最終話 新たなる戦いに向けて


獰猛な唸り声を上げて名前も無いような小さな村へと突進してくる複数の影は、ユングであった。
ゲヴェルが死に絶えてからその私兵であった仮面の騎士たちは全て土くれへと帰っていったが、ユングたちだけは別であった。
人や自分達以外の生物を捕食する事でしぶとく生き延びていた。
申し訳程度に打ち立てられた木のバリケードを打ち破り押し倒して、村の中へと進入していく。

「グルゥ」

そのまま村人を襲うつもりだったのだろうが、最初に村へと入り込んだユングが異変を感じて唸る。
つい先ほどまで人間が居た匂いはあるのに、真新しい匂いは一切なかったのだ。
何かがおかしいと後続の仲間へと声を挙げる前に、別種の声が高らかにあがった。

「我が魔力よ、我が力となりて聖なる光となれ。ホーリーライト!」

澄んだ女性の声が辺りに響き渡るのと、眩いばかりの白光が辺りを埋め尽くすのは同時であった。
光の波動に限りなく近い魔力がユングたちに降り注ぎ、その体を焼き焦がしていく。

「ルイセ、ユングを取り逃がさないように後続にファイヤーボールだ。以後の判断は任せる!」

「了解だよ、カーマインお兄ちゃん」

獰猛な修正に似合わぬ白い体躯を持ったユングたちの間を、漆黒の光を纏ったカーマインが駆け抜けていった。
無造作に振るった剣がユングたちを斬り裂き、刃が届かなくても衝撃がユングを吹き飛ばしていく。
これが罠だとユングたちが悟った頃にはもう遅かった。
退路に立ち上るのは炎の火柱であり、ユングが飛び込んでくるのを今か今かと待ち構えている。
退路は完全に塞がれていた。

「ウガッ!!」

生き残ったユングのうちの一体が我に続けとでも言ったのか、腕を挙げて剣を持ったカーマインへと先導する。
対するカーマインは無理に突っ込む事はせず、地面が割れるほどに大地を踏みしめていた。
シャドウブレイドの出力を最大にして切っ先を向かってくるユングたちへと向ける。

「我が魔力よ、彼の者に更なる力を。アタック」

カーマインの一撃が放たれるよりも前に、絶妙のタイミングで筋力増強の魔法がルイセより掛けられた。
言葉ではなく微笑で答えたカーマインは、体の中にみなぎる力を全てシャドウブレイドにそそいで振りぬいた。
円を描いて回転したシャドウブレイドが空気を弾いて衝撃波を生み出した。
獰猛な竜と化した衝撃波は向かってくるユングたちを全て飲み込み、噛み砕いていった。
ピクリとも動かなくなったユングたちの死骸を、家屋の屋根から眺めていたルイセの横から声が上がった。

「うっわ、油断できない相手だからってちょっとやりすぎなんじゃない? 地面が完全に抉れちゃってるわよ。村の人たち可哀想」

「ルイセのアタックが少しばかり余計だったかな?」

「あ〜、私のせいにするんだ。カーマインお兄ちゃんが心配だからアタックかけてあげたのに!」

軽く肩を怒らせたルイセは、反抗の意味を込めて屋根からカーマインの真上へと飛び降りた。
しっかりと抱きとめてもらうと、自分のせいではないと頬を膨らませて抗議する。

「こら、危ないじゃないか。折角無傷で任務が終わったのに、任務以外で怪我するのも馬鹿らしいだろ?」

「カーマインお兄ちゃんが悪いんだもん。知らない」

「やれやれ、何時まで経ってもルイセちゃんの甘えんぼは治らないわね」

「甘えてくれないとルイセって感じがしないから、寂しいけどね。さあ、村の代表にユング退治が終わった事を伝えてあげようか」

そう言ったカーマインは、駄々をこねるルイセを降ろしてから避難させていた村人たちの下へと赴いた。
ゲヴェルの戦い以降、ウォレスはそのまま将軍職へと収まったが、カーマインは何処の部隊にも所属しない相変わらずの自由な騎士であった。
それはルイセも同じであり、見習いの言葉がとれた宮廷魔術師となってもカーマインにくっついて歩いているのは変わりなかった。
何故そんな自由が許されるのかは色々とあるらしい。
噂程度なら最強の騎士と最強の魔術師が、一つの国の部隊に配属される事への憂慮という冗談みたいな話から、年配の軍人たちの嫉妬から二人を守る為にサンドラが手を回しているというものさえある。
事の真相はともかくとして、今の二人は独立遊撃隊のような身分で満足していた。

「ありがとうございます。これでまた安全に村を広げていく事ができます」

「ユングの死体の処理については、すぐにローランディアから兵士が派遣されると思います。それとまた少しでも異変を感じましたら、城の方へと連絡をお願いします」

何度も頭を下げてくる村の代表にそう伝えると、ルイセのテレポートでカーマインたちはローランディアへと飛んだ。





一度城へと寄り、手近な武官に結果だけを口頭で伝えると、すぐにカーマインたちはサンドラの研究室へと足を運んでいった。
正式に何処の部隊へも所属していない二人は城での居場所が無い為、すでにサンドラの研究室が平時の待機場所になっていた。
サンドラも最初は難色を示していたものの、すぐに諦めざるを得なくなった。

「ただいまー!」

ティピが元気よく研究室へと入っていくと、奥の方からお茶の良い香りが漂ってきていた。
それこそがサンドラが諦めざるを得なくなった理由の一つである。
カーマインたちが階段を上ってテラスへと出ると、お茶の用意をしているレティシアがいた。

「今回は意外に早かったですわね。お座りになってお待ちください」

「邪魔をしているぞ」

「お帰りなさいませ、カーマイン様にルイセ様。あとついでにティピ」

テーブルの前に置かれたお茶は三つで、レティシア以外にはステラのんびりとテーブルについており、ユニはステラの肩の上に座っていた。

「ねえねえ、レティシア姫やユニはわかるとして、ステラさんってこうも頻繁に来てていいの? 人間との確執うんたらは何処いっちゃったの?」

「何をやぶからぼうに古い話をひっぱりだしておる。女王として成すべき事は成している。それに隣国の姫との交友も一つの外交である」

「外交、ね。ものは言いようだわ」

「ティピちゃん、あまり細かい事を言っていますと、ティピちゃんの分だけお茶請けが減ってしまいますわよ」

研究室内へと入っていったレティシアからの言葉に、ティピはすぐに態度を改める事となった。

「別に良いわよね、誰が何処に居たって。皆仲良し、結構なことじゃない」

「切り替えが早いというか。食べ物に弱いだけというのか」

呆れたように呟いたカーマインがテーブルに着くと、同じようにルイセもテーブルへとついた。
今日はもう報告書を一枚書く程度の仕事しか残っておらず、何一つ慌てる必要がないのだ。
奥から戻ってきたレティシアからお茶を貰うと、一口口に含んでからカーマインは体の力を抜いた。

「今日はどちらの地方のユングを退治に行かれたのですか?」

「えっとね、ラシェルから少し東に行ったところにある開拓中の村だよ。でもゲヴェルの城からは遠いから、そう数は多くなかったかな」

「親玉が死しても、中々おさまらぬものだな」

ルイセが答えると、しぶといものだと言いたげにステラが呟いた。
戦争の火種こそゲヴェルが居なくなった事で消え去ったが、まだまだユングといった残り火は残っていた。

「もう、一年も経つのですわね」

ティーカップを口元に運びながら、目元を細めてレティシアが呟いた。
だがその一年とはゲヴェルを倒してからではない事は、明白であった。
レティシアが一年といったのは、ゲヴェルを倒した日にグロウが行方不明となってからである。
兵器として自爆機能を持っていたゲヴェルをグロウが空へと連れて行き、そこで大きな爆発が起きた。
膨大な熱量が空を狂わせ、それから一週間もの間にわたって雨が振り続けたほどである。

「そう言えば、ルイセ。リシャールの容態はどうなってるの? ミーシャから何か聞いてない?」

話題を帰るようにカーマインが言うと、ルイセが思い出すように口元に指を当てて上を見上げた。

「前ほどの力は出せないみたいだけど、経過は良好だって話だったはずだよ。ゲヴェルの波動で命を維持していたわけで、ゲヴェルの波動ってグローシアンの波動と間逆だけど似てるの。だから魔水晶から抽出したグローシュを吸収する事で生命維持ができる事がわかったんだって」

「あのミーシャが良くそんな方法を見つけて実践できたわね……もうドジだなんだって馬鹿にできないわね」

一応ミーシャは魔法学院の助教授、教授となったアリオストの助手であるのだが、バーンシュタインから宮廷魔術師としての誘いが掛かっているという話もある。
ヴェンツェルが行方をくらましていこう、宮廷魔術師の座に空きができているせいもあるのだろう。
本人がどうするかは不明であるが、決断のまえにルイセに相談の手紙くらいよこす事だろ。

「ミーシャか。しばらく会ってないから……あッ、ごめんなさい」

失言を悟ったルイセは、咄嗟に謝り口を閉じていた。
その気になれば今すぐにでも会いにいけるミーシャとは違い、レティシアたちは会えるかどうかも解らないグロウを一年も待っているのだ。
レティシアは適齢期という事もあって散々見合いの話が来ているのだが、全て断っている。

「気にしてないわけではありませんが、私達はグロウさんを信じていますから。私達を幸せにしてくれると約束してくれましたから」

「大人しく待つというのも数ある良い女の条件のうちの一つであると我は思う」

「お二方の言う通りです。それにグロウ様が死ぬ所など到底想像つきません。あのグロウ様が自分の為だけに生きると決められたのなら、きっと今でも必死に。えっ?」

テラスから仰ぐ事の出来る空を見上げたユニが妙な声をあげた。
何かに気付いたような、驚いたような声に皆が促されてユニと同じ空を見上げた。
最初はそれが何であるのか解らなかった。
だが距離が近づくに連れて、小さな光が輝く翼を持った人影であることがはっきりと解ってくる。

「グロウ様?!」

「カーマイン!」

感動の声をあげたユニに答えず、グロウが叫んだのは何故かカーマインの名であった。
三人の乙女の顔が険しくなっていくのを誰が責められようか。
その事に気づかず、テラスへと降り立ったグロウは言葉を発する前にレティシアたちに押し倒され乗りかかられてしまった。

「痛ェ、ちょっと待てお前ら!」

「これ以上待てと仰るんですか。一年ですよ、一体何時まで待たせれば気が済むと仰るんですか?!」

「ユニちゃんの言う通りです。納得が行く理由を説明してから、私達が満足するまで構ってください。そうでなければ許しません」

「待つ必要などもうあるまい。このまま引きずってアルカディウス王の前へと連れて行ってやろう。まずはレティシア、お主の恋人宣言で逃げられぬようにしてしまえ。その後は私の番である」

「異議ありです、ステラ様。一番最初は一年前からレティシア様の番でしたが、二番めはまだ未定のはずです!」

「だー、うるせえ。重い。世界が終わってもいいのか、お前ら。まだ完全に終わってなんかいねえんだよ!」

「うるさいのはグロウ様の方です!」

「世界よりも結婚の方が大事です!」

「これ以上行き遅れてたまるものか!」

約二人分の重み以上に、三者三様の言い分に押しつぶされそうになったグロウはわずかばかり冷静になって言った。

「もう本当にこれ以上待たせねえ。最後のケリが付いたら全員まとめて俺がもらってやる。これなら文句ねえだろ!」

まだまだ言い足りない事がたくさんありそうなレティシアたちであったが、グロウの言葉に揺り動かされ一先ず頷いた。
だが今度こそ逃がさないと言う様にレティシアとステラがグロウの片手をそれぞれ手に取り、ユニが頭の上に鎮座した。

「薔薇色の鎖ね」

「やかましい。とにかくカーマイン、皆を集めろ。ウォレスやミーシャ、リシャールもだ。力ある奴は全員だ」

ティピの突っ込みに反応してからグロウが放った言葉は穏やかではない内容であった。

「グロウ待ってよ。まずは理由を説明してよ」

「簡単に言う。まだヴェンツェルの野朗が残っている。俺の体を奪おうとして失敗した奴が、とんでも無い場所に逃げ込みやがった。時空制御塔の中に封印されていた魔物、ゲヴェルの元にさえなったゲーヴァスって魔物だ。俺だけじゃ無理なんだ。力を貸してくれ、カーマイン」

「まだ良く解らないけど、力ならいくらでも貸すよ。ルイセ、すぐに皆を連れに行くよ」

「うん、解っ……グロウお兄ちゃん?」

ふいに頭を撫でてきたグロウの手を見上げるように、上目遣いでルイセが首をかしげてきた。
何を思ったのか、優しく撫で付けていた手が乱暴になりルイセの髪をぐしゃぐしゃにひっかきまわす。

「きゃっ、もう。グロウお兄ちゃん、いきなりなにするの!」

「別に、なんとなくだ。さあて、皆を迎えに行こうぜ。ヴェンツェルのクソ野朗には痛い目にあってもらわねえといけねえからな」

「もう、意地悪なんだから。まずはバーンシュタインに飛んで、次にウォレスさんのいるラージン砦に飛ぶからね」

「あ、ちょっと待った」

これからと言うところでグロウが待ったをかけたおかげで、ルイセが集めたグローシュは散り散りになって消えてしまう。
思いつきで邪魔をしないでくれと怒りそうになったルイセであったが、目の前の光景をみて怒りは吹き飛んだ。
レティシアとステラにそれぞれキスをするグロウは、最後にユニへと手を伸ばした。
グロウの手にいざなわれ、一年ぶりにグロウの肩へと戻る事のできたユニは満面の笑みで、グロウの頬へとキスを送った。

「やっぱりユニがそばにいないと気合が入らねえからな。また頼むな」

「お任せください、グロウ様。それにグロウ様が浮気しないように見張らないといけないですしね」

そう言ったユニの視線はルイセの方へと向いており、グロウはこの野郎と軽く毒づいていた。

「ほら、バカップルの二人。早くしないと置いていくわよ」

「相変わらずお前もやかましい奴だな。それじゃあ、レティシアもステラも行って来る。すぐに戻ってくるからよ」

ティピに言われてルイセのそばに駆け寄ると、今度こそグロウたちはバーンシュタインへと飛んでいった。

目次 後書きへ