第百十一話 止めの一撃


生み出したレギンレイブを片手にグロウはゲヴェルへと突っ込んでいった。
グローシュの翼があるとは言え、一見無謀にしか見えなかったが、ゲヴェルの取った行動は迎撃ではなく防御であった。
本能的にグロウが持つレギンレイブの威力を察したのだろう。
真っ白な甲殻に覆われた野太い腕を顔の前で交差させた。
さらに交差するようにグロウのレギンレイブが腕の腕を走り、光を爆発させた。

「グアッ!」

腕を覆っていた甲殻がひび割れ、仰け反ったまま後ずさったゲヴェルは後ろ足を引いて何とか踏みとどまる。
ポロポロと破片が落ちていくのを感じながら、ゲヴェルはグロウをにらみつけた。
つい先日戦った時には、ここまでの実力は無かったはずだ。
むしろ圧倒的優位に立って地の果てまで吹き飛ばした相手であったはずだ。

「貴様もまた、そうなのか。我が計画を狂わせた人間どもの一人。いや、要の一人か」

「喋る暇があるとは余裕だな!」

「二度も不意打ちが決まると思うな!」

再度正面からグロウが斬りかかるも、ゲヴェルの言う通りそう甘くは無かった。
多少の怪我を覚悟して、両の手の平を張り合わせるようにしてゲヴェルにとっては小さなレギンレイブを受け止める。
レギンレイブが放つ光が確実にゲヴェルの手の平にダメージを負わせるものの、直接の斬撃には遠く及ばない。
ゲヴェルの顎が、外れたかのように大きく開いた。
喉の奥に灯った赤い光がグロウに狙いを定めた。
徐々に大きくなっていくそれが、レギンレイブを受け止められ身動きの取れないグロウへと放たれようとしていた。

「我が魔力よ、我が力となりて敵を打ち砕け。ソウルフォース!」

ルイセの声に続いて落ちた魔力の塊がゲヴェルの頭上に落ちた。
弾みでゲヴェルの顎が閉じた。
行き場を失くした光熱のエネルギーが暴発し、ゲヴェルが口から黒煙を出しながら片膝を付いた。

「とにかく今はゲヴェルを倒す事だけに集中するんだ。グロウに事情を聞くのは後だ。ミーシャはもう一度皆に援護魔法を。リシャールとウォレスさんはゲヴェルに総攻撃だ!」

「我が魔力よ、彼の者達に更なる力と堅固なる盾、さらには風の如き速さを与えたまえ。グローアタック、グロープロテクト、クイック!」

ミーシャの連続詠唱によって、皆に魔力の加護が与えられる。
一番身軽なリシャールが三人の中で真っ先にゲヴェルに到達すると、地に付いていた膝を踏み台にして飛び上がるままに肩口を斬りつける。
それによってようやくレギンレイブを挟んでいたゲヴェルの腕の力が弱まり、レギンレイブを抜き去ったグロウが手の平をゲヴェルの顔へと向ける。

「我が魔力よ、我が力となりて敵に降り注げ。マジックレイン!」

威力は小さいながらもマジックアローの雨がゲヴェルの顔に着弾していく。

「なら俺がもらうのはそちらの腕だ!」

マジックアローに目がくらんだゲヴェルの隙を突いてウォレスが特殊両手剣を縦向きに投擲する。
唸る刃が食い込んだのはリシャールが斬り付けたのとは逆側の肩である。
ゲヴェルの甲殻の隙間をついた絶妙な攻撃で、ゲヴェルの青紫色の血が飛び散っていく。

「貴様ら」

「くらえ、ゲヴェル!」

膝は地に付き、肩口を斬られた事で腕は動かず、がら空きとなった胸へとカーマインが矢の様になって跳んだ。
矢じりの代わりとなるのはシャドウブレイドであった。
ゲヴェル最大の弱点であるグローシュ、魔力の刃を生み出すシャドウブレイドが深々とゲヴェルの胸へと突き刺さった。
苦痛に仰け反り、天井にさえぎられた空を見上げて大口をゲヴェルが開けた。
城全体が震え上がるようなゲヴェルの叫び声が響いていく。
何時までも続くかと思えば、ある時を境に叫び声がピタリとやんだ。
あのゲヴェルを倒したのか、カーマインはもとより、あのグロウでさえ追撃を忘れて動かなくなったゲヴェルに見入っていた。

「……やったの?」

確証が欲しいのか、まっさきにそう呟いたのはティピであった。
誰もがその確証を欲してはいたが、誰にもその確証を得る事はできなかった。
逆にゲヴェルがまだ生きていると最初に確証を得たのは、グロウであった。
グローシュの翼で飛んでいたため、天井を見上げていたゲヴェルの目がカッと開いた瞬間をその目で見たのだ。

「ゆ、るさぬ。許さんぞ、人間どもが!」

「まずい、全員さがれ!」

ゲヴェルの近くに居たカーマインたちはグロウの言葉に従い即座に退いた。
次の瞬間、ゲヴェルの口から放たれた灼熱の光が天井を貫いていった。
それだけならば良かったのだが、威力が低かったのか、意図的に抑えたものなのか崩れた天井の破片が落ちてきた。
ゲヴェルほどの巨体であれば少しばかり大きい石であろうが、カーマインたちにとっては巨大な岩石である。
グロウの言葉がなければ、落下する瓦礫に巻き込まれたものがいたかもしれない。

「はぁ……はぁ。我にここまでの傷を負わせるとは、予想外であった。それは認めよう。だが、我の勝利は揺るがぬ。お前達には決して我は倒せぬ」

「自棄になって天井ぶっ壊した後に大きく出てきたわね。虫の息のアンタが何でそんなに強気なのかわかんないけど、勝つのはこっちよ。まだまだ元気一杯なんだから!」

「ふっふっふ、それはどうだろうな人間よりもさらに小さきものよ。これを聞いても貴様たちは我に刃を向けることができるか。なあ、リシャールよ。我と命を共有する者よ」

喋りながら息を整えていたゲヴェルが発した言葉は、確実にカーマインたちを困惑させていた。
その証拠に、ゲヴェルの言葉を鵜呑みにして一斉にリシャールへと視線をよこしていた。

「それがどうした。そのような事は先刻承知、その程度の覚悟はすでに済ませている」

「すでにって、本当なの?! アンタ、なんでそんな大事な事」

「ゲヴェルを倒したら私は死ぬ、だからゲヴェルを倒さないでくださいとでも言えというのか?」

「それは、そうだけど……」

「ふはははは、さあどう出る。我が私兵どもはすべからく我が能力の波動を受けて生きている。完璧な完全体であれば人として生きていく事も可能であろう。だがリシャール、お前は真の意味で完全体ではない。お前には我の波動が必要なのだ」

確実にカーマインたちの戦意を落としていくゲヴェルであったが、狙いはそれだけではなかった。
カーマインたちに悟られぬように、秘密裏にそれを成し遂げていく。

「決断するが良い。仲間の屍を踏み台に未来を手に入れるかどうか!」

嘲笑するような問いかけに対して、カーマインは一歩踏み出し胸を張って言った。

「仲間の屍を踏み台にもしなければ、お前を見逃すつもりもない。僕と言う例外がある以上、必ず何か方法があるはずだ。リシャール、共にゲヴェルを倒そう。そして君も一緒に帰るんだ」

「もとよりゲヴェルを倒す気ではいたが、さすがに一緒に帰るとまでは考えていなかったな。とても、良い案だ。のってやろう」

「俺が頼めば、フェザリアンも手伝ってくれるさ。俺もカーマインの案にのってやるさ」

剣を握りなおしたリシャールの後ろから、グロウがその頭に手を置いて言った。
リーダーであるカーマインやグロウ、そして張本人であるリシャールが決断してしまえば、ルイセたちは従うまでであった。
むしろ事実を知る以前よりも胸のうちに闘志を燃やして、ゲヴェルをにらみつけていた。

「コイツが覚悟を決めてるんなら、俺たちにだって迷いはねぇよ」

「私だってグローシアンとして出来るだけの協力はするもん」

「力及ばずながら、私もです」

「予想通り、虫唾の走る決断であったな。だが、エネルギーの最充填には十分すぎる時間が経った!」

カーマインたちの決断をあざ笑ったゲヴェルが高らかに言うと、ゲヴェルの体中から灼熱の光が漏れ出していた。
甲殻の隙間と言う隙間から、ゲヴェルの言う通り蓄えられたエネルギーがあふれかえりはじめる。
余りの熱量にゲヴェルの足元の床が溶け出し、空気が膨張から陽炎が見え始めていた。
これに一番敏感に反応したのはグロウであった。
ヴェンツェルの言っていた自爆を連想させられたからだ。

「これを行えばしばらくの間は活動不能にまで落ちる故、出来れば使いたくはなかった。だが人間を支配する計画がこれ以上の遅れを見せようと、貴様達を倒す事さえ出来れば些細な遅延である」

地に付いていた膝を立て直し、傷を負った肩の痛みを無視してゲヴェルは両の手を胸元へと伸ばした。
つい先ほどカーマインに貫かれた胸元の甲殻の隙間に指先を差し込むと、剥がす様に甲殻を開いた。
胸から腹まで開かれた甲殻の向こうには、コレまでゲヴェルが使っていた灼熱の光と同じ光を発する紅玉がいくつか納められていた。
その紅玉の光が徐々に、徐々に赤さを増していく。
ゲヴェルの口ぶりから自爆ではないと察したグロウであったが、ゲヴェルが持ちうる最大の攻撃が来ると感じて一人前へと飛び出した。
そしてゲヴェルに対抗するように、グローシュの翼を大きく広げてカーマインたちを守るようにする。

「グロウ、いくらなんでも一人で耐えるなんて無茶だ。僕も」

「来るな。お前らはゲヴェルの攻撃が済んだ後のことだけを考えていれば良い。これ以上に無い隙が出来るはずだ。そこで決めるつもりでいろ!」

「ちょっと、ちょっと。本気で防げると思うわけ、ゲヴェルの奴なんだか大変な事になってるわよ」

「うるさいぞ、羽虫。良い感じに焦げないようにルイセの懐にでも入ってろ!」

「誰が羽虫よ」

「ティピ、グロウお兄ちゃんの言う通りにして。お願いだから」

なかなか言う事を聞かないティピを掴んでルイセは懐に入れてしまう。
服の中で暴れられるが、大怪我をされるよりはましである。
ティピを庇うようにゲヴェルに、グローシュの翼を広げるグロウに背を向けた所でグロウが語りかけてくる。

「ルイセ、ゲヴェルを倒した後で話がある。お前と、カーマインに」

「え、私とカーマインお兄ちゃんに?」

「俺が今まで抱えていたもの、その全てを話す。話したいんだ。それで俺は生まれ変わる。純粋に俺が進みたい道に進む為にも」

「別れの言葉は済んだか? とは言っても、全員の死亡は確定だがな。細胞の一つとて残さぬ」

グロウの言う話とは何なのか聞き返すよりも前に、ゲヴェルの声がさえぎってきた。
もうすでに直視するのも厳しいほどにゲヴェルの体から灼熱の光と熱気が放たれている。
グロウの翼に庇われているカーマインたちはまだしも、グロウは立ちふさがるだけでもじりじりと体力を奪われ始めていた。

「俺は、生きる。俺自身の為に、俺だけの為に。その為にもこいつらを守りきってみせる!」

「小さな人間の覚悟など、我が力の前では無力。死ぬが良い、我が前に立ちふさがりし者どもよ!」

ゲヴェルの体を覆っていた灼熱の光がグロウたちへと向けて放たれた。
グロウたちどころかゲヴェルの居城までもを包み込むのに時間は掛からなかった。
まさに刹那の一瞬で全てが包み込まれていった。
後から遅れるようにして衝撃音が鳴り響き、ひび割れ落ちてきた天井の瓦礫が落ち、砕けて浮き上がった床の瓦礫が吹き飛ばされていく。
光が駆け抜けたのは一瞬でも、吹き荒れた風や衝撃に飛ばされた瓦礫が収まるには長い時間がかかる事になった。
ゲヴェルの前に立ちふさがったグロウはもちろんの事、後ろで守られていたはずのカーマインたちの姿でさえ瓦礫の中であった。
大きく破壊されたホールの中で、ゲヴェルは一人力の大半を失い膝をついた。
息は大きく乱れ、時折息苦しそうに喉を詰まらせるようなことさえあった。
だが浮かびあがるのは、笑みであった。

「馬鹿め、たかが人間に我の一撃が防げるはずがないのだ。全ての邪魔者は消えた。計画に若干の遅れは出ようとも、我に抗えるものは消え」

カランと小石が落ちたような音にゲヴェルは言葉を止めた。
まさかと音の聞こえた方を見るも、何も変わっては居なかった。
そこにあるのは崩れ落ちたり床からはがれるようにして積みあがった瓦礫の山である。
小石ぐらい落ちる事もある、そう自分を納得させたゲヴェルであったが、胸に湧き上がる嫌な予感は尽きなかった。

「念には念を入れておくか」

カーマインたちが居たであろう場所へと、動きの鈍った体を酷使して近寄ろうとゲヴェルは一歩を踏み出した。
積みあがった瓦礫の上からさらに圧力を加え、例え生きていたとしても圧死させるつもりなのだろう。
思った以上に身体機能がガタガタになった体を引きずりゲヴェルが二歩目を歩いたその時、今度は瓦礫の一つが積みあがった上から落ちた。

「まさか!」

積みあがった瓦礫の中から崩れ落ちると言う事は、人為的な力が加わったに他ならない。
急がねばとゲヴェルが焦るも、遅々として足が前に進まなかった。
気持ちばかりが先行して前へ進もうとするゲヴェルの目の前で、崩れ落ちる瓦礫が多くなっていった。
そしてある時を境に、全ての瓦礫を吹き飛ばす勢いで金色の翼が空を突くようにして現れた。
吹き飛んできた瓦礫の一つがぶつかりよろめいたゲヴェルの目の前で、グローシュの翼を持つ男が立っていた。
火傷や裂傷、怪我や汚れのない場所を探す方が難しいほどに傷ついたグロウが、レギンレイブを杖にして立っていた。

「ふ、ははは。耐え切った後に力尽きたか。それで我にどのようにして勝つつもりだ!」

ゲヴェルの位置からは、グロウ一人が生き残ったようにしか見えなかった。
だがゆっくりと顔を上げたグロウは、囁いた。

「終わりだ、ゲヴェル」

「「我が魔力よ、我が力となりて敵を打ち砕け。ソウルフォース!」」

グロウの真後ろから重なる声が響き、詠唱を終えた途端に飛び出し魔力を放った。
二つの魔力の柱が、身動きのとれなかったゲヴェルの膝を貫いていった。
悲鳴がこだまするも、攻撃はまだ終わりではなかった。
グロウの後ろから飛び出したウォレスの腕が握っているのは特殊両手剣である。
前のめりに倒れそうになるゲヴェルのむき出しとなった胸へと、高速に回転する特殊両手剣が迫っていく。

「二人とも、今だ。行けぇッ!」

胸を斬り裂かれて崩れ落ちていくゲヴェルへと向けて、二つの影が高速に駆けて行く。
一つの影はゲヴェルを前にして飛び上がり、もう一つの影は走る格好のまま剣を構えてゲヴェルの腹へと刃を突きたてた。

「カーマイン止めを!」

「ウオォォォォォッ!!」

ゲヴェルが最後に放ったのは、吼えた蹴る声ではなく悲鳴であった。

「これで本当に最後だ。お前に人生を狂わされた全ての人の痛みを、お前自身が味わう番だ!」

カーマインの渾身の一撃が、崩れ落ちていくゲヴェルの顔を斬り裂いて骸骨のようにも見える甲殻を完全に砕いていた。

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