薬を飲んでやっと動けるようになった翌日の朝だというのに、グロウは目が覚めるとすぐにベッドを降りていた。 その動きにはつい昨日まで死に掛けていたようなそぶりはなく、すっかり完治してしまったようである。 それでもまだ、大事をとって寝ていた方が良いと考えるのが普通だが、グロウはとてもベッドで一日大人しくしていられる性格ではなかった。 手早く着替えを済ませると、記憶よりもかなりくたびれた感じを受けるブロードソードの鞘を腰にさす。 よく見れば刃こぼれも多数見受けられるが、グロウの気には止まらなかったようだ。 「おいユニ、起きろ。出かけるぞ」 「ん……あ、すみません! 私、また。すぐ起きますので、少々お待ちください!」 以前もグロウが先に起きている事で慌てて、ベッドから落ちたユニである。 グロウはそんなに慌てる事かと、溜息をついて寝癖のついた髪をかきあげた。 「慌てなくて良い、飯を食ったら出かけるからお前も用意しておけと言いたかっただけだ。俺は先に下にいってるぞ」 「お待ちくだ、あッ!」 グロウが背を向けた途端、小さな悲鳴と共にベッドからユニが落っこちた。 「アイタッ、タタタタ」 グロウが背中越しに振り返ると、尻餅をついた状態で腰を押さえており、それ以外は得に怪我は無いようである。 内心ほっとしつつそれを押し殺したグロウは、ユニの羽根をつまんで、もう一度ベッドに戻してやる。 「あ、ありがとうございます」 「礼はいいから慌てるな。誰も置いていくとは言ってないだろう。まったく……」 もう一度溜息をついて部屋を出て行ったグロウを見送りながら、ユニはすっかりグロウが完治した事を感じていた。 その仕方がないなという呆れた顔も、そっと自分をベッドに戻してくれた優しさも以前の通り。 感激の嵐にみまわれながら、ユニはふと首をかしげた。 「グロウ様、どこへ行かれるつもりなのでしょうか?」 グロウが階下に下りると、まず最初に眼に入ったのはルイセであった。 丁度キッチンからリビングに朝食を運んでいたようで、その手に持ったおぼんから珈琲カップが複数湯気をあげていた。 四人以上あるのは、昨晩泊まっていったジュリアンやアリオストたちの分だろう。 「グロウお兄ちゃん、おはよう。お母さんがゆっくり寝させて上げなさいって言うから起さなかったんだけど、起きられたみたいだね」 「よお、朝飯はもう出来てるのか?」 「うん、今お母さんが運んでくるよ。……剣なんか持って何処か行くの?」 「まあな」 ヒョイッとグロウはルイセが持っていたおぼんからコーヒーを拝借すると答える。 「俺が寝込むちょっと前に、ゼノスって奴からグランシルって街の闘技大会の話を聞いたことを思い出した。ちょっくら行ってくる」 「ゼノスさん? 闘技大会? それって……あは、ははは」 グロウの言葉からキーワードを拾い上げたルイセは、わざとらしい笑い声を上げた。 あまりにも不審な妹の笑いに、グロウは変なものを見るかのようにしてルイセをみた。 そしてルイセからもたらされた言葉は、信じがたく、無常な言葉であった。 「あのね、グロウお兄ちゃん。その闘技大会なんだけど、とっくに終わっちゃってるの」 「あ?」 理解しきれないというグロウの声に、実にすまなそうにルイセが言う。 「あの、だからね? その闘技大会はとっくに終わっちゃってて、その……カーマインお兄ちゃんと私が優勝しちゃったの」 「な…………んだとぉ!!」 律儀にルイセからおぼんをとりあげ、自分が持っていたコーヒーカップごと床に置いてから、グロウはルイセをのほっぺたを両方から引っ張った。 「いふぁい、いふぁいよ。ふぁろうちゃん!」 「一ヶ月も寝てたんだ。とっくに終わってたってのは許せる。だがよりにもよって優勝したのかカーマインとお前だと!!」 「ふぉんなふぉと、いふぁっふぇ……うひぃふぉ、うひぃふぉ!」 「あ〜? うし、ろッ!」 痛がりながらもグロウの後ろをルイセが指差し、振り向いた途端、グロウの視界が揺れた。 気がつけば何故かグロウの首が曲がり床をみており、ジンジンと後頭部に痛みが走っている。 そしてようやく、後ろから誰かに殴られたのだと気が付いた。 「まったく、早々に元気になったかと思えばなんですか。なんでそう、仲良く出来ないのかしら」 やれやれと溜息をつきながら、呆れた視線を惜しげもなく送っているのは、殴った張本人のサンドラであった。 「お袋…………痛ぇな。これも兄妹のスキンシップだろうが」 「それのどこが」 グロウの台詞にますます呆れた顔を見せたサンドラだが、ふいにじっとグロウの事をみつめてくる。 顔から首へ体へと何故かしげしげと眺められ、まさかまたなのかとグロウが一歩下がろうとする。 だが、グロウが逃げ出すよりもサンドラ抱き寄せる方が速かった。 しっかりと両腕を背中にまでまわされて、逃がさないとばかりに力を込められる。 「よかった……本当に、いつも通りの貴方で。本当にもう、なんともないのですね?」 「ぐす……グロウお兄ちゃんだよ、お母さん。なにもかもいつも通りの、ちょっと意地悪な所まで」 鼻を鳴らしたルイセまでもが、サンドラにつられて二人で挟み込むようにグロウに抱きついた。 「ああもう、止めろ。暑苦しい! 昨日から何度目だと思ってるんだ! いい加減にしろ!」 そう口では言うものの、二人を振り払うグロウの力は何処か弱かった。 それだけ心配を掛けたことを済まなくは思っているのだが、こう何度も抱き疲れてはたまらない。 「離れろ、いいから離れろ! とにかく飯。そうだ、俺は腹減ってんだ。だから離れろ!」 ようやく荒っぽくではなく、そっと二人を振りほどいたグロウは肩を怒らせてリビングへと歩いていく。 その変わらない一挙一動全てが嬉しく、得にサンドラはしばらくむせぶように泣いていた。 「ようやく起きたようだな」 「廊下での騒ぎ、こちらにまで聞こえてきていたぞ」 リビングへのドアを開けて早々に貰ったウォレスとジュリアンの言葉に、一段とグロウは機嫌をそこねて挨拶もせずにテーブルを囲むソファーに腰を落とした。 その様子に本当にしっかりと聞こえてきていたのか、アリオストとミーシャが声を殺して笑っていた。 「騒いだのは俺じゃねえ。お袋とルイセが勝手に」 「本当に一昨日まで死に掛けてたんだ。仕方がないだろ。少しは理解してあげて、好きにさせてあげたら?」 「そうそう、アンタがグースカ寝てる間に色々あったんだから」 グロウの反論を一瞬にして封じ込めたのは、カーマインとティピであった。 つい先ほどグロウが入ってきたドアから、両手にコーヒーとサンドイッチを乗せたおぼんを持って現れた。 もっともティピは手ぶらだが、どうやらサンドラとルイセのかわりに、朝食を運んできたようだ。 それでも、総勢八人にもなる人数の朝食にはまだ量が足りない。 「そうですよ、グロウさん。ルイセちゃんもサンドラさんも……もちろんお兄様も、すごく心配してたんですから」 「ミーシャ君の言うとおり、心配してくれる人がいることは感謝しなくてはいけないよ。肉親に心配して欲しくても、その相手がいない人だっているんだ」 誰とは名指ししなかったが、アリオストもミーシャも、おそらくはウォレスもそうである。 気まず気に繭を潜めたグロウは、鼻をならしてそっぽを向くのが精一杯であった。 「さあ、これで全員の分がそろいましたね。ルイセ、大丈夫ですか?」 「う、うん。なんとか」 「ルイセ様、お手伝いいたします」 そうしている間に、平常を取り戻したサンドラとルイセも、おぼんを両手に現れた。 少し手に余っているルイセを、起きてきたユニが手伝い、皆の前に平等に朝食を振舞っていく。 全員にいきわたった所で、サンドラがテーブルの上座に、ルイセは唯一空いていたカーマインの横のソファーに座る。 「おはようございます。みなさん、昨日に続いて二度目となりますが、我が息子グロウの為に本当にお世話になりました」 一度頭をさげ、顔を引き締めたサンドラがそう切り出した。 「何度頭を下げても足りませんが、あまり堅苦しいのもよくありませんね。簡単なものですが、どうぞお好きに召し上がってください」 短く礼を終えると、それぞれの口調でいただきますとの声が上がった。 まずはコーヒーを口に含む者、何よりも先にサンドイッチをほうばる者。 サンドラの少々重かった挨拶から一転、たわいもない会話が飛び交う。 「ミーシャ君、君はこれからどうするんだい?」 「どうって、なにがですか?」 「魔法学院に帰るかってことだよ。僕は朝食をいただいたら、帰るつもりだからね。シエラ女王だけでなく、フェザリアン全員に人間を認めさせるには、もっと父と母の事をしらべなきゃいけないからね」 そう、確かにグロウを助けるという目的はすでに果し、終りを迎えた。 だがアリオストの目的は、まだスタート地点に立ったにすぎないのだ。 おそらく、サンドラのお礼という名目がなければ、昨日にでも帰りたかったことだろう。 「えー、どうしようかな。もう少し、ルイセちゃんと一緒にいたいし」 「私なら構わないよ。ね、お母さん」 「そうですね。少しぐらいなら、学院長に私から手紙を書きますが」 「本当ですか? やった、これで退屈な授ぎょ、あ…………あはは!」 とっさに口を押さえるミーシャであるが、すでに本音は半分以上漏れてしまっている。 とってつけたような笑いが、なおさら寒い視線を倍加させていた。 「アリオストさんは、帰っちゃうのか。そういえば、ジュリアンはどうするんだい?」 「私か? 私は、そうだな。私もすぐにバーンシュタインへ帰ると言いたい所だが、出立は昼にしよう」 ジュリアンは少しの間を持って、カーマインの疑問に答えた。 その間に何を考えていたのか、昼にしようと言ったすぐ後に、意味ありげな視線をカーマインと、そしてグロウに向けた。 「カーマイン、グロウ。別れの前に、一つ私と手合わせをしないか?」 「ぶっ、げっほ…………うっ」 「グロウ様、大丈夫ですか? 落ち着いてください」 その突然の申し込みに、グロウは慌ててサンドイッチを喉に詰まらせ、ユニに背中をなでられた。 それほどに、この申し出が信じられないのと同時に、嬉しくもあったのだ。 「でもジュリアン、急にどうしたのさ」 「カーマイン、申し出たのはジュリアンだが、実力的にお前たちが挑戦者だ。理由を尋ねる前に、ジュリアンを失望させないようにしっかりと準備をしたらどうだ?」 カーマインの言葉を遮ったウォレスの言葉を聞いて、喉に詰まったサンドイッチをコーヒーで流し込んだグロウが立ち上がる。 「お袋、どこかに誰でも思いっきり剣を振るえる場所はあるか? さすがに部外者を城の修練場に入れられないだろ」 「そうですね、街を西からでてずっと真っ直ぐ行けば何もない空き地が有ります。管轄は国になっていますが、出入りは自由なはずです」 「街を西から出た先だな。一足先に行ってるぞ」 「あ、グロウ様。私も行きます」 それを聞いて、グロウは残りのサンドイッチを口に詰め込んで、ユニと共に真っ先にそこへと向かって走っていった。 少しでもなまったはずの体をほぐすつもりなのだろう。 それから数分もしないうちに、カーマインも朝食を平らげ、自分の皿を片付けてからその後をティピと共に追った。 ジュリアンが席を立ったのは一番最後であり、ルイセたちも同様に手合わせの空き地へと足を向けた。 すぐに王都を発つと言ったアリオストも例外ではなく、結局は全員が空き地へと向かった。 確かに王都から西に真っ直ぐ行った所に、雑草しか生えぬ空き地はあった。 ただの空き地ではなく、未使用の領地と言った方がしっくりくるほどにそこは視界一杯に広がっている。 だがそんな事は関係ないとばかりに、ジュリアンを前にしてグロウとカーマインはそれぞれの得物を手にしていた。 二対一での手合わせとなるが、二人ともそこには文句はなかった。 「さあ、手加減など無用だ。いつでも、こい」 静かに言い放ったジュリアンにも、二対一である事など気にした様子はなかった。 その手に愛剣をおさめて、二人を招く。 五人と小さな二人が見守る中最初に駆け出したのは、グロウであった。 本当に一ヶ月もの間ベッドで寝ていたとは思えない速さで駆け、絡みつくように足に擦れる雑草がチリチリと鳴いていた。 ジュリアンとすれ違いざまにないだブロードソードが、甲高い悲鳴を上げた。 「思ったほどになまっていない様だな」 一瞬の交差で通り過ぎたグロウを振り向いて笑ったジュリアンだが、その後ろからすでにカーマインが迫っていた。 ブロードソードとは桁違いに大きなクレイモアが振り上げられ、唸る。 さすがに正面から受けてはお互いの剣に重量差がありすぎるため、ジュリアンは自らの剣を斜に構えてクレイモアの軌道をそらして、地面にめり込ませる。 「カーマインどけ! 我が魔力よ、我が力となりて敵を撃て。マジックアロー!」 「ちょ、グロウ待ってく!」 波状攻撃であるかのように、カーマインの一撃の後すぐにグロウが何本ものマジックアローを放った。 だが、大剣のクレイモアが地面に刺さったままで、カーマインはとっさに逃げる事が出来なかった。 逃げ遅れたカーマインごと襲う魔法の矢を、ジュリアンがその剣で一本、また一本と破壊していく。 その間にも、やっと地面からクレイモアを引き抜いたカーマインを蹴り飛ばし、マジックアローの嵐から脱出させる余裕を見せていた。 やがて息切れをしながらグロウがマジックアローを撃つのを止めるまで、ジュリアンは一歩も退く事をしなかった。 「どうした、もう終りか?」 「くそ、全部……叩き落しやがったか」 「やがったかじゃないよ。何を考えてるんだグロウ。危ないじゃないか!」 「あ、知るか。ちゃんとどけって言っただろうが」 必死のカーマインの文句にも、グロウは聞く耳をもたない。 それでもカーマインは文句をやめず、そんな二人を見ながらぽつりとルイセがもらす。 「グロウお兄ちゃん、一回の詠唱で……いつのまに魔法の連射なんて高等技術できるようになったのかな? 連射なんて私もできないのに」 「確かに、威力はともかくとして、私ですらあそここまで連射を行う事はできません。おそらくはあの光の翼が何かしらグロウの魔力に変化をもたらしたのかもしれませんね」 「でも、グロウさんは覚えてないんですよね。そのこと」 ミーシャの言うとおり、グロウは光の翼についてはなにも覚えていなかった。 それだけ深く意識を失っていたようで、あの謎の老人の声の事も覚えていなかった。 それでも自然と意識せずに魔法の連射を行った事から、体自身がグロウの変化を覚えているのかもしれない。 「おい、カーマイン、グロウ。何時までくだらない言いあいをしているつもりだ? ジュリアンをがっかりさせたまま別れるつもりか? そんなんじゃ、二度と手合わせなんて願えねえぞ!」 ウォレスに激を飛ばされたことで、ようやく言い合いを止めた二人はそのまま構えを解いていなかったジュリアンを見た。 さすがに明らかな落胆はみせてはいないが、このままでいればそれもありえなくはなかった。 「シャキッとして、男を見せなさいよ!」 「ティピの言うとおりです。グロウ様、カーマイン様!」 「喧しい、黙ってみてろ。次は外さねえ」 「ジュリアン、今度こそ。行くよ」 口で答える代わりに、ジュリアンは低く剣をかまえてみせた。 今度はグロウとカーマインが同時に走り出した。 だがそれでもやはり得物の重量の差か、グロウが先にジュリアンへとたどり着こうとしていた。 迎えうとうとジュリアンが剣を縦に構えるが、その手前で急にグロウがかかとを地面に突き立ててその勢いを殺していった。 一体何のつもりだといぶかしんだジュリアンの前でグロウが叫ぶ。 「我が炎よ、敵を焼き払えファイヤーボール!」 グロウの左手に炎のが集まり、それを地面へと叩き付けた。 炎が雑草と土くれを焼き払いつつ舞い上げ、簡易な煙幕として働いた。 「来るか!」 逆にそれを合図として、煙によって見えなくなったグロウを待ち構えて再度構えたが、何時までたってもグロウは現れなかった。 変わりに煙を裂いて現れたのはクレイモアを振り上げたカーマインであった。 グロウが来るとばかり思っていたジュリアンは、そのグロウよりも重たい一撃に、危うく剣を落としかける。 「かく乱か、だがこの程度では」 しっかりと剣を握りなおし、ぶつかり合ったクレイモアを押し返そうとするが、カーマインがあっさりと退いてまた煙の中へと姿を消した。 「くっ……私に攻撃の暇を与えないつもりか。ならば」 ヒットアンドアウェーを繰り返すカーマインの攻撃をかわしながら、ジュリアンはまず煙から出るために走った。 いくら現在の主導権が二人にあろうと、煙の中で動き回るジュリアンを長く追い続けられるものではない。 まとわり着くような煙を振り切りながらジュリアンが簡易煙幕から躍り出ると、予想通りその瞬間をグロウが狙っていた。 「敵を撃て、マジックアロー!」 「甘い!」 それが予想できた以上、奇襲という効果は皆無であった。 向かってくるマジックアローを剣で切り裂きながら、ジュリアンはグロウへと向かっていった。 反対にこれで勝負が決まりだと確信していたグロウは、迎撃が遅れた。 下から上へと切り上げられた事で、ブロードソードは弾き飛ばされ、回転しながら地面へと突き刺さった。 無手となった所にジュリアンがグロウを蹴り飛ばすが、まだ終りではなかった。 「ジュリアン!」 ようやく晴れだした煙の中に、クレイモアの切っ先をジュリアンに向けて水平に構えるカーマインがいた。 それはゼノスに体で教わった、ウォレスやジュリアン自身に使うなと念を押された技の構えであった。 「これが僕の、最高の一撃だ!」 「ああ、こい。お前の全力を私にぶつけてみろ!」 普段の冷静な状態であったならば、ジュリアンも止めたであろうが、気が過剰に高ぶっていた。 はたで見ていたウォレスもそれは同じであり、止めることなく見守っていた。 そして、カーマインのクレイモアの切っ先が、足の踏ん張りと腰の回転、そして滑らかな手首の動きを持って時計の針のように、だが一瞬で回転した。 クレイモアが大気をたたきつけ、地面をえぐりながら振動が真っ直ぐ前へ、ジュリアンへと向かっていった。 それに対し、ジュリアンは避けるわけでも、正面からぶつかるでもなく、自分の戦い方を貫いた。 片手を剣の柄に、もう片手を刃の腹にそえて衝撃をいなそうとしたのだ。 「うおぉぉぉぉぉ!」 さすがのジュリアンの口からも、己を鼓舞する叫びが上がった。 いなすために盾にした剣に衝撃がとどまる事で、圧縮された力が押し込められ、やがて反発するように爆発した。 いなしきれなかったジュリアンの体が、剣を手放すことなく吹き飛んでいった。 「や、やった!」 思わずそうカーマインが叫んで、無手となっていたグロウを見たとしても仕方のないことだっただろう。 普通なら、この時点で勝負は決したと思わない方がおかしいのだ。 例え、勝負がついていなかったとしても……そう、ジュリアンの意識は途切れてなどいなかったのだ。 吹き飛ばされた勢いに逆らわずに、そのまま背面から体を一回転させると、柔軟な足を屈ませて地面を踏みしめていた。 そのまま、反動を利用して爆発するように駆けた。 嘘だろというカーマインの声が口から出ることはなかった。 その前にジュリアンの剣の腹がカーマインの腹にめり込み、声も出せずに足から崩れたからだ。 「ふっ、さすがの私も少し焦ったぞ。だがやはり、まだ体に無理があるようだな。あの時のゼノスの一撃よりも、見劣るな」 勝負が決まった。 誰の眼にも明らかに、ジュリアンの勝ちであった。 「くそ、まだまだ余裕そうじゃねえか」 「当たり前だ。二人掛かりとは言え、お前たちに勝ちを譲れるほど私の剣に生きた日々は浅くはない」 蹴られた腹を押さえながら、膝を着いて悔しげに地面を殴ったグロウにジュリアンがさも当然のように答えた。 だがそこでジュリアンの言葉は終わりではなかった。 充足したひと時を思い出して、身震いをしながら言った。 「だが、良い勝負だった。こんなにも剣での勝負が楽しかったのは初めてだ。また、お前たちと勝負したいものだ。今は二対一だが、いずれ一対一で勝負できる日が待ちどおしい。お前たちはもっと、今よりももっと強くなる。そんな予感がする」 「だったらジュリアンさん、プロミスペンダントに願ったらどうですか? ジュリアンさんがインペリアル・ナイトになれた時に、また勝負するって」 良いアイディアとばかりに手を叩いて言ったのはルイセであった。 自分のペンダントを取り出して、ジュリアンにそうすればいいのではと、問いかける。 「なんだ? プロミスペンダントだ?」 「グランシルで買ったペンダントだよ。誓いをたてることで、願いを叶えるペンダントだってさ」 一体何の事だとついていけなかったグロウに、カーマインが補足を加える。 「あ、知ってます。魔法学院の女の子の間で流行ってるアレですよね。いいな〜、私も欲しい」 「よくわからんが、いいんじゃねえか? もっとも、インペリアル・ナイトになんてなった時には、今よりももっと差が開いているかもしれないがな」 ウォレスの言葉に、痛みで腹を押さえていた二人が立ち上がる。 「ふざけんなウォレス。それまでに絶対差を……追いついて、いや違う! 追い抜いてやるから顔を洗っておけ!」 「ふふ、頼もしい言葉だ。カーマイン、お前はどうだ?」 「僕だって、同じさ。一日でも早く、君を追い越してみせる。その時はジュリアンの方が挑戦者だよ」 その答えに満足したジュリアンは、首からかけていたペンダントを握り締めた拳を胸に当てた。 そして見据えたのは二人の男、グロウとカーマインである。 「ならば誓おう。私ジュリアン・ダグラスはインペリアル・ナイトになる事を誓う。そしてその時にはもう一度、お前たちと戦える事を、勝負する事を願う」 その光景を見ていたサンドラは、眩しそうに微笑んでいた。 別れの前に何かを誓い、再会を願う友など、一生のうち何人……いや、そのような友が出来るものであろうか。 サンドラの人生の中で、残念ながらそのような友は覚えがない。 だが王都を出て数日でカーマインとグロウは、そのような友をみつけてしまった。 羨ましいと思う反面、やはり自分の育て方が間違いではないと確信しながら、サンドラはその光景を見ていた。
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