第十五話 闘技大会開催


魔法学院から南へといった所にあるのは、今は滅んだ王国の名残である栄えた街であった。
なかでも旧王国の最大の建造物であるコロシアムは、国が滅んだ今もなおグランシルの住民や、その他の人々に親しまれていた。
その最たる行事がこれから行われようとしている闘技大会であった。
各国の武人や魔術師が集まり、腕を競い合う。
中でも腕を見込まれた者は王国の仕官として取り上げられる事も珍しくない。
その闘技大会に出る為にカーマイン達は闘技場前の選手登録が出来る登録所まで足を運んでいた。

「いやぁ、今年のフレッシュマンの部は優勝候補が二人も居て参加者が激減してたんだよ。君みたいな若い子が登録してくれるのはこちらとしてもありがたいところだよ」

カーマインが登録をしに来ると、受付の男は嬉しそうにしながら参加用の書類を出してきた。
その書類にカーマインがペンを走らせているうちに、世間話でもとウォレスが尋ねる。

「参加者が減るって言うと、その優勝候補ってのはよほど強いのか?」

「ああ、一人はココからずっと北にあるメディス村に住むニックって剛剣の使い手だ。そしてもう一人はこの街に住む同じく剛剣の使い手の傭兵ゼノスだ。どちらもすでに傭兵として有名でね。誰も彼もがしり込みしちまってる」

「ゼノス? あたし会った事あるよ。たしかカレンさんってすっごく綺麗な妹さんがいるの」

「おぅ、この街じゃ仲の良い兄妹って事でも有名さ。早いうちから両親をなくして、ゼノスが傭兵家業をしながら妹さんを養ってる。ちょっと荒っぽいがいい奴だ」

やっぱりあのゼノスなのだとティピが同じく会ったことのあるカーマインにも声を掛けようとしたが、カーマインが書類を書く手を止めていた事を不思議に思い書類を覗き込んだ。

「あんた、何止まってんの? まさか読めない字でもあったとか?」

「そんなんじゃないけど、これ……フレッシュマンの部って、ペアで出場が原則って書いてあるんだけど」

カーマインが指差した所には、さらに名前の記入欄が二つ用意されていた。

「なんだ、君はそんな事も知らずに参加しにきたのか? そんなに困らなくても、そこの大きな兄さんとペアで」

「ああ、俺はすでにエキスパート部門に出て優勝した事がある。フレッシュマンには規定上でられないはずだ」

「すごい……ウォレスさんって凄かったんだ。だったら今年もエキスパート部門にでたらどうですか?」

「さすがに今の状態で勝ち進めるとは思えないが、そうだな。来年にはと言っておこう」

のんびりとルイセとウォレスが話していると、受付の男の目がルイセに止まった。

「だったらそこのお嬢ちゃんでいいだろう」

「え?」

突然話を振られて理解できなかったのか、あたふたと皆を見渡すルイセ。
するとティピまでもがおおっと唸りながら、ウォレスも頷いている。

「ちょっと待ってよぉ。私なんかが出ても……そうだ。今からアリオスト先輩を」

「残念でした。アリオストさんは、飛行装置の研究発表があるから出られません。あきらめなよ、ルイセちゃん」

「そんなぁ…………」

「頼むよルイセ。魔法で援護してくれるだけでいいから。それならいつもと変わらないだろ?」

「そうだけど、うぅ…………わかった」

涙目になりながらも、なんとか頷いてくれたルイセの名をカーマインが書類へと書いていく。
参加者の欄にはカーマインとルイセ、二人のの名が書き記される。
カーマインがその書類を渡すと、受付の男が受理の判子を押印し、受付は終了した。

「はい、確かに承りました。宿で参加者だと言えば優先的に泊めてくれるはずだ、君たちの健闘を祈ってるよ」

「それじゃあ、その宿に行って今日はゆっくりと休むとするか」

ウォレスの意見に各々頷いて登録所を後にしだした。
グランシルは旧王国から栄えているだけあって、大通りでなくとも様々な露天や店が視界に映る。
その種類は様々で刀剣などの武器を扱っている場所もあれば、煌びやかなアクセサリーを売る所など様々であった。
おかげで宿までの道のりに飽きると言う事は無かったが、ふいにルイセの足が止まった。

「どうしたんだいルイセ?」

「えっとね、ちょっと……カーマインお兄ちゃんに付き合って欲しいの」

「それって、デート?」

茶化すように言ったティピの言葉にルイセが真っ赤になりながら、初心者用のワンドを持ち上げる。

「ち、違うよぉ。ただ闘技大会に出るからにはカーマインお兄ちゃんの足を引っ張りたくないから、ちゃんとした杖が欲しいなって」

「な〜んだ、そんな事か」

「いや、案外大事な事だぞ。魔法使い程武器に左右されるものはねえからな。カーマイン、付き合ってやれ」

「そういうことなら。ここまで歩いてくる中で気に入ったのとかはあった?」

ふるふると首を横に振られたことで、困ったなと後頭部を掻いたカーマインが出した答えは、

「それじゃあ、ちょっと歩いて回ろうか」

「うん、お願い。カーマインお兄ちゃん」

デートと言えなくも無い答えであった。





ウォレスとティピを先に宿に生かせてから、子一時間ほどは歩き回っただろうか。
最初は物珍しさもあって、歩き回る事に疲れさえ見えなかったが、時間が経つにつれ人や物の多さは疲れを倍増させるだけであった。
ルイセ自身、気に入る物が見つからず、なおかつカーマインをつれまわしている現状に嫌になり始めていた。

「ごめんね、カーマインお兄ちゃん。本当は、すぐに見つかると思ったんだけど」

「それはルイセのせいじゃないから仕方が無いよ。ほら、もう少し歩いてみよう?」

「うん……それじゃあ、今度はあっちのお店、いいかな」

片っ端から魔術道具を売っている店を覗いて回り、今度もまた目に付いた店へとルイセが足を向けた。
その店は老店と言えば聞こえは良いが、建物自体少し傾いた古ぼけた店であった。
一歩踏み込めば外の明かりが届いているのか怪しいほどに暗く、かつ様々な怪しい物が置かれていた。
謎の動物の干物や、嫌な匂いのする薬草類、何故か人の頭蓋骨までもが置いてあった。

「うぅ……カーマインお兄ちゃん、やっぱりここは」

止めようと言おうとした時、とある杖がルイセの目に止まった。

「悪いけど、あまり長居は」

「これ、見つけた。カーマインお兄ちゃん、この杖。すっごく惹かれる」

ルイセが指差したのは何かの金属で出来た杖の先端に水晶の様にカッティングされた淡く青い透明の石がついた杖であった。
魔法が使えないカーマインにも何かしら感じる所があり、その杖を手にとってルイセに渡す。

「やっぱり凄い。この感じ、魔力が引き出されるみたい」

「うぇっへっへ、お嬢ちゃんや。その杖が気に入ったのかい?」

「ひゃっ!」

すりこ木ですりつぶした様な声を発したのは、店の置くから出てきた老婆であった。
ルイセは思わず杖を持ったままカーマインの後ろに隠れた。

「お婆さん、この杖いくらですか? できれば今すぐに欲しいんですけど」

「値段は、そうじゃのぉ……お嬢ちゃん、目を見せてくれんかの?」

「え……目を? それぐらいなら…………」

おどおどとしながらカーマインの後ろから進み出ると、わけもわからずルイセは老婆の前へと進み出る。
すると老婆がただれた肌で細まっていた目をこれでもかと開いてルイセの目を覗き込んできた。
小さな悲鳴がルイセの唇から、漏れた。

「あの……」

「お嬢ちゃんはグローシアンかね?」

言い当てられた事に驚きつつ、ルイセは黙したまま首を立てに降った。

「そうか、なら少し待っていなさい。何処へやったか………………おお、これじゃこれ」

そう言いながら老婆が持ってきたのは繊細な掘り込みを施された腕輪であった。
それを何も言わずにルイセに渡して、しばし考え込む。

「そのウィザードロッドと加護の腕輪で、1000でどうじゃ。なかなかに破格じゃぞ?」

「1000……」

破格なのかもしれないが、今のカーマインにはなかなか痛い値段ではあった。
それだけあれば、新しく良い剣を一本か二本は買えたはずだ。
しり込むカーマインを見て、勧めるわけでもなく老婆は笑っているだけである。
すると今度はルイセがカーマインの服の袖を引っ張ってくる。

「カーマインお兄ちゃん、あのね。破格なのは本当だよ。この杖も腕輪も本物だし、本当なら2000出しても買えないとおもうし」

それは控えめな催促ではあったが、カーマインに決断させるには十分な言葉であった。

「解りました。買いますよ」

「毎度あり、さあ早速その腕輪をつけてごらん。その腕輪は本人の魔力で薄い膜を作って、ある程度の攻撃を防いでくれるからね」

「…………似合うかな?」

どうやらルイセにとっては加護よりも、そっちの方が気になったようだ。
老婆もその事には特に触れることなく、カーマインからお金を受け取って再び店の奥へと戻っていった。
それからカーマインとルイセも店を出て、買い物も済んだので宿へと足を向けた。
その間ルイセはこれまで街の中を歩き回ったことも忘れて新しい杖の感触を楽しんでいた。

「カーマインお兄ちゃん、私がんばるから。一緒に優勝しようね?」

「そうだね。勝ち抜いて、優勝しないと」

「へっ、やっぱり来てやがったな。言ったはずだぜ、勝つのは俺だってな」

二人で歩いている所に、急にかけられた声にカーマインは聞き覚えがあり振り向いた。

「よぉ、久しぶりだな」

「お久しぶりです、カーマインさん」

「ゼノスさん、それにカレンさんまで……」

そう、カーマインが振り向いた先にはあのゼノスとカレンがいた。
どうやら食事の買出しの途中だったようで、ゼノスは荷物持ちをさせられており、先ほどの台詞が少し滑稽であった。

「なんか一人足りねえが、変わりにいるそっちはなんだ? 恋人か?」

「ちょっとゼノス兄さん、初対面で失礼よ」

「はは、こっちはルイセ。僕の妹ですよ。恋人ではありません」

「なんだ違うのか。ちっとばかし年齢が離れてるようにも見えるし、妹の方が納得できるな」

恋人と言われ顔を赤くし、否定されてうなだれたりと忙しいルイセに、クスリと笑ったカレンが初めましてと手を差し出した。

「あの初めまして、ルイセです」

「よろしくね、ルイセちゃん」

お互いの妹二人が仲良く握手している傍ら、カーマインとゼノスの話題は当然のように明日の闘技大会へと変わっていった。

「聞きましたよゼノスさん。明日は優勝候補の一人だそうじゃないですか」

「まあな。だがニックってもう一人の奴もかなりの腕だ。負けるつもりはねえが、楽には行かねえだろうな」

「僕も簡単に負けるつもりはありませんよ。勝たなきゃいけない、理由がありますから」

そう言い切ったカーマインを見て、ゼノスがニヤリと笑った。

「負けられないのはこっちも同じだぜ。まあ、明日は正々堂々と戦おう。馴れ合うのも良くねえから、お喋りも闘技大会が終わるまでこれっきりだ。カレン、行くぞ」

「ええ、それじゃあルイセちゃん。また時間があったらお話しましょうね」

「はいそのときは、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げあう二人を見ることなく、カーマインの視線は去っていくゼノスの背中に絞られていた。
闘技大会に優勝し、コムスプリングスへ行くための最大の障害。
ゼノスにどんな理由がわるかわからないが、負けられない理由ならゼノスにだってある事を今更ながらに知り、カーマインはギュッと右の拳を握り締めた。
その拳を、いつの間にか横に並んだルイセがぎゅっと包み込むように両手で握ってきた。

「カーマインお兄ちゃん、私もがんばるから。フレッシュマンの部はペアなんだよ。二人で、がんばろう?」

その言葉に緊張を和らげたカーマインは、見上げるルイセの頭に手を置いた。

「ありがとう、ルイセ。二人で、優勝しよう」

その日宿に帰ると、二人は明日の為にと早めに寝入って体力を回復させた。





翌日、カーマインとルイセは歓声鳴り止まぬ闘技大会が行われるコロシアムの中にいた。
周りには剣や斧、弓といった各々の得意とする武器を持った猛者たちが溢れんばかりであった。
これでフレッシュマンの部が参加人数が減っていると言うのだから驚きだ。

「う〜、カーマインお兄ちゃん……ドキドキしてきたね」

「さすがにね。でもほら、こうすればね?」

「あ、ありがとう。カーマインお兄ちゃん」

そっと手を握ってきたカーマインに恥ずかしそうにルイセが礼を述べる。
そのまるで初々しいカップルのような行いに、周りは明らかに失笑や侮蔑の視線を送っていた。
カーマイン自身自分たちが場違いであると感じていなくも無かったが、実力を出し切れず負けるよりは良いと思っていた。
自分も緊張と周りの雰囲気に飲まれぬように、観客席に見つけたウォレスとティピに軽く手を振る。

「あ、そろそろ始まるみたい」

ルイセの言葉に導かれて背の高い男たちの背中越しに前方を見ると、開催責任者である男が壇上に現れた。
よくよく見ればその奥に備え付けられた玉座には、赤い帽子と上着を纏った少年が座っている。

「これより、本年度の闘技大会を執り行う!」

開催責任者のその一言で、歓声が大きなうねりとなってコロシアム全体を覆い始めた。
そのあまりの大きさに、ルイセなどはビックリして身を小さく縮こませている。
泣かずにいられたのはカーマインと手を繋いでいたからだろう。

「今年は国賓としてバーンシュタイン王国の王子であり、インペリアル・ナイト・マスターでもあられる、リシャール殿下がお見えになられております」

どよめきが次第に小さくなり、王座に座る一人の少年にコロシアム中の視線が注がれた。
遠目でカーマインたちからは良く見えなかったが、最強とイコールで結べる騎士がここにいるのだ。

「それではリシャール殿下、一言いただきたいと思います」

「我が国の民は知っていると思うが、私も国ではナイト・マスターをつとめ、剣術には興味があります。みなさん。悔いの残らぬよう、全力を出して戦ってください」

玉座から立ち上がったリシャール殿下は、声だけは少年の物であった。
だがいずれ王位を継ぐ者としての威厳や威信は十分すぎるほどにあった。
コロシアムの誰もがカーマインよりも年下に見える少年の一挙一動に見ほれ、目を奪われていた。
そして言葉が終わると同時に、これまでで最大の叫び声のうねりが生まれた。

「うぅ……なんだか、帰りたくなってきた」

「ほら、ルイセがんばって。なにもリシャール殿下や、ここにいる全ての人と戦うわけじゃないんだから」

「そうだけど……」

「次に、前年度、フレッシュマンの部優勝者ジュリアンより、選手宣誓です」

怯えるようにしていたルイセも、カーマインも開催責任者の言葉にえっと我を忘れて壇上を見上げた。
選手の群れから歩き出した一人の男、あのジュリアンがいた。
開催責任者とリシャール殿下のいる壇上の手前まで来ると、その右手で剣を抜き、リシャール殿下に捧げるように掲げた。

「宣誓! 我々は己の持てる力を出し切り、正々堂々と戦う事を誓う!」

これで何度目になるのか、再びコロシアムが人の唸る声に震えた。

「ジュリアンさんだ。カーマインお兄ちゃん、ジュリアンさんだよ」

「バーンシュタインに帰ったんじゃ。いや、これもインペリアル・ナイトになる前準備かな。優勝すれば、仕官できるはずだし」

いつの間にか、二人から緊張が和らぎ、肩の力が抜けていた。
たんに知り合いを見つけたからなのだが、とてもありがたい効果であった。
離すまいと頑なにカーマインの手を握っていたルイセも、手を離してジュリアンに声が届かないかなど考えていた。
だがこの人数をかきわけてジュリアンに歩み寄るわけにもいかず、開会式が終わると同時に二人は人の波に飲まれてしまった。

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