣の二倍にも近い長さのものであった。 宿屋の主人はそれをウォレスへと握らせた。 「こいつは」 「開けてみなさい」 しゅるしゅると布が擦れる音を流して、中に包まれたものを取り出した。 「団長の……」 「ウォレスさんがこの町を飛び出してしばらくしてから、発見された団長の剣です。かなり特殊な剣術で、習得できたのは傭兵団でも貴方だけでしたね。受け取ってください」 「だが今の俺では、団長どころか、あの頃の俺にすら遠く及ばない」 受け取った剣が、重すぎるとばかりに布を巻き戻そうとした手を宿主が止めた。 「今からでも遅くはありません。貴方にならもう一度、取り戻せるはずです。昔の自分を、そして団長を」 ウォレスは今度こそ、その剣を強く握り締めた。 柄の両端から刀身が伸びる特殊両手剣、ダブルエッジを。
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