第百十話 ゲヴェルとの戦い


ゲヴェルの居城らしき岩場の亀裂へと足を踏み入れると、そこはもうこの世のものとは思えない光景であった。
何の物質で出来ているのか鳴動を繰り返す生きた壁が続き、発する音が不快感を沸きあがらせる。
ここへ来てゲヴェルの放つ波動がさらに強まり、本来なら影響の無いカーマインでさえも脳の中にざわつきを憶えたほどである。
極めつけは、外での警備が手薄と呼べるほどに次から次へと現れるユングとゲヴェルの私兵たちであった。

「奴らをこれ以上先に進めるな。森に広がっている仲間達も集めるんだ」

「やっぱり、中でもすんなりとは通してくれないか。ルイセとミーシャは僕らに補助魔法を、それから」

先頭でそう叫んだのはゲヴェルの私兵であり、早速カーマインはシャドウブレイドを抜き去っていた。
そしていの一番にそれらの敵に突っ込んでいこうとしたカーマインを、リシャールとウォレスが後ろから止めた。

「カーマイン、お前は出来るだけ前に出るんじゃない。ルイセも、補助以外に魔法は使うな」

「ゲヴェルにたどり着くまでは出来るだけ三人だけで道を切り開くのだ。ゲヴェルへの最大の武器となるカーマインとルイセ、この二人の力は温存する。解っているだろう」

「でも、それは」

わかりはするものの、向かってくる敵の数を見て納得できないカーマインを後ろからミーシャが押しのけた。

「お兄様、下がっていてください。心配してくれるのは嬉しいですけれど、それ以上に私達を信じてください。ウォレスさん、リシャールさん。我が魔力よ、彼の者達にさらなる力を。グローアタック!」

ミーシャからの援護を受けて、まずリシャールがユングの集団の中に突っ込んでいった。
多対一、圧倒的な数のユングたちを前に数体斬りつけても意味が無いほどであり、リシャールはすぐに取り囲まれてしまった。
だがすぐにその包囲から脱する様子もせずにリシャールが見せた行動は、僅かに身を伏せる程度であった。
そのわけは、直後にリシャールの頭上を通り過ぎていったウォレスの特殊両手剣であった。
大きな弧を描いて飛んでいったそれがリシャールを取り囲もうとしていたユングたちを切り裂いていった。

「今だ、ミーシャ!」

ウォレスが開いた僅かな隙間をぬって再びユングたちを斬り裂いていたリシャールが声を挙げた。
手を出すなと言われた以上、半分は傍観者となってしまったカーマインとルイセの横で、ミーシャが次の行動に入っていた。
精神を集中させ、持っていた杖から青白い光が力強く輝いていた。
その光からミーシャが放とうとする魔法を察したルイセが同じ魔法を唱え始めようとすると、大きくは無い声でミーシャが言った。

「ルイセちゃん、大丈夫。もう、あの頃の落ちこぼれはいないんだから」

ハッと呪文の詠唱を取りやめたルイセに、ミーシャが軽いウィンクで答えた。
つむがれた呪文によって完成した魔力の柱を、最後の言葉でミーシャは解き放った。

「ソウルフォース!」

洞窟内の暗所を全て取り去っていく程に強い光が頭上に現れた。
落ちていく魔力の柱はゲヴェルたちが居た中心、つい先ほどまでリシャールが居た場所に真っ直ぐ落ちた。
落ちた柱はすぐに光を膨張させて膨れ上がり、近くに居たユングたちを巻き込んで叫び声を挙げさせていた。

「よし、光が収まらないうちに奥へ走ろう。ゲヴェルさえ倒せば全ては終わる。リシャールはそのまま先陣を切って道を開いて、ウォレスさんはミーシャをお願いします。ルイセ、行くよ」

「うん、あまりミーシャに無理はさせたくないから」

「だったら急ぐ。ほれ、ミーシャあんたも!」

「あ、はい。ウォレスさん、毎度の事ながら護衛お願いします」

「ああ、解っている」

ソウルフォースの威力に苦しむユングを置いて走るが、敵はユングだけではない。
ゲヴェルを模した真っ白な鎧に身を包んだ私兵たちだって居る。
大半は先頭を走るリシャールに切り捨てられるものの、撃ち漏らした私兵も当然居た。
そんなときはウォレスの特殊両手剣の出番であったが、必要最小限にはカーマインもシャドウブレイドで蹴散らす事もあった。
倒す事よりも先に進む事を選択したカーマインたちは、幾度と無く襲ってくるユングや私兵を振り切り、奥へ奥へと走っていった。
一体何処まで続いているのか、薄気味の悪い居城の中を敵を蹴散らしながら進む足は次第に鈍り始めていた。
全員の疲れもあるが、最たる理由はずっと先陣を走るリシャールの疲労であった。

「リシャール、僕かせめてウォレスさんと交代してくれ。このまま最後までなんてとても無理だ」

「ふっ、言ってくれるな。適材適所、悪いがウォレスの武器では迫り来る波を振り払うには向いてはいない。かと言って一度温存すると決めた者を先頭に出したくはない」

「でもこのまま君が潰れてしまっては、意味が無い」

「インペリアル・ナイト・マスターを甘く見ないでほしいものだ。それに、見えてきたようだ最深部が」

前から向かって着ていた最後のゲヴェルの私兵を斬り払った所で、リシャールが前方を指差した。
コレまでずっと続いてきた廊下と違い、出入り口のようなものが見え、その奥がホールとなっているようである。
さらにそのホールからは、コレまで以上の異様な空気が流れ出していた。
グローシアンであるルイセや、ゲヴェルとつながりのあるカーマインやリシャールでなくとも解る。
その奥にゲヴェルが居るのだと。

「そう言えば、いつの間にか追って着ていたはずのユングたちも姿を消してますね」

「奴らの中にも入っていい身分のようなものがあるのかもしれないね。ミーシャ、今のうちにリシャールに回復魔法を頼む。いくらか楽になるだろうから」

「わかりました。リシャールさん、じっとしててくださいね」

ミーシャに回復魔法を掛けられながら息を整えたリシャールは、奥のホールを睨みつけながら言った。

「ここからは本当の意味で、お前の出番だカーマイン。私たちはお前のサポートのみに全力を注ぐ。お前は奴に一太刀入れることだけを考えるんだ」

「ゲヴェルに一太刀入れる……」

「そうだ、俺たちだけではそれはほとんど叶わなかった。だが、お前なら出来るはずだ。カーマイン」

前回と言うのは、グロウが居なくなる原因となったラシェルの事であろう。
あのグロウでさえ叶わなかったことが、本当に自分なら出来るのか。
僅かに弱気になりかけた自分の心を奮い立たせるように、カーマインはルイセの手を取った。

「ルイセ、ここからは遠慮は要らない。僕らの全力でゲヴェルにぶつかろう」

「残り少なくなったグローシアンの代表としても、がんばる。今の私だったら、カーマインお兄ちゃんを逆に守ってあげる事だって出来るんだから」

「頼りにしてるよ、ルイセ」

カーマインとルイセが先頭となって、見えてきたゲヴェルの居るホールへと足を進めた。
相変わらず聞こえる壁の鳴動をバックミュージックに、緊張から高鳴る胸を押さえて進んでいった。
入り口を潜ったそこは本当に大きなホールとなっていた。
ゲヴェルが立ち上がっても随分余裕のある、ゲヴェルが好きに動けるだけの空間があり、その奥にゲヴェルはいた。
真っ黒な肌を対照的な真っ白な甲殻に覆った姿で、切れ長の目の奥に怪しい光を灯らせカーマインたちをまちかまえていた。

「とうとう、ここまで来たか」

「お前の悪事もここまでだ。世話になった隊長や部下達の分まで、十分なお礼をしてやるぜ」

「ベルガーの部下だけあって、威勢のいいことだ。だがこの地下は我が肉体から造られている。つまり、お前達はこの中から逃げられないのだ。今ここで吐いた台詞を後悔した時にはもう、遅いぞ」

低く唸るような声で笑ったゲヴェルの声を、ルイセが止めた。
その小さな体から眩いばかりのグローシュを放出して、ゲヴェルを威嚇する。

「それは互いに同じです。あなたはわたしがいるだけで苦しいはずでしょう?」

まだ完全に操りきれない光の波動が、自然とルイセの体からあふれ出しゲヴェルが顔をしかめた。

「忌々しい小娘だな。そして、我が兄弟たちよ。人間達の世を完全に操ろうと、この体を完璧にすべく、お前達を生み出したのがそもそもの間違いであった。不完全であろうと、欠点があろうと、最初から我が打って出るべきであった」

「そうであれば、バーンシュタインにも無益な血は流れなかった事だろう。だがどんな過ちがあろうと、過ぎ去った過去は取り戻せない。ならば私のとる道は一つ、ゲヴェル貴様を斬る。我が兄弟、我が友、我が国、我が民の為に」

「これ以上語る事は何一つない。今日という日に、この場所で僕らはお前を倒す。それぞれの為に、それぞれの理由の為に。行くぞ!」

カーマインとリシャールが同時に床を蹴り、ゲヴェルへと向かっていった。
かつてグロウが居た時と同じように、左右に分かれた矢の様に足並みをそろえて飛んで行く。

「ウォレスさん、少しの間護衛をお願いします。この部屋の中を光の波動で埋め尽くします。ミーシャは私の変わりにカーマインお兄ちゃんのたちの援護をお願い」

「一番槍は譲るしかねえってことか」

「我が魔力よ、彼の者達に更なる力と堅固なる盾を与えたまえ。グローアタック、グロープロテクト!」

ミーシャの補助魔法を受けて、カーマインとリシャールはさらにその足を加速させていた。
本物の矢となったように進む二人を前に、ゲヴェルが大木のように太いその腕を振り上げた。
いっきにその腕を振り下ろすつもりかと思いきや、ゲヴェルは自分の足元に片方の腕を突き刺した。
手の平を上にして水でも救うかのように差し込まれた手の平は、水ではなくゲヴェルの足元の床を岩盤ごとくりぬいてリシャールの真上に放り投げた。

「なに!」

さすがのリシャールも予想し得なかった規模の大きい攻撃に驚きを隠せず、足を鈍らせた。
空から落ちてくる岩盤の大きさに逃げ場は無く、崩れ落ちる岩盤の中にリシャールの姿は消えていった。

「リシャール!」

「余所見をしている暇などあるまい」

ハッと気がつけば、地を抉るようにしてゲヴェルの拳がカーマインの目の前に迫ってきていた。
避けるのが間に合わずシャドウブレイドの刃の出力を最大にして受け止める。
力もさることながらゲヴェルの体重が加えられた拳を止めることは叶わず、カーマインの足が砕けた床へと埋まっていく。
それも拳の衝突の最初だけであり、やがて振りぬかれた拳と一緒にカーマインは吹き飛ばされていった。

「温いわ、その程度の力で我に抗おうなどとは。完全体と言っても所詮は人間か!」

「クッ。ルイセ、光の波動を急いでくれ。ミーシャとウォレスさんは奴の足止めを」

吹き飛ばされながらも、体の痛みを堪えてカーマインは叫んでいた。

「ウォレスさん、タイミングを合わせてください。我が魔力よ、我が力となりて聖なる光となれ。ホーリーライト!」

カーマインを吹き飛ばし、ルイセたちとの間を一気につめようとしたゲヴェルの目の前で真っ白な光が弾け飛んだ。
意標をつかれまともに光を見てしまったゲヴェルは、両目を押さえるように苦悶の声を挙げた。
その隙を逃さずウォレスの特殊両手剣がゲヴェルの頬を火花を散らしながら凪いでいった。
傷は浅いようだが、ゲヴェルの足を止めるには十分であった。
その間にカーマインは床に足をついて吹き飛ばされていた自分を止め、岩盤の下敷きになったリシャールは砕けた岩盤を押しのけて這い上がる。

「ミーシャ、すぐにリシャールに回復魔法を。ルイセ、光の波動はまだかい?」

「それが、何度も試しているんだけどバーンシュタインの時のように上手くいかないの。ゲヴェルの闇の波動が濃すぎて、広範囲には広がらないの」

「だからこそ、確実にお前達を葬れるようにここに誘い込んだのだ。言ったであろう、ここは我の肉体で造られていると。四方から放たれる我の波動のおかげで、光の波動の影響は最小限で済む」

くらんだ目の視力が戻りつつあるのか、目を押さえていた両手を離したゲヴェルが呟いた。

「そんな、だったら真っ向勝負で倒すしかないじゃない。やばいんじゃないの?!」

「ティピ、悔しいけど落ち着いて。簡単に倒せる相手じゃないのは、最初からわかってたことでしょ?」

「ルイセの言う通りだ。それにそれが本当だとしても、奴の策に乗って動揺してやる必要も無い。カーマイン、どうやら全員で責める必要がありそうだ」

慌てふためいたティピと違い、ルイセやウォレスが呟いた言葉にゲヴェルが低く鳴り声を上げていた。
目論んだよりも精神的なダメージが少なかったせいだろう。
だがまだ何か手が残っているのか、その唸り声はすぐに消え去っていた。

「ミーシャ、リシャールの怪我は?」

「何を悠長な心配をしている。私は大丈夫だ、お前はお前が最良と思った指示を、ただ出せば良い」

「なら一時防御を捨てて、皆で一斉に攻撃に回るよ。まずは奴の堅い守りを突破する。小さなヒビさえ入れば、必ず破る事が出来る」

カーマインの言わんとすることを察して、すぐに皆が動き出した。

「ミーシャ、一緒にいくよ」

「了解、ルイセちゃん」

「「我が魔力よ、我が力となりて聖なる光となれ。ホーリーライト!」」

二人と声が重なり同じ魔法が二つ同時に発動した。
グローシュの黄金の輝きが白光へと変わり、ゲヴェルの目前に現れた。
そのまま弾けて飛ぶ瞬間、ゲヴェルが二本の腕を伸ばして二つの白い光を掴み取った。

「同じ手が通じると思うとは、なめられたものだ」

ホーリーライトを握ったゲヴェルの拳が一回り小さくなると、僅かな光がゲヴェルの拳から飛び散った。

「お前の強さは、過去の記憶に、この体に刻み込まれている。一瞬足りとて、侮るものか!」

両腕を上げることでがら空きとなったゲヴェルの足元へと、ウォレスが特殊両手剣を投げつけた。
正面を迂回して回り込むように飛んでいったそれは、ゲヴェルの両足のすねを斬りつけていった。
巨体のゲヴェルが腕を挙げている状態で足元を攻撃される事は、体の構造上バランスを崩す事は必死であった。
前のめりに倒れこみ、ゲヴェルの両手が床へと落ちた。

「ルイセちゃん、手は止めずに続けるよ」

「わかってる」

「「我が魔力よ、我が力となりて敵を打ち砕け。ソウルフォース!」」

再び重なり合うルイセとミーシャの詠唱が、二本の魔力の柱を生み出した。
落ちていく先は、つい先ほど床に叩きつけられたばかりのゲヴェルの腕である。
床に縫い付けるように落ちると、あのゲヴェルが苦悶の声を挙げた。

「今だ、カーマイン、リシャール!」

これ以上にない好機に、ウォレスに名を呼ばれた二人が刹那の間を惜しんで駆けて行った。
ゲヴェルに近づくと地面に縫い付けられた腕を片方ずつに飛び乗り、さらに駆けて行く。
目指す先は、ゲヴェルの顔面である。
そこに決定的な一撃を見舞おうとカーマインとリシャールが考えていたのは一目瞭然であった。
だが一度ゲヴェルと先頭を経験していたウォレスとミーシャは、妙な感覚を味わっていた。
以前の戦闘でも似たような場面があったような、ゲヴェルの顔がニヤリと笑った瞬間、二人はそれが何か思い出した。

「いかん、カーマイン、リシャール!」

「駄目ッ!」

ゲヴェルが何をするのか確信した二人が叫ぶも、すでにカーマインとリシャールはそれぞれの武器を手にゲヴェルの顔へと飛びかかっていた。
振り上げられる二つの刃を前に、ゲヴェルが伏せていた顔を上げ、その頭蓋骨のような顎を開いた。
喉の奥に灼熱の日借りが灯り、放たれる時を今か今かと待ち構えていた。
その意味を察して二人が取れた行動は、顔を庇うと言う消極的な行動だけであった。

「死ねい!」

かつてグロウの心をへし折った光が放たれ、カーマインとリシャールを飲み込んでいった。
閃光は二人を飲み込んでも衰えることなく、ルイセたちの後方の壁をも貫きその先へと伸びていった。
余りの光の強さにルイセたちは目を伏せ、それが収まるのを待つしかなかった。
光が収まった頃に、後方の壁に出来た穴を見て、ルイセたちはその顔を青ざめさせた。
恐らくはゲヴェルの隠し技の一つであろうが、恐る恐るゲヴェルへと振り向いた。
だが驚きに目を見開いているのはゲヴェルも同じであった。
ゲヴェルの目の前に生まれた焼け焦げる煙は、閃光の強さから考えて通常には生まれるはずのないものであった。
カーマインとリシャールが火傷を負いながらも耐え切ったのか、煙の中心から吹いた風によって現れた答えは違った。
煙の中にあったのは光の繭であった。

「まったく、自分の為に戦いに来て早速他の奴を助けちまったか」

「グロウって、うわ!」

光の繭が開いて翼となると、その中からカーマインとリシャールが投げ出された。
床に降り立った二人は、自分達を救い出した人影を見上げた。
この世に光の翼を持つ人間は二人しか居ない、さらにカーマインたちを救う人間はそのうちの一人である。

「誰かと思えば、貴様か。今頃のこのこと、またやられにきたか」

「そいつは、こいつを喰らってから言ってくれや。レギンレイブ!」

グロウの右手から生まれたグローシュの剣が眩いばかりの光を生み出し弾けた。

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