第三十一話 ゲヴェルの調査


終わってみれば短いとも思える休暇が終り、カーマインとウォレス、そしてルイセは謁見の間へとやってきていた。
理由はもちろん、新たな任務を貰うためであり、三人とも王の前で方膝をついていた。
相変わらず緊張しているもののガチガチの状態を脱したカーマインとルイセの様子に、王は一瞬だけ微笑んだ後、言った。

「では新たな任務を申し付ける。それはそなたが夢で見た怪物が本当にゲヴェルであるのか。もし本当であればゲヴェルの所在を調べて欲しい」

二度目の任務でいきなり当初の目的を果たすことができ、カーマインはそっと右手を喜びと僅かな不安とで握り締めた。

「おそらくこの任務はすぐに解決と言うわけには行かないであろう」

当然の事ながら、ゲヴェルはまだカーマインが夢で見た程度の情報しかない。
王が心配する通り、その存在するのかどうかを調べるだけでも途方も無い時間が掛かるであろう。
そこで顔を上げたのはウォレスであった。

「恐れながら、申し上げます。自分は約二十年前水晶鉱山で警備の任務についていました。そしてある日、水晶鉱山から得体の知れぬ化け物が現れ、部下と隊長を失いました」

「おお、あの事件か。覚えておるぞ」

「我々はその化け物がゲヴェルではないかと疑っています」

「なんと?! たしかにあの事件は不可解な事がありすぎたな。鉱山と言う特殊な場所に突如として現れた化け物。調査してはいたがあまりの進展のなさに、数年前に調査は打ち切られていたが、確証はあるのか?」

かなり難しい顔をしてから、王は尋ねた。
数年前に打ち切られた調査がこんな所で進もうとしているから当然か。

「お兄ちゃんが夢で見たゲヴェルは、以前お母さんを襲った白い仮面の騎士に何かを命令している所だったらしいんです」

「それでウォレスさんに大怪我をさせたのも、その白い仮面の騎士らしいの」

普段と変わらなさ過ぎるルイセとティピの言葉遣いに、王の隣に控えていたサンドラが少しハラハラしていた。
だが王はそれよりも、ゲヴェルに関する情報に興味があったようである。
ますます難しい顔になったのは情報を頭の中でまとめているからであろう。

「なるほどな……それでウォレス、お前が怪我を負わされたと言う場所は?」

「バーンシュタインにあるクレインという小村から北へ行ったところです。怪我を負い、崖から落ちて川を流された所、川下のでクレイン村の村長に拾われました」

「バーンシュタインか、少し遠いな。お前達は確か闘技大会で優勝し、コムスプリングスへは行ったことがあったな?」

「はい、あの温泉の街になら以前行きました」

カーマインの返事に王が頷いた。

「水晶鉱山はその先にある。魔法学院へと寄り、水晶鉱山への通行許可証を手に入れろ。そのための水晶鉱山の調査証をあとで渡そう。まずは水晶鉱山の事件の化け物が、本当にゲヴェルであるのかどうか調査を命ずる」

「「はっ!」」

王の言葉にカーマインとウォレスの重なった声が響く。
慌ててルイセとティピも返事を返し、その様子に隠れて苦笑していたサンドラに背を向けて謁見の間を出て行った。
謁見の間を出てしばらく待った後に、文官が水晶鉱山の調査証を持って現れた。
カーマイン達はそれを受け取ってから、家で待つグロウとミーシャを連れて、魔法学院へとテレポートで飛んだ。





「ここが魔法学院か」

「思ってたよりも随分大きそうですね。敷地も広くて……街一つ分ぐらいはありそうですね」

学院の敷地にある門の前にテレポートでやってきて、一番最初に口を開いたのはグロウとユニであった。
二人は魔法学院をみるのは初めてであり、色々驚きや発見があってもおかしくは無い。
と言ってもグロウは見える範囲であたりを見渡した後にはもう、ほとんど興味を失っていて、キョロキョロとするユニとは対照的であった。

「それじゃあ学院長の所に、水晶鉱山への通行許可証を貰いに行くわけだけど、グロウはどうする? ちょっとぐらい学園を見て回る時間ぐらいとってもいいけど」

「そんなもんいらねえよ。さっさと通行証を貰いに行こうぜ」

「えっと……私は少し興味があるんですけど」

用件だけを済ませたそうなグロウの言葉の後に、おずおずとユニが手を上げた。
一瞬だけグロウは面倒そうな顔をしたが、興味が全く無かったわけではなかったのか、反対はしなかった。

「それじゃあルイセかミーシャのどちらかが、グロウとユニを案内してあげてくれないかな? その間に僕とウォレスさんとで通行許可証を貰ってくるからさ」

「あー、あたしもグロウの方についてく。あの学院長の爺さんの所に行くんでしょ? あたしあのエロ爺嫌だ」

以前いきなり捕まれてしげしげと眺められた記憶がよみがえり、嫌だとばかりにグロウの隣へと飛んでいく。

「テ、ティピ……一応ミーシャの叔父さんなんだけど」

「ひどーい、ティピちゃん。叔父様は良い人ですよーだ。じゃあ、アタシはお兄様についていく」

「えー! じゃあ私がグロウお兄ちゃんたちの案内するのぉ?」

とても嫌そうな声を出してしまったルイセは、気付くのが遅かった。
普段から見慣れている場所を案内する事がつまらないと言う意味で言ったのだが、グロウには意味が通らなかったようだ。
私もそっちが良いとカーマインに詰め寄るルイセの二つにまとめられた髪を両手で掴み、操り人形にそうするように引っ張り上げた。

「嫌そうな声出してくれるじゃねえか……悪かったなカーマインじゃなくて」

「痛ッ、違うもん。そうじゃないけど、その方が嬉しいのは確かだけど!」

泣きを入れたがうっかり本音が漏れてしまい、グロウがこめかみに血管を浮ばせながら髪の毛を引っ張り上げる。

「とりあえずちっこいの三人は俺が相手をしてるから行って来い。どうせ一時間もかからないだろう?」

「グロウの言うとおりだな。王から頂いた水晶鉱山の調査証もあることだし、通行許可証を貰うだけなら時間はかからないだろう。行くぞ」

少しルイセが可哀想かなと思い始めていたカーマインの背を、ウォレスが押した。
何時までも悩んでいては、それだけルイセがグロウから解放されるまでの時間が掛かるからである。
数度振り返ってから、ようやくカーマインはウォレスに押されるがままに歩き出した。
魔法学院の門からずっと真っ直ぐに歩き、見えてきた校舎を入ってすぐにあるエレベーターに入った。
ミーシャが押したのは学院長室のある七階のボタンである。

「叔父様はたぶん学院長室ですけど、いなくても受付のセリアさんが居場所を教えてくれるはずです」

「セリアさん?」

カーマインが名前を確認するように呟いたのには理由があった。
そのセリアという人物を、ミーシャが保護者である学院長同様に親しみを込めて呼んだからだ。

「はい。愛想が無いのがたまに傷ですけど、綺麗で頭が良くて私の憧れの人なんです」

それを聞いて悔しそうな顔をしたのはウォレスであった。
だがそれでもこそっと、こいつは楽しみだなとカーマインをからかっていた。

チンッという到着音の後、エレベーターを降りると左右に二つの部屋の入り口が見えたが、どちらが学院長室かは一目瞭然であった。
何故なら受付の人が片方は男の人であり、もう片方が綺麗な金髪を持った女性であったからだ。

「おい、カーマインどうだ?」

「表情はちょっとかたいですけど、美人ですよ。仕事の出来る女性と言う感じです。ルージュがビッと唇に引かれていて、赤いイヤリングも決まってます」

「ほほぉ」

「聞こえてますよ、お兄様。それにウォレスさんも!」

いくら自分から美人だと話をふったとしても、コレほどまでに自分と言う存在を忘れられては怒らずにいられないだろう。
もうっと息をまいてミーシャは受付へと近づいていき、セリアと軽い挨拶を交わす。

「セリアさん、こんにちわ。叔父様はいらっしゃいますか?」

「こんにちわ、学院長はいらっしゃいます。用件を先に聞いても良いかしら? あまり無闇に人を通してよいわけではないので」

「水晶鉱山への立ち入り調査を行うので、水晶鉱山への通行証が欲しいんです。お兄様、調査証を見せてあげてください」

「えっと、これです」

カーマインが道具袋から取り出した調査証を見せると、セリアはざっとそれを眺めた。
そして一度はっきりと頷くと、学院長室へのドアへとカーマインたちを促した。

「学院長、水晶鉱山への通行許可証が欲しい方々とミーシャがいらっしゃいました」

「おお、そうか入ってもらってくれ」

ドアの向こうから返事が帰ってくると、セリアをそこに残してカーマイン達は学院長室へと入って行った。
明らかに学院内とは違う雰囲気を持ったその部屋は、ふかふかの絨毯がしかれており、来客用のソファーまで備え付けられていた。
もちろん学院長が仕事をするデスクもある事はあるのだが、どこかお金持ちの客室と言う感じの方が強かった。

「叔父様、失礼します」

一番最初に入室したミーシャが言うと、デスクに座って仕事をしていたらしい学院長が手元から顔を上げた。

「おお、ミーシャか。今はサンドラ殿のもとで個人的に教えを受けているそうだな。それならば授業に差し支えはないだろうが、油断せず勉学に励むのだぞ」

「……あ、はい。それはもちろんです」

奇妙な間を持ってミーシャが答えたのは、そういう風にサンドラが事実を捻じ曲げて報告していた事を忘れていたからだ。
普段は遊んだり、カーマインの任務に付き合ったりと、ミーシャはサンドラに教えを受けてはいない。

「さてと、君は確かルイセ君の兄のカーマイン君だったな。そして君は…………そう、ウォレス君だったな」

カーマインはともかくとして、ウォレスの名まで上げた事にさすがに驚いた。

「俺の事を知っているのですか?」

「水晶鉱山の事件の時にね。あの頃はまだ私は一介の教授だったが、警備を任された傭兵団の団長と副団長の姿、名前ぐらいは知っているさ。もっとも、君は姿もかなり変わってしまったようだが」

当時の凄まじさを思い出したのか、少し教授が顔に影を落としていた。

「今日はその水晶鉱山の事でやってきました。ローランディア王からの指令で、水晶鉱山の調査の任務を受けています。これが水晶鉱山調査証です」

沈黙の間合いを見計らいカーマインが差し出した調査証を、学院長は黙って受け取り眺めた。

「ふむあの事件を今一度か」

学院長は、呟いてから先ほどの沈黙とは違う思案めいた沈黙を見せた。
その様子にカーマインはウォレスとミーシャと顔を見合わせて、その思案が終わるのを待った。
と言っても、一分にも満たない時間であっただろう。

「一つ頼まれて欲しい事がある」

「通行証を渡す為の交換条件ということか?」

「交換条件とは人聞きが悪い。実はな、水晶鉱山で採取される魔水晶を横流ししている者がいると言う噂がある。知っての通り魔水晶はグローシュの塊のようなもので、魔術的な道具を作るのには欠かせないものでな。悪人の手にでも渡れば眼も当てられん」

「と言う事は、魔法技術管理法……魔技法を施行するつもりですか?」

「交換条件どころか、すでに国の兵士である俺達に断る権利すらないと言う事か」

「え? え、どういう……」

「ミーシャ、一度授業でやったはずだぞ」

一人話しについて来れなかったミーシャを、不安そうにかつ呆れた様子で学院長がみていた。

「魔法学院がローランディアとバーンシュタインから魔術の独占と悪用を防ぐ為に設立されただろ? だから実際に独占や悪用の恐れがある場合には、この通称魔技法と呼ばれる法で、両国の軍隊を投入できる仕組みだよ」

「う…………なぜお兄様が知って、ウォレスさんまで」

「魔法は使えなくても、母さんから一通りの知識は教えられてるって最近言ったろ?」

「俺は実際に水晶鉱山の警備をしていたから、そういった法があることを契約書で知ったな」

一気に肩身が狭くなり、ミーシャは顔を赤くして身を縮こまらせていた。
少しばかり仕方ないと言うよりも大丈夫か君は、という雰囲気が漂い始めたが学院長が咳払いで追い払った。

「それでだ。横流しの事実を調査しては欲しいのだが、まだ魔技法の施行まではいかん。魔技法は最終手段のようなものでな。だからまずは事実関係をハッキリさせ、打つ手が無くなったら施行だと考えている」

「事実関係の把握だけなら俺が適任だろう。あそこにはまだ幾人か知り合いが警備として残っているし、顔も効くからな」

「ではウォレス君に頼もう。だが警戒されたくはないので、あまり大っぴらに調査はしないでくれたまえ。では、これが水晶鉱山への通行証だ」

「ありがとうございます。では調査が終わり次第、この通交証はお返しします」

「うむ、結構。よろしくたのむよ。ミーシャ、お前もしっかりやるんだぞ」

「あ、はい。もちろん邪魔なんてしません。安心してください、叔父様」

意味深な学院長の言葉に、特に疑うことなくミーシャが元気に答えた。
そして部屋を出たところで、カーマインとウォレスが苦笑していた事を不審に思い尋ねた。

「どうしたんですか、お兄様もウォレスさんも?」

「いやな、嘘はばれるもんだな」

「へ?」

ウォレスの言葉の意味が分からず、ますます首をかしげるミーシャ。

「学院長は気付いてたんだよ、ミーシャが母さんの所に勉強にきてるわけじゃないって」

「え、えー!!」

つい大きな声を出してしまい、受付のセリアと、もう一つの部屋の受付の男の人にジロリとミーシャが睨まれた。
苦笑いをしつつミーシャがカーマインとウォレスをエレベーターに押し込んで理由を聞いた。

「普通なら、今日のミーシャは僕らを案内するためだけに、一時的に戻ってきたって考えるだろう? なのに僕らに頼んだ後に、ミーシャにまでしっかりやるんだぞって、僕らに同行してる事に気付いたんだ」

「わっ、どうしよう。サボってたのまで」

「いいんじゃねえか? しっかりやれって事は、同行を認めたようなもんだ。だが、勉強はしっかりしておけよ」

同行を認めてくれた事は嬉しかったのだが、ウォレスの言葉が先ほどの魔技法を知らなかったことを指している事は明白であり、ミーシャはひーんと悲鳴を上げた。





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