第八話 オズワルド再び


「あー、やっと着いた! それでどうするの? すぐに王都に向かうの? ウォレスさんはどうするの? ジュリアンも」

デリス村の東側に戻ってきて、開口一番ティピが誰ともなく尋ねた。
ウォレスはそうだなと顎に手を掛けて考え込み、ジュリアンは単純に迷っていた。
そこで提案をしたのはカーマインだった。

「何も予定があるわけじゃないし、今日もここの宿で疲れを癒してからでもいいだろ。ルイセは初めての実戦で疲れただろうし、ウォレスさんやジュリアンとすぐに別れるのもね」

お互いに出会って数日とはいえ、食事をしたり、悩みを聞いて話したり、一緒に戦ったりと別れるには惜しかったのだ。
その意見にはルイセとグロウも同意見であったようだ。

「それなら俺は後で少しジュリアンと手合わせを頼みたい。ジュリアン相手に何処まで自分の力が通用するのか試したいからな」

「グロウお兄ちゃん、それじゃあ疲れが取れないよ。でも一晩休んでいくのは良い案なんじゃないかな?」

「そうだな。カーマインの言う通り、私は先を急ぐものでもない。ウォレス、あんたはどうなんだ?」

「かまわないさ。俺もまだ行く先が決まっていないしな。俺もジュリアンと手合わせする事で感を早く戻したい」

ウォレスの言葉はグロウと同じ意見であったが、実力の差かジュリアンから望む所だとの言葉が与えられた。
確かに実力差はあるのだろうが、はっきりと気に食わなかったようでグロウはそっぽを向いてしまった。
クスクスとルイセやティピ、ユニまでもから失笑が漏れ、グロウの指が三回弾かれた。

「おら、何時までも笑ってんじゃねえ。宿が埋まる前にとりにいくぞ」

「イッタァ〜〜〜、なにすんのよ」

「うぅ……グロウお兄ちゃんがぶったぁ」

「グロウ様、ルイセ様にはせめて手加減をしてください。涙ぐんでいるじゃないですか!」

「ふん」

三者三様の悲鳴が漏れるが、グロウは鼻をならして悪びれもしない。
仕方がないなとカーマインがルイセの頭を撫でながら宿へと背を押した時、本当の悲鳴が聞こえた。
狭いデリス村全体に響き渡ったのではないかと思うその悲鳴は、今しがた一行が入ってきた東側の入り口からであった。
まだ視界の中に小さく映るるのは、三人の親子であった。
必死に息子らしき少年の手を引いて、逃げるようにデリス村へと向かってくる。

「なんだ? 様子がおかしいな」

「この感じ、誰かに追われているのか? お前たち、構えろ!」

いぶかしんだジュリアンに続いて、ウォレスがグロウたちに向かって叫んだ。
ルイセなどはその怒声にびびりながらも、魔法学院に入った頃から使っているワンドを構えた。
グロウとカーマインもそれぞれの武器を構える。

「だ、だめだ。回り込まれた?!」

「父さん、母さん!」

「ああ、エリオット」

「迷うな、すぐにこっちに来るんだ。追われているのだろう!」

あまりにも追われている事に早く気付きすぎたため、三人の親子が一瞬勘違いをしてしまう。
だがその回り込んだと思った相手に、ルイセなどの子供が混じっている事に気付き、そのまま走り出した。
そうしてデリス村にまで走りこむと、親子を追っていた男たちが三人現れた。

「何処へ逃げ込もうと無駄だぞ。俺達に見つかったのが運のつきだ!」

「アー、アイツ!」

「チッ、誰かと思えばまたお前らか。また俺らの仕事を邪魔するつもりか?!」

「何の罪もない女性や親子を襲う、どこが仕事ですか! 恥を知りなさい!」

「そうよ、バーカ。あんたムサイのよ、帰れ!」

「なんだと、このチビどもが!」

それはあの時、王都ローザリアの西でカレンをさらおうとしていた男たちの親分、名はオズワルドであった。
そしてその後ろから、いかにも嬉しそうな歪んだ笑みの男が追いついてきた。

「よぉ、また会ったな。この腕の礼、しっかりと刻み込んでやるぜ」

そう言って掲げた右手には手のひらや指がなく、腕から直接一本の刃が生えるように埋め込まれていた。

「闇雲に撃ったマジックアローが当たったか。お前も相当運が悪いな。今日こそ、死ね」

走り出したグロウのブロードソードと、いまや腕と剣が一体となった男の刃が交錯した。
甲高い打撃音がデリス村中に響き渡り、各所で悲鳴があがりはじめた。

「こんな場所では村人が、くそ。村人たちは村の真ん中に集まるんだ。貴方たちの安全は私が保証する。貴方たちも早く!」

「ジュリアンの言うとおりだ。村長、村人を集めてくれ」

「ウォレス殿が言うのならば、皆の者。今はあの者たちの言うとおりにするのじゃ。はようせい!」

ジュリアンの言葉で逃げてきた親子はすぐに従ったものの、村人たちの動きはウォレスが叫ぶまで迷いが見られた。
それは単に急に叫んだ若者と、しばらくこの村に滞在していたウォレスとの信頼度の違いであろう。
小さな事に拘ることなく、ジュリアンはさらに指示を飛ばす。

「敵の首領格は私が討ち取る。ウォレスはもう一人を片付けてくれ。ルイセはグロウの援護、カーマインは万が一の為に村人の護衛だ!」

「わ、わかった。グロウお兄ちゃん、すぐに援護するから。破壊の力よ!」

「村人の皆さんは出来るだけ集まってください。女子供は中に、男の人は円陣を組むようにして守ってください」

この時のカーマインの指示に、ジュリアンは密かに感嘆していた。
普通のものならまず言われた通り村人を集める事しかしないが、カーマインはさらに男と女を区別したからだ。

「ちっ、頭が回る奴がいやがる。いいかお前ら、こなりゃ村人ごとあの親子をぶっ殺せ。村人がパニックに落ちいりゃこっちのもんだ」

「させると思うか!」

「なに?!」

つい先ほどまで指示を出していたジュリアンがいつの間にか眼前まで迫っていた事に、オズワルドは驚きながらも身をひねった。
幸か不幸か、何の判断もせずに行ったその行動がオズワルドの命運を分けた。

「ぐおぉ!」

「ちっ、浅いか」

「この前といい、ついてねえ。野朗どもコソコソするのは止めだ。後は頼んだぞ!」

「ま、待て!」

「ジュリアンさん!」

「どんだけコソコソしてたのよ! 最初から現れなさいよね!」

一目散に逃げ出したオズワルドを覆うとしたジュリアンの足を、ルイセとティピの声と集められた村人たちの悲鳴が止めた。
確かにオズワルドは野朗どもと言ったが、さらにはコソコソと言ったのだ。
すぐに考えられるのは伏兵であり、村の北から南からと次々に賊が村へと侵入しだした。

「グロウ様、あまり長い事時間をかけられては」

「ちっ、ゾロゾロとゴキブリか!」

「はっ、そのゴキブリにこれから村人が殺されるんだぜ。だがそれだけじゃ飽きたらねえ。お前は俺が殺してやる! お前を殺せと俺の腕が疼くんだよ!」

「殺してみろよ。出来るもんならな!」

グロウと片手を失った男の勝負は拮抗しているはずであった。
だが突然力がわいた様にグロウの動きが変わり、義手として差し込んでいた剣の腹にブロードソードを叩き付けて二つに折った。
そのまま止めを刺すのかと思いきや、グロウはその体を反転させ村人が集められた村の中央へと向かう。
負けた事以上に憤慨した片腕の男が叫ぶ。

「てめぇ、俺に情けをかけるつもりか!」

「貴様にかける情けなど持ち合わせていない。精々無様に生き残る事だな!」

ますますどす黒い光を灯していく片腕の男の目を見ることなくグロウは走った。
その視線の先ではカーマインが村人へと向かってくる複数の賊の足を一本の槍で塞いでいた。

「ルイセ、兎に角撃ちまくれ。ウォレスさんや、ジュリアンが来るまでの時間が稼げればいい」

「わ、わかった。けど、誰から狙えばいいかわかんないよぉ」

「ルイセ、俺に続け!」

走りながら叫んだグロウは、右手を一人の賊へと向けて叫ぶ。

「我が魔力よ、我が力となりて敵を撃て。マジックアロー!」

「わ、我が魔力よ、我が力となりて敵を撃て。マジックアロー!」

小さな魔力の矢が賊の足元に突き刺さり足を止めた後、大きな魔力の矢がその賊を貫いた。
決断力はともかくとして、さすがにグローシアンだけあって威力だけはルイセの方が勝っていた。

「あ、あたった」

「気を緩めるな! 次行くぞ! 我が魔力よ」

「我が力となりて、敵を撃て。マジックアロー!」

大小二本のマジックアローが、次々と向かってくる賊を打ち倒し始めた。
そしてすでに村人の眼前へと迫っていた賊は、それ以上近づけないようにカーマインがその槍で貫き止めを刺していた。
その様子にやがて村人から悲鳴は消え、反対にすでに親分が逃げ出した賊たちの指揮は落ちる一方であった。
さらには東の入り口で相手を倒したウォレスと、未だ様子を伺って隠れていた残党を片付けたジュリアンが三人に加わった事で、賊たちは逃亡を選択し始めた。
数分もしないうちに賊たちの姿は消え、村は元通り静かな風がと村人たちの歓声が鳴り始めた。

「全員無事か?」

「ありがとうございます。なんとお礼を言ってよいか、ウォレス殿」

「俺だけの力じゃない。ジュリアンと、そしてこいつらもな」

「ありがとうございます。お若い方々。あなた方のおかげで誰一人傷付く事はありませんでした」

村長の礼が終わると、ウォレスやジュリアン、そしてカーマイン立ちを村人たちが囲みだした。
口々に礼を言っては握手を求め、特にジュリアンなどは若い女性に囲まれていた。
そんな中グロウは一人、歓声の輪から外れるように歩いていた。

「グロウ様、どうかしましたか?」

「ああいうのは、苦手だ」

「あの……」

少しずつ、気付かれないように移動していると、事の原因となった親子が話しかけてきた。

「命を助けていただき有難うございました。危うく我々だけでなく、何の関係もない村人までも巻き込む所でした」

「礼などいらん。詫びるなら後で村人に詫びる事だ」

「グロウ様……それであの男に追われる理由などは」

「わかりません。急に襲われたもので……」

そう言うと、その夫婦は顔を見合わせてから拝むようにグロウに思わぬ事を頼み込んできた。

「貴方がたの腕を見込んで一つ、お頼み申したい事があります。この子をエリオットをここから西にあるローランディアまで連れて行ってはくれないでしょうか? ぶっしつけな頼みである事は重々承知しております」

「私からもこの子を、お願いします」

「そんな、父さんと母さんはどうするんですか?!」

かなり線が細く、遠目で見れば女の子にも見えそうな少年は、頭を下げる父と母をみて叫んだ。
そう、その口ぶりからはつれて言って欲しい者に自分たちが含まれていなかったからだ。

「私たちは行かねばならない場所が有ります。だがエリオット……お前だけは、安全な場所で待っていてもらわなければならない」

「私たちも貴方を一人にするのは不安だわ。それでも貴方だけは……」

「おい、勝手に話を」

「良いではありませんか、グロウ様。我が子を腕が立つとはいえ見知らぬ相手に預ける。よほどの理由でしょう。それについでではありませんか」

ついでという気楽な言葉に、グロウが反論を見出せないうちに親子の別れは最後となっていた。

「エリオット何があっても強く生きていくんだぞ」

「貴方の事愛しているわ」

最後に最愛の我が子を抱きしめた後、その夫婦は去っていった。
結局何をするために我が子をローランディアに行かせるかも、自分たちが何処へ行くかも告げずに去って行った。
残されたエリオットはいつまでも去っていくその背を見つめており、グロウは押し付けられたとばかりに嫌な顔をしていた。
それでも親を見送った後に、宜しくお願いしますと頭を下げられれば、頷くしかなかった。





その夜、村人を救った英雄たちの為に村長を筆頭に村中で宴が催される事となった。
村の中央には普段は出さないやぐらまで出され、かがり火もふんだんに灯されていた。
外に並べられたテーブルには様々なご馳走が並べられ、村人たちは思い思いにそれらを口に運んでいた。
もちろんグロウたちもそれは例外ではなかった。

「おいしー、ルイセちゃんもこれ食べてみなよ」

「なに? 普通のクッキーみたいだけど。あ、本当だ。カーマインお兄ちゃん、これ!」

美味しいよとクッキーを手に振ったところで、それを横からパクリと奪われてしまう。

「きゃッ」

「うわ、甘え! なんだこりゃ、まじぃ」

「だ、大丈夫ですかグロウ様? これ、ジュースです」

「もう、グロウお兄ちゃん。まずいって言うぐらいなら食べないでよ!」

可愛らしく肩を怒らせて怒るルイセだが、ティピは別のことで冷や汗をかいていた。

「いや、今のは手で持ってたのを口で食べたのを突っ込むべきだと思うわよ?」

「いいもん。今度こそカーマインお兄ちゃんに食べてもらうんだから」

「そういう問題かしら?」

ティピが呆れながらぽりぽりと頬を掻いていると、甘さを無理やりジュースで流し込んだグロウが復活する。
その目は勝手に自分でクッキーを食ったくせに、復讐する気まんまんである。

「ルイセが甘えん坊なのは昔からだからな。何かあるとすぐにカーマインお兄ちゃ〜ん、カーマインお兄ちゃ〜んってな」

「あ〜、そう言えば初めて会った時からそうだったわね。たしか、グロウに髪の毛引っ張られて」

「全て原因はグロウ様の気がしますが、事実ですね」

「うぅ……そんなことないもん。最近グロウお兄ちゃんだけじゃなくてティピもユニも意地悪なんだから。カーマインお兄ちゃ〜ん」

涙目になるとトテトテと走ってカーマインの所へと行ってしまう。

「あれ、わざとかしら?」

「天然だと思われます」

「ルイセだからな」

三人の視線の向こうでは村人と談笑していたカーマインに抱きつき、事細かに説明するルイセの姿が見える。
こちらを指差して何かを訴えているようだが、カーマインは苦笑するしかなかった。
村を救った英雄の一人が兄弟に苛められて泣きついてきたのを見た村人たちが、目を丸くしていたからだ。
その様子は、グロウたちとはまた別の場所にいたウォレスとジュリアンも見ていた。

「ああして見ていると、本当にそこら辺に居る兄妹と変わらないな」

「そうだろうな。俺も詳しくは聞いていないが、グロウもカーマインも王都の外に出たのは最近が初めてらしい」

「それは、本当なのか?」

「ああ、訓練は受けていたのだろうが、恐らく実戦を知ったのも最近の事だろう」

そう言ったウォレスは酒ではなく、ジュースの入ったコップを傾けて液体を喉に流し込んだ。
ジュリアンは改めてグロウとカーマインを先頭にして言い合いをしているルイセたちを見た。

「だとすると、相当恐ろしいものがあるな。私は村の襲撃があるまで二人を見くびっていた。確かに技術的には私やウォレス、貴方にはまだ遠く及ばない。だが得にカーマインの全体を見渡し、即座に判断を下す力は見事だった。父が戦場に立った時の姿を思い出させられた」

「そうか。俺は逆にグロウの人を導く戦い方に驚いた。団長のように自ら先頭に立って皆を導く姿が重なった。おそらく単にタイプの違いだろうが、心静かに戦場を見極め、高みから兵に判断を与える静の指揮がカーマイン」

「反対に兵と同じ目線で先頭に立ち、兵の進むべき道を真っ先に進んで示す動の指揮がグロウか」

もしも戦場で互いにぶつかれば、どちらか一方が大打撃をこうむるほどに相性の悪い、ある意味良すぎる相手であった。
どちらがと言うのは極僅かな差であり、勝利の女神のみぞ知るというぐらいであろう。
まず二人が戦場で敵同士などという状況はありえあないであろうが。

「ジュリアン様!」

二人でそんな物騒な話をしている時に、不意に村娘の一人がジュリアンへと手を振っていた。
それに微笑で応えて手を振り返すと、その娘は回りに冷やかされながら顔を染めていた。
その様子に更にジュリアンの笑みが深くなっていった。

「始めてこの村で会った時とは雲泥の差だな。答えの糸口を見つけたのか?」

「そう、かもしれない。実力の有無に関わらず、必死に戦うグロウやカーマインにルイセ。勝利した後の村人たちの感謝の笑顔。あとは確認するだけだ」

その時のジュリアンの笑顔は、男だと思っていても見ほれるほどであった。
だが悲しいかな、その唯一の話し相手であったウォレスは、人の輪郭がぼんやりとわかる程度であり、その笑顔は幻と消えてしまった。





「まったく、なんで俺とお前が同じ部屋なんだよ」

「仕方がないだろ。ふらりと立ち寄った旅人まで宴に参加して足を止めたんだから。宿に部屋が残ってなくても」

「別にいいじゃん、一日ぐらい。寝るだけでしょ?」

その夜、結局宿を取り忘れていた一行の数の分だけ部屋が空いていなかった。
村長が自分の家へと招こうかとも言い出したが、得体のしれない少年エリオットが居る以上それもためらわれた。

「それに足りない部屋数は一つ。一緒に何度か戦ったとはいえ、他人同然のウォレスさんとジュリアンが相部屋も気まずいだろ。かといってルイセを二人と同室にするわけにもいかないしね」

「お前と同室でいいだろうが」

そうはっきりとグロウが言い切ったが、カーマインは苦笑していた。

「僕だと恥ずかしいんだってさ。ちなみにグロウとは絶対に嫌だって」

「あの馬鹿ルイセ、明日一番で苛めてやる」

「グロウ様、お止めください。いいかげんみっともないですよ?」

グチグチと文句を垂れ続けたい気分ではあったが、ユニに注意されたのを最後にグロウはベッドへともぐりこんだ。
それを見てユニがグロウのベッド間際に自分のベッドを置き、カーマインも寝様とした時、ドアがノックされた。
宴がお開きとなり、もうすでにかなり遅い時間帯である。
グロウはすでに反応すらしなかったが、カーマインはティピやユニと顔をあわせて無言で誰だろうと言い合った。

「私だ。ジュリアンだ。起きているか?」

「開いてるよ」

ティピの返答の後、まだ昼間から来ているジャケットやズボンと言った格好のジュリアンがそこにいた。

「なんだグロウはすでに寝ているのか。少し二人と話がしたかったのだが」

「いえ、グロウ様は起きていらっしゃいます。ただ……」

「狸寝入りを続けるつもりだから、そのまま話していいよ。どうせグロウは思った事の間逆を平気で喋るしね」

「そうか、話をしたいとは言ったが、実は聞いて欲しいのだ。そして応えて欲しい」

ジュリアンはとても誇らしい反面、苦しそうに話し始めた。
その様子ですぐにカーマインたちは、ジュリアンが着いてくる理由となった悩みについてだと姿勢を正した。

「私の父は長年バーンシュタインでインペリアル・ナイツを努めた人材だった。当然私もそうなるものだと幼い頃から厳しくしつけられ、訓練をつづけられた」

「インペリアル・ナイツってあの一人で百人を相手に出来るって? だったら、ジュリアンの強さも納得よね」

「元々素質があったのか、私の剣の腕は父を唸らせるほどであり、礼節、学問と私は父の期待に応える為に必死に学んできた。それに私の努力に対する父の喜びようはすさまじかった。それと同時にそんな父が喜ぶ姿を見て私もさらに努力を続けた」

これで中途半端な実力の者が同じ台詞を吐いたならば非難の的であったろうが、カーマインたちは確かに尋常ならざるジュリアンの腕前を知っている。
何の疑いもなく、納得のできる台詞であった。

「だがそんな日も長くは続かなかった。父に……本当の息子が生まれるまでは」

その言葉の調子の反転に、カーマインたちは言葉を失いかけていた。

「それ以来父の目は私などではなく、常に実の息子へと向けられ、二度と私に向けられる事はなかった。私のこれまでの努力はなんだったのか。父の期待は、父にとって、私にとってなんだったのか。気がつけばこの剣を手に屋敷を飛び出していた」

「それであの時私たちと会ったのね?」

「そうですか。あの時に剣をお捨てになったのにはそのような理由が」

「でも、今も父さんの為だけに剣を振っていたのか。答えはでかけているだよね?」

「ああ、だから確認の為に問いたい。君たちは、カーマインやグロウは何の為に剣を、何の為に力を振るう?」

ジュリアン自身、半ばわかって聞いているような様子であった。
それでもカーマインは、ゆっくりとその問いに答えた。

「ウォレスさんがジュリアンと信念の話をした夜。僕とグロウもウォレスさんに言われたよ。何の為に力を振るうのか、誰の為に力を振るうのか良く考えろって。でも、今更考える必要なんてなかったよ」

「予め答えは己の中にあったというのか?」

「そう、僕はルイセや母さん。ティピやユニだって守りたいと思っている。だけどそれだけじゃない。今日みたいに理不尽な暴力の前に怯える人が居れば、泣かされる人がいれば守りたい。全ては自分ではない誰かの為に」

「やはりそうか。礼を言うぞカーマイン。それにグロウ。私も今日から人の為に、力なき人の為に剣を振ろうと思う。今夜は久々に気分よく眠れそうだ」

嬉しそうに、笑顔を浮かべると軽く頭を下げてジュリアンは部屋を出て行った。
それでもまだグロウはふとんを深く被っており、寝返り一つしていなかった。

「……グロウ様、もしかして照れてませんか?」

「いや、普通照れるわよ。真面目な顔して自分ではない誰かの為にって言うぐらいだったら」

「本当の事だからね。それにグロウも口には出さないけど、ぅわっぷ」

口に出すべきではない言葉を出そうとしたカーマインの口が、一つの枕によってふさがれた。

「くだらねえ事言ってないで寝ろ! あとユニ、ちょっと来い」

「なんでし、はぅ!」

ピコンとでこピンがユニのおでこにヒットした。
ふらふらとよろめいた所を掴んで、ユニのベッドに放り込んで、再びグロウはベッドにもぐりこんだ。

「素直じゃないわね。迷惑なほどに」

「ほらティピ、それ以上言うとユニと同じ運命を辿るよ。お休み」

「は〜いはいっと」

ボフッとベッドに転がる音が二つ聞こえた後、すぐに寝息が三つ聞こえるようになった。
そんな中一番最後まで寝付けなかったグロウは小さく毒づいていた。

「勝手な事言いやがって、くそっ」

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