「どうしたの、カーマインお兄ちゃん?」 ついに終りを迎えた闘技大会の表彰式の後、浮かない顔の兄にルイセが問いかけた。 賞金と商品であるコムスプリングスの旅券を手に入れ、もはや気を張ることなど何も無いのにと。 「いや、あのリシャール殿下の言葉」 「私たちが勝つと思っていたって言ってたこと? お世辞だよ、カーマインお兄ちゃん。でもリシャール殿下って何処かで……あ、エリオット君だ。エリオット君にそっくりなんだ」 「エリオット……あの時の、でも」 「お忍びで遊びにきてたのかな? でもインペリアル・ナイト・マスターなら、あの盗賊の人を自分で追い払ってもよさそうなのに、別人なのかな?」 う〜んっとルイセが考えている中、カーマインはエリオットと殿下が似ているとはまた別のことを考えていた。 それはリシャール殿下の声であった。 君たちが勝つと思っていたと言われた時、その声は決勝戦で倒れそうな時に聞こえた声と重なった。 力の使い方を教えると言った声…… 「ダメだ、考えてもやっぱり解らないね。それよりも、ジュリアンさんが外で待ってるはずだから行こう?」 「そう、だね……考えても仕方の無い事だから」 二人が向かったのはコロシアムの外、入り口付近であった。 開会式以外で二人がジュリアンと会ったのは表彰式でのことであった。 フレッシュマンからはカーマインとルイセが、そしてエキスパートの優勝者はジュリアンであったのだ。 その時にまた後で会おうと約束を取り付けられ、入り口でとなったのだ。 「久しぶりだな、お前たち」 そう言ってジュリアンが振り向いたのはいいが、ジュリアンを取り囲んでいた女性たちも一斉に振り返った。 どうやら入り口はあまりにも目立つらしく、女性たちの目はジュリアンの次にカーマインに集まった。 「カーマイン選手だ。ルイセちゃんもいるわ!」 「ジュリアン様だけでなく、カーマイン様にも会えるなんて入り口で張ってて正解だったわ!」 いきなり上がった複数の黄色い声に、カーマインはあからさまに戸惑っていた。 とは言うものの、カーマインも男で有る以上女性からこのような声をかけられる事が嫌なはずもなく、微妙に鼻の下が伸びかけていた。 もちろんそれにルイセが気付かないわけもなく、ほっぺたを膨らませてカーマインを睨んでいた。 「ジュリアン、これは……」 「見ての通りだ。闘技大会に優勝ともなれば、それなりに名は売れる。私も入り口を待ち合わせ場所にして失策だった」 「そのような事はありませんわ。おかげで二人同時に会えるなんて。そうだ、握手してください!」 「あ、ずるい抜け駆けよ。私も、ついでにサインも!」 ジュリアンとカーマインに次々に女性が殺到し、ルイセはポツンとその輪から外されてしまった。 女性の言葉を軽く受け流しているジュリアンはともかくとして、ますます戸惑いながらも照れ笑いするカーマインにその目が釣りあがる。 「うぅ……カーマインお兄ちゃんの馬鹿!」 「あ、ルイセ! ちょっと君たち離して、ルイセ待ってくれ!」 「カーマイン、私も先に行かせてもらうぞ。ふっ……がんばれよ」 「ジュリアンまで、置いてかないでよ。一体どうすれば!」 どれだけこういった状況に慣れているのか、かなりの数に囲まれているはずなのにジュリアンはその間をぬって行ってしまう。 「ジュリアン様が逃げたわ。せめてカーマイン様だけでも逃がさないで!」 「しがみ着いちゃえ!」 「ちょ、ちょっと! あ、腕になにか……背中も、誰か助けてくれ!!」 怒って走って行ってしまったルイセに追いつくのに、カーマインはかなりの時間を要した。 「ルイセ、いい加減に機嫌をなおしてよ。謝るから、ね?」 「別に謝ってくれなくてもいいもん。カーマインお兄ちゃんなんか、あの人たちと……グス」 自分で言っておいて涙ぐんだルイセに、さらにゴメンねと言葉を投げかけるが根が深く、一行にルイセの機嫌は直らなかった。 タダでさえ闘技大会で優勝した三人がいるので、露天や店が並ぶ通りの中でその姿はかなり目立っていた。 「あれだけ倒れても立ち上がったお前が、ルイセの前では形無しだな」 「ジュリアンも酷いよ、置いていくなんて。アレから僕がどんな目にあったか。服は引っ張られるし、押しつぶされて」 「だが気持ちの良い事もあったんじゃないのか?」 「それは……って何を言うんだよ!」 ジュリアンの意地の悪い問いかけに、同意しかけてハッとカーマインはルイセを見た。 さらに機嫌を損ね、冷たい視線がカーマインを襲っていた。 オロオロとするカーマインを前にして、首が痛いのではと心配になるほどにルイセは首をぷいっとそむけた。 「ジュリアン……」 「はは、すまない。久しぶりに会えて嬉しくてついな。それにしてもお前たちがフレッシュマンの部で出場していると知った時は驚いたぞ。そう言えばグロウは何処だ? あいつが出場しないわけは無いと思うのだが」 その一言に、機嫌の悪かったルイセでさえ立ち止まり、悲しげに振り向いた。 一体何があったのだと再度問いかけたジュリアンにカーマインとルイセは、別れてからの事を話した。 未知の毒におかされたグロウと、その薬を貰う為にフェザリアンの問いかけに答える事。 その答えを探る為に、コムスプリングの学者を尋ねる為に、闘技大会に出場した事。 「そうか、私が去った後に……もう少し一緒にいれば。いや今からでも遅くは無い。微力ながら私も手伝おう」 「本当、ジュリアンさん!」 「ああ、お前たちには色々と仮もあるからな。それに聞いた以上、何もせずに国に帰るわけにはいかない」 「でも、いいのかい? 折角ジュリアンも優勝したのに、すぐに仕官しなくても……インペリアル・ナイトになるんだって言ってたじゃないか」 ジュリアンの思わぬ申し出に手放しで喜んだルイセだが、カーマインの言葉を聞いてあっと思い出した。 「そっか、ジュリアンさん……仕官の話が来たら」 「それは気にしなくていい。仕官したからと言ってすぐにインペリアル・ナイトになれるわけじゃない。それに私の今戦う理由は人の為にだ。ここでグロウを見捨てて、インペリアル・ナイトになれるとは思えない」 「ありがとう、ジュリアン。本当に」 カーマインとジュリアンの右手がそれぞれ差し出され、握り合う。 それをみて男同士の友情を羨ましそうに見ていたルイセだが、はっとある事を思い出した。 話の流れ上、グロウの話になってしまったが、今自分は女性に囲まれてデレデレしていたカーマインに怒っていたことを思い出したのだ。 「ん? どうしたの、ルイセ?」 カーマインもカーマインで早速忘れており、恨めしそうに見ていたルイセに首をかしげる。 ここでまた完璧に蒸し返す事もためらわれたが、このままなかった事にするのも悔しくてルイセは辺りを見渡した。 すぐに目に入ったのはアクセサリーショップに並べられたとある物であった。 「あ、カーマインお兄ちゃんアレ、アレ買ってよ」 ルイセがカーマインの腕にしがみ付いて指差したのは、アクセサリーショップに並ぶペンダントであった。 「ペンダント? ルイセ、自分のお小遣いは?」 「…………女の人にデレデレしてたくせにぃ。私の事放ったらかしだったくせにぃ」 ルイセの言葉にとっさに忘れてたと叫びそうになったカーマインだが、なんとか叫ぶ直前で止めることは出来た。 だがこのまま甘やかしていいものか、かなり今更な事を悩んでいるうちにジュリアンが興味を引かれ、そのペンダントを手に取っていた。 「あのね、それは今魔法学院の女の子の間で流行っているプロミス・ペンダントって言うの。それに誓いをたてて実行すると、願いが叶うんだよ」 「なるほど、面白い。すまない、これを一つ……いや、二つくれないか?」 「ジュリアン、そんな悪いよ」 「なに、闘技大会の賞金があるからな。気にしなくていい、ほらルイセ」 賞金があるのはこっちも同じなんだけどとカーマインは思ったが、ルイセがそれを受け取ってしまう。 「ありがとう、ジュリアンさん。……カーマインお兄ちゃんにはまた王都で何か買ってもらうからね」 「解ったよ。そのうち付き合うから」 もはや諦め十分にカーマインが頷くと、ルイセはさっそくペンダントを首からかけていた。 「それで、二人とも何を誓って、何を願うつもりなんだい?」 「そうだな、私はが誓うのはもちろんインペリアル・ナイトになることだが、願いは……またいずれ考えよう。ルイセはどうするんだ?」 「私はねぇ……どうしようかな。う〜んっと、そうだ。カーマインお兄ちゃんとグロウお兄ちゃんを泣かせてみせる!」 ぐっと拳を握って嬉しそうに言ったのはいいが、その内容にカーマインもジュリアンもぽけっと口をあけてしまっていた。 その間もルイセは思いついた誓いが気に入ったのか、なんどもそれがいいと呟いている。 「しかし、カーマインはともかくとして、グロウをか? それはかなり無謀だと思うが」 「だって、いつも私が泣かされて泣き虫みたいに言われてるんだもん。だから私が泣かせて、泣き虫って言うの」 「それで、なんで僕まで……」 カーマインは単なるグロウのとばっちりと、先ほどのことがまだ尾を引いた結果であった。 「大変だな、カーマインも。ルイセは手強そうだな。いっそ今泣いてみせるか?」 「だめぇ、私が泣かせなきゃ意味がないんだから。それにグロウお兄ちゃんが一緒じゃないとだめなの」 「もう好きにしてよ。それで、なにを願うんだい?」 「そんなの決まってるもん。秘密だよ」 頬を染めながらルイセが言った台詞にカーマインは首を傾げたが、ジュリアンはなんとなく察したようだ。 どんな願いなのかと思いつつも、秘密なら仕方がないかとカーマインはウォレスとティピが待つ宿へと足を向けた。 そして二人と合流を果たすと、研究の発表が終わっているであろうアリオストを迎えに、魔法学院へと向かった。 アリオストの研究室のドアを開けた途端、叫び声のような歓声が聞こえた。 「あー、お兄様!」 「あ〜、またいたよ、この子。どこにでも出没する子ね」 「ミーシャ、何で君がここに」 思わず耳を塞ぎそうになったその声は、ミーシャの声であり、どうやらアリオストの研究室に遊びに着ていたようだ。 お茶の置かれたテーブルに手を着いて勢い良く立ち上がると、一目散にカーマインの元へと走ってくる。 どうして君がとカーマインが困惑していると、アリオストが苦笑しながら、ミーシャがいた理由を言った。 「ミーシャ君から聞いたよ。闘技大会で優勝したんだって?」 「かなり危ない所でしたけど、なんとか」 「さっすがお兄様、謙遜なんてしなくても。もっと自慢しちゃってかまわないんですよ!」 本当に危ない所だったのだが、どうやら優勝の事実は知っていても内容まではミーシャも知らないようだ。 「どちらにせよ。これでコムスプリングスまで行けるみたいだね。僕も一応、発表がてらにバーンシュタインの魔法技術者の権威に声をかけてはいたんだけど、良い返事がもらえなくて困ってた所だよ」 「じゃあ、アリオスト先輩が研究発表のために残ったのは……」 「研究の発表も大事だけど、半分はそのためさ。ところで、そちらの人は君たちの友人かい?」 ルイセの言葉を軽く肯定した後、アリオストはカーマインたちの後ろにいたジュリアンを言葉で指した。 それに対しジュリアンは軽く頭を下げたが、自己紹介まではしなかった。 どうやら、カーマインかルイセが間に入り込むのを待っていたようだ。 「あ、この人はジュリアンさんで私たちの知り合いです。闘技大会のエキスパート部門で優勝した、すっごく強い人です」 「グロウとも知り合いで、現状を話したら手伝ってくれるそうです。それでこちらはアリオストさん。魔法学院の研究生で、グロウの為に何度か骨をおってもらっている人です」 それぞれが自分で名を名乗り、握手を交わす。 すると紹介されなかったミーシャが、割り込んで名乗りながら無理やりジュリアンと握手をしだした。 「は〜い、ミーシャです。よろしく、ジュリアンさん」 「あ、ああ。君もよろしく頼む」 「ジュリアンでも押されるのね。この子には……」 何かを諦めてしまったようなティピの声に、苦笑するしかなかった。 「おい、紹介しあうのはいいが目的を忘れるな。まずはコムスプリングスへ行って、ダニー・グレイズに会うことだ。アリオスト、お前の研究発表はもういいのか?」 そう言ったのはウォレスであり、誰もがはっとその事を思い出す。 「ええ、今日までで全て終わっていますよ。問題ありません」 「なら出立は明日だな」 「ちょっと待ってくださいウォレスさん。そもそもこの旅券って、何人までいけるのか。ルイセ、何人までって書いてある?」 「え〜っと、ちょっと待ってね…………五人って書いてあるよ、カーマインお兄ちゃん」 この場にティピを入れて七人いるが、当然ティピは人数にいれなくとも良い。 だがそれでも六人であり、誰が残るのかと考えてすぐに皆の視線が一人に集まった。 「え、私?! そんなぁ〜、私も温泉にいきた〜い!」 ミーシャであった。 そもそも、その台詞からして何の為にコムスプリングスへ行くのかを理解していない。 知らされていないのだからそれもしょうがないが、温泉は二の次以下の目的であり、それを第一の目的とされては困る。 だが運が良いのか悪いのか、ジュリアンがそう言えばと言葉をあげた。 「私は元々バーンシュタインの人間だ。向こうに戻るぐらいは旅券に頼らずとも、問題ないはずだ。それならばミーシャも入れて、五人で丁度よいのでは?」 「う〜、ありがとう。ジュリアンさん。このご恩は絶対に、忘れません」 「ま、問題なく行けるんならしょうがないわよね。でも、アンタ。目的を忘れるんじゃないわよ。ルイセちゃん、そのところ今日中にみっちり教えて上げるのよ」 「う、うん。がんばるけど、大丈夫かな」 ルイセが不安そうに呟いたのには、理由があった。 「お兄様、温泉に入ったらお背中流しますね。キャッ、お兄様ったら、もう!」 「い、痛いんだけど……」 一人で妄想にふけっては、バシバシとカーマインの背中を叩くミーシャがいたからだ。
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