第十七話 困惑の決勝戦


カーマインが目を開けたそこは、コロシアムにある救護室であった。
ゆっくりと開けた目に映ったのは天井と、顔の上を飛んで覗き込んでいたティピの姿であった。

「あ、起きた起きた。ウォレスさん、コイツ起きたわよ」

「ティピ……ウォレスさん」

「なんとか勝ったが、痛手をこうむり過ぎたな。お前も、ルイセも」

「ルイセ……どうしてルイセま、で! 痛ッたた」

ウォレスの言葉を聞いて跳ね起きようとしたカーマインだが、体中の痛みにまたベッドへと体を横たえた。
それでも聞かずには居られないと顔だけでもウォレスに向けると、その顎がある方向を指した。
首だけをそちらに向けると、開けっ放しのドアがあり、半分だけ体と顔を覗かせたルイセがいた。
カーマインが視線をよこすと、おずおずと見えなくなるまで体を隠してしまう。

「ルイセ? 無事じゃないですか……ビックリさせないでくださいよ」

ほっとしたのもつかの間、ずっと隠れたまま部屋に入ってこないルイセを不審に思うのに時間は掛からなかった。

「ルイセ、どうしたんだい? そんな所にいないでこっちにおいで」

「お、怒ってないの?」

「怒る? どうして?」

「だって……私、カーマインお兄ちゃんをトルネードで…………うぅ」

「全くこの馬鹿は、ティピちゃ〜ん、キーーーーーーーーーーーーーック!」

泣き出したルイセを見てもまだ原因が解らないとばかりに首をかしげているカーマインに、ティピの容赦ない蹴りが炸裂した。
そのままベッドから転げ落ち、未だ状況のつかめていないカーマインを前にして、ふんぞり返ったティピが告げる。

「あのね、ルイセちゃんがアンタを魔法で攻撃して何も思わないと思ってるわけ? 自分がアンタを傷つけたってずっと悩んでたのよ!」

「あ……そう、だよね。ごめんルイセ、怒ってないから、おいで」

「本当に、怒ってないの?」

「アレは元々僕が言い出したことだよ。それにルイセはちゃんと応えてくれた、怒るわけないじゃないか」

最後にカーマインが痛みを抑えて笑顔を見せた事で、ようやくルイセは救護室へと入ってきた。
それでもまだ恐る恐るではあったが、もう一度カーマインがおいでと言うと走ってカーマインへと抱きついた。
そのままカーマインの胸に顔を埋めて、声を上げて泣いた。

「うぅ……カーマインお兄ちゃん」

「結局許してもらっても、泣くんだから」

「今回は僕が悪かったよ。勝つ事に執着して、そこまで気が回らなかった。もうこんな手使わないよ」

「使えない、の間違いだろ?」

「ゼノスチームには同じ手は効かないぜ」

その声は救護室の中、カーマインがいたベッドとはまた違うベッドから上がった。
先ほどまでのカーマインと同じようにベッドに寝かされていたニックとシールであった。
彼らもまたルイセのトルネードの前に倒れ、同じ救護室へと運ばれていたのだが、目を覚ましたのはカーマインよりも先であった。

「どういうことなの? そりゃ、ルイセちゃんが同じ事しないでしょうけど」

「ゼノスの相棒だな?」

ティピの疑問の声に応えたのは、ウォレスの方であった。
どうやら二人と同じ考えに行き着いていたようである。

「ダンナはお見通しのようだな。ゼノスチームはゼノスの剣技が目立ってはいるが、本当に気をつけるのはその相棒だ」

「名前こそゼノスほど売れていないが、奴の魔法技術は侮れない。そのお嬢ちゃんの魔法に耐えるぐらいは出来るだろう」

「同じ手は使いません。ルイセが泣くだなんて解ってたら、使いませんでした」

キッパリと言い切ったカーマインを見て、ニックが起き上がって笑う。

「言うじゃねえか。だが、今のままじゃゼノスに勝てない。だから、俺のコイツをくれてやる」

そう言ってニックが掲げたのは、幅広の両手剣であるクレイモアであった。
そのままカーマインは受け取ったものの、どうしてと疑問ばかりを顔に貼り付けてニックを見た。

「お前が気絶している間に、ダンナとおチビから事情を聞いちまったんだよ。双子の兄弟の為に負けられなかったんだろ? それでも正々堂々戦ってる奴に何かしてやりたくてな」

「でも、僕はとても両手剣を使えるほど腕力は」

「気付いてないのか? お前はお前が思う以上に力がある。最初の一撃はともかく、お前は試合中何度も俺のクレイモアと片手剣のブロードソードで真っ向打ち合ってたんだぞ? それだけの力は充分にある」

「わかりました。ありがたく頂きます」

「そのかわり、勝てよ」

剣以外のものまで託すようにして言ったニックの台詞に、カーマインは臆することなく頷いた。
その数秒後、救護室のドアがノックされ、係員らしき者が顔を覗かせた。

「カーマイン選手、具合はよろしいでしょうか? そろそろ決勝戦のお時間ですが」

「平気です。ルイセ、行こう!」

「ぅ……うん!」

新しい得物であるクレイモアを引っ提げ、カーマインとルイセはコロシアムの試合場へと向かった。





「あと一つだね。カーマインお兄ちゃん」

「ああ、あと一つ」

試合場へと入場した途端、これまで四回の入場の中で一番大きな歓声のうねりに包まれた。
単なる歓声だけではなく、ゼノスチームへの歓声だけでなく、カーマインやルイセの名を呼ぶ声もある。
さすがに参加人数が少ないとはいえ、決勝戦ともなれば名が売れてしまったようだ。

「心配されたカーマイン選手も万全の体勢の模様です。青コーナーから入場しましたカーマインチーム。この兄妹が決勝まで勝ち進もうとは誰が想像したでしょうか? もはや優勝する実力は十分にあると判断して差し支えないでしょう!」

お決まりのアナウンスの入場コールにさらにコロシアムが沸いた。

「そして対する赤コーナーは、当然の如く勝ち残った最強コンビのゼノスチー…………ム」

急激に勢いをなくして消えていったアナウンスには理由があった。
誰の目にもその理由は明らかで、向かいにいたカーマインたちも困惑の顔でそれを見ていた。
コロシアムの試合場に入場してきたのは、ゼノスの相棒である僧兵ただ一人。
ゼノスの姿がみえないのだ。
ざわめく観客席にたいし、慌てて審判が理由を尋ねにいった。

「ゼノスさん……どうしちゃったんだろう。カーマインお兄ちゃんと同じで怪我でもしたのかな?」

「ウォレスさんの話だと、余裕で勝ちあがってきたらしいけど」

観客と同じようにカーマインとルイセも困惑していた。
やがて理由を聞き終えた審判が、試合場の中央に歩き、ざわめく観客席へ静まるようにと合図を出した。

「お静かにお願いします。ゲイル選手に事情を尋ねた所、準決勝が終わった直後から姿が見えなくなったそうです。大会規定により、三十分だけゼノス選手を待ちますが、それでもこない場合は二対一のまま決勝を始めたいと思います!」

その宣言には賛否両論であった。
ゼノスが遅れた事にか、決勝の熱気を冷めさせられたせいかブーイングを行うもの。
三十分は短いのではと待ち時間を延ばせと叫ぶ者。
だが周りがいくら叫ぼうとゼノスが居ない事には変わりは無かった。

「このままゼノスさんが来なかったら……」

ぽつりと呟いたルイセの言葉は、半分は本音であった。
まず間違いなく、優勝はできるだろう。
いくら魔法に優秀なゲイルでも、魔法使いと剣士の両方を同時には相手にできないはずだ。

「ゼノスさんは来るよ。あんなに勝つんだって言ったんだ。絶対に来る」

来なければ後味が悪い事もあったが、カーマインは気を緩めないように、闘争心に隙が出来ないようにあえてそう言った。
だがいくら待っても、時間が過ぎてもゼノスが姿を見せる気配は無かった。
リシャール殿下にあまり退屈な時間を取らせるわけにも行かないのか、審判や大会責任者は時間ばかりを気にしていた。
タイムリミットである三十分が近づくにつれ、観客席からのざわめきも少なく、やがて消えていった。
そして、三十分断ってしまったのか、審判が再び試合場の中央へと歩いてそこで右手を上げた時、声が割って入った。

「遅れちまってすまねえ! 俺はここだ!」

どれだけ急いでいたのか、ゼノスが現れたのは観客席からであった。
かなり高さのある観客席から飛び込んだゼノスは、そのまま相棒に片手を上げて誤ると、審判へと走りよる。

「カーマインお兄ちゃん、ゼノスさん……なんだか変じゃないかな? 顔色が悪いような」

「きっと凄く急いで来たからだよ。それよりもルイセ、気合を入れて。勝つよ」

「少々遅れましたが、ゼノス選手が現れましたので、フレッシュマンの部の決勝を始めたいと思います!」

観客席の止まっていた時間が、動き始めた。
仕切りなおしとばかりに湧き上がる歓声の中、カーマインはゼノスを見た。
ゼノスが遅れて悪いと謝ったのは一瞬、すぐにその顔はこれから戦うべき相手の厳しい顔つきとなった。

「それでは決勝戦、はじめ!」

「遅れてきたのは悪いが、さっさと終わらせてもらうぜ、カーマイン。急がなきゃ、ならないんでな!」

「そう簡単に負けません。ルイセはマジックアローでゲイルさんを牽制して、サイレンスを使わせないで!」

「わかった。我が魔力よ!」

ルイセが詠唱を始めたすぐ前では、カーマインとゼノスが互いの大剣をぶつけ合っていた。
ゼノスはその体格から大剣を持っていても違和感はなかったが、カーマインのクレイモアはやはり大きく見えた。

「武器を持ち替えたようだが、そんな手が通用するとおもったか!」

「ゼノス援護するぞ。我が魔力よ、彼の者にさらなる力を」

「当たって、マジックアロー!」

ゲイルの足元にルイセのマジックアローが突き刺さるが、詠唱を止めるには至らなかった。

「くっ……さらなる力を、アタック!」

間近に居るカーマインにだけ肉眼で確認できるほどだったが、ゲイルの魔法でゼノスの筋肉が膨張するように膨らんだ。
ゼノスの一撃、一撃がさらに重く、激しくなっていく。
それに比例して攻撃を受け続けていたカーマインの両腕が、痺れて間隔がうせていく。

「この、これぐらいで!」

「カーマインお兄ちゃん、いくよ。我が魔力よ、彼の者にさらなる力を!」

「これがグローシアンか、魔法を使ってから次の詠唱が早い!」

ゲイルの驚きをよそに、カーマインの腕にもルイセの魔力の加護が宿り、ゼノスの剣を押し返し始めた。
その手ごたえを感じてカーマインは勝利を確信するほどではなくとも、勝つ事が不可能ではないと確信していた。
反対に、ゼノスは焦っていた。
予想以上のカーマインの剣技に対してではなく、ゼノスが遅れてきた理由に対してであったが。

(こんなはずじゃ、すぐに終わらせて……戻らねえと。カレン!)

一瞬ゼノスに隙が生まれた。
カーマインがクレイモアを渾身の力を持って振り下ろし、防ぎきれなかったゼノスの肩にめり込んだ。
鎧の上からでは合ったが、かなりのダメージであった事は間違いないようで、すぐさまゼノスが大きく距離をとった。

「ゼノスさん、こっちへ。我が魔力よ、癒しの力となれキュア!」

「ちっ、思った以上にやりやがる」

「ルイセ、もう一度アタックを。回復しきる前に倒すんだ」

「うん、我が魔力よ。彼の者にさらなる力を、アタック!」

クレイモアを掲げながら走るカーマインを見て、ゼノスは明らかに舌を打った。
そして、決断する。

「ゲイル、治療はもういい。離れていろ!」

「ゼノスさん、まさか。ここは戦場じゃないんですよ。半分はお祭りの闘技大会なんですよ?!」

「仕方がねえだろ! 俺は勝って、一刻も早く…………二度と剣が持てなくなっても恨むなよ!」

治療もそこそこに、ゼノスが音が鳴りそうな程に両足で大地を踏みしめた。
その手にある大剣をやや水平にして切っ先をカーマインに向けて、構えた。
ゲイルの慌て様から、並大抵の技ではない事は確かであった。
カーマインもまた、ゼノスの発する気迫からそれとなくその技の危険性を察知して避けようとしたが、

「しまった、ルイセ?!」

その自分の後ろにルイセが居た事を思い出す。
避ければ、これからゼノスが放つ技にルイセが当たると、立ち止まり構えた。

「良い度胸だぜ。じゃあな、あばよカーマイン!」

奮われた大剣が唸り、そして大気が爆発したような音を立てた。
振動が大気を伝わり、大地をえぐりながら一直線にカーマインへと空気の弾丸が突き進む。

「カーマインお兄ちゃん!」

叫んだルイセの目の前で、カーマインの体が容赦なく空気の弾丸に弾かれ、意識ごとその体が飛んだ。





その光景を見ながら、大会責任者である男はほっと胸をなでおろしていた。
優勝候補であるニックが無名の選手に負けてしまい、あろう事かもう一人のゼノスまで遅れてきたのだ。
もっともリシャールの近くにいて、その内心を憂いていた為でもあるが。

「き、決まりましたな。やはり順当通り、ゼノスチームの優勝のようですな。いくらグローシアンの少女でも、ゼノスとゲイル相手に」

当たり障りのない意見を述べた先のリシャールは、その意見に薄く笑っていた。

「さあて、それはどうでしょう。勝負は何事も最後までわからないものです」

「ですが、さすがに……」

「わからないものですよ」

まるで大会責任者の意見を聞くそぶりも見せず言い切ったリシャールに、大会責任者はなにも言えずにいた。
もっとも食い下がってまで言い切るような意見でもなく、試合場の大地に落ちたカーマインをみた。





「カーマインお兄ちゃん!」

ルイセの声は聞こえていたが、ほとんどカーマインは理解して聞くことができなかった。
体中の殆どの機能が停止してしまったように、体中の間隔が曖昧で、自分が今気絶しているのかどうかもわかっていなかった。
ただ目に映るのは青に染まった空ばかり。

「これは、完全に決まったのか! カーマイン選手、動けません。危険な状態ではないでしょうか!」

「ルイセ君、早く棄権してカーマイン君を治療に専念させろ。ゼノスさんのあの技は奥の手もいい所だ。兄を想うのなら、早く!」

「私、でも……グロウお兄ちゃんのために」

(ダメだ……棄権なんて…………)

ただ朦朧とする意識の中で、浮かんだ言葉は声になる事はなかった。
カーマインの意識の中だけで無意味に響き、やがて消えていった。
そんな時だ、ブツリ、ブツリと途切れる声が聞こえたのは。

(君はこんな……、倒れてい…………僕と、同じだ。僕が、教えて…………力の……使い方を)

見知らぬ誰かの声は、少年のように若々しい声であった。

「そんな……馬鹿な」

呟いたのはゼノスだった。
誰よりも自分の技の威力を知っているが故に、立ち上がったカーマインを見てそう言ったのだ。
だが、立ち上がったカーマインに意識があるとは誰も思えなかった。
目は焦点が合っておらず、右手にあるクレイモアも、持っているというよりは引っ掛かっているだけに見えた。

「カーマイン、お兄ちゃん? しっかりして、私がすぐに。我が魔力よ」

すぐさま治癒の魔法をかけようと駆け寄るが、カーマインが音を立てて地面を踏みしめた事でビクッとなって足を止めた。
さらにカーマインは打ち付けた足をすり合わせて肩幅よりも大きく開くと、クレイモアを水平にして切っ先をゼノスへと向ける。
まるで先ほどゼノスがカーマインに向かってしたかのように。
間違いなく、カーマインに意識はなかった。
ただ誰かに操られるように、それらの行動を行っていたのだ。
だが次の瞬間は、意識を持って吠えた。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

奮われたクレイモアが大気を打ち据え、空気の弾丸を打ち出した。
立ち上がるだけならまだしも、見ただけでカーマインが同じ技を使った事にゼノスの思考は完全に止まってしまっていた。
さらにゼノスにだけ、カーマインの背後に白く大きな異形が見えた事も関係していた。
異形のカーマインの前に恐怖で避けると言う選択肢も選ぶことも出来ず、ゼノスは空気の弾丸に打ちすえられ、吹き飛んだ。
コロシアムが一瞬にして静まり返り、数秒後にはその反動を持って湧き上がった。

「こ、これは信じられません。なんと自らが倒された技を、そっくりそのままお返ししてしまった! ゼノス選手、立ち上がれません。完全に決まったようです」

「はぁ……はぁ…………一体、なにが。今のは僕が、僕がやったのか?」

「カーマインお兄ちゃん、大丈夫? 痛いところは?」

「大丈夫だよ、ルイセ。大丈夫だ。あとは……ゲイルさん。まだやりますか?」

まだ半分意識がはっきりとしないカーマインだが、しっかりと自分の意志で立ちながら問うた。

「いや、私たちの負けだ。見たところ私とルイセ君は互角だ。前衛であるゼノスさんを欠いた時点で、私たちの負けは決まった。降参するよ」

「勝者、カーマインチーム!」

審判の宣言の後、沸きに沸いたコロシアムだが、当の本人たちはキョトンとしていた。
得にカーマインは勝ったという自覚が沸かないでいた。
ルイセと二人で顔を見合わせては、騒ぎの中心にいるくせに、騒ぎから取り残されたようになっていた。
目に映るのは、敗北を認め倒れこんだゼノスを抱えて、控え室へと足早に戻るゲイルだけであった。

「やった、やったわね。アンタたち。優勝よ、優勝!」

そこへ二人の下へ飛んできたのはティピである。
二人の周りを飛んで回っては、優勝と連呼する。

「優勝、しちゃったんだよね」

「したみたいだね」

「なにボケっとしてんのよ。優勝よ、コムスプリングスに行けるのよ!」

そういわれて、ようやくハッとしたように二人の意識が繋がった。

「優勝、これでグロウお兄ちゃんのために一歩進んだね!」

「ああ、優勝したんだ。優勝したんだ! 行けるぞ、コムスプリングスに!」

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