第二十一話 未知の毒の正体


女王の傷付いた翼のこともあるが、犯人の目がないとも限らず、まずはローランディアへとルイセのテレポートで飛んだ。
直接フェザーランドに飛んでも良かったのだが、女王の傷付いた翼のこともある。
だからカーマインがせめて翼の手当てだけでもと言おうとした時、先に女王の方が言葉を切り出した。
思っても見なかった言葉を。

「少し、寄り道をしよう」

「今更どこに寄り道するの?」

「そうだな。お前たちの家、毒に冒された者を看にいくとしようか」

ティピの疑問に答えた女王の言葉には、誰もがその顔を喜びに染めていった。
少し遠まわしな言い出しであったが、グロウを看てくれるというのだ。

「こっちです。女王様」

「そう、急がせるな。それも無理のないことか」

女王の手を引いて走り出したルイセに合わせるように、女王もやや小走りとなった。

「看てくれる事は嬉しいんですけど、何故今になって。理由を聞いてもいいですか?」

「かりは返さねばならぬ。それだけのことだ」

カーマインの問いに答えた女王の表情は、相変わらず無表情に近かった。
本当にそれだけかどうかまでは、わからなかった。
それでもグロウが助かる可能性が今までで一番高くなった事に、誰の足も急げとばかりに走り出していた。
ただ女王の体力が回復しきっていないため、それを気遣いながらではあるが、カーマイン達は家へと向かった。

「ただいま、ユニ、お母さん! 女王様、グロウお兄ちゃんは二階です。来てください」

「うむ」

二階へと全員でドタドタと上がりこみ、グロウの部屋の扉を開けた。
そこではいきなりのフェザリアンの女性の登場に驚き、固まったユニとサンドラがいた。
こちらでも、初めて光の繭に包まれたグロウを見たジュリアンとミーシャが、同じように驚き固まっていたが。

「これがグロウなのか?」

「綺麗…………さすがお兄様の双子の兄弟」

「原因はわからないんだけど、峠を迎えた時に急に光の翼がグロウから生えたんだ。そのまま今みたいに」

グロウの現状を見たことで驚く事に、例外はなかった。

「女王様、はやく。女王様?」

「………………」

「女王様?」

「ああ、いやなんでもない。理由は解らぬが……少し、嫉妬した」

嫉妬の部分をかなり小さな声で呟いたため、それは誰にも聞かれることは無かった。
女王はようやく驚きから解放され頼みますと頭を下げたサンドラとユニを下がらせ、グロウの繭に触れた。
そうなると知っていて触れたわけではないのだが、触れたと同時に繭は音なく破裂して、光の粉雪となって消えた。
消えた繭から一人残されベッドに横たえられたグロウに、今度こそ女王が触れた。

「一般的な症状はどうなっている?」

「発熱により意識は不明。他には薬も魔法も拒絶反応が出て、かえって悪化させる具合です。お解りに、なりますか?」

光の繭の効果か、肉体が限りなく健康体に近づいていたため、女王は年長者であるサンドラに確認した。
症状はいたって単純だが、特徴有る反応にふむと呟いた女王には思い当たる節があるようだ。

「昔、文献でそのような毒があると見たことがある。しかし、何処でそのような毒を……これはグローシアンが世界を支配しようとした時代にグローシアンが作り出した毒だ。いまや生成法を文献として残しているのは我々フェザリアンぐらいだと思っていたが」

「そのような遥か昔の……」

女王というルイセの言葉から、やや敬った答え方をしたサンドラに、女王は毒の説明を始めた。
医療関係の本ではなく、古代の文献を調べるべきだったとサンドラは唇を噛んだ。
それも仕方の無い事ではあった。
今現在グロウを蝕んでいる毒が、遥か昔の毒だと発想できるはずがない。

「では女王、この毒の正体が解るのならグロウを助けられると言うのか?」

ほぼ助けられるのだとは思っていても、不安げに尋ねたジュリアンに女王は確かに頷いた。

「薬の精製法は覚えている。だが……」

「ならちゃっちゃと作ってよ。材料ならたぶんマスターが揃えてくれるから」

「お願いします。グロウ様を助けてください。私たちに出来る事なら」

「では、この者を助けぬと言う選択肢は存在するか?」

ティピとユニの悲痛な願いを聞いて出さえ、こう言った女王の言葉に誰もが凍りついた。
フェザリアンに対する会話の時によくある違和感どころではない。
言葉そのものの意味は通じたが、言葉に含まれた意味がわからなかった。

「ちょっと待て。ここまで来ておいて何故今更そのような事を言う?」

「できない、わけではないんですよね?」

「薬をつくり、助ける事はおそらく出来る。だが、この男いずれ世界全土を揺るがしかねない可能性がある。我が漠然とした思いから言う事も変だが、そのような予感がする」

尋ねておいてウォレスもカーマインも、予感でしかないのだろうと叫ぶことはできなかった。
それはサンドラが過去に占った結果と似通っていたからだ。

「いや、すまぬ。いまのは忘れてくれるかえ。我が予感などと非合理的なことを言うこと事態、間違っておる。この男は助けよう。これから言う材料を集められるな?」

「はい、それはすぐにでも」

「ならば急げ、謎の翼が消えた途端、再び症状が進行し始めておる。解毒は時間との勝負だ」

女王から薬の材料を聞きメモをとると、すぐにサンドラは王宮にある研究室へと走った。
そして他の者は全員邪魔になるからとグロウの部屋を追い出され、部屋には女王と特別にユニだけが残された。
これでようやくグロウが助かるのだと安堵しながらも、ユニは女王に指名され残された事から居心地の悪い思いをしていた。
なにか聞きたいことがるのだとは予想できるが、その内容が怖くもあった。
それは女王がグロウを見捨てる選択肢が存在するかと問うたことが、多分に関係していた。

「さて、お主はこの者のお目付け役という事だが、この男の事を聞きたい」

「グロウ様のことをですか?」

「なんでもよい。この男の素行、人となり、なんでもよい」

それが何に関係するのか考えるまでもなく、ユニは慎重に言葉を選ぼうとした。
もっとも薄っぺらい嘘が通用する相手とも思えなかったため、少し正直に話した。

「グロウ様は、とても乱暴な方です。口は悪いですし、妹であるルイセ様を苛めることも良くあります。ですが」

さすがに正直すぎた言葉に、女王の方が見た目は変わらなくても戸惑っていた。

「ですが、とてもお優しい方です。決してそれを表には出しませんが、誰かを見捨てるぐらいなら、自分を危険にさらしてでもなんとかしようとする方です。表面上はねじれていますが、心はとても真っ直ぐな方です」

「なるほどな……助ける価値はありそうだ」

「それでは!」

「最後に一つ、答えてくれるかえ?」

グロウから視線を外し、ユニに顔を向けてきた女王に対し、ユニは何を問われるのかと気合を入れた。
だが次の瞬間、その気合は全て霧散し、消えてしまった。

「この男を、好きかえ?」

「え?」

おそらく女王に他意はないのだろう。
ただ純粋に、人としてどうかと尋ねられているのだが、ユニは過剰に戸惑っていた。
たった二文字の言葉を発するのに、多大な時間と労力を浪費して、顔を真っ赤にしながら答えた。

「はい……好き、です」

「ならばこの男から決して目を離すでないぞ」

どんな意味が込められた言葉かまでは読み取れなかったが、ユニはしっかりと頷いていた。
それ以降ばったりと会話は途切れてしまったが、それほど時間も経たないうちにサンドラが薬の材料を持って帰って来た。
薬の調合にはサンドラが手伝う事となり、ユニもそこでは出ているようにと言われた。
フェザリアンの女王自らが調合する事となった薬は、それから一時間以上経って完成となった。





液状の薬が完成し、再び皆がグロウの部屋に集まり見守る中、小さな瓶から女王の手によってグロウの口に流し込まれた。
粘質がほとんどない液体のようで、意識のないグロウの喉を容易に通過していく。
小さく数度、コクリと喉が鳴った。
薬の効果がすぐ現れるのか、女王はそのままグロウを見ている。

「これで意識は明日にでも回復するはずである。体に入り込んだ毒物自体も次期に」

「う…………」

ようやく振り向いた女王がそう言ったとき、グロウの口から呻くような声が漏れた。
意識が戻る兆候かと皆が手を取り合って喜ぶ中、回復が早すぎると女王だけは驚きをもってグロウを見ていた。
すでに瞼が開き始めていたからだ。

「なんだ……女神、みてぇ…………なのが、みえやがる。俺は、死んだ……のか?」

「ほんに、恐ろしい男であるな。我は女神などではない。ただのフェザリアンであるぞ」

「フェザリアン、翼。俺の、翼は…………何処」

「お主は人間だ。翼などない」

女王が断言して答えると、グロウは再び意識を失った。
これで後は体力が回復次第、完璧に目が覚めるなと思いつつ、女王はグロウを見たときに感じた嫉妬の正体を知った。
人間は翼を持たない代わりに魔力を持ち、フェザリアンは魔力を持たない代わりに翼を持つ。
グロウは人間であるにもかかわらず、魔力も、翼も持っているからだ。
それこそが、女王が感じた嫉妬の正体であった。

「これで、もう大丈夫であろう。この件に関してだけは我が責任を持って解毒に当たろう。なにかあればフェザーランドに来るがよい」

「女王、本当にありがとうございました。貴方のおかげで私の息子は無事に治る事が出来ました」

「私からも、グロウ様を助けていただきありがとうございました」

「かりを返したまで。だが、我が関わるのはこの件にかんしてだけである。それを決して忘れるな」

サンドラやユニ、他に頭を下げた者たちを前にしてフェザリアンの女王は念を押してグロウの部屋を出て行った。
ウォレスとカーマイン、そしてアリオストだけが女王の護衛の意味も含めて、黙って着いていった。
もっとも、アリオストはまた別の理由があった。
一人足早に玄関を出ようとする女王に、アリオストが声をかける。

「待ってください女王。最後に一つだけ聞きたいことがあります」

「なんだ?」

「僕の母さんはフェザーランドにいるのですか?」

その言葉は女王の足を止めるのには十分な言葉であり、興味を持ってアリオストに振り向いた。

「僕の中にはあなた達と同じ血が半分流れています。最初に僕がここへ来たのも、母さんに会いたかったからです」

「そうか、お前がジーナの息子なのか」

「教えてください。母さんは……」

「ジーナは我々の掟を破り、人間と暮らした。その非を認めないために、二十年も反省室にいる。だが、会うことは諦める事だ。今回の件に関してだけは、我は個人的にかりをかえしたのみ。ジーナの件についてはフェザリアンの掟の中でのこと」

膝を床につけるほどに落胆したアリオストを気遣うカーマインとウォレスだが、なにも言葉を掛けられなかった。
アリオストの母の件に関しては、フェザリアンに会う理由の一つであったのだ。
グロウはこのまま回復するとして、アリオストだけがその願いを叶える事が出来なかった。

「じゃあ、僕は……どうすれば母さんに会えるのですか?! どうすれば……」

「認めさせることだ。お前たちが本当に我々フェザリアンよりも優れていると言う事を、フェザリアン全体に知らしめることが出来れば……それも敵うことであろう」

「つまり、まだ完全に信じてもらえたわけではないんだな?」

女王の言葉に頑固だなと言う意味を込めて言ったウォレスだが、微妙にそれは違ったようだ。

「言ったはずだ。フェザリアン全体に知らしめると……我は人間ではなく、お前たちを認めはじめている。歩き出す前から諦めるのは愚か者のすること、考える価値のある言葉であった」

つまりいくら女王一人が認めたところで、それもまた全体の中の少数派でしかないのだ。
フェザリアンは種族全体が大多数の意見の元に動く種族である。
少数派ではなにも変えることはできないのだ。

「わかりました。今すぐでなくとも、絶対に認めさせて見せます」

「では、我はこれで」

女王がドアノブに手を掛けたところで、やけに二階が騒がしくなっていた。
最初は再びグロウの意識が戻ったのかと思ったが、なにやらたびたび怒声のような叱る声が聞こえてくる。

「グロウ様、無茶はしないでください!」

「貴方は自分の体がどうなっていたのか知らないから、大人しく」

「あ〜、わかったわかった。だから行かせろ。勝手に助けておいて、姿も見せずに帰るなんて許せるか!」

「これは言っても無駄だな……サンドラ様、私が肩を貸す。妥協しなければ、本当に一人で行きかねないぞ」

「これがもう一人のお兄様……幻滅」

「んだと、こら! と言うか、お前はだれだ!」

どうやらもう意識を取り戻したようだが、何故か元気が有り余っているようだ。
それにはさすがの女王も呆れた顔を見せていた。

「たいした体力であるな」

「あ〜、よかった女王様まだいた。あのね、グロウがお礼なのかな? なんか言いたいらしいのよ」

二階から一番最初に降りてきたティピがそう告げると、続いてジュリアンに肩をかされたグロウが一歩一歩降りてくる。
さすがに叫んだ勢いほどは行動できず、一歩一歩歩く足がかすかに震えていた。
それでも、本当につい先ほどまで毒で死に掛けていたのか怪しいほどに、その目つきだけはすっかり元に戻っていた。
恩人であるはずの女王を睨むほどに。

「まだいやがったな。このまま帰られたら、フェザーランドまで追いかけなきゃならなかったからな」

「我になにか?」

「なにかじゃねえ。お前が勝手にカーマインにかりを返すのは良いが、俺のかりはどうなるんだ。帰る前に名前を聞かせろ!」

「本当に元気であるな。我の名はステラだ。覚える、覚えないは好きにするがよい」

ありありと解るほどに呆れた表情を見せたステラに、グロウは反対に笑って見せていた。

「ステラか……よし、覚えたからな。後で体が戻ったら絶対にフェザーランドまで行くからな。お茶ぐらい出せよ!」

何故そこで礼を言わずに挑戦的なのか、ステラはグロウに返答せずに心配そうに見ているユニに振り向いた。

「ユニ、お前の付き人の項目に付け加えておくが良い。乱暴で、口が悪くて……そして、愚かだと」

「女王、あ……ステラ様、その事は!」

「ユニお前……誰が乱暴で口が悪くて愚かだ!」

「違います。最後のはステラ様が、痛ッ、髪を」

「こら暴れるなグロウ、大人しく。うわっ!」

肩を貸してもらっている状態でグロウが暴れたおかげで、ジュリアンともども降りかけであった階段を転がり落ちていった。
元気になりすぎたグロウに、誰もが喜びよりも呆れの顔を見せはじめている。
女王ステラだけは、呆れの方がやや強かったが、それでも少しだけ笑っていた。

「へっ、鉄面の冷たい女神かと思ったら、ちゃんと笑えるじゃねえか」

「言ってないで、起きろ。いつまで床で寝ているつもりだ?」

したたかに床に体を打ち付けた格好のまま皮肉るグロウに、ジュリアンが手を貸した。

「そろそろ我は退散させてもらうぞ。ここからであれば、どうにか飛んでいける距離であるからな」

「女王様、本当にありがとうございました。おかげで、グロウも元気になったようですし」

「少々、元気になりすぎたようであるがな」

最後にもう一度頭を下げたカーマインを前にして、笑いを誘う一言を残すと、今度こそ玄関を出て空へと帰っていった。
空に消えていく女王ステラの姿を見送りながら、これで長い解毒のための旅が一段楽した事を誰もが感じていた。

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