第二十八話 護衛の終りに


盗賊風情と言われたオズワルドらの頭は、明らかに標的をカーマインから変えていた。
恐らく盗賊と言われた事よりも、風情と見下された事が気に食わなかったのだろう。
もともとは見下される事を嫌い、社会から外れていった人間のさらに頭でもあるのだ。
柄の長さだけなら、自身とそうかわらない大きさのバトルアックスを大げさに掲げて威嚇する。

「盗賊風情だと、ならお前から殺してやろうじゃねえか!」

「殺せると思うこと自体がその程度だと示している。それでも来るならば、来い」

盗賊の頭の唸るバトルアックスとは対照的に、白銀の髪を持つ男は鞘走りの音すらさせずに二ふりの剣を抜いた。

「すかしてんじゃ!」

変わらぬ態度に我慢の限界に達した頭が、バトルアックスを威嚇の時以上に振り上げて挑みかかる。
その一撃がまともに当たれば、人の体など容易く押しつぶし、悪ければ切断するぐらいには至ったであろう。
だが、相手が悪すぎた。
白銀の髪を持つ男は、静かに、だが機敏に大地を蹴っていた。
二人の体が交差した瞬間、バトルアックスは掲げられたまま頭の動きは止まり、目の光が消えていた。

「あの世で怯え、後悔するが良い。私が衝けた十字の影に」

血が、頭の胸に刻み付けられた十字傷からほとばしり、最後の言葉もなくその体が倒れた。
流れ出るなどと言う表現が大人しいほどに、夥しいほどの血が大地に広がっていく。

「頭が、一撃で……ば、ばけものだ。クレヴァー、引くぞ!」

「あ、待てオズワルド!」

白銀の髪の男の一切無駄を省かれた動きに見とれていたカーマインの初動が遅れ、オズワルドが逃げ出した。
とっさに叫んだ名前は、片手を泣くした男のもののようだ。
グロウと剣をあわせながら、逃げねばならなくなった状況に顔をゆがめていた。

「いいんだぜ、逃げても。笑ってやるよ。最高に格好悪くて無様だからな」

「ただで俺が逃げると思うのか?」

グロウの挑発に乗ることなく、やや屈むようにしてクレヴァーが懐から取り出したのはナイフであった。
その切っ先を突きつけるように向けられたのはグロウではなく、レティシア姫であった。
逃げると同時にレティシア姫にナイフを投げるつもりなのか、グロウはナイフの射線上に入って身構えた。

「お前だけは直に殺したかったが、仕方がねえ。あばよ!」

ナイフを投げる挙動もないのに、確かにその刃が飛び出した。
柄に仕込ませたスプリングでナイフの刃だけを飛ばしたのか、特殊仕様のナイフだ。
完璧に虚をつかれたグロウは、動けなかった。
まるでそうなる事が自然のように、ナイフの刃がグロウの胸へと吸い込まれようとしていた。

「う、うおぉぉ!」

体が勝手に反応するように上げた腕でナイフの刃を止めるが、その痛みにブロードソードを落としてしまう。
しまったと拾おうと視線をクレヴァーからそらした一瞬、世界が歪んで見えた。
似た様な感覚にグロウは覚えがあった。

「獰猛な肉食獣でさえ昏倒する猛毒だ。本当に、この手で殺せなくて残念だぜ。じゃあな!」

クレヴァーはよろめいて膝をついたグロウを蹴り上げてから、ブロードソードを拾って奪い、振り返ることなく逃げたオズワルドの後を追った。
仰向けに蹴り転がされながら待てと叫びたかったグロウだが、刃が刺さった右腕が焼けるように熱く、傷口を押さえて呻くのが限界であった。

「グロウ様!」

「グロウさん!」

「迂闊に触るんじゃない!」

真っ先に駆け寄ったユニとレティシア姫を止めたのはウォレスであった。
驚いて振り返った二人を押しのけて、義手を使って毒の塗られた刃を抜いて捨てる。
パックリと開いた傷口から血があふれ出すが、それよりも危険なのは毒の方であった。

「ルイセ、解毒の魔法だ。処置は速ければ速いほど」

「もう、やってる」

ポツリと呟いたのは、当人のグロウであった。
獰猛な肉食獣でさえ昏倒すると言われた毒をうけても、意識だけはしっかり持っているようだった。
震える左手で右腕の傷口に手を当て、魔力の光が傷を包み込んでいた。

「グロウ様、大丈夫ですか? 痛くないですか?!」

「それよりも気持ち悪い。ガキんときに大風邪ひいたときみてえに、グルグル世界がまわりやがる。あんの野朗、俺のブロードソードを」

「やれやれ、どうやらこの前の事でそうとう毒に対する抵抗力ができたようだな。心配させやがって」

ウォレスの言葉にほっとした溜息が幾つもあがり、ルイセとミーシャがグロウの治療を始める。
それにしてもとウォレスは、自分が投げ捨てたナイフの刃を見た。
幸運だったのはグロウの毒に対する抵抗力だけでなく、それを使わせる事となった状況も幸運であった。
もしも今回のように一矢報いるためだけでなく、剣を交えている最中に、もしくは乱戦中にでも使われていたのなら命は確実に無かった事であろう。
グロウを治療を見ながらウォレスが考え込んでいる間にあの銀髪の男が、レティシア姫の傍まで歩み寄り、方膝をついた。

「ローランディアのレティシア姫ですね? 到着が遅れました。私はバーンシュタインのインペリアル・ナイトのアーネスト・ライエルです」

「え、ええ。ご苦労さまです」

本当ならばレティシア姫も毅然とした態度で感謝の言葉を述べたいのであろうが、視線がグロウに注がれていた。
心配だが、迎えのインペリアル・ナイトを放置するわけにもいかないという、葛藤が見えている。
アーネストと名乗ったインペリアル・ナイトにも、その葛藤が読めたのか、かしずくのを止め一礼してからグロウに歩み寄った。

「君たちもご苦労だったな。後は我々が責任を持ってレティシア姫をバーンシュタインまで護衛する。レティシア姫には簡単に挨拶をしておくといい」

そう言うと再度レティシア姫に振り返りアーネストは言った。

「ではレティシア姫、我々はそちらでお待ちしていますので、用件が済みましたのならお呼びください」

グロウたちがただ命令に従うだけの護衛ではないというのも見抜いたようで、アーネストは部下を連れてやや離れた場所へと移動していく。
こうして公的に別れの時間をつくり、グロウに近寄れる暇を作ったのだ。
レティシア姫はアーネストに感謝して、すぐさま駆け寄った。

「グロウさん、大丈夫ですか?」

「そいつはもうユニに聞かれたよ。大丈夫だ、もう血も止まったが、解毒はもうしばらくかかるな」

「そうですか。よかった……ごめんなさい、私あの時貴方の」

「あー、うるせえ。忘れた、んなもん!」

心底すまなそうに謝ってくるレティシア姫の言葉を遮って、グロウは喚いた。
慰めることすら恥ずかしく思えたのは、調子に乗って手の甲にキスをした事を思い出したからだ。
どう考えても自分がとる行動としては異状であるし、今では自分の馬鹿さ加減が恥ずかしいだけである。
頭を抱えたくても体が動かないグロウの様子に、クスリとレティシア姫が笑った。

「やはり、私は貴方が欲しいと思います。バーンシュタインから戻る時の護衛の時に、もう一度答えを聞かせてもらえますか?」

その言葉に、ブッと噴出したのは一人や二人ではなかった。
レティシア姫とグロウは、その前の近衛騎士への勧誘をした側であり、された側である。
だが予備知識もなく、今の言葉を聞かされれば、告白とも聞こえないでもない。
ルイセやミーシャは顔を真っ赤にして驚き、カーマインやウォレスですらも驚きに、足があとずさっていた。

「もう答えは決まってるけどな。期待しないで、待ってろ」

「決まっているからこそ、貴方の気が変わるように期間をおくのです。できれば頷いて欲しいものです……期待しています」

祈るように期待していると呟いたレティシア姫は、カーマインやルイセたちに振り向いたが、奇妙な照れ笑いを向けられ一瞬だけ首をかしげた。

「それでは皆さん、ここまで本当に有難うございました。とても楽しかったですわ。しばらくしたら、また護衛の機会があると思いますが、宜しくお願いしますね?」

「そ、それはもちろん。僕たちでよければ」

「私も、絶対にグロウお兄ちゃんを引っ張ってくるから!」

「責任重大よね、ルイセちゃん」

あたふたと言葉を並べ立てるルイセやミーシャを見て、もう一度首を傾げたが、レティシア姫は笑った。
なんとなく勘違いを察したのか、それ以上に笑って別れを済ませたかったのかは彼女自身にしかわからない。

「ではアーネスト様、参りましょう」

「ええ、了解いたしました。道中の安全は我々におまかせください」

インペリアル・ナイトと二人の兵士に護衛されながらレティシア姫は歩き出した。
たまに振り向いては軽く手を上げる程度に、手を振ってきていた。
ルイセやミーシャは言うに及ばず、カーマインもはっきりと手を振り返す中、グロウだけは視線をよこすだけで手を上げる事はなかった。
カーマインたちは手ぐらいふってやれとグロウを攻めたが、それでもその眼だけは、レティシア姫を気遣うような優しい眼であった事にユニだけが一人気付いていた。





一度ラージン砦に戻り、ブロンソン将軍に姫の引渡しがすんだことを知らせると、そのままカーマイン達はローランディアへと飛んだ。
カーマインとルイセ、ウォレスにティピを加えた三人は城の王の下へと報告に向かい、グロウたちは家で留守番となった。
ただ護衛をする前のようにカードで遊ぶような元気はなく、ミーシャはルイセの部屋へ、グロウは自分の部屋へと向かった。
グロウはドアを開けて一直線にベッドに向かって、その体を投げ出した。

「全く、疲れた……剣は奪われるし、びっくりナイフで刺されるわ。ついてねえな」

本当は湯浴みをした方が、シーツの清潔さを保てるのだが、そんな事を気遣う元気もなかった。
逆に汚れちまえと瞼を閉じて眠ろうとしたグロウの枕元に、ユニがちょんと座り込んできた。

「本当にそれだけですか?」

「あ、なにがだ?」

「その……レ、レティシア姫の事とかですけど…………グロウ様が気に入られたようで」

言葉を選んでいるのか、とても聞きにくそうに、だが決心したようなユニの声であった。

「まあ、気に入りでもしなけりゃ、近衛騎士になんて誘わないだろうな」

「へっ、 近衛……近衛騎士ってどういうことですか?!」

なにを今さら驚くんだと思ったグロウだが、それを知らされた時はユニが離れた後だと思い出した。
と言うより、いまだその事を知っているのは自分と、現在はユニとなったばかりだ。
言い忘れてたと思いながらユニを見ると、驚いたようで、どこか安心したような顔をしていたが、グロウは理解しきれず流した。

「どうやら、身分に関係なく意見を述べてくれる奴が欲しかったんだとよ。ある意味無礼だって言われてる気もするが、俺がそういう奴だから身近に置いておきたかったんだとよ」

「それじゃあ、貴方が欲しいという言葉は」

「近衛騎士としてだ。もっとも、断る気でいるがな」

「何故ですか?! とても名誉なことじゃないですか」

勘違いから一転、驚きの事実を聞かされユニは混乱していて、グロウの疲労に気付く余裕もなかった。
矢次に質問を浴びせては更なる混乱を招き、グロウが不機嫌そうに左手の親指と中指に力を込めている事にも気付いていなかった。

「断る理由なんて、レティシア姫は綺麗な、きにいらなうッ!」

ペコンと額にグロウのでこピンを受けて、ベッドの上に落ちた。
グロウはユニの羽根を無造作に摘んで、ユニのベッドに押し込んだ。
それから背を向けるように寝返りを打って、これ以上は話さないし聞かないと態度を見せた。
それでもユニは最後にと、食い下がろうとしていたが、

「あの……グロウ様は、そのレティシア姫を…………その、やっぱりなんでもありません!」

失敗した。
今自分が何の為に、何を聞こうとしたのかを意識してしまったからだ。
もっとも聞いてしまったとはいえ、グロウが聞いていたかどうかは怪しいものである。
何故なら、ユニが落ち着いてから聞こえてきたのは、小さな口笛のようなグロウの寝息であったからだ。

「すでに寝て、いらっしゃいますか?」

グロウの体を飛んで超えて顔を覗き込むと、その瞼はしっかりと閉じられていた。
逆に深く追求されずにすんでほっとし、その寝顔を見ていたユニはいつの間にか、グロウの唇を見つめていた。
レティシア姫の手の甲にキスをするグロウを思い出し、この数日で感じた嫌な気持ちが再度胸に去来した時、ユニはグロウの唇に顔を、自分の唇を寄せようとしていた。
グロウの寝息を感じながら、確実に、だがゆっくりと唇を寄せていった時、ドアがノックされた。

「グロウ、ちょっといいかな? ……グロウ?」

「疲れて寝てんじゃないの?」

それは王に経過報告をしにいったはずのカーマインの声であり、ティピの声も聞こえた。
そこでようやく自分がグロウに何をしようとしていたのか、再認識されたユニは悲鳴を上げそうになっていた。

「わた、私そんなつもりは、一体なにを。あ、カーマイン様、グロウ様は寝てらっしゃ?」

「……………………」

もう、すでに寝てはいなかった。
うっすらと眼を開けて、自分の顔の前でわたわたと慌てているユニを、ひどく冷静に、だが怒りながら睨みつけていた。
そのときユニは、生まれて初めて本気で泣きたいと思っていた。

「お前なあ、人が寝てんのに目の前で大声出してんじゃねえ!」

「す、すみません! つい!!」

どの行為が「つい」なのか、とにかくグロウの大声で起きている事を知ったカーマインがドアを開けて入ってきた。
その手には、見慣れぬ片手剣が握られている。

「もう謁見はすんだのか? やけに早かったな」

「レティシア姫をちゃんと護衛したって報告してきただけだからね。それで二日ほどの休暇とこれ、貰えたんだけど。グロウが使わないかってね」

「なんか魔力を秘めた剣で、結構高いものらしいわよ。さすが王様、太っ腹!」

なかなか不敬罪になりそうな台詞を吐いたティピを置いて、グロウは受け取った剣を僅かに抜いた。
想像していたのは当然光を放つ銀光であったが、それは間違いであった。
刀身は青白い光を放った不思議な剣であった。
手に持った柄に力を込めると、その青白い刀身から小さな放電現象が見えた。

「こいつは……確かに太っ腹だな」

「雷鳴の剣、人によっては刀身からサンダーと同じ効力の斬撃が放てる業物らしいよ。僕は貰ったクレイモアがあるし、グロウはブロードソードとられちゃっただろ? だからね」

パチンと音を立てて刀身を鞘に戻すと、グロウはにやりと笑って見せた。
確かにブロードソードを失くしたことはそうだが、カーマインが望んでいるのがこれをもった自分と戦うことだと分かったからだ。
その事を考えるだけで、もう疲れは吹き飛んでいた。

「まだ夜までには少し時間があるな。行くか」

「そう言ってくれるとありがたいよ。これからちょっと出かけるけど、ティピとユニはどうする?」

「あ、私は……」

「どうせ例のジュリアンと戦った東の草原でしょ、疲れてるし家にいるわ。お好きに行ってらっしゃい」

ユニが答える前に、ティピはその肩に後ろから両手を乗せて答えを勝手に代弁してしまっていた。
カーマインがそうっと笑ってグロウと部屋を出ると、ティピはいやらしい笑みを浮かべてユニに顔を寄せた。

「ところでユニ、一体寝てるグロウに何をしようとしてたのかなぁ?」

「な、なにをいきなり、私はなにも!」

「嘘ついてたってダメよ。あたしはユニの姉妹みたいなもんなんだからね。さっきドアをノックした時に必要以上に驚いてた事はわかってるんだから」

ユニの顔が明らかに赤面し、わたわたと動揺されれば赤の他人だろうと何かあった事ぐらい察する事はできる。
執拗に聞きだそうとするティピを前に、必死にユニが抵抗する姿がかなり長い時間みられた。
それこそ剣の威力を確かめる手合わせに向かった二人が戻ってくるぐらいにまで、ユニの否定の叫びは続いていた。

「ほら〜、誰にも言わないからさ。寝込みでも襲おうとしたんでしょ?」

「そんなことしてません!!」

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