第二十九話 ルイセのクッキー


よく晴れた空のした、ローザリアのとある商店街をぴょこぴょこ二つのおさげを揺らして歩くルイセの姿があった。
その周りには忙しそうに動き回るティピと、大人しくついて飛ぶユニの姿もあった。
三人は得に目的もなく歩いているようで、目に映る露天や商店を片っ端から覗いては、商品を眺めたり手に取ったりしている。
その時に、ふとルイセが思い出したように二人に問いかけた。

「でも、二人とも本当によかったの? お兄ちゃんたちについてなくて」

「いいの、いいの。どうせいっつも引っ付いてるんだし。それにアイツらだと、服とかアクセサリとか買い出かけるって感性ないんだもん。そりゃ、わたし達は小さいから身に着けることはできないけど……見てるだけでも楽しいじゃない?」

「カーマインお兄ちゃんはまだ、まともな方だと思うけど」

ルイセが思い出したのは、ごくたまに何処からか服を買ってくるカーマインと、自分のだろうがカーマインのだろうが無頓着に服を着るグロウであった。
確かにサイズはほぼ同じであるのだが、買ってきたばかりの服を汚されてカーマインがへこんでいたこともあった。

「ユニもティピと同じ理由で?」

「え、私ですか? 私は、その……」

「どうしたの、ユニ?」

言いにくそうに、しかも少し顔を赤らめはじめたユニにルイセは戸惑い、ティピがにやりと笑った。

「聞いてよルイセちゃん、ユニったら昨日さ」

「ちょっとティピ、止めて。なにもしてないって言ってるじゃない」

「え? なに、なにをしたの?」

「くっふふ、言っちゃおうかなぁ〜」

口元に手を当てて妙な笑い方をし始めたティピに、必死に言わせまいとユニが叫びに近い声で制止をかける。
一体なにをしたんだろうと、二人のやりとりをルイセは首をかしげながら見ているしかなかった。
ルイセがただ二人のやり取りを見ているだけと言う選択をした事で、だんだんとティピとユニの言葉が荒くなり始める。

「私そんなんじゃないわよ。一々人の行動にケチつけないで!」

「そんなんってどんなんよ。だいたいケチじゃなくて、事実じゃない。ユニってば真面目そうしてるわりに、平気で嘘つくわけ?」

「嘘なんてついてません!」

その時点でようやく止めた方が良いと思い始めた頃、三人の、商店街中の人々の鼻腔をくすぐる甘い匂いが漂ってきた。
女の子の性か、その甘い匂いだけでキュッとお腹が鳴ったようで、ティピとユニが気恥ずかしそうにしながら言い合いをやめていた。

「いい匂い……ですね」

「だよね……ルイセちゃん!」

急に呼ばれたルイセも、匂いのもとが気になるようで、三人一度に走り始めた。
商店街すべてにいきわたっているのではと思える匂いに、誰もが足を止めている中、ルイセたちはそこへたどり着いた。
甘くそして香ばしくもある匂いはクッキーであった。
焼き立てなのかまだ温かそうなクッキーは、商店のガラスケースの中で四角い箱に区切られて、様々な種類が置かれている。
バターからはちみつ入りのクッキーや、レーズンやチョコチップ入り。
形も単純に四角や丸から、ハートや星など、味同様に様々な種類があった。

「うわ〜、おいしそう。あ、よだれが」

「あ、これゴマ入りだそうですよ。体によさそうですね」

単純においしそうと全てを見渡すティピと、味付けや中身が何かに重点を置くユニ。

「クッキーか……」

そしてルイセはと言うと、クッキーそのものよりも別のことを頭に浮かべていた。
当然といえば当然なのか、それはカーマインに関してのことであり、なにかを思い立ったようによしと呟いた。

「ティピ、それにユニ。これからクッキー作らない?」





それからしばらくして家に戻ったルイセの両手には、様々なものが詰め込まれた紙袋があった。
その中身は当然クッキーの材料であるバターや薄力粉等々なのだが、ユニが不安げに問いかける。

「あのルイセ様、クッキーをお作りになるんですよね?」

「そうだよ。だからこの通り」

そう言って紙袋を持ち上げるルイセだが、やはりユニはどこか不安そうであった。
ユニの様子に気付いてないと言う事はなかったが、ルイセは気にかけることなく、少し開けにくそうにして玄関を開けた。
申し訳程度にただいまと言うと、暇をしていたらしいカーマインがリビングから顔を出した。

「おかえりって……ルイセ、どうしたのその荷物。持とうか?」

「ううん、いいよ。それよりもこれからクッキー作るから、期待して待っててね」

「また突然だね。わかったよ。期待してるから、がんばって」

カーマインから笑顔を貰って元気よくルイセはキッチンへと入って、とりあえず紙袋をテーブルへと置いた。
そして中に入った材料を順に取り出していく。

「ねえルイセちゃん、クッキー作るのは良いけどアタシ達に手伝える事ってあるの?」

「そう言えば……う〜ん、それじゃあ材料の計量とか、卵を黄身だけに別けるとか頼めるかな。さすがにバターのホイップとかは無理だろうし」

「計量なら時間はかかっても出来ますね。先に全ての材料の適量を教えてもらえますか?」

「紙に書いておいたほうがいいかな?」

一旦紙袋から材料を取り出すのをやめると、料理メモ用においてあったメモに材料の適量を書き込み、カップを材料の分だけ用意する。
二人がメモを見ながら計量を始めた事で、ルイセは一番最初に柔らかく温めたバターをボールに入れて泡だて器でホイップしていく。
だが柔らかくしたとは言え、バターがそう簡単にクリーム状になるはずもなく、ルイセは根気よく泡だて器を動かしていった。
根気よくと言っても、苦にした様子もなく逆に楽しそうであった。

「一つ聞いてもいい?」

「ん? いいよ」

ルイセがあまりにも楽しそうにするもので、ティピは気になっていた事を聞いた。

「どうしていきなり作る事にしたの? そりゃ焼きたてが一番美味しいんだろうけど、あのお店のも焼きたてだったわよ」

「え〜、聞きたい?」

「あ、もういいわ。だいたい分かったから」

楽しそうではなく、急にへらっと顔が笑い始めたルイセを見てティピは当たりをつけた。
考えてみれば当たり前の事で、ルイセの行動はそのほとんどがカーマインを機転としてまわってるからだ。
ノロケなら聞きたくないわと会話を終わらせようとしたティピであったが、ルイセのほうが食い下がってきた。

「ちゃんと聞いてよ。あのね、私がね初めてクッキーを作った時のことなんだけど、上手く焼けなくてどろどろだったの。何回焼いても同じでとうとう泣いちゃったの」

さすがに当時を思い出しているのか、バターをホイップする手が止まっていた。

「だけどね。そんなクッキーをカーマインお兄ちゃんが美味しいって食べてくれたの。全然美味しくないクッキーを、それも全部」

最後に今ではちゃんと作れるからとフォローしてから、ルイセの思い出話は終わった。
ティピはそれを聞いてやっぱりといった表情を見せていたが、ユニは軽く首をかしげていた。
それはもちろんグロウが影も形も話の中に出てこなかったからだ。

「あのルイセ様、その時グロウ様は?」

「ムッ」

どうやら聞いてはいけない事だったようで、止まっていた手が激しく動き出し、泡だて器とボールがガチャガチャを音を立てている。

「不味いって、分かってるのにそんなこと。正面きって言わなくてもいいのに、もぅ!」

「あ、でもそれは遠まわしにがんばれって」

「ユニ、それって無茶苦茶苦しいわよ。それにグロウが遠まわしにでも言うはずないじゃない」

「う…………」

なんとかフォローをしようとしたのだが、ものの見事に失敗した。
贔屓もその辺にしておいたらと、言葉なくティピはユニの肩を叩いた。

「あ、二人とも計量が終わったら手伝いはそこまででいいから。後は私がやるから」

「と言っても、ほとんど終わってるわよ。それじゃあ、焼きあがったらちゃんと呼んでよね。行こ、ユニ」

「え……それじゃあ、ルイセ様。後は宜しくお願いします」

簡単に片づけを行うとティピとユニはキッチンを後にした。
その後姿を見送りながら、ルイセはクリーム状になったバターがはいったボールを持ったまま、似合わないにやりとした笑みを浮かべていた。





一人でルイセがクッキー作りを始めて一時間と三十分ぐらいたった頃、ようやく焼きあがったクッキーはキッチンのテーブルに三つの皿に別けられて置かれていた。
当たり障りのない星や四角や丸のクッキーが二つの皿に、そして残り一つは狐色のハートの中にピンクのハートが入るなど手が込んだクッキーが入っている。
そこにどんな意味があるかは容易に知れるもので、ルイセはお皿に盛られたクッキーをさらに袋に詰めると、間違えないように並べてからキッチンを出て行った。
するとルイセが出て行ったのを見計らったかのように、ユニが入れ違いでキッチンへと入っていく。

「今なら、誰もいませんね?」

すぐにテーブルに置かれた三つの袋に当たりをつけると、それぞれに包まれたクッキーの味を確かめた。
すると一つだけ顔の造形が崩れる結果となり、その問題のクッキーが入った袋の位置を変えた。

「これでOKなはずです。では、ルイセ様が戻ってこないうちに」

素早くキッチンを去ったユニの後に、さらにやってきたのはティピであった。

「もうそろそろ、できたっかな〜」

すぐにめざとくテーブルの上に置かれた三つの袋を発見して、早速一つの封をあけた。

「わぁ、出来立てホヤホヤ。まったく、できたらすぐに呼んでって言ったのに。でもまあ、いっただっきま〜す」

袋に詰められたクッキーに飛び込むようにして、飛びついたティピだが、袋が置かれていた位置が悪かった。
テーブルの端に置かれていたため、ティピが袋の中に飛び込んだせいで、ずるりと袋がテーブルから落ちかける。
慌てて袋から出て、口を閉じて持ち上げる。

「お、お〜!! やば、重い!」

完全にティピの羽根が生み出す浮力を、袋の重さが上回っていたがなんとか持ち上げてテーブルにどすんと落とす。

「あぶな……や、やっぱ摘み食いはいけないわね。あは、あはははは」

元に戻した袋を手放して一息つくと、逃げるようにキッチンから飛び出していった。
その理由は、クッキーが詰まったはずの袋の底部が、やけにいびつになっていたからだろう。
そんな事があった数分後にルイセは戻ってきた。
単にカーマインやグロウ、そして居候中のミーシャやウォレスが何処にいるか確認してきただけなのだ。
珍しくサンドラさえも家にいたため、テーブルに置いた三つの袋を記憶どおりに手に抱えて持っていった。
最初はサンドラとウォレス、そしてミーシャがいたリビングである。

「お母さん、これがさっき言ってたクッキーだよ。ミーシャやウォレスさんも食べてね」

「うわぁ、いい匂い。ルイセちゃんお菓子作り得意だもんね」

「それでは、紅茶を用意しましょうか。少し待っててください」

「クキーか……実を言うと食った事がないんだが」

ウォレスの言葉に驚きつつも、ルイセは笑いながら言った。

「とっても美味しいですから、一杯食べてください」

「あれ? ルイセちゃん、そっちの二つは?」

「えへへ、秘密」

ミーシャに意味ありげな笑みを送ると、ルイセはリビングを出て二階へと続く階段を上っていった。
目指すのは残りの二つの袋を渡すカーマインとグロウの部屋である。
だがルイセは手前にあるグロウの部屋を通り過ぎ、カーマインの部屋のドアをノックした。
軽い返事のあと、カーマインがドアを開けた。

「あ、ルイセ。もしかしてできたの?」

「うん、はいこれ。出来たてだから、それとこっちのクッキーをグロウお兄ちゃんに上げるんだけど、カーマインお兄ちゃんちょっと付いてきてくれない?」

「よくわからないけど……それぐらいはいいよ」

ルイセについていく事に意味を見出せなかったカーマインだが、首をかしげたのは一度だけで、妙にクスクス笑うルイセについていった。

「グロウお兄ちゃん、いる?」

「勝手に入れよ」

いつも通りのぶっきら棒な返事に、勝手にドアを開けるとグロウはベッドに寝転がっていた。
昼寝でもしていたのか、本当にただ寝転がっていたが、すぐにルイセの持つ袋からの匂いに気付いて飛び起きた。

「いい匂いじゃねえか。よこせ」

「そんな事言わなくてもあげるよ。ちゃんとたくさん焼いたんだから」

ベッドから起きてきたグロウはまるで奪うようにしてルイセから袋を奪うと、中から一枚のクッキーを取り出した。
それはハート型の中に色違いの生地でハートを作りこんだクッキーであった。

「あれ? ちょ」

なぜグロウに渡した袋から、その形のクッキーが出てくるのか。
止めようと、ルイセは手を伸ばしたが、間に合わなかった。
グロウが一口でそのクッキーを、口の中に放り込んでしまったからだ。

「へっ、結構美味いな。ちょっとは上達したみたいだな」

多少寝ぼけ眼の癖に、憎まれ口を叩くグロウに、ルイセは眼を何度も瞬かせていた。

「上達どころか、ルイセは前からお菓子作りは上手だよ。僕も一枚食べようかな」

そう言ってカーマインが貰った袋の口を開けたことで、ルイセは何がどうなっているのかを察した。
どういったわけか、渡す袋を間違えたのだ。
慌てて取り出したクッキーを口に運ぼうとしたカーマインを止めようとしたが、またしても間に合わなかった。
クッキーがカーマインの口に吸い込まれ、砕かれ呑み込まれていく。
見ていられないと眼を伏せたルイセだが、カーマインから発せられた声は想像とは違った。

「ほら、やっぱり美味しいじゃないか。もうちょっと評価してあげようよ、グロウ」

「あいにく、俺は嘘がへたでね。んじゃ、たしかにもらったぞ」

「あれれ?」

パタンと目の前のドアが閉められ、ようやくルイセの頭の中で全てが繋がった。
グロウにあげてしまったのが特別なハート型のクッキー、カーマインにあげてしまったのが何の変哲もない普通のクッキー。
ならば最後の一つは、今現在誰のところかは明白である。

「それで、ルイセ。僕はなにを」

「カーマインお兄ちゃん、ごめん。また後で!」

ポツンとカーマインを廊下において、まさに飛ぶように階段を駆け下りていったルイセはリビングに飛び込んだ。
そこでは丁度サンドラが用意した紅茶を前に、ルイセのクッキーを口に運ぶサンドラたち三人の姿があった。

「食べちゃダメー!!」

突然飛び込んできたルイセの叫びが逆に引き金となり、サンドラたちはクッキーを口に含んでしまった。
妙な静寂が、一秒、二秒と経過して、きっちり三秒後。
高らかな悲鳴が二つ上がり、間に合わなかったとルイセはペタンと腰を落とした。

「辛ッ、ルイセ一体クッキーに!」

「おば様、水。水飲みましょう!! ルイセちゃ〜ん、後で覚えておきなさいよ!」

「違うの! そのマスタード入りはグロウお兄ちゃ」

「誰のだって?」

「だからマスタード入りは元々グロウお兄ちゃんに食べ…………させよう。グ、グロウお兄ちゃん」

バタバタと慌ててサンドラとミーシャがキッチンへと駆け込んで言った中、後ろからかけられた声にルイセが振り向くと、そこにはグロウがいた。
寝たはずじゃと声を上げようとしたが、さらにグロウの後ろにいるカーマインが言わずとも全てを語っていた。
先ほどのルイセの行動が不審で、グロウを起してまで追いかけてきたのだ。
ありがた迷惑であった事は、言うまでもない。

「まったく、この馬鹿ルイセは〜!!」

「イタッ、痛い。髪をひっぱらないで!」

「言えた立場かコラ!」

っと、ルイセがグロウにお仕置きを受けている間でさえ、ボリボリとマスタード入りのクッキーを食べ続けているのはウォレスである。

「ウォレスさん……それマスタード入りで」

「ああ、俺はクッキーなんて甘ったるい女の食い物かと思ってたが、結構刺激的な食い物だったんだな。イケルぞ」

「えっと……」

かける言葉がみつからず、カーマインはマスタード入りクッキーの横に、先ほどルイセから貰ったちゃんとしたクッキーを置いた。

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