第二十六話 少年と少女の違い


しっかりと耕された農園がどこまでも広がるブローニュ村での夜。
他の家々よりも少しだけ造りが大きく、村の中心に位置する家の一階と二階はまだとうぶん灯りの消える気配は見えない。
時折唸り声や悲鳴が漏れる二階の部屋には、数人の少女と一人の少年がいた。
ユラユラとランプの灯りが揺れる音さえ聞こえそうな、緊張が張り詰めていた部屋の中に、ピッと二枚のカードが切られた。

「おら、終了っと」

その言葉にえーっと少女達の悲鳴が重なり、手持ちのカードが少ない順にがっくりと肩を落とす。
順にレティシア、ルイセ、ミーシャである。
ティピはルイセの側に、ユニは勝ち抜けたグロウの傍にいた。

「またグロウさんの一位? 手加減なさすぎですよ」

「そうだそうだ。一回ぐらい誰かに勝ちを譲ってもいいんじゃないの!」

「やかましい、勝ちたきゃ手を考えるなり、駆け引きを覚えろ。ついでに勝ち抜けさせてもらうぞ、眠いからな」

ミーシャとティピの非難をものともせず、グロウはわざとらしすぎるあくびを見せて立ち上がった。
グロウが横目でちらりと見るとルイセは釣られたようにあくびをしたが、必死にかみ殺していた。
勝ち抜けは許さないとさらにミーシャとティピがさらに攻め立てる声をグロウの背中に投げるが、慌てて後を追ったユニと一緒にドアの向こうに消える。

「もう、ルイセちゃんもレティシア姫も息を合わせて言わないと、結局一人勝ちで抜けられちゃったじゃないの」

「私は、いつもの事だから。グロウお兄ちゃんが手加減してくれないのはいつもの事だし」

完全に諦めているルイセはともかくとして、レティシア姫は逆に嬉しそうに言った。

「私は本当に楽しかったですわ。お城ではゲームも私を退屈させないようにわざと負ける人の方が多いですから。手加減のない勝負は面白かったですわ」

「確かに、わざと勝ちを譲られても嬉しくないかな……華やかだとばかり思ってたお姫様も、結構大変なんですね」

「私もそれは分かるかな。カーマインお兄ちゃんだとわざと負けてくれたりもするけど、手加減が下手でわざと負けたってのがすぐわかって、やる気なくしちゃったこともあるから」

「ま、グロウは単に負けず嫌いなだけでしょ」

ティピのちょっとした辛らつな言葉に、一瞬だけ部屋の中がしんとなった後、一気に笑い声に包まれた。
レティシア姫も例外ではなく、口元を押さえてクスクス笑っている。
どれほど笑っていただろうか、ふとした一瞬を切欠にレティシアが少し真剣な眼差しで問いかけた。

「あの……グロウさんはどのような方なのでしょうか?」

上目遣いにそうレティシア姫が改まって聞いたことで、再び姦しさが再燃する。
こういった話に眼がないとばかりに、あくびをかみ殺したことなどルイセは忘れてすらいた。

「レティシア姫ってグロウさんみたいな人が好みなの?!」

「ただ、変わった人だなって思っただけで、そう言うのはちょっと違います」

照れもせずハッキリとした口調でレティシア姫が言ったので、好奇心が先にきてるのかとウキウキとしたルイセとミーシャの眼の光が失われた。
だがそれも一瞬の事で、次から次へと口からグロウの事が沸いて出る。

「グロウお兄ちゃんはやめておいたほうがいいですよ。妹の私にもよく理解できない時があるし。優しかったり意地悪だったり、コロコロ変わるから」

「あ、でも今日ルイセちゃんたちが謁見しに行っている間、私が暇そうにしてたらゲームでもするかって。結構おせっかい焼きというか、人を放っておけないタイプかな?」

「悪い人ではないのですね?」

思ったよりも低かった評価に、確認するようにレティシアが尋ねた。

「う〜ん、でも口は悪いし女の子にもすぐ手が出るし」

「私も拳骨で叩かれたことあるよ。しかも、けっこう痛いの」

「あんたら、本人がいないと言いたい放題ね」

チクッてやろうかなどと脅し始めたティピに慌てた二人を他所に、レティシアは微笑をつくりながら心の中だけで考える。
言葉だけなら悪口ではあるが、ルイセとミーシャの顔にもそれを言う時の影がみられなかった。
悪意も害意もなく悪く言える相手。
レティシアは姫と言う立場から、それなりに人の言葉の裏を組めるつもりではいた。
もちろんそれは、言葉に裏を持った者が近くにいたこともあったと言う事なのだが。
だからこそ二人の言葉に裏はなく、良い意味で親しみをもって悪口を言えるグロウと言う人物が、とても興味深かった。





一方話題の種となっているグロウはと言うと、途中まで降りた階段で、一段と騒がしくなった二階を見上げて早く寝ろよと見えない三人に視線を送っていた。
やがてそれが無意味であると確信すると、居間のテーブルで向き合って何かを話していたアリオストとウォレスに近づく。
するとすぐに気付いたアリオストが、笑いながら聞いてくる。

「やあ、グロウ君おつかれさま。お姫様たちは?」

「興奮冷めやらずってところだ。何か飲みもんに睡眠薬でも入れて無理矢理寝かせたいぐらいだ」

「ホットミルクでいいかな?」

「あの、ルイセ様は猫舌なので、温めでお願いします」

苦笑しながらいそいそとキッチンへ向かい、さして必要もなさそうなエプロンをつけるアリオストの姿はどこか楽しそうであった。
グロウはテーブルに座っているウォレスに視線をよこして、お互いに喜んでるのならと呆れるように肩をすくめた。
ブローニュ村に着いた時に宿を探しても良かったのだが、色々と気兼ねなく、かつある程度融通が利く事からアリオストに一晩の宿を頼みこんだのだ。
キッチンで楽しげにミルクを温める姿は、快く了承してくれた証である。

「それにしても驚いたな、君たちがレティシア姫を連れて現れた時には。本当に、色々な事に首を突っ込むんだね」

「任務だから突っ込むとは表現がおかしいな。そういう任務だっただけだって事だ」

ウォレスの言葉が単に言葉通りだけのものではないことは分かるが、それでもグロウは少しだけ顔をしかめていた。

「カーマインは、外か?」

「言い忘れていたな。外で待ってるだとよ。護衛は俺に任せておけ、行ってこいよ」

「ああ、アンタなら大丈夫だろうからな。後は頼んだぜ」

「グロウ様、私も行きます」

安心して護衛対象を放っておく言葉を残すと、押さえ切れないものを抱いた眼を輝かせてグロウは玄関から外へと出て行く。
追いかけるユニにもあまり気付いていないその様を雰囲気で察して、ウォレスはふっと懐かしそうに口のはしを上げて笑った。

「嬉しそうですね、ウォレスさん」

「俺にも兄貴がいた。兄弟ってのは便利なもんだ。友にもなれればライバルにも、なんにでもなる。あいつらは双子だから、自分の半身でもあるのかもしれないな」

「僕には血の繋がった兄弟はいませんけど、分かりますよ。この村はそうした集まりですから」

アリオストがウォレスの兄について深く踏み込まなかったのは、彼が大人だからであろう。
「いた」という言葉尻から、その兄が存命でない事を察したのだ。
ウォレス自身にとっては、話しても構わない事柄ではあったが、その気遣いが心地よく感じられていた。
反面、過去の荒っぽい友を相手にした時とは違う妙に気恥ずかしいものもあって、ウォレスは立ち上がった。

「ミルクが煮たぎる前に、持って行こう。まあ心配ないだろうが護衛もあるしな」

「貴方達がいるんですから、心配はしてませんよ。もっとも、お姫様たちはすでに夢の中かもって心配はしてますけどね」

二人で笑いながら見上げた天井からは、ようやく静けさのみが伝わって着ていた。





ブローニュ村は農村であるだけに朝が早い分、夜が静まるのは早かった。
その村の中心にあるアリオストの家から僅かに離れた場所で、カーマインは剣も持たずに構えていた。
下半身を地面にめり込むように押さえつけた反動で、上半身を反転させ促されるように拳が突き出される。
ともすれば大地を蹴って下がると、足が円を描いて揺れるように何かをかわすしぐさをする。

「……ん?」

何かが気になったのか、同じ動きを再現し、体に引っかかりを覚えた点を繰り返す。
そこは動きが鈍った点、一連の動きの中で隙ができる点である。
何度も繰り返しているうちに、カーマインの後ろから声が掛けられた。

「おいこらカーマイン、人にやかましい奴ら押し付けといて一人抜け駆けしてんじゃねえよ」

「カードゲームに付き合うと言い出したのはグロウ様ではありませんか」

「カーマインも付き合わされるべきだって言ってんだよ」

「ごめんごめん、グロウって呑み込みはやいからさ。同じ練習量じゃちょっと、ぐらいイカサマしないとね」

笑いながら悪気はなさそうに言ったカーマインだが、グロウには通用しなかった。
いや、その言葉自体カーマインの誘いであったのかもしれない。
互いに無手のまま腰を低くして構える。

「はっ!」

完璧に重なった二つの声が、響いた。
踏み込んだグロウの拳をカーマインが手のひらで受け止める瞬間に、体をさばいて手を引いた。
流れるように急速に接近する二人の体の間で、カーマインが引いたほうとは逆の手の肘をグロウの額に向けて尖らす。
あと数ミリで音を立てて肘と額がぶつかる瞬間に、カーマインの肘の方が横にそれた。
一度伸びきった手を猫のようにして、グロウが引き戻すのと同時に、カーマインの後頭部を叩いたのだ。
威力は皆無であったが、驚かすには十分であった。
そんな一瞬の交差の後、一度お互いに距離をとる。

「無茶苦茶だよグロウ、なんで素直に避けないかな。一歩間違えば額が割れてるよ」

「お前も笑いながら人の額を割ろうとするな。ま、逆にお前の肘が砕けたかもしれないがな」

「石頭か……頭蓋骨厚い分、脳みそ少なそうだよね」

「お前……殴るぞ、こら」

剣士でありながらお互い無手なのは、夜中に剣撃の音が出るのを避けるためでもある。
だがそれはウォレスのアドバイスが元であった。
自分の体が動ける範囲、瞬時の時間、癖、それら全てを把握する事だと。
本来ならば自分の武器を手に行うのが一番なのだが、やはり夜である事と、音が伝わりやすい田舎であるのがネックである。
訓練の理屈や武器が使えない理由はあるが、それ以上に笑っている二人は、楽しくて仕方がなかいという様子であった。
一夜、一時、一秒の間に相手の成長が眼に見えるほどであり、自分以上に把握できるからだ。

「それじゃあ、行くよ」

「いちいち断んな。勝手に来いよ」

また一足で近づき、互いに手を時には足を出す。
結果は互角であったり、どちらかが倒されたりと色々であった。
それでも毎回浮かべる顔は、笑顔であった。

「本当に、不思議ですね。私はグロウ様の一番傍にいるべくつくられたのに、私以上にグロウ様の傍にカーマイン様がいる」

二人の組み手を闇のヴェール越しに見ながら、ユニは悔しそうに呟いた。
生まれてきてから全ての時間を一緒にいた二人と、生まれて一ヶ月と少しの間グロウと一緒にいたユニとでは比べるのが間違っているのかもしれない。
それでもと、うつむきかけた顔を上げて、ユニは言う。

「そんなカーマイン様が羨ましいな」

小さな者の小さな呟きは、深い夜の闇に薄れて消えた。





翌日の早朝には、ブローニュ村の東の入り口にカーマインたちの姿があった。
次の目的地であるグランシルまで歩き始めるのではなく、彼らは待っていた。
それは次期にやってきたアリオストと、平行して進む荷馬車の手綱をひく老人に差し掛かった男であった。

「やあ、お待たせ。この人が昨日言ってたウィンお爺さんだよ。君たちをグランシルまで連れて行ってくれる」

「なあに、元々日用雑貨を仕入れに行くつもりだっただべな。それにアリオストの坊に頼まれちゃ断れねえや」

そう笑った老人にお礼を言うと、カーマインが最初に荷台に上り、順にレティシア姫から手を引いてひっぱりあげる。

「ん? グロウとウォレスさんは?」

「荷台の上ではとっさには動けないからな。俺とグロウは両脇を歩くつもりだ」

「お前は三人の話相手にでもなってろ」

一瞬それなら僕も歩くと言いかけたカーマインだが、グロウの言葉に押しとめられる。
単純に言葉通りではなく、とっさの場合には荷馬車だけ先行させる場合もあると眼で言われたからだ。

「話はついたか? んじゃ、馬車を出すで」

「あ、はいよろしくお願いします。アリオストさん、お世話になりました」

「うん、構わないよ。何かあったら寄ってくれと言ったのは僕だしね。またいつでもおいでよ」

「悪いな」

ポツリと呟くように言ったウォレスにも笑顔を向けたアリオストを置いて、ガラガラと車輪が回りだした荷馬車が進みだす。
どうにも荷馬車を引く馬が若くないせいか、歩くスピードとさして変わりはなかった。

「アリオスト先輩、どうもありがとうございました!」

まださして距離も離れてないうちからミーシャが荷台の上から叫び、ルイセとレティシア姫はペコリと頭をさげる。
歩くようなスピードの荷馬車でも、やがてはアリオストのブローニュ村の姿が見えなくなる。
そこまで着て、ようやくミーシャやルイセは手を振るのをやめる。

「それにしても助かっちゃったね。実は私一日であんなに歩いたのは初めてで足が筋肉痛で痛くて」

「私もちょっと辛かったかな」

「あ……私だけではなかったのですね。この痛みは筋肉痛というのですか」

どうやら黙っていたようで、レティシア姫もミーシャに習って足を揉み解す。

「普段よりたくさん歩いたり、動いたりすると体が悲鳴を上げちゃうんです。お兄様たちはそうでもないんですか?」

「まあ、一応ね。歩くだけなら」

そう言いつつもカーマインは足だけでなく、わからないように肩等も軽くまわしてほぐしていた。
カーマインとグロウは、実は全身が筋肉痛であったのだ。

(昨日は護衛でウォレスさんが止めに来なかったからなあ。グロウと二人だけだと、止まれないんだよな)

カーマインがちらりとグロウを見ると、同じように足を十分に踏みしめながら体をほぐしていた。
いつもは翌日に響かない程度にウォレスが止めに来るだが、昨晩は護衛という名目があって来れなかったのだ。
それが災いし、深夜を当に過ぎた頃に疲れ果ててから二人はようやく訓練を終えたのだ。

「ティピちゃんキック、ライトバージョン」

「痛ッ!!」

昨晩は本当に疲れたとカーマインが思い出しているときに、その脇からこっそりと小さな声でティピの一撃がカーマインの足にねじ込まれた。
本人は筋肉痛かどうかたしかめるだけのつもりだったのだろうが、その一撃の効果が想像の域を超えていた。
痛みを訴えて立ち上がったカーマインは、さして広くない荷台の上と言う事をすっかり忘れており、そのままバランスを崩して背中から落ちそうになる。
だがそこはグロウが落ちそうになった背中を無理に押し返し、座って色とばかりに荷台に押さえつけた。

「ちょとティピ、なにやってるのよ。大丈夫カーマインお兄ちゃん!」

「大丈夫だけど、あ〜、びっくりした……ティピ、勘弁してよ」

「いや、あははは。ほら、でもやっぱり見え張ってただけってわかったじゃない?」

「おいおい、あんたら気をつけておくれよ。怪我でもされたらアリオストさんに顔向けができんよ」

「ごめん、お爺ちゃん」

ついでにとばかりにティピは冷や汗をかいているカーマインにもごめんと伝える。

「グロ」

「グロウさん、お手は大丈夫ですか?」

ユニの声に被さって、そのまま尋ねたのはレティシア姫であった。
あまり大きな声ではなかったので、ユニとグロウぐらいにしか聞こえてはいなかったが。

「手って……なにがだ?」

「先ほどカーマインさんを支えられた時に、顔をしかめていらしたもので」

「怪我じゃねえよ。それとあんまり身を乗り出すな。カーマインみたいに落っこちるぞ」

実際は単なる筋肉痛による痛みであったため、追い払うようにカーマインを支えた手をヒラヒラさせるが、効果は薄かった。

「そうですか…………あのグロウさん、私の名を呼んでいただけますか?」

「あ? わけわかんねえ奴だな。レティシアだろ?」

面倒くさそうにだが、見事に姫の一言が抜けていた事にレティシア姫は満足そうにグロウに微笑み返してきた。
全く意味が分からなかったグロウは、一体なんなんだよと無造作に頭をかいている。
そんな二人を見て、居場所がないような複雑そうな顔をしていたユニであった。

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