第二十七話 オズワルド三度


ラージン砦は、その半分が岩山を利用して作られた砦であった。
ウォレスの説明ではラージン砦は丁度ローランディアから南のランザック、東のバーンシュタインと三国の接点となる重要な拠点であるらしい。
だから軍隊が通り抜けられるような太い街道も整備されていた。
さらに国境という意味では、遥か北にもローランディアとバーンシュタインの国境であるノストリッジ平原という平原もあると言う事だ。

「へ〜、物知りなんですねウォレスさんって」

「だてに十数年も世界を回ってないさ」

ミーシャの素直な賞賛に、当然と言った風に答えるウォレスに誰ともなく、おおっと感嘆の声を漏らす。

「レティシア姫、それでインペリアル・ナイトと落ち合う場所は、誰が詳しく知っているのですか?」

「一応私も聞かされていますが、この砦で指揮を執るブロンソン将軍に話を聞いた方が確実でしょう。それに、着替えなければいけませんしね」

カーマインに答えサンドラから勝手に借りたブレザーとスカートをかるく摘んで笑うその仕草は、どこから見ても普通の女の子であった。
城を出た当初はまだ硬さが残っていたが、この二、三日でルイセやミーシャに感化されたのか。
それとも、もっと他に理由があるのか。
レティシア姫が砦の門の前にいる、門番の元へと歩み寄る。
当然一目で姫と分かるはずもなく、門番は警戒心を持って手に持つ槍に力を込めるが、それはすぐに凛とした声にいさめられた。

「私は、ローランディアの第一王女レティシア。門をお開けなさい、ブロンソン将軍にお会いします」

「これはレティシア王女、しかしその格好は…………」

「お開けなさい!」

「開門、開門!」

王女と認めたものの、動きの遅い門番に声を張ると、慌てて門番は開門を門の向こうへと叫んだ。
鎖が引かれ、巻かれる音を立てて門が持ち上げられていくと、レティシア姫が振り返った。
そこには先ほどまでの凛とした雰囲気はすでになく、柔らかなここ数日の彼女がいた。

「では参りましょうか」

「「格好良い〜」」

ルイセとミーシャは単純に、レティシア姫の雰囲気のギャップをそう感じたらしいが、門番にとっては単なる不運であろう。
どうして一国の姫が、一般的な服を着て現れると想像できるだろうか。
単純に唖然としてしまっても仕方はないので、ウォレスやカーマインは彼にご苦労様とねぎらいの言葉を残してからレティシア姫の後を追った。





レティシア姫はブロンソン将軍という初老に差し掛かった将軍と軽く挨拶を交わすと、ルイセとミーシャを連れてドレスへと着替えに行った。
その僅かな待ち時間の中で、ブロンソン将軍は真っ先にウォレスへと話しかけてきた。

「まさか君が姫の護衛の一人として来るとは驚いたよ、ウォレス君」

「お久しぶりです、ブロンソン将軍。私も、このような形で将軍を前にするとは、正直合わせる顔がないのが正直な感想なのですが」

「そんな事はない。経過はどうあれ、君が我が国の軍に入ってくれれば私は何も言わないさ」

ブロンソン将軍がやけに親しげに話しかけたこともそうだが、ウォレスが頭を下げたことにも驚かされた。

「なに? ウォレスさんとブロンソン将軍は知り合いなの?」

「まあな、俺が昔闘技大会で優勝して、仕官の話を持ちかけられた事は言った事があるな。その時俺に眼をつけて、声をかけてくれた一人がブロンソン将軍だった。もっとも、俺は当時は断ってしまったがな」

だからこそ、先ほどの会話が成り立つのだろう。
当時断っておきながら、結局仕官を受けた事に対して。

「そして君が今年度優勝者で、サンドラ殿の息子のカーマインだね」

「あ、はい」

急に話をふられたカーマインは反射的に返事をしていた。
なんだろうと思って体を硬くしていると、やや屈むようにブロンソン将軍はカーマインの左右色の違う眼を覗き込んできた。
まるで心の奥底を覗き込むような、初老の男の瞳に、カーマインは後ずさりそうになった。

「良い眼だ。ウォレス君に続いて楽しみな若者が我が軍に入ってくれたものだ。もっとも、まだまだ私も現役だがな」

急に笑い出したブロンソン将軍に何も言えずにカーマインあっけに取られていると、ウォレスがフォローするようにその背を叩いた。

「ローランディアで随一と言われる将軍の言葉だ。もっと胸を張って礼をいえるぐらいにはなっておけよ」

「あっ……褒められたのか、僕は」

「褒められてるのか、けなされてるのかぐらい気付いて分かれよ」

「ん? ところで当然のようにそこにいる君は……」

ようやくブロンソン将軍がグロウの存在に気付いたが、値踏みする暇も与えられなかった。
なぜならば、レティシア姫の着替えを手伝いにいったルイセとミーシャが戻ってきたからだ。
それだけでなく、やけに嬉しそうにグロウの元までくると、その手を引いて今来たドアまでひっぱっていってしまう。

「なんだよ、お前らは。ニヤニヤして気持ち悪い」

「ひどぃグロウさん、でも……ねぇ、ルイセちゃん」

「そうだよね、ミーシャ」

二人が謎の笑みを浮かべたまま、そのドアは開いた。
奥から現れたのは当然のようにレティシア姫であったが、片手でドレスの裾を持ち上げ、もう片方の手をグロウへと差し出していた。

「なんで俺なんだか」

レティシア姫が何を望んで手を差し出したかぐらいは、容易に知れるもので、納得できないまでもグロウはその手を取って歩いた。

「ひ、姫……その者は」

「ブロンソン将軍、インペリアル・ナイトとの待ち合わせは、ここから東の平原でしたね?」

「あ、はい。その通りで間違い有りません」

「では、皆さん。待ち合わせの定刻まで護衛の程、宜しくお願いしますね。参りましょう」

完全にタイミングをずらされたブロンソン将軍は、グロウの事を尋ねる事ができなかった。
さらにグロウに手を取られ半歩遅れて歩くレティシア姫が、それが当然のように振舞っていたからだ。
例えグロウが嫌々とまではいかなくとも、何処か不満そうにしていても。
何の説明もなくブロンソン将軍のいる部屋を出て、砦の門を出てさえエスコートを強要されれば不満もたまるだろう。
砦を出てすぐに待ち合わせの平原はあったが、それでも説明はまだであった。

「少し早く着いてしまったようですね。それにしてもこれほど不満そうにエスコートされたのは初めてです」

辺りを見渡して誰もいない事をレティシア姫は確認すると、もう手を離すぞと眼で訴えてくるグロウを見た。
どうやらカーマイン達が二人から距離をとった事で、我慢から一転、本音が出始めているらしい。

「だったら説明ぐらいしろ。何で俺が……こういうことはカーマインに頼め」

「グロウ様、せっかくレティシア姫が」

今まで黙ってついてきていたユニは、いつもならハッキリとグロウをいさめるはずの声がどこか中途半端であった。
それを知ってか知らずか、レティシア姫はユニに頼み込む。

「ユニちゃん、申し訳ないけれど彼と二人で話させてくれないかしら」

「え……あ、はい。私は別に、構いませんけど…………」

ユニがやや離れた所にいるカーマインたちの方へと飛んでいったのを確認すると、ようやくレティシア姫が一連の行動の理由を話し始めた。
と言っても、それはかなり唐突な言葉から始まった。

「グロウさん、貴方は私の近衛騎士になるつもりはありませんか?」

「あ? 騎士もなにも、俺はカーマインと違って一般人だぞ」

「それはたいした問題ではありません。貴方は私にとってとても貴重な人材です。そこを少しミーシャさんとルイセさんは勘違いなさってしまいましたが……」

勘違いと言われて振り返ると、僅かに頬を上気させ期待の眼でこちらを見ているミーシャとルイセがいた。
つまり、貴重な人材だから欲しいという所を、別の意味に取ったことは間違いない。

「貴方は身分に関係なく自分の思った意見を述べ、また、まるで配慮のない無神経なだけの人とも違います。たった数日ですが、私は貴方を近衛騎士として傍に置き、時には意見を、間違いを正してくれる存在として欲しいと思いました」

「買いかぶりすぎだ。それに俺は」

「グロウ、気をつけろ。この殺気、誰かいる。迎えの者じゃないぞ!」

突然二人の話に割って入ったのは、ウォレスの声であった。
グロウが反射的にレティシア姫を庇うようにしてブロードソードを抜くと、そこらの岩陰や背の高い草むらから汚れた衣装の男達が現れ始める。
いやらしい笑みを浮かべながら手にそれぞれナイフや剣を持っていた。
その中でもグロウに一番近い岩陰にいた男と、バーンシュタイン王国側へと続く街道から現れた男には見覚えがあった。

「チィッ、もう少し近づければ……だがばれちゃしょうがねえ!」

「うわっ、また出た。カレンさんの次はレティシア姫を狙うわけ?」

「ふんっ、なんとでも言いやがれ。ここでちょいとその姫さんに傷でも負わせれば、お前らの信用はがた落ち、悪ければ死刑って寸法よ」

ティピの嫌そうな声にこたえたのは、バーンシュタインの街道から現れた男。
両手にハンドアックスを持った盗賊のリーダー的な男、オズワルドであった。
どうやらオズワルドの邪魔を散々したおかげで、自分達が目的そのものになってしまったようだ。

「セコイが悪くはない手だな。目的は俺達のようだが、最優先で守るべきはレティシア姫だ。どうする、カーマイン」

「ウォレスさんはミーシャとルイセを連れてレティシア姫の所まで、姫が近くにいるとグロウが思うように戦えない。僕はオズワルドを叩きます」

「今のお前ならアイツとでも互角以上にやれるだろうが油断はするな。ルイセ、ミーシャ着いて来い」

「「はい!」」

「そうはさせるか、野朗どもやっちまえ!」

「こっちも遠慮なく行っちゃえ!」

オズワルドとティピの声で盗賊たちから雄たけびが上がり、同時にミーシャやルイセの魔法が容赦なく火を噴いた。
立ち上る爆炎や剣撃の高鳴りと途端に騒がしくなった平原の中で、グロウはレティシア姫を背後に置きながら懐かしい男との再会を果していた。
グロウの手によって右手を失くしたあの男であった。

「久しぶりだな。お前に会えて嬉しいぜ。今日こそ……今日こそは、俺の腕の疼きをお前の血で癒してやる!」

「ここまで来るともう腐れ縁だな。お前の死でその縁を断ち切ってやるよ」

どちらが悪者か区別のつかない台詞を残してグロウが大地を蹴った瞬間、後ろからレティシア姫がグロウの服をひっぱっていた。
馬鹿野朗と叫ぶ暇も無く、男の右手首から直接生える剣がグロウを襲った。
振り下ろされた剣を受け押し返し振り返ると、レティシア姫は眼をギュッとつぶり震えていた。
さすがに邪魔をされたとはいえ、グロウは舌打ちする気にはなれなかった。
いくら気丈に振舞えるように教育を受けてはいても、殺気飛び交う実践にいきなり放り込まれて気丈に振舞えるものなどそういない。

「どうした、戦いにくそうだな。もっとも、それだけ俺にとっては戦いやすいんだがな!」

「いい気になりやがって」

「「俺達も忘れてもらっちゃ困るぜ!」」

レティシア姫に服を捕まれ、満足に動けない中、キッパリと忘れていた盗賊二人が同時に左右からグロウに切りつけてきた。
片方を防いでも、片方に切られるタイミングでグロウが迷いを見せた。
だが同時に振り上げられた刃が振り下ろされる事はなく、爆炎によって二人同時に吹き飛んでいった。

「グロウさん」

「グロウお兄ちゃん、レティシア姫はわたし達に任せて!」

二人の盗賊を吹き飛ばしたのは、二人のファイヤーボールであった。
かなり冷えた汗をぬぐうと、グロウは自分の服を掴むレティシア姫の手を包み込んだ。

「ちょっとだけ、待ってろ。すぐに終わらせてやるからよ」

「…………はい」

カチカチに固まっていた手がようやくほぐれ、グロウを解放した。
だがグロウはそのレティシア姫の手を手放すことなく、自分の口元へと近づけ、そっと手の甲に唇を触れさせた。
恐怖から一転、眼が点になりそうなレティシア姫に、ぎこちない笑顔を見せて言う。

「今回だけだぞ」

何が今回だけかは分からないが、怒りの声が上がった。

「ふざけてんのかてめえ!!」

「煩せえな。俺だって恥ずかしいのを我慢してやってんだよ!」

一瞬でも無視された事に逆上し駆け出した男と顔を赤くしたグロウの剣がぶつかり、叫びながら斬りつけあった。





一方オズワルドと一騎打ちをしているカーマインは、ウォレスの言うとおり互角以上の戦いを繰り広げていた。
両手に持ったハンドアックスを左右自在に打ち下ろすオズワルド相手に、真っ向から弾き、受け止めていた。
一番最初、カレンをさらおうとしていた時のように、オズワルドに余裕の笑みは見られなかった。

「コイツ、いつのまにこんなに……」

「あの時みたいに、シビレ薬でも使いますか?」

ハンドアックスをさばきながら呟いたカーマインの言葉に、あからさまに行動が読まれたとオズワルドの顔が言っていた。

「あんなのはちょっとお前をおちょくてやっただけよ。俺様が本気を出せば、力で勝てると思うなよ!」

顔を真っ赤にしながら左手に持ったハンドアックスを、カーマインのクレイモアの上に叩きつけてきた。
すぐさま打ち払おうとしたカーマインだが、すぐに右手のハンドアックスもクロスするようにたたきつけられた。
そのまま押し込むようにオズワルドは力を込めて、僅かにクレイモアからよりも向こうに飛び出た刃で切りつけようとする。
カーマインは片手を柄から離して、刃の先端の方の腹に手を添えて耐える。

「力でだって勝ってみせます!」

腕から剣へとカーマインが力を込めようと肘を曲げた時、わずかにオズワルドが笑みを浮かべた。
その前準備であるように、片足を下げ始めている。

「「うおぉぉぉぉ!」」

重なる叫びで、刃を引いたのは二人同時であった。
わざと力を抜いて相手のバランスを崩す作戦は同じであったが、その事に驚いた顔をしていたのはオズワルドのみであった。
同じ作戦に出るであろう事まで、オズワルドが一歩足を引いた事で気付いていたカーマインの方が体勢を立て直すのが速かった。
苦し紛れに突き出された右方のハンドアックスを払い上げ、一気にクレイモアを振り下ろした。
鮮血がオズワルドの胸からほとばしったが、左手に残っていたハンドアックスが、僅かにクレイモアの切っ先をそらして、致命傷には至らなかった。

「ぐおぉ、馬鹿な。こんな小僧に俺が!」

膝こそつかなかったものの、血の流れる胸に手を当てて悔しげに怒気をぶつけるオズワルド。
オズワルドが見せた劣勢に他の盗賊たちの気概がそがれ始めたが、バーンシュタインへと続く街道から一人の男が現れた。

「なんて様だ、オズワルド。たかが小娘一匹傷つけるぐらいで、どれだけ時間を食ってるんだ!」

「か、頭?!」

「頭? オズワルドがリーダーじゃ」

「ウゲェ、モリモリまっちょ〜」

ティピがかなり嫌そうに呟いて見た男は、オズワルド以上に筋骨隆々で頭をそり上げて眼帯をした男であった。
バトルアックスのような斧を片手で軽々と扱う腕力は、確かにオズワルド以上ではあった。

「俺が手本を見せてやる。行くぞ、小僧!」

オズワルドの頭がカーマインに向けて叫んだとき、また一人、だが確実に雰囲気の違う男が現れる。

「ふんっ、盗賊風情が威勢のいい事だな」

銀に近い髪を短くカットし、白と黒のコントラストを持った軍服を纏った男は、腕を組みながらまるで見下すような冷たい視線を頭にぶつけていた。
盗賊の頭ならばそれなりの力量は持ち合わせているはずだが、気後れどころか、相手にさえしていない雰囲気である。
盗賊の頭やオズワルドはその態度が舐められたものだと感じたかもしれないが、カーマインらは違った。
幾人かの兵士を従え、バーンシュタインへと続く街道から現れたその男は、レティシア姫の迎えであるインペリアル・ナイト。
絶対的な自信に裏打ちされた余裕なのだと知れた。

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