第二十話 女王誘拐


フェザーランドについて早々、立ちふさがるようにしてフェザリアンの衛兵が立っていた。
その様子は感情の見えにくいフェザリアンでさえ、はっきりとは解らないが、静かな怒りをたたえていた。
そして話を聞けば、さらわれたと言うのだ。
あの女王が。

「女王様がさらわれた?」

「そうだ」

ルイセのまさかという問いかけに、怒りを詰め込みながらも淡々と返してくる。

「それで、どうするの?」

「それでとは?」

「助けないの?」

「何故だ?」

「何故って……」

以前フェザーランドに来た時に女王と会話した時のような違和感だらけの会話であった。
抱く思いの半分程度も伝わっていないような、空虚とも呼べる会話であった。
ティピはそれ以上、言葉を続ける事が出来なくなってしまった。

「もし我々が救出に向かえば、人間との間に争いが起こるであろう。そして犠牲者も出るはずだ。女王は別の者がなればよいが、もし戦死者でも出せば、ことはそれだけでは済まない。これは議会で話し合った結論でもある」

「それが合理的だというのか?」

ウォレスの問いかけには、多分に怒りが込められていた。
傭兵時代の仲間を時々とても大切なものであるように話すウォレスにとって、いくら女王という位の者が相手でも、仲間意識の薄いフェザリアンが許せないのだろう。
もっとも許せないと思っているのは、ウォレスだけではなかったが。

「そうだ。確かに今の女王は良く出来た方だ。あの方の代わりはそうそういまい」

だが、フェザリアンの返答は肯定であった。

「だったら、どうして助けないんですか?」

「言っただろう。同じではないにしろ代わりはいる。助け出そうとすれば、他の者まで巻き込むことになる。犠牲者は一人で十分だ。それよりも早く帰るがいい」

確かに合理的ではある意見を漏らしながら、衛兵は振り払うようにルイセに手を振った。
ここで誘拐犯と繋がっているかもしれないカーマインたちを見逃す事もまた、争いを広げない合理主義からきているのだろうか。

「本当にそれでいいんですか? 確かに女王の代わりはいるかもしれない。それでも、あの女王様は一人しかいないんですよ!」

「お兄様の言うとおりです。それじゃあ、あんまりにも可哀想です!」

「お前たちは我々人間を見下しているようだが、その実はどうだ。さらわれた仲間を見捨てるような血も涙もない種族ではないか」

「ええい、五月蝿い。その原因を作った人間が何を言う」

「そうだ。ここはお前たちのような人間が来れるような場所ではない。早々に立ち去れ!」

これ以上は感情的に言い合うしかなく、まだ色々言い足りないもののカーマイン達はその場を後にするしかなかった。
だが、このまま浚われた女王を見捨てる事などできなかった。
ラシェルのそばで聞こえるフェザリアンの歌、低くはない確率にかける為にカーマイン達は再度ラシェルへと飛んだ。





ラシェルから東にある物で、まっさきに女王が捕まっている場所を推理したのはアリオストであった。
そこには魔法学院関係の建物があるらしいのだ。
他に選択肢は存在せず、一行がラシェルから森の中の道を突き進むと、すぐにそれは見えてきた。

「……うむ。微かだが、歌声が聞こえるな。か細く、悲しそうな声だ」

本当にかすかな声であるようで、耳の良いウォレスにしかそれは聞こえなかった。
風にざわめく木々の音に出さえ、遮られてしまうような小さな声だからだ。
だがアリオストはその呟きから、女王がこのグローシアンの遺跡に捕らわれていると確信を持ったようだ。
過去グローシアンが世界の実権を握ろうとした時代の遺跡である。

「やっぱりここか。よし、中に入ろう」

「でも、ここは中が危険だからって、まだ調査が済んでないんでしょ?」

「そうだよ。それに鍵はおじさまが持っていて、開かないはずでしょ?」

「それは、そこの入り口の話だよ」

アリオストが指差したのは明らかに後から遺跡の正面に作られた扉であった。
何で出来ているのかわからないような建物の壁に備え付けられた鉄の扉は、鎖で頑強に閉じられており、あきらかにその存在が浮いていた。

「あれは内部調査をするために、学院が無理やり開けた穴だ。グローシアンだけにしか反応しない、本来の扉がある。ルイセ君、君なら開けられるはずだ」

「なるほど、それじゃあルイセちゃん。頼んだわね」

「えぇ、でもその扉は何処に……」

「それは探すしかないね」

お手上げの様を本当に両手を挙げて示すと、手伝うからとアリオストとミーシャを加えて入り口探しが始まった。
その間カーマイン達はというと、魔法があまり得意でないため入り口探しには加わらず、別のことを話し合っていた。

「ウォレス、今回の犯人だが、誰だと思う? もしも本当にこの遺跡に女王を閉じ込めたのだとしたら……」

「間違いなく、グローシアンだろうな」

「え、そうなの?!」

「ティピ、アリオストさんも言ってただろう? ここは学院長かグローシアンにしか開けられないって。それに僕らはアリオストさんの魔導装置を使ったけど、誘拐犯たちはどうやって?」

カーマインの言葉にティピが唸ったが、ジュリアンが即答してきた。

「単独でフェザリアンばかりが居るあの場所から、しかも女王をさらうなど無理だろう。組織だった人間だと考えるべきだ」

「そして、グローシアンがいたのならテレポートを使ってまとめて攻め込める。ただし、そのグローシアンがどうやってフェザーランドにたどり着いたかは不明だな」

ウォレスの言葉に、四人は悩まされた。
そもそも歴史上、フェザーランドにたどり着いた人間は、つい先日自分たちがたどり着いたのが最初である。
なら二番目が出てもおかしくはないが、その魔導装置は現在は魔法学院の管理下におかれているはずである。
出るはずのない、二番目、それは誰なのか。

「きゃ、なに? 勝手に開いたよ」

「そこだ。そこが入り口だよ」

ガーっと何かを引くような音が聞こえた後、ルイセの小さな悲鳴と、アリオストの歓喜の声があがった。
ほとんど零に近い情報の中から推理した犯人は出ることもなく、カーマインたちは一旦その話を止めてしまう。

「ルイセちゃん、すごーい!」

「私、なにもしてないけど……」

照れるルイセを置いて、ウォレスが入り口を覗き込んで半分だけ体を入れる。
皆を下がらせ、危険がないかを視覚以外の感覚全てを使って察し始めた。

「中の調査はまだなんだな。ならば、まずは俺とジュリアンが先頭に立つ。間をルイセ、ミーシャ、アリオスト。最後尾はカーマインだ。いいな?」

反論が得に出ないのを確認すると、まずはウォレスが中へと入ろうとする。
だがその寸前でカーマインに振り返ると、念を押すように言った。

「カーマイン、最後尾は先頭以上に重要だ。それと闘技大会の時のあの技は、何があっても使うな」

「えっ、どういう事ですか?」

「そうよ、いざとなったらあの時みたいにばーんって」

「あれはゼノスのように体格に恵まれた者が使う技、しかもよっぽどの時に使うものだ。お前の体はまだ成長段階だ。筋肉への負担は相当なものだろう。いいな、使うなよ」

ティピの安易な考えに、ウォレスは念を押してから入っていった。

「私も同意見だ。安易に身になじまない技を使えば、自分自身をも傷つける事になるぞ」

「ちぇ、もったいないなぁ。折角必殺技みたいで格好良かったのにさ」

「仕方がないよ。二人とも僕の事を想って言ってくれてるんだからさ。さあ、次はルイセだよ」

「うん、わかった」

「ルイセちゃん、一緒に行こう」

二人が仲良く手を繋いで入っていくのを見て、アリオストも続いた。
最後にカーマインは辺りを気にしながらルイセが開けた入り口へと入っていった。
内部は窓一つない屋内であるにも関わらず、天井から灯りが灯され、外と変わらないぐらいに明るかった。
一階は床が完全に分断されてくつものフロアになっており、床に設置された所定のボタンを踏む事で、分断された床を繋ぐ光の橋が生まれた。
順当に淡く緑に光る橋を作り、二階への階段を登っていく。
このまま何事もなく最上階まで登っていけるかと思っていたが、甘かった。
最後尾のカーマインが二階へ登り切ったとき、今しがた登ってきた階段が床へと変わり、ふさがれたのだ。

「あっ?! 階段が……ど、どうしよう」

「うろたえても仕方がないだろう。それに出口が一つとも限らない」

遺跡とは言っても、もとはグローシアンたちが普通に使っていた建物である。
罠でない限りは出口は当然あると考えるべきであり、ジュリアンにはティピのような動揺は見えなかった。
だが二階は一つの大きな部屋であり、中央に大きな穴と登り階段へと床が続いていなかった。
かわりに一階にあったのと同じようなボタンが足元に四つ並んであったが、どう見ても罠であった。

「罠だな。一つが正解で三つが罠か。正解と罠以外にもなにかあるのか」

「多分下りる階段が開くのよ。それも押してみれば解るわ!」

「馬鹿、うかつに触れるな!」

ジュリアンの叱咤も時すでに遅く、ティピがストンっとボタンの上に舞い降り、押してしまった。
途端に揺れだした床、そして中央に開いていた穴から幾つもの光の柱が立ち上った。

「なになに? なにか揺れてるよ!」

「カーマインお兄ちゃん、こんな事以前にもなかったっけ?」

「あったような。アリオストさんと一緒だった気が……」

「あ〜、それはあれだね。フェザリアンの遺跡でティピ君が勝手に……」

揺れる床から現れたのは、大きく丸みを帯びた円柱型で何かの魔導装置であった。
その装置の周りには幾つもの光球が埋め込まれており、穴から伸びた光はそれが発していたのだろう。
ともかくそれが何であるかを知るのはすぐであった。
その装置の頂点にある穴から、フェイヤーボールに似た、炎の球を吐き出したからだ。
カーマインたちのまわりに着弾し、炎が燃え上がる。

「熱ッ! あたし?! あたしのせいなの?!」

「ちっ、余計な事を。お前たち下がれ、ルイセたちは魔法で援護。カーマインは護衛だ。ウォレス行くぞ!」

「ああ、ただの機械あいてならば、そう時間はかからないだろう」

ウォレスが軽く言った通り、援護の暇がないほどに手早くウォレスとジュリアンは魔導装置を片付けていった。
剣で斬りつけ、拳で砕きと、またたく間にスクラップと化して、爆音を鳴らしながら元の穴へと沈んでいった。

「所詮機械か。相手の力量を読むなどと言う行為までは出来なかったようだな」

「さてと…………ティピ、解っているな?」

「うう……ごめん。だってボタンがあったら……今度からは気をつけるわ」

少し声を低くしたウォレスに、本当にすまなそうにティピが謝った。
なにせ安易な行動で皆を危険にさらしたのは二度目だからだ。
さすがに明るさをうりにするティピも笑っては済ませられなかったらしい。

「まあ、ティピもこれにこりて軽率な行動はしないようにね。ちゃんと謝って、反省すれば誰も怒らないから」

「そうそう、謝ったんだし。ウォレスさんもジュリアンさんも、もう気にしてないですよね」

「私も鬼じゃない。気をつけると言った言葉を実行すればなにも言わないさ」

「どちらにせよ。四つのうち、どれかは押さなければならないのだからな」

そう言ってからウォレスが残り三つのボタンのうちの一つを押すと、三階への階段へと光の床が浮かび上がった。
ついに最上階へと登ると、そこは部屋の中央であり、すぐ前に大きな扉があった。
すぐに駆け寄り、皆が一斉にウォレスを見た。

「また一段と声が小さくなったが、間違いない。この中から歌が聞こえてきている」

「またボタンがあるよ。それも一杯…………はっ、今度は押さないわよ。ティピちゃんは同じ間違いを三度しないんだから!」

ティピが言ったボタンとは、大きな扉の正面、丁度眼の高さのところに埋め込まれるようにしてあったものである。

「普通は二度と言うんだけどね。ふん、これはボタンじゃなくて、コンソールみたいだね」

「なんだそれは、解るのか?」

いとも簡単に幾つも有るボタンの意味を察したアリオストに、ジュリアンが同じようにボタンに顔を寄せた。

「これは一つ一つのボタンに意味があって、いくつかの手順を追って押す事で決められた命令を下せる装置なんだ」

「でも、どうやってその手順を知るんですか?」

「う〜ん、そうだねぇ」

それぞれが手順を想像し、ボタンから目をそらした途端に、警報音が鳴り響いた。

「えっ?! なにこれ!」

その音に驚いて辺りを見渡すティピだが、一人を除いて皆の視線がティピへと集まっていた。

「ティピったら、また……」

「三度はないって言ったのに、速攻三度目だね」

「あは、ティピちゃんも私と一緒だね。私なんて三度も四度もしょっちゅうよ!」

「なにを失礼な事をさらりと言ってるのよ! あたしじゃないわよ。今回は触ってないんだから!」

必死に言い訳がましく叫ぶが、皆の冷たい視線は突き刺さるように痛くなるばかりである。
ちょっぴり半泣きで違うと主張するティピを前にして、のんびりとした声があがった。

「いや〜、ごめんごめん。今のは僕だよ。一つ試しに押してみたんだけど、やっぱりこういう結果になっちゃったね」

「ほら、わたしじゃないじゃない! 謝れ、このー!!」

「おい、少し静かにしろ。警報なんてただ事じゃないぞ!」

ジュリアンの叱咤で皆がその事にハッとすると、人とは思えぬ縦に別れたような鈍い声が聞こえた。

『ロック解除行動を察知。時間内に解除しない場合、違法侵入者として判断し、このフロアごと爆破します。マジックタイマーをセットしました』

「さすがにやばそうだな。アリオスト、はやく解除してくれ!」

「そんなに早くは無理だ! まさかフロアを爆破だなんて、普通はせいぜい警告音が鳴るぐらいなのに」

「それじゃ、爆発しちゃうの?」

「そんなぁ! 死にたくないよぉ!」

パニックに陥ったルイセとティピをなだめ様としたカーマインの腰に、勢いよくミーシャが抱きついた。

「ルイセもティピも落ち着いて、うお! ってミーシャこんな時に何を」

「お兄様、今生の別れの前に今まで黙ってた事が!」

「あ、ミーシャ! カーマインお兄ちゃんから離れてよ。そこだけは譲れないの!」

珍しくウォレスが焦っていた事で、容易にそれが皆に移っていった。
ミーシャとルイセの焦りに関しては、あまり今回の爆破とは関係ない機もするが、ピンチなのに変わりはない。

『ガーディアンの配置を完了』

皆がパニックに陥っている中で、淡々と妙な声はアイアンゴーレムを出現させた。
フェザリアンのときのように、開いた天井からではなく、転送装置のようなパネルからアイアンゴーレムを送り出してくる。

「くっ……仕方がない。時間はあと約三分。こんな短時間での解析は初めてだが、やるしかない! みんな、できるだけ僕にガーディアンを近づけさせないでくれ。これは時間との勝負だ」

「グロウの為にも、見捨てられた女王の為にも、ここで逃げるわけにも行くまい。カーマイン、ウォレス」

「ああ、転送装置は全部で三つ。一人一つに当たるんだ。ルイセはサンダーでカーマインの援護。ミーシャは時折俺かジュリアンを手伝うんだ」

「へっ、私?!」

「カーマインお兄ちゃん、いくよ!」

同じ魔法学院の生徒でも、すぐ命令に従う辺りはルイセに戦いなれを思わせる速さがあった。
カーマインは背中越しにとんできた言葉を聞いて、サイドに飛ぶと、すぐ脇をサンダーが駆け抜けた。
通電してよろめいた所で、カーマインのクレイモアが叩き潰した。

「よし、これで……くっ、もう次のアイアンゴーレムが!」

先制攻撃が決まり喜んだのもつかの間、転送装置は次から次へと際限がないかのようにアイアンゴーレムを送り出してきていた。

「カーマイン、無理はするな。俺かジュリアンが一つ片付ければ、すぐに応援にまわる」

「その必要はありません。ルイセ、サンダーじゃなくて、マジックアローだ。まずは転送装置を壊す事を優先するんだ。その間は食い止めてみせる」

「わ、わかった。でも無理だけはしないでね。我が魔力よ」

新たに出た一体のアイアンゴーレムへとカーマインがクレイモアを振り上げた。
ブロードソードとは重量が違うものの、やはり決定打には遠かったが、はっきりと解るほどに傷つけることはできていた。

「よし、行ける」

「マジックアロー!」

ルイセの声の後に走り抜けた魔力の矢が、カーマインとアイアンゴーレムの直線状にある転送装置であるパネルにヒビを入れた。

「う、おおおおおおお!」

そこへすかさず第二撃目のマジックアローを放とうとしたルイセだが、カーマインの怒声の前に詠唱をストップしてしまう。
なぜなら、アイアンゴーレムの持つ巨大なハンマーと鍔迫り合いをしていたカーマインが、アイアンゴーレムの体を押しかえし、転送装置の上へと押し倒したからだ。
アイアンゴーレムの巨体が地響きを鳴らしながら床に沈み、転送装置は難なく押しつぶされた。

「本当に一人でなんとかするとはな。俺も負けてはいられないか。どけええええ!」

『フロアの爆破まで二分を切りました』

「アリオストさん、解除はまだなの? あと二分って」

「話しかけないでくれ。喋る時間でさえ惜しいんだ!」

ティピの焦った言葉に、珍しく叫んで返したアリオスト。
普段ならここでティピも言い返したが、状況が状況だけに両手で口を押さえて邪魔をしないように徹していた。

「ミーシャ準備はいいか?」

「はい、ジュリアンさん。いつでもどうぞ、マジックアロー!」

「ふん!」

アイアンゴーレムの足元にマジックアローがささり、動きが止まった一瞬のすきをついてジュリアンの剣が走った。
まるで水を切ったかのように、ジュリアンの剣は直線を軌跡として描いていた。
剣が振るわれてから、何故か動かぬままでいたアイアンゴーレムが、ずるりと上半身と下半身をずらして崩れ落ちた。

「わ……すご」

「これぐらい、どうという事はない。これで転送装置も終りだ」

軽く奮われた剣が、床に配置されていた転送装置を砕いた。
その音に続いて、似たような音が鳴ったかと思うと、ウォレスが床に義手である腕を突き刺している所であった。

「こちらも、終了だ。さすがにこれだけの手足れと人数がいると、戦闘も楽だな」

全ての転送パネルを破壊しても、フロアを爆破させる装置は止まっていなかった。
アリオストが眼に見えないような速さでコンソールと呼んだ幾つものボタンを高速で押し続けている。
よくよく見ればコンソールのやや上に、正方形の光の絵が出ていたが、それに気付いているのは当人のアリオストだけであった。
頬を伝う汗に気付く様子もなくコンソールをたたき続けるアリオストの背中に、みなの視線が集中していく。

『フロアの爆破まで一分をきりました』

ゾクリとさせる声が響き、ルイセがカーマインの手をぎゅっと両手で握ってきていた。
それに答えてカーマインは大丈夫だと言う意味を込めて、ルイセの頭を撫でた。
残り一分と言われてからが、やけに時間が遅く、長く感じられた。
だがそれは、アリオストがコンソールのとあるキーを、コレまでとは違い優しくトンッと押した事で元に戻された。

「ふぅ…………終わったよ。たった三分で、解析の最高記録だよ」

そう言って汗をぬぐいながら笑ったアリオストを見て、皆は叫ぶよりも力が抜けて座り込んでいた。

「怖かったぁ」

「怖いなんてもんじゃないわよ。もうフロアの爆破なんて、昔のグローシアンは極端なんだから」

「いや、これを仕組んだのがグローシアンとは限らないよ」

ティピの言葉に意味深な台詞を残し、再びアリオスとはコンソールに向かって操作をはじめた。
一体今度は何をするつもりなのかと考えるまでもなかった。
このグローシアンの遺跡へ何をしに来たのかを考えれば当然であったからだ。
数秒後、アリオストがコンソールを操作して開けた扉の向こうでは、力尽きてしまったかのように倒れ伏す、フェザリアンの女王がいた。

「ご無事ですか、女王?」

「……ん?」

駆け寄ったアリオストが女王を抱き起こすと、まだ息はあったようでそのまぶたがピクリと動いた。

「そなたたちは……そうか、やはりそなたらも仲間だったのだな」

「違います! 助けに来たんです!」

「助けとな?」

目を開けてほっとしたのもつかの間。
さっそく誤解をはじめた女王に、ルイセが声を張って否定する。

「そうだよ! だって他のフェザリアンは女王様の事助けないって言うから」

「そうであろうな。我一人の為に皆を危険にさらす事は出来ぬ」

「捕らえられたアンタがそう言うなら理解できる。だが、救出側がそう言うってのはどういうことだ?」

「貴方は切り捨てられたと言ってもおかしくない状況だった。悔しくはないのか?」

「人間には理解できぬかも知れぬな。だが我々はあるがままを受け入れて生きてきた。そしてこれからも……」

ティピやウォレス、ジュリアンの言葉にも、女王は言葉通りあるがままを受け入れていた。
見捨てられた事に、斬り捨てられたことに憤らず、まるで女王すらも切り捨てる側だとも思える様子であった。
そんな女王に、何故か哀れみに似た感情を抱いたカーマインは、アリオストに抱き起こされている女王の前に膝を折った。

「女王様、本当にフェザリアンは、あるがままを受け入れているだけですか? 僕には、それが単に諦めているだけにしか見えません」

「あきらめだと?」

「そうだね、カーマイン君の言うとおりだ。貴方たちの生き方はあきらめそのものだ。僕たち人間は最後まで決して諦めない」

「…………」

二人の言葉に何かを感じ取ったのか、女王は反論することなくまさにあるがままに受け入れていた。

「歩き出す前から諦めるのは、愚か者のすることだ。この世界に生まれた以上、向かい風でもくじけず歩け。父の言葉です」

「……うむ」

女王はアリオストの手を借りて立ち上がった。
少々ふらつくなどしてアリオストの手を煩わせたが、お互いに何も言わなかった。
アリオストが何も言わないのは当然として、女王も人間だからと持ち出さなかった。

「とにかく、ここから出してあげる」

「それは感謝しよう。だが、無理矢理捕らえられた時に、翼を傷つけられた。飛ぶ事は敵わぬ」

「大丈夫です。わたし達が送り届けます」

気弱な女王の発言に、元気付けるようにしてルイセがハッキリと答えた。

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