第百五話 ルイセの力


ルイセが感知した通り、バーンシュタインの城下町は今ゲヴェルの私兵とユングの襲撃を受けていた。
城門は突破されていたが、街の中に民間人の人影を見るような事はなかった。
インペリアル・ナイトの指示による迅速な避難も大きかったが、一番大きかったのはインペリアル・ナイツ・マスターであるリシャールの力であった。
カーマインと同じ完全体ゲヴェルである戦闘力と、同種である事からルイセと同じようにゲヴェルの波動を感知する力にある。

「よいか、これはただの戦闘や戦争などではない。人間の尊厳と自由をかけた生存競争である。生き残る事を勝ち取る事を躊躇うな。敵を大人数で囲い込め、背後からでも容赦なく斬りかかるのだ!」

自らが最前線に立ち、声を高らかに上げながら剣を振るう。
自分は一人で数人のゲヴェルの私兵とユングを受け持ち、一般の兵士たちには多対一の状況を作らせ討ち取らせる。
もちろん被害は出てしまうものの、元々数の少ないゲヴェルの私兵を確実に減らしていっていた。

「裏切り者め。ただの人間が我々に勝てると思っているのか?」

「人間の力を侮るな。例え一人一人の力は小さくとも、その小さな力を一つにする術を知っている。生まれ持った力に溺れた貴様たちに、決して負けることはない!」

「ほざけ、貴様も同じ穴のムジナであろう!」

ゲヴェルの私兵たちが憤りを持ったままリシャールへと斬りかかる。
それぞれが手に持ったフルンチングが幾重にも重なるような軌道を描いて唸る。
あまりの剣速の速さに、常人の目には輝きが走ったようにしか見えなかった事だろう。
だがリシャールはそれ以上に速かった。
幾重に重なる刃の僅かな誤差を見切り、かわすと同時に斬り付ける。
リシャールとゲヴェルの私兵たちが互いに通り過ぎた頃には、それぞれの獲物は完全に振り切られていた。
その刃の梅雨を払ったのはリシャール一人であった。

「馬鹿な、これが完全体の力だと……」

言い切ることなく砂のようなものに変わっていくゲヴェルの私兵たちにリシャールが振り返る。

「完全体の力などではない。これは敗北を憶え、そこから立ち上がった者の力。ナイツ・マスターであるこの私が何時までも同じ場所にいると思わない事だ」

瞬きするような一瞬の間に数人の私兵が消え去った事で、数体のユングが恐れをなしたかのように後ろ足を引いていた。
ゆっくりとリシャールがユングたちを睨みつけると、体を反転させて我先にと逃げ始めた。
だが逃げ切る事などできはしなかった。
ユングたちを追ったのは大鎌と二刀の刃、自分達を殺したのが誰か解らないままにユングは息絶えることとなった。

「リシャール様、お怪我はありませんか?」

「私に怪我はない。そんなことよりも、早急に状況を説明しろ」

状況が状況なだけに、頭を下げることなくリシャールに問いただしてきたライエルへとリシャールは逆に問いかけた。
それに答えてきたのはオスカーであった。

「確認できただけでも、兵士の死者は十数人。被害は軽微と言えます。もちろん、城へと避難した国民や陛下は言うまでもありません」

「そうか、お前達は残りのゲヴェルの手下達の掃討に当たれ。一匹たりとて逃がすな」

「「はっ!」」

報告の間も惜しいとリシャールは二人を戦闘に戻させると、自らもまた剣を握りなおした。
被害は軽微、確かにバーンシュタインと言う国の総兵士数を考えれば軽微、被害を受けたうちにも入らない。
だが国を守るべき兵士もまた、国を支える民の一人なのだ。
十数人の命を散らせてしまった罪に歯を食いしばるリシャールの目に見知った光が空から落ちてくるのが見えた。
それがテレポートの光であることを確認すると、リシャールはすぐに駆け寄っていった。

「あ、リシャール。助けに来たよ!」

「説明する時間が惜しい。ルイセとか言ったな、お前のグローシュをこの街中に行き渡らせる事ができるか?!」

ティピの声に応えることもなく、リシャールはルイセの両肩を掴んで頼み込んでいた。
一国の首都の広さだけとなるとどれだけのグローシュを放出しなければならないのか、正確なところはリシャールにも計りかねた。
だが途方もない願いを突然されたにも関わらず、ルイセは迷わず一度頷いてくれた。
リシャールが省いた説明も理解した上で。

「さすがに街中となると集中して動けないから、カーマインお兄ちゃんはその間私を守って。これからあの人たちを操るゲヴェルの波動を断ち切ってみる」

「そうだ、そうすれば多くの兵士が楽に戦えるようになる。すまない、お前の妹に無茶をさせる」

「ルイセがやるって言ったんだ。止めはしない。ただ僕はルイセを守るだけさ」

カーマインがシャドウブレイドを抜いて、身構える。
すでに数人の私兵やユングたちは仇敵であるカーマインたちの存在に気付き始めていた。
さらには次にルイセが取った行動に動揺と警戒を見せはじめる。

「あの娘を止めるのだ。あの方の力を遮断させてはならない!」

目を閉じ、杖を顔の前に掲げたルイセは意識を集中して体中からグローシュの光を放ち始めた。
あふれるだけに留まらないグローシュの光はやがて柱となってバーンシュタインの空を突いた。
余りの眩しさに加え、力の大きさにルイセをとめようとしていた私兵たちは動きが止まり立ちふさがったカーマインに易々と切り伏せられていった。
空一杯に広がったルイセのグローシュは、やがて雪のように小さな粒となってバーンシュタインに降り注いでいく。

「今のうちです。私のグローシュが続く限り、ゲヴェルの手先は力が激減するはずです」

「よし、ミーシャついてこい。ルイセはカーマインが守る限り大丈夫だ。俺たちはバーンシュタインの兵士に加勢をするぞ」

「はい、わかりました。ルイセちゃん、しばらくお願いね!」

ウォレスとミーシャが街中へと走っていく中、リシャールはルイセの力が自分にも及んでいる事を自覚していた。
一瞬でも気を抜けば握り締めたはずの刃を取りこぼしてしまうほど、影響が如実に現れていた。
だがそれを表に出すつもりはない。
何一つ影響が内容に、グローシュを振りまくルイセが気にやんで力の放出を止めないように力を振り絞る。

「リシャール?」

「なんでもない。グローシアンの娘の護衛は任せたぞ。私はまだ戦いを続ける兵士の加勢に向かう。一人でも……一人? ええい、任せたぞ!」

ルイセを守ろうとする人間が一人足りない事に今さら気付いたが、浮かんだ疑問を振り払いリシャールもまた街の中へと走っていった。





ルイセのグローシュのおかげで、一時間と少しの間にゲヴェルの私兵とユングはそのほとんどが掃討された。
まだ城に逃げ込んだ国民を出す事は出来ないが、最大級の警戒態勢を脱する事はできた。
インペリアル・ナイトであるライエルとオスカーがそれぞれ数名の部下と最後の確認に向かってから、カーマインたちはリシャールに案内されて城にあがる事になった。
エリオットが直々にお礼を言いたがるだろうというのがリシャールが言ってきた理由であるが、それだけでもないのだろう。
案内された王の私室へと入っていくと、エリオットと護衛のジュリアンが居た。

「カーマインさん、それに皆さんも。本当にありがとうございました。今丁度被害の報告書を見ていたところですが、当初の予測被害を大きく下回っています。ただ少ないからと手放しでは喜べませんが、少ないに越した事はありません」

執務机と椅子にすっぽり収まってしまうエリオットの姿は少し滑稽であったが、口から放たれた言葉はすでに王としての威厳を帯び始めていた。
書類を置いて立ち上がると、改めてカーマインたちの前に歩み寄ってカーマインの手を取る。

「もう一度、バーンシュタインを代表してお礼を言います。ありがとうございました」

「お礼ならルイセに言ったほうがいいよ。バーンシュタインにゲヴェルの手先が迫ってるのを教えてくれたのはルイセだから」

「そうだったんですか。ルイセさん、ありがとうございます」

エリオットに礼を言われくすぐったそうなルイセに、ティピがそう言えばと声をあげた。

「そういえば、ルイセちゃんのグローシュって強くなってなかったっけ? 前から強いと言えば強かったけど」

「それはね、わたしが皆既日食のグローシアンだってこと」

「それは知ってるけど……」

「皆既日食って、お日様が完全に消えて、また姿を現すでしょ? わたしのグローシュも完全に消えてから、もう一度戻った。これって似てると思わない?」

ティピだけに留まらず、ルイセのこの説明にはカーマインやウォレス、エリオットたちも興味深そうに聞いていた。

「つまり一回無くなってもう一度能力が戻るってのが、真の能力の発動のきっかけだったんだ」

「一回無くなったとはどういうことだ?」

ルイセの言葉に疑問を抱いて問いかけたのはジュリアンである。
ルイセのグローシュを奪われた事はさすがに、バーンシュタインにまでは届いていなかったようだ。
そこで改めてヴェンツェルとのいきさつ等を説明すると、特にエリオットが衝撃を受けていた。
彼にとっては命の恩人であり、国を取り戻す為に力を返してくれた恩人でもあるから当然だろう。

「そうですか、ヴェンツェル様が……信じられないと言いたいのは山々ですが、貴方達が嘘をつく理由もない。残念です」

「陛下、ヴェンツェルの事は一先ず置いておいて。この者たちにあの事を」

「ああ、そうだね。カーマインさん、貴方達に聞いて欲しい事があります。ゲヴェルの居場所が判明しました」

エリオットから知らされた事に、カーマインたちは思わず息を呑んだ。
最近はルイセの事にかかりきりであったが、現在の任務はゲヴェルの居場所を探し出し、討つ事にあったのだ。

「リシャールは赤子の頃から城にいたせいか、ゲヴェルの正確な居場所までは知りませんでした。そこでリシャールがゲヴェルの波動を逆探知しようと試みてみたのです」

「初めはゲヴェルの波動を跳ね返す訓練のつもりだったのだが、思うように波動の先を感知できた。奴の居場所はここから北東、沼地を抜けた先にある洞窟だ。すでに確認は済ませてある。もっともそのおかげで、ゲヴェルの攻撃を受けてしまったがな」

「そっか、だから急にバーンシュタインごと潰そうって攻めて来てたんだ」

蜂の巣をつついたようなものだと思ったティピであったが、さすがに口にはしなかった。

「バーンシュタイン領内の事です、できる事ならこちらで処理したいとも思いましたが。軍の要であるインペリアル・ナイツを向かわせるわけにもいきません。あつかましいお願いではあるのですが、ゲヴェルの討伐をお願いできないでしょうか?」

「もちろん、断るわけが無いよ。ゲヴェルの事はもちろん、エリオットからのお願いだしね。ただ……」

「三日、いえ……一日だけ待ってもらえませんか?」

カーマインに続いてルイセが出した期日に、エリオットやリシャールは足りない一人を思い浮かべていた。

「まさかとは思うが、グロウに何かあったのか?」

「特に何かあったと言うわけではないのだが。先ほども言ったようにルイセの記憶が退行している間、一度ゲヴェルと直接戦った。それが原因かどうかわからないが、翌朝にはグロウが姿を消していた」

「結構酷い怪我だったんですけれど、ユニちゃんも一緒に。ルイセちゃんの話では、今はフェザーランドにいるらしいです」

ウォレスとミーシャが説明すると、ルイセが一日といった理由も納得される事となった。
だがグロウが姿を消してしまった理由は、さすがにわからなかったようだ。

「解りました。ではグロウさんを連れてきたら、一度こちらに寄ってくれますか。必要であろう物はこちらで全て整えます。もちろん、ローランディアへの報告もこちらが」

「ありがとうございます、エリオット王。それでは失礼します、明日またこちらにうかがいます。ルイセ、行くよ」

「わがままを言ってすみません。グロウお兄ちゃんを連れてきたら、すぐにゲヴェルの討伐に向かいます」

「まった後でね、エリオット!」

バタバタと慌てるように部屋を後にしたカーマインたちを見送ると、エリオットは息を抜いて執務机の椅子に沈み込んだ。
ゲヴェルの事は引き受けてもらえるであろう事はわかっていた。
ただ今回のようにゲヴェルによって引き起こされた被害はこちらで何とかするしかない。
それにカーマインたちがゲヴェルの居場所に向かうと同時に、隙を突いてこちらが攻め込まれる事も十分にありえた。
まだまだ予断は許さない状況に、溜息以外は出てこない。

「しかし、あのグロウがゲヴェルに恐れをなしたとは到底思えませんが。何があったのでしょうか?」

「そうですね。グロウさんの考えはよくわかりませんから。その点についてはジュリアンさんの方が良く知っているでしょう」

含み笑いと共にジュリアは頷いたが、リシャールは顔を引き締めたまま考え込んでいた。

「リシャール、どうかしました?」

「陛下、一時的にインペリアル・ナイト・マスターの称号を返上する事をお許し願えませんか?」

「一応、理由を聞いておきましょう」

「恐らくですが、グロウはもう戦えません。今の私になら解りますが、奴の強さは危うい脆さを抱えた強さでした。確かに覚醒したグローシアンであるルイセと、私と同じ完全体ゲヴェルであるカーマインがいるのならば大丈夫でしょうが、私も一時的に彼らのパーティに加わろうと思います」

確かにゲヴェルとの直接対決には、戦力が大いに越した事はない。
だがインペリアル・ナイト・マスターであるリシャールを向かわせる、バーンシュタインにとってはどうだろうか。
嫌な選択だと眉間にシワを寄せながら、エリオットは決断した。

「わかりました。一時的にインペリアル・ナイト・マスターの称号の返上を認めましょう。仮のマスターは貴方が決めてください。それと任務の引継ぎに支障がないように」

「了解いたしました。陛下のご決断に感謝いたします」

エリオットの前に一度膝をついて礼をすると、リシャールもまたエリオットの私室を後にした。
グロウの代わりの戦力の補充、確かにそれもある。
だがリシャールが本当に望んでいるのは、純粋に自分もゲヴェルとの直接対決に臨むことであった。
全ての元凶が奴だと言い訳するつもりは無いが、元凶の一端としてのケジメのためにもリシャールはゲヴェルとの戦いを望んでいた。

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