第十四話 フェザリアンの調査


グロウから不思議な光の翼が生えたのを見た次の日、さっそくカーマイン達は魔法学院を訪れていた。
人間がフェザリアンよりも優れている点を知る為に、図書館でフェザリアンについて調べるつもりなのだ。

「さあて、早速図書館へ行くわよ。時間だって何時まであるか解らないんだから」

「あ、ティピ君。ちょっと待ってくれるかい?」

早速飛んで以降としたティピを止めたのはアリオストであった。

「すまないけど、フェザリアンに関する調べ者は君たちに任せたいんだ。僕はその間、父さんと母さんについて調べようと思うんだ。何故フェザリアンである母さんが、見下しているはずの人間と結婚したのか。そこを調べたいんだ」

「いいんじゃねえのか。集団で固まって無作為に調べるよりは、二手に分かれるのも効率的だろう」

「そうですね。じゃあ僕らは図書館で、アリオストさんは故郷のブローニュ村ですね? 何かわかったらブローニュ村に行きます」

「頼むよ。それじゃあ」

手を上げて去って行ったアリオストを見送り、カーマイン達は魔法学院の四階にある図書館へと向かった。
以前ミーシャと言うルイセの友達とであった場所である。
勉強をしている学生や、静かに討論をする学生などが集まった図書館は、高度な静けさが保たれていた。
その雰囲気に得にティピが気おされていたが、グロウのためだと意を決して入っていく。

「それじゃあ、手分けして探すんだ。ティピはウォレスさんと組んで、変わりに本を読んであげて。読める変わりに本を持てないしね」

「は〜い、ウィレスさん。まずはあっちから探そう」

「ああ、わかった。本を選ぶのもお前だ、頼んだぞ」

「じゃあ、カーマインお兄ちゃん。私はあっちから探すから」

ローランディアとバーンシュタインと二国が協力し合って作り上げた学院だけあって、その図書館の蔵書量は凄まじい物があった。
高い場所に置かれた本はハシゴがなければ取れないほどであり、本棚の高さに圧迫感を感じずにはいられない。

「さてと、まずは……大戦についてっか」

カーマインがあたりをつけて手に取ったのは、その昔グローシアンがその力を奮い世界を支配した時代の物であった。

「グローシアンが、人間をそしてフェザリアンを支配しようとして、フェザリアンはフェザーランドへと逃げ込んだ。って、フェザリアンを追い出したのは人間じゃなくグローシアンだったのか。結局、人間だけど」

「お兄様? あっれ、どうしたんですかこんな所で。調べものですか? それとも勉強して魔法学院に入るんですか? アハッ、そうしたらお兄様が私の後輩に?!」

本を見ていたため気付かなかったが、いつの間にかミーシャが手元の本を覗き込んでいた。
その距離があまりにも近くて驚いたカーマインが、一歩ひいている。

「君は、たしか……ミーシャ?」

「覚えててくれたんですね、お兄様。嬉しいなぁ。ってあ、フェザリアンについての調べ物ですか?」

「ちょっと理由あって、フェザリアンの事をね」

そう言って覗き込むようにしていたミーシャに、本の背表紙を見せる。

「そうですか、それじゃあ詳しい事を知りたければ、ひとつ上の階にある図書館へ行ってみたらどうですか? おじさま……あ、学院長に許可を貰わなきゃみれないんですけど」

「ここの他にも図書館が?」

「はい、重要図書類を集めた図書館です。例えば教授やその他研究員が調査したレポートなんかもありますよ。ココよりも厳重に管理されてますから、管理人さんに言えばすぐに資料が出てきます」

「調査レポートか……ありがとう。行ってみるよ」

軽くミーシャの肩に手を置いてからカーマインはルイセやウォレスを集めに歩いて行ってしまっていた。
なのに肩に手を置かれた事で舞い上がったミーシャは、すでにカーマインが目の前から消えている事に気付いていない。
そのまま肩に置かれた手の感触を脳内で反芻しながら、頬を染めて身をくねらせる。

「そんなお兄様ったらだいたん。でもここなら奥にいっちゃえば人もこないし。いやだも〜!」

しばらく一人で悶えていたミーシャに、勉強をしていた生徒たちから冷たい視線が注がれていた。





一度学院長室に寄って、重要図書閲覧室の許可をとり早速カーマイン達は五階の重要図書閲覧室へとやってきた。
そこは同じ図書館でも一階したの図書館とは違い、人の全くいない静けさがあった。
唯一いたのは管理を任されている男が一人、カウンターで黙々と書類か何かを作成していた。
エレベーターを降りてやってきたカーマインたちを見ると、向こうから声を掛けてきた。

「君たち、ここは重要図書ばかりだから学院長の許可がないと閲覧はできないよ。たまにそれを知らずにやってくる生徒がいてね」

「えっと、許可ならちゃんと学院長から貰ってきました」

「見せて御覧なさい」

ルイセが学院長から貰った許可証を渡すと、目が悪いのか目を細めて許可証に見入っている。

「確かに、それでなんの資料をみたいのかな? 許可があるとはいえ、無闇に見せるものでもないのでね」

「フェザリアンについての著書やレポートを読みたいのですが」

「フェザリアンか、また珍しい物を読みたいのだね。ついてきなさい。閲覧は中でしか認められていないからね」

カウンターの脇を通り、本棚と本棚の間を通ってカーマインたちが案内されたのは、一つのテーブルであった。
座れとも待っていろとも言われず司書の男は去っていき、しばらくしてから数冊の資料を持って戻ってきた。

「これがここにあるフェザリアンの資料の全てだ。読み終わったら本をそのままにして、声をかけなさい。場所がわからなくなると困るから、勝手に返さない事。いいね?」

「はい、わかりました」

ペコリとルイセが背中を向けて歩いていく司書に頭を下げているうちに、カーマインは資料の一冊目を手に取った。
続いてウォレスが資料を手に取り、ティピに読んでもらい、ルイセも読み始めた。
しばらくは本のページをめくる音と、静か過ぎる為に喧しいほどの耳鳴りが皆の耳に入り込んでくる。
それでも集中力を乱すことなく読み続けていると、ふいにルイセが読んでいた本をテーブルの中央に置いた。

「カーマインお兄ちゃん、これそうなんじゃないかな?」

「フェザリアンとその生態?」

「なになに? なにかみつけたの?」

「おい、俺には読めないんだ。カーマイン、代表で読んでくれ」

カーマインはルイセから本を受け取ると、本に書かれていた内容を噛み砕いて読み始めた。

「背中に翼を持つフェザリアンは、有翼人とも呼ばれ、我々人間とは別の種族である。彼らは我々よりも精神的に進化した姿であり、全てにおいて合理的である。また彼らの知識は、最盛期のグローシアンを凌駕している」

「…………それって、人間がフェザリアンよりも優れている点が無いって言ってるようなもんじゃない?」

「まあ、最後まで読んで見なければわからないだろう。カーマイン、続けてくれ」

ティピの茶々が入ったが、ウォレスに促されカーマインは続けた。

「これも合理さを求めることで得られる物なのだろうか? またはまったく別の理由があるのだろうか? 私は彼らの生態を調べる事をライフワークとしており、この本に書ききれなかったこともまだまだある。それらについては次巻を待たれたし。ルイセ、次巻って?」

「次巻? そんなのあったかなぁ?」

疑問を投げかけたままでその本は終わっており、最後に書かれていた次巻という言葉を頼りにルイセが本をあさる。
だがいくら探しても次巻などなく、まだ続きは出版されていないようだ。

「なによそれ、すっごく中途半端に終わってるじゃない!」

「確かに、もう少し掘り下げて教えて欲しい所だが。著者は誰だ?」

「ちょっと、待って」

「えっと、著者はダニー・グレイズ。住所はコムスプリングス」

カーマインが持っていた本の背表紙を、ルイセが覗き見て応える。

「なんだ、住所まで書いてあるんのなら直接話を聞きに行けば」

「ちょっと待て、コムスプリングスって言やぁ、隣のバーンシュタイン王国にある有名な温泉リゾート地だぞ」

「温泉? それがどうかしたの?」

「あのね、お隣の国に行くには通行許可が必要なの。それも簡単には手に入らないし……」

「えー、なんだか面倒そうね」

せめてローランディア王国に住んでいればと思ったが、カーマインが椅子から立ち上がる。

「とりあえずフェザリアンを研究している人とその人の住所がわかったんだ。一度アリオストさんに報告して、コムスプリングスに行く方法はそれから考えよう」

「そうだな。ここで考えていても何も始まらねえ」

「それじゃあ、私司書の人呼んで来るね? カーマインお兄ちゃん達は先にエレベーターの前で待ってて」

ルイセの言ったとおりに、先にエレベーターの有る通路まで移動してルイセを待っていると、チンっと音が鳴りエレベーターが止まった。
誰か降りてくるのかと思い、エレベーターの扉の前からどくと、降りてきたのはアリオストであった。

「あ、アリオストさんだ」

「君たち、そうか重要図書か。それならフェザリアンの事もわかるかもしれないね」

「丁度よかった。実はこれからアリオストさんの所にいこうとしていた所なんです。でも、アリオストさんは何故ここに?」

そう言いながらカーマインが視線をよこしたのは、アリオストが抱えた書類の束であった。

「あの後すぐ学院長に呼ばれてね。どこかで僕の研究が上手くいった事を知って、学院議会である決定が下った事を知らされたんだ。僕の研究は戦争利用される恐れがあるから、学院が預かる事になったってね。それで研究レポートをここに持ってきたのさ」

「なんだか、フェザリアンが言っていた事と似ているな。確か女王も悪用されると言っていた」

「そうだね。でも、それも仕方が無いよ。元々学院の研究の大半は、そうやって日の目を見る事がないからね。それじゃあ、研究レポートを渡してくるから少し、待っていてくれ」

アリオストが走っていった先から、入れ替わるようにしてルイセが戻ってきた。
ルイセも何故アリオストが居るのか不思議に思っていたが、カーマインからその理由を聞かされ複雑な顔をしていた。
日の目を見る事の無い研究。
それならば何故研究など行うのか、近い将来に同じ魔法学院の生徒として同じ様に研究をするかもしれないルイセは、皆よりもアリオストの複雑な心内を理解していたのかもしれない。
しばらくして、アリオストが戻ってくるとその足で、学院の食堂へと足を向けた。





「コムスプリングスね。確かに難しいね。国の公使ともなれば国務で行ける事もあるだろうけど、それじゃあ時間が掛かりすぎるし、現実的じゃない」

昼が近かった事も有り、それぞれが学食の安いランチを手にテーブル一席を取り囲んでいた。
話題はもちろんフェザリアンについてであり、カーマインたちが調べた事を報告していたのだ。
それでもやはり、アリオストから特別な手が提案されたわけでもなかった。

「お母さんならそんな機会があるかもしれないけど、何時になるかって点では同じだし」

「あ〜ぁ、アリオストさんの飛行装置が使えたら、またそのコムスプリングスまで飛んで行ってルイセちゃんのテレポートで行けたのにね」

「馬鹿、そうやってルールを破る者が出るからと学院が保管することになったんだろうが」

本気かどうかかなり怪しい台詞にウォレスが反応し、ティピが首をすくめる。

「とりあえずコムスプリングスの方は置いておいて、僕の話を聞いてくれるかい? すこし父さんと母さんの事で思い出したことがあるんだ」

そう切り出したアリオストは、他には誰も聞かれないようにと周りを気にしながら話し始めた。

「思い出したのは、実は父さんと母さんの馴れ初め。出会いの事なんだ」

「出会いって、フェザリアンと人間が結婚するぐらいだから一目ぼれなんじゃないの?」

ティピがそう言った答えをどこか予想していたのか、アリオストはゆっくりと首をふった。
そして思い出した事実を頭の中で整理して言った。

「父さんと母さんの出会いは、一目ぼれなんてもんじゃなかったらしい。であった当初、僕らが出会ったフェザリアンのように母さんも父さんを、人間を見下していたんだ」

「見下していたのに、結婚ですか?」

「そう考えるのは早いよ、ルイセ。見下していたけど、何かがあって見直した。そして人間であるアリオストさんの父さんを好きになった」

「そう、話を続けるよ。そもそもの出会いはブローニュ村近くの森の中、父さんはそこで翼に傷を負った母さんを見つけたんだ。そして、家に連れ帰り介抱した。だけど母さんは決して父さんに心を開かなかったらしい。下等な人間に世話をされる事に我慢がならなかったんだろう」

何時どこで人間であるアリオストの父に惹かれるようになったのか、期待を持って耳を傾けたが、結末は急すぎた。

「だけど、翼が癒えてからもしばらく母さんは帰ろうとしなかったらしい。そして、父さんと結婚する事になった」

「って、肝心の何処に惹かれたかがわからないじゃない」

「確かにな。一番重要な理由がすっぽり抜け落ちちまっていやがる。まあ、それは当人たちのみにしか解らねえ事かもしれねえが。お前の親父さんは一体どんな性格で何をしていた人なんだ?」

「父さんはよく言えば真っ直ぐな人、悪く言えば諦めの悪い人かな。元々孤児でね。祖父に拾われて、ブローニュ村にきたんだ。そして成長してからは祖父を見習って、自分もまた孤児を集めては生活の術を教える、先生のような事をしていた」

「へぇ、立派な人だったんですね」

ルイセに褒められ少し照れくさそうにしたアリオストだが、すぐにまた顔を引き締める。

「でも具体的に父さんの何処に惹かれたのかが解らない事には……」

「となると、やっぱりコムスプリングスの研究家の人の意見を聞くのが一番ですね。人間同士なら優しい所や立派な所に惹かれても、フェザリアンが同じように惹かれるとは限らない」

話が回りまわって、最初に戻ってしまった。
結局は本気でフェザリアンの事を調べている人物の意見を聞くのが一番であり、その人は国外の人である。
国外へ行くには、特別な理由や立場が必要である事。

「やっぱり、お母さんに頼んでみるのが一番いいのかな?」

「だからって運良くバーンシュタインへ行く用事があっても、子供の同伴を認めてもらえるとも思えないし」

ルイセが再度提案した意見は、カーマインによって却下され、再度皆が唸るように方法を考える。

「ねぇ、私の為に頑張ってみてよ。聞いたわよ、今年はすっごく強い人が出るから参加者が減ってるって」

「出来るわけ無いだろ? 参加者が減ったってその強い奴がいるじゃないか。それに魔法使いだけでどうやって優勝するんだよ」

「それもそっか。あ〜、行きたかったのにぃ。コムスプリングスの温泉街」

「「「「「コムスプリングス?!」」」」」

そう会話していたのは、食堂で食事を取っていた魔法学院生のカップルであった。
コムスプリングスという言葉を聞いて、カーマインたちが一斉に振り向いた事で、驚いて目をパチクリさせている。

「君たち、今の話もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

「アリオスト先輩。あ、はい。あの……グランシルで行われる闘技大会なんですけど、フレッシュマンの部の優勝商品がコムスプリングスの旅行券なんです。だから彼にがんばって欲しかったんですけど」

「だから無理だって言ってるだろ?」

途中からの愚痴は完全に無視して、アリオストは皆に振り向いた。
だがすでにその言葉は皆耳に入っており、テーブルから腰が上がっていた。
グランシルで行われる闘技大会。
カーマインとティピはその言葉だけは耳にした事があった。

「グランシルの闘技大会、出てみる価値は十分にあるよね」

確認するようにカーマインが皆を見回すと、幾つもの頷きが帰って来た。

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