第十二話 フェザリアンの遺跡


アリオストの言ったフェザリアンの遺跡とは、魔法学院からさほど時間の掛からない場所にあった。
森の中を続く道を突き当たった場所にあるフェザリアンの遺跡には、管理人が一人だけ入り口の前にいた。
学院長から借りた遺跡許可証を見せるとあっさりと遺跡の中に入れてもらえ、やはり警備や重要度が低い感じがする。

「許可と同じで、やけにあっさり入れてくれましたね」

フェザリアンの遺跡と聞いて、厳重な警備や危険なガード機能を想像していたカーマインは、ブロードソードの柄に触れながら拍子抜けした思いを語る。

「はは、確かに遺跡と聞くと大切な物や、重要なものがあるように思えるけれど、ここはそれほど重要度はないのさ。ここはね、フェザリアンが昔使っていた学校施設なのさ。それもうんと小さな子供のための」

「学校? ルイセちゃんが行ってる魔法学院みたいな?」

「ちょっと、違うかな。確かフェザリアンは同じ年齢の子供を一つの集まりとして等しく教育を行っていたの。子供に優劣をつけることなく、平等に」

「もっとも彼らに言わせれば、それも効率の良さからだろうけどね。たしかにそう言った教育は突出した才能は伸びなくても、種族全体としての知は伸びるからね」

カーマインとティピは半分わからないまま、生返事をかえして歩く。
なぜなら良くわからない説明よりも目を引く物が、視界一杯に広がっていたからだ。
掃除によって磨き上げられたのとは違う次元で光り輝くような床や壁。
それらは見たことも無い材質で、石でも金属でもないように見えた。
そして、一番目を引く物はフェザリアンの翼を模したと思われる、紋章であった。

「これってやっぱり翼だよね?」

ティピが指差したのはフロアの中央の床に描かれた紋章であるが、他にも壁などに翼の紋章が描かれている。

「やはり翼は彼らの象徴だからね。彼が子供か成人かを判断するのに翼の成長が関係してもいた、それぐらい彼らにとっては大切なものなんだろう」

「それは初耳でした。やっぱりアリオスト先輩はフェザリアンについて詳しいんですね」

「そりゃあ、研究がらね。さて、ここで何時までも話していてもしょうがないから進もうか。カーマイン君、ここは魔法学院が管理してるから安全だよ」

指摘された事で、ようやくブロードソードに絶えず触れていた事に気付いたカーマインは、意識して柄から手を離した。
逆に言えば意識しなければ離せなかった。
どうも無意識に手を触れてしまう癖が出来上がったようで、自分自身に呆れてカーマインは頭を掻いた。

「癖、みたいなものですから。どうしようもないです。行きましょうか」

遺跡内を歩いて気付いた事だが、アリオストの言う通り魔物どころか、虫一匹居ないような状態であった。
まったく命の息吹の見えない建物であるが、それでも心寒さは殆ど感じなかった。
謎の材質で出来た壁や床が不思議な温かみをかもし出していたのだ。
それもまた子供を教育する上での合理主義からきた奇妙な優しさだったのかもしれない。
その辺の説明もアリオストから受けながら、ワープ装置で一階から二階、二階から三階へと登っていく。
すると何かを我慢していたかのように、ティピが喚きだした。

「ほ〜んと、なにも居ないわね。なんかさっきからおんなじ景色ばっかりだし、飽きてきたなぁ」

「もう、ティピったら」

「本当にそう思うのかい? 僕は何度もこの遺跡に来ているけど、飽きたことはないよ」

そう言って笑ったアリオストに、ティピは心底不思議そうに言った。

「え、どうして? 確かに最初は綺麗な建物だなって思ったけど、ずっと変わらないし」

「ここはね、大昔のフェザリアンが居た場所なんだよ。すでにココは学校だったてわかっているけど、じゃあフェザリアンの子供がどんな生活を送っていたんだろう。子供を取り巻く大人は? どんな教育を行っていたんだろう?」

「そんなのアリオストさんの方が詳しいじゃない」

「まあ、そうなんだけどね。それでも僕が知っていることなんてそう多くは無い。だからいつも考えるのさ。どうして、どうやって、どのようにって。すると何時までも飽きるなんて事はないよ」

大変ありがたい話なのだが、やはりティピの興味を引くには弱かったようだ。
一人であちらこちらを飛んでは、せめて何かしら変わった物はないかとウロチョロし始めた。

「す、すみません。アリオスト先輩」

「まあ、確かに興味の無い人にはつまらない場所かな? それはしょうがないよ。それよりも見えてきたよ」

「扉、ですね。それも今までに無かったタイプの」

アリオストが指差した先には、少し大きめの扉が見えてきていた。
そこが終着点だったようで、早足になったアリオストに続いてルイセとカーマインも後に続いた。

「ここは簡単なロックが掛かっててね。まあすぐにでも」

「あー! なにこれ、やっと変わった物発見。ポチっとな」

アリオストが触れようとした並んで配置されたボタンに、興味を示したティピが先にたどり着いて適当に押し捲ってしまった。

「テ、ティピ君?」

「ん? どうしたのアリオストさん。青い顔して、そんなに先に押したかったの?」

「君が押したボタンは……押し方を間違えると、ガーディアンが」

冷や汗を頬に流しながらアリオストが言うと、フロアの中に警報が鳴り始め、入り口全てがシャッターに閉ざされていった。
喧しく鳴り響く警報の中に、堅く鈍い声が割って入るように流れた。

『侵入者を多数確認。ガーディアンを開放します。子供たちは大人の誘導に従い、速やかに退避してください』

「え、なに? どういうことですか?!」

「さっきも言ったように、ここは学校なんだよ。不審な行動を行った者には、ガーディアンを使って強制排除するんだ!」

「も、もしかして……あたしの、せい?」

自分を指差して苦笑いとなったティピを前にして、三つの首が同時に盾に揺れた。

「だって知らなかったんだもん! それにボタンが一杯並んでたら、押してみたくなるじゃない!!」

「だからって、もうティピのばか〜!」

「大丈夫、いくつかの手順を踏めば、ちゃんと止められる筈だ。その間、しばらくガーディアンを近づけないように頑張ってくれ」

アリオストの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ガーディアンが現れ始めた。
切り取られるようにして四角に開いた天井から、重量感たっぷりの地響きを立ててアイアンゴーレムが三体降り立った。
その衝撃で、老朽化の得に激しかった床がひび割れ、床下が捲れ上がるようにして現れる。

「いけない。みんな、割れた床には近づいちゃ駄目だ。割れた床が床下の装置を傷つけて放電現象が始まっている」

確かに、割れた床の下から青白い光りが湧き上がるように出ていた。

「わかりました。アイアンゴーレムの足止めは僕がするから、ルイセはサンダーで止めを。ティピは兎に角何もしない事、いいね!」

「うん、わかったよ。ティピもわかったよね?」

「ちぇ〜、わかったわよ。大人しくしてるわ」

不承不承頷いたティピを見て、カーマインはブロードソードを抜きながら、一番近いアイアンゴーレムへと向かっていった。

「うおぉぉ!!」

アイアンゴーレムに振り下ろしたブロードソードが、その厚い装甲の前に甲高い音と鈍い衝撃で跳ね返される。
だがそれでも三体のアイアンゴーレムの気を引く事には成功したようだ。
その足がゆっくりとではあるが、カーマインへと向いて進みだした。

「カーマインお兄ちゃん、いくよ!」

「わかった、すぐに下がるよ」

「我が魔力よ。我が力となりて敵を貫け、サンダー!!」

ルイセから伸びた雷の帯が放電しながらまっすぐにアイアンゴーレムへと伸びていった。
アイアンゴーレムはその名の通り鉄が主原料であ。
雷は完璧に体の中を通電していき、やがてその体が四肢バラバラに床に落ちた。

「さっすがルイセちゃん、すっごい威力。これで後二匹よ。アリオストさん、けっこうのんびりやっても良さそうよ」

何もするなと言われ暇だったのか、ティピが実況中継のような事ををしている。
だがアリオスとは入り口のボタンに向きっきりであまり聞いておらず、代わりにその言葉を耳に入れたカーマインが戸惑っていた。
アイアンゴーレムたちから間を取って見たのは、ブロードソードを弾かれた事でしびれる両手。

(たしかにグローシアンだけあって、凄い威力だ。僕じゃ……無理なのか?)

しびれを無視して再度ブロードソードを握りしめると、駆け出した。

「カーマインお兄ちゃん?!」

(グロウだから、出来る事。ルイセだから、出来る事。ならば誰にも頼らずに僕だから出来る事は一体、何だ!)

床をすべるように低姿勢で駆けていくカーマインは、そのままブロードソードを水平にして構えた。
二体のアイアンゴーレムがその手の中に持つ、鋼鉄のハンマーをゆっくりと持ち上げ始める。
その丁度間を、カーマインが疾風のように駆け抜けた。
ないだブロードソードが、アイアンゴーレムの比較的弱い間接部分、膝をすべる。
鋼鉄同士が擦れる鈍い音が響く。

「浅い、か」

確かに効果はあったようで、膝を切りつけた一体が崩れ落ちそうになるが膝以外は健在である。

「馬鹿ッ! いきなりなに単独行動してんのよ。アンタがそんなに前に出たら誰がルイセちゃんを守るのよ!」

「カーマインお兄ちゃんがそんなに接近してたらサンダーが」

詠唱を中途半端にしてしまっているルイセの真横に何かが落ちた。
床が割れるような重量を誇るそれは、丁度いま天井から降ろされたアイアンゴーレムであった。

「あ……、カーマイン……お兄」

「ルイセちゃん!」

「ルイセ君」

「ルイセ!!」

目の前の二体のアイアンゴーレムを無視して、カーマインが駆けろうとするがどう考えても間に合わない。
ゆっくりと振り上げられる鉄のハンマーが無常にも、ルイセの頭の上まで振り上げられた。
そして、落ちる。

「キャー!!」

「ルイセちゃん、跳んで!!」

間一髪、ティピの声に反応して僅かに動いたルイセをティピが体当たりで突き飛ばした。
その事でハンマーは倒れこんだルイセの足元に落ちた。
だがその事にほっとしたのもつかの間、アイアンゴーレム二体を前に呆然としてしまっていた。
その大きすぎる隙は致命傷であった。

「ガッ!」

万全状態のアイアンゴーレムが鉄のハンマーをカーマインへと振り下ろし、容赦なくその頭を叩き伏せた。
無常にも床でバウンドするカーマインに、さらに膝を負傷したアイアンゴーレムが横殴りに鉄のハンマーを振り回した。
すでに意識を失ったカーマインが床を舐めるように転がっていく。

「お兄ッ!」

「いけない、そっちは!!」

カーマインが転がっていくその先には、大きく捲れ上がった床が激しく放電現象を起していた。
体の一端が触れると放電が漏電へと変化し、カーマインの体にまとわりつくように激しく光を放った。

「カ、カーマイン君」

「うそ……嘘だよね。カーマインお兄ちゃんッ!!」

ルイセの心の奥からの叫びが、部屋一杯に広がっていった。
それに伴い、中途半端に詠唱されていたルイセのサンダーが、ルイセの体中から漏れ出し、部屋を駆け巡り始めた。
カーマインの体を取り巻く雷よりも青く激しい雷が、所狭しと駆け巡る。
巨体であるアイアンゴーレムなどはいち早くその雷の餌食となって、ただの鉄の塊と成り下がっていた。

「ル、ルイセちゃん落ち着いて」

「お兄ちゃんが、カーマインお兄ちゃんがッ!!」

「ティピ君、僕の所へ来るんだ。なんとか魔法で雷を防御してみる。少しでもあの雷に触れたら一瞬で感電死してしまうよ!」

「嫌だ。嫌だよぉ。これ以上お兄ちゃんたちが苦しむのを見るのは嫌ッ!!」

(泣いてる)

漏電により意識を失っているはずのカーマインの指が、かすかに動いた。

(ルイセが、泣いてる……守らないと。それが…………それが、今の僕に出来る事だから!)

「ねえ、アリオストさん。今、アイツ動かなかった?」

「ごめん、今防御で手一杯で……でも、あの放電現象に巻き込まれて」

「……ルイセ」

カーマインは放電を続ける床の上から、確かに立ち上がった。
まだ意識が朦朧としているのか、その様は危うく荒れ狂うルイセのサンダーの餌食に何時なってもおかしくない。

「お兄ちゃんが、カーマインお兄ちゃんが!」

立ち上がったカーマインに向かって、新たに生まれた雷が伸びていった。
だがカーマインへと当たる瞬間、その雷が鏡に反射する光の如く、反射してあらぬ方向へと飛んでいった。
雷の嵐のなかをゆっくりと歩き始めたカーマインは自らに伸びる雷を何度も弾きながらルイセへとたどり着く。
そして、床に座り込んだままのルイセを抱きしめる。

「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが……」

「ルイセ泣かないでくれ、僕はここに居るから。あの洞窟の前で言った言葉、今こそ守る。ルイセは、僕が守る」

「カーマイン、お兄……ちゃん?」

「大丈夫、僕はここにいる」

雷の嵐が少しずつおさまっていく。
やがて、嵐はさった。

「カーマインお兄ちゃん、生きてる。よかったぁ…………」

落ち着いた言葉を吐いた直後、力の放出が無理をたたったのか、ルイセはそのまま目を閉じて寝息を立て始めた。
さらにカーマインも同様に意識を失い、兄妹仲良く床に倒れこんだ。

「なにが、どうなってるの?」

「わからない。カーマイン君のあの雷を退けた力は? それにしても、グローシアンはすごいな、単純な力の暴走だけで」

そう言ってアリオストが見渡した部屋の中は、何処もかしこも雷によって焼け焦げ、破壊されていた。

「責任とかどうなるのかな?」

「う〜ん、一応この中が無事ならなんとでもなるかな?」





「う〜ん、これでもない。おっかしいな。確かこのへんに」

「すっごいガラクタ。こんな所で何を探してるの?」

カーマインが目を覚ますのと同時に、アリオストとティピの話す声と何かを引っ掻き回す音が聞こえた。
寝起きの頭にそのガタガタという音は厳しく、カーマインは頭を押さえながら起き上がった。
ズキズキと痛むのは主に後頭部、一体何があったのか徐々に記憶が鮮明になっていく。

「ルイセ?!」

アイアンゴーレムによる二撃とその後、巻き込まれた放電。
ルイセの魔力の暴走。
慌てて辺りを見渡すがルイセの姿が見えず、立ち上がろうとした瞬間、ルイセは見つかった。
自分のすぐ脇に寝かされていたからだ。
寝息は安定して聞こえ、得に外傷もみあたらない。

「よかった。無事、みたいだ」

安堵の息をつきながら、ルイセの軟らかなほっぺを指でなぞるようにつつく。
少しくすぐったそうに微笑む妹の顔に、つられてカーマインも微笑んだが、すぐにその顔を引き締めた。

「守らなきゃ。今なにか出来ないからって、がんばってすぐに何かが出来るようになるわけじゃない。だから、今は僕に出来る事。ルイセを守らないと」

思い出すようにして呟くと、ふと自分の体に全くの外傷がない事に気付く。
床からはみ出した放電に巻き込まれ、ルイセの暴走の中を防御もせずに歩いたのにだ。

「良く思い出せないけど、何かが僕を守ってくれたような」

何だったのだろうかと、更に深く思い出そうとしたところで、嬉しそうなアリオスとの声が聞こえてくる。

「あったぞ。これだ。これを見つける為にきたんだ!」

「なに、それ?」

二人の声が聞こえたのは、今自分たちが寝かされていた部屋、図書室のように本の多い部屋のさらに奥であった。
どうやらあのティピが謝って押してしまったボタンのある扉をくぐった先の部屋であるようだ。
痛む頭を押さえて立ち上がると、奥から何か装置のような物を持ったアリオストとティピがやってくる。

「あ、アンタ起きたんだ。漏電の傷はほとんどなかったんだけど、アイアンゴーレムにやられた傷は酷くてアリオストさんが一生懸命癒したんだよ? お礼言いなさいよね」

「いいよいいよ。あのガーディアンが出る可能性を言わなかった僕にも責任はあるしね。それよりもほら、目的の物があったよ」

「それが、ですか?」

一抱えとまでは行かないが、それなりの大きさの装置のような物を見せたアリオストだが、カーマインにはそれが何かわからなかった。

「はやくそれが何か教えてよ」

「これはね、フェザリアンの子供が空を飛ぶための補助装置。僕たち人間の赤ん坊が使う歩行機みたいな物かな」

「歩行機、そうか。それでアリオストさんの浮かぶ装置に組み込んで、補助装置で方向を決めて飛ぶんですね?」

「ご明察、さあ僕の研究室に帰って早速組み込んでみようか」

そう言った瞬間、地面が、遺跡の内部が僅かに揺れた。
注意していなければ築きもしないぐらい微弱な物であり、気付いたのはカーマインだけであった。

「今、揺れませんでした?」

「そうかい? 確かにルイセ君の魔法で無茶したから、ガタがきたのか。これは速い所この遺跡を出たほうがいいな」

「うぇ〜〜、生き埋めなんて嫌よ。ほらアンタ、ぼうっとしてないでルイセちゃんを背負いなさいよ。力使い果たしちゃったのもアンタのせいなんだからね」

「言われなくてもそうするよ」

少しぐらい揺り動かしても、ルイセは起きる気配がなかった。
そのあまりに軽い体重に驚きながらも、背中に背負った。

「う〜〜〜ん、カーマインお兄ちゃん」

(僕が守らないと。大切な、妹だから)

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