第七話 美剣士の名はジュリアン


デリス村を出て、両脇に森が広がる林道を進んでいく。
注意深く先頭をウォレスとグロウが並んで歩き、後ろからルイセとカーマインが続く。
件の山小屋の事を聞くと、デリス村から遠くはなく、山小屋へ向かう分かれ道で逆を行けば魔法学院と利便性や移動性を兼ね備えている。
確かに犯罪者が長期間ではなく、数日のみ身を隠すにはもってこいかもしれない。
そこまでハッキリしてはいても、やはりグロウの足取りは重かった。

「ウォレス、アンタなら理由はともかく、俺がどうしても行きたくない事ぐらい解っただろう」

多分にトゲのある言い方ではあったが、ウォレスに悪びれた様子は見える事がなかった。

「急用と言うのが嘘な事もな。それで、理由はいえないのか? 気にするな、どうせこの件が終われば俺はまた放浪の旅に出る。再び出会うことなどまず、ないぞ?」

「アンタ、口を割らせるのが上手いな」

ウォレスの言葉は、聞いたからと言って何もしない、何もできない事を意味していた。
ただ聞くのみ、その行為は今のグロウにはとても魅力的であった。

「俺とカーマインは、お袋が昔占った結果でどちらかが世を救う光源、どちらかが世を滅ぼす元凶と出た。それだけなら笑って済ませればいいが、見ちまったんだよ。世を滅ぼす元凶となるかもしれない片鱗を」

誰がとは明言しなかったが、誰の事を言っているかは明白である。
だがかもしれないと曖昧に言ったのは、グロウが見たのはあくまで異常な跳躍力で夜空を跳んだカーマインだけである。
仮面の男の胸を素手で貫いた所は、見ていない。

「つまり、それを一緒に見たかも知れない相手にこれから会うかもしれないと言う事か」

「だから、来たくなかったんだよ。だが、ココまで言わせたんだ……そいつを見つけたら、俺は問答無用で殺す。協力しろとは言わないが、邪魔をするな」

「それがお前の選んだ道ならば、俺はなにもしない。だが一つ言うならば、お前はカーマインの為にとこれからもずっと殺し続けるのか?」

単に隠し続ける事などできないと言う忠告ではあるが、その一言は妙にグロウの胸を貫いていた。
なにも言えなくなってしまったグロウは黙り込み、ウォレスの案内で南北に分かれた道を北へと進む。
それから木こり用の休憩小屋が見えてくるのはすぐであった。
正面からはまずいと、脇の森へと入り込み茂みから小屋を伺う。

「ん〜、人がいるかどうかもわからないよ?」

「いや、気配はする。三……四人か」

こういった時のウォレスの感覚は非常に当てになり、間違いはないだろう。

「だが奴らがまだ居座るつもりか、すぐにでも逃げだすのかまではさすがにわからない」

「それじゃあ、あたしとユニが見てこようか? 窓から覗くぐらいじゃ解りっこないだろうし、どう?」

「そうだな、頼む」

「それでは、行ってまいります」

ウォレスの了承を得て、ティピとユニが隠れるように高度を低くして飛んでいく。
そのまま張り付くように小屋の壁に背を当てると、唯一の窓から中を覗き見る。
休憩用の小屋とはいえ、一晩程度なら過ごせる程度の設備が揃っていた。
暖炉に毛布、最低限のものが用意されており、それらを遠慮なく使っている男たちが居た。
ウォレスの言ったとおり、四人。
格好もそれぞればらばらであり、リーダー格は仮面を着けた薄紫の衣に身を包んだ男であろうか。

「あれから丸一日か。やはりあれは見間違いなどではなかったと言う事か。侵入者が死んだという情報がなかった事に僅かな希望を掛けたのだが」

「しかし本当なんですかい? 素手でアンタみたいな凄腕を殺した奴がいるってのは?」

「あれは……人ではない。人の皮を被った化け物だ。遥か高みから人を見下ろし、意にそぐわなければ殺す。俺達が殺すのとは次元の違う殺人だ」

仮面を被った男は思い出して体に震えが巻き起こっていた。
化け物、それが何を指すのか解らなかったティピとユニはお互いに顔を見合わせてが、すぐに男が懐から取り出したある物に目を奪われた。
見覚えのある字の冊子、サンドラの魔導研究書である。

「もうこれ以上は待てん。行くぞ」

「確かに、もう村人に気付かれ下手をすれば対策をねられる所ですからね。引き時でさぁ」

男たちが立ち上がったことで、ティピとユニは見つかる事を覚悟して、グロウたちのいる場所へと戻っていった。

「皆様、しっかりとこの目で確認いたしました。奴らです。マスターの魔導書を持っていました!」

「まずいよ、もう逃げるつもりよ。ほら、出てきた。どうするの?!」

ギィっと軋んだ音を立てて開いた山小屋。
そこから仮面の男が出てきた事を確認するや否や、グロウが駆け出した。

「グロウ?!」

「グロウお兄ちゃん?!」

「ぬ、追っ手か!」

重なるカーマインとルイセの叫びに、仮面の男が一行に、向かってくるグロウに気付く。
その両腕に何処からともなく、やや短めの刃が握られる。
グロウが先に抜きさったブロードソードを突き出すが、片方の刃で防がれ、空いた方の刃が迫る。
走ってきた勢いを殺し、身をそらす事で何とかかわすが、ジャケットからはみ出した胸に一本の赤い切れ目がはしる。

「ちっ!」

「長く留まりすぎたか。ん? ……奴は、まさかあの時の!」

「うおぉぉぉぉ!」

カーマインを見た仮面の男にその先を言わせてなるものかと、グロウが再びブロードソードを掲げて切りかかる。
だがそのあまりの大降りの一撃は隙が大きすぎた。
あっさりかわされると、仮面の男の足が鳩尾にめり込み、グロウの体が吹き飛んだ。

「ぐぁッ」

「お前たち、散開だ! 奴らは誰が魔導書を持っているか知らん。例の場所で落ち合うのだ」

「了解!」

「わかりやしたッ!」

男たちの四人が、一斉にバラバラの方角に逃げ始めた。

「え? え……誰がお母さんの魔導書を持ってるの?!」

「兎に角、誰でもいい。捕まえられるだけ捕まえるしかない!」

「こら、グロウ。なにあっさりやられてんのよ。このままじゃ、逃げられちゃうわよ!」

「それぐらい、わかっている!」

「皆さん、聞いてください! 魔導書はあの男が、仮面の男が持っています!」

情報が、意識が乱れ交錯してしまっていた。
ユニの言葉を正確に掴んで動けていたのはウォレスだけであり、まず一人が森へと逃げ込もうと後一歩の所まで行っていた。
だがその後一歩は踏み出すことなく、男はその場へと崩れ落ちた。
一体何が起こったのか、逃げることを選択した男たちでさえその光景に目を奪われていた。
斬り捨てた男を踏み越えて現れたのは、あの美剣士であった。

「やれやれ、危なっかしい戦い方だな。お前たち、逃げようとしても無駄だ。この森はすでに我々が包囲した。観念する事だ!」

絶命の悲鳴もなく人一人を斬り捨てた男の言葉は、十分すぎるほどに説得力があった。
だがそれで諦めるほどに、諦めがよいはずもない。

「ならば、この場の誰かを人質にとって逃げるまで! 覚悟しろ!」

「ふん、お前ごときにできるか。お前たちも何時まで呆けている。戦え!」

ハッとしてカーマインが槍を構え、ルイセが魔法の詠唱を開始し始める。
そしてグロウは立ち上がり、ウォレスが相対する仮面の男へと再び向かっていった。
悪ければ全員取り逃がす所であった戦局が、たった一人の男の登場で一変していた。
カーマインはルイセの援護を貰いつつ、一人の賊を討ち取り、グロウもまたウォレスの手を借りて仮面の男を斬り捨てた.
そして最後の一人は運の悪い事にあの剣士と向かい合う羽目となっていた。
実力の差をはっきりと感じていたのか、額には大量の汗を掻いており、今にも剣を落としそうであった。

「悲観しなくてもいい、相手が悪すぎた。それだけだ」

「う、うわあぁぁぁぁ!」

賊が振り上げた剣は、振り下ろされる事はなかった。
剣士の剣が鞘をすべり、抜いたと思った瞬間に相手は絶命していた。
倒れ、そこから大量の血が地面へと吸い込まれていく。

「すごい…………」

その光景にルイセはありきたりの台詞を吐く事しか出来ず、他の者も同じ想いであった。
唯一違うのはウォレスであり、剣士のその若さでの力量にほうっと感嘆の笑みを浮かべていた。

「迷いを持ちながらもなお、その腕前とは。腕と目を失う前に一度手合わせを願いたかったものだ」

「よしてくれ。そのような言葉、今の私にはなんの意味も持たない。お前の名前、あの放浪のウォレスと知って私は追いかけてきた。教えてくれ、何故目と腕を失いながらもなお、戦おうとする? 私の剣にないと言った信念。ならば貴方の信念とはなんだ?!」

そう一気にまくし立てた剣士の目は、とても一刀の元に男を斬り捨てた先ほどまでとは打って変わり、弱々しげな光をたたえていた。

「俺の話を聞いてお前の気が済むのならいくらでも話そう。恩人を探している」

いくらでもと言いつつも、魔法の目があるせいで表情が見えにくいはずのウォレスの様子は悲しげであった。
話を聞く事に執着していた剣士は、その事にきづかなかったようだが。

「俺は昔、ある用兵団に所属していた。そんなある日警備を請け負っていた鉱山で謎の怪物が暴れまわる事件が発生した。その時多くの仲間が死に、恩人である団長は怪物を追って姿を消した。その怪物を追って行方不明となった団長を探している」

「それで、その団長は?」

「何年も探しているが手がかりさえみつからない。いや、もしかしたら……それでも、団長に拾われた命だ。団長のために使いたい。例え生きていなくとも、俺の中でけりがつくまでは探し続けるつもりだ」

「そうか」

「あった。あったわよ、マスターの魔導書! いやぁ、これでマスターの苦労もなくなるわ」

静まり返るような沈黙の中、場違いな歓声の声をあげたのはティピであった。
倒れ伏した仮面の男の懐をあさっていたようで、重そうに魔導書を抱え上げながらそれを見せる。

「これでもう用は済んだな。今度こそ王都に」

「待ってくれ!」

帰るという言葉を遮られ、あからさまに嫌な顔をしたグロウであったが、気付かずに続ける。

「少しの間でいい。私を一緒に連れて行ってくれないか? お前たちと一緒に行動すれば、何かわかる気がするんだ」

「俺はすぐにこいつらと分かれるつもりだ。返答はこいつらに聞け」

「わ、私はかまわないけど……」

「僕も、かまわない。貴方の強さには見習うべき所が多いからね。グロウは?」

「好きにさせておけ」

その言い草に少しあっけとしたようであったが、見ほれるような笑顔で顔をほころばせて言った。

「ありがとう。私の名はジュリアン。ジュリアン・ダグラスだ」





カーマインは見習うべき所と言ったが、実際にはどこを見習えばと思うほどにジュリアンは強かった。
どこがではなく、速さ、力強さ、技術全てが平均して突出しており、本当にジュリアンに足りないものがあるのかどうか怪しいものである。
斬り捨てた魔物の血をなぎ払う姿を見て、ウォレス以外の誰もがそう思わずにはいられなかった。

「ふわぁ……ジュリアンさんってやっぱり強いんですね。さっきの森を包囲したって嘘も、すごかったし」

そう、あの言葉はジュリアンがとっさについた嘘であった。
各個バラバラに逃げ出した相手を前に、包囲という嘘をつき付けて逃げ道を心理的に塞いだらしい。
もっともその前に、一人を華麗に斬り捨て事実が、その真実味を何倍にもしたからこそ成功したのだが。

「そうか? 私の周りには少なくとも四人は、私と同等かそれ以上の存在がいたぞ。オスカー・リーヴス、アーネスト・ライエル、リシャール・バーンシュタイン王子…………そして、父であるダグラス卿」

「どれも聞いたことのある名だな。インペリアル・ナイツか?」

ウォレスの言葉にゆっくりとジュリアンは頷いた。

「そう、バーンシュタイン王国が誇る騎士。礼節を重んじ学問と武術を極め、一人で百人を相手に出来る騎士。インペリアル・ナイツ」

「一人で百人を相手に? 嘘くさー!」

「嘘ではない! そのあまりの条件の厳しさに、バーンシュタインの長い歴史の中でインペリアル・ナイツが一人もいなかった時代もある。現在インペリアル・ナイツが三人もいる事自体珍しいのだ」

突然爆発したようにまくし立ててジュリアンに、ティピも他の皆も目を丸くしてジュリアンを見ていた。
確かにダグラス卿、といった事から自国の事なのだろうが、ムキになりすぎである。

「いや、大声をだしてすまない。とにかく、インペリアル・ナイツとはそれほどの存在なのだ」

「あ〜、びっくりした」

「今のはティピが悪いですよ。もう少し発言する時は、相手の事を考えてください」

「はいは〜い」

注意されて気がそれたのか、ふわふわとティピは話の輪から外れていく。

「そう言えば、ウォレスさんもなにか通称みたいな呼び名があったみたいですね。放浪の……ウォレスでしたっけ?」

「あまり格好良い呼び名じゃないがな。そう言われだした理由もたいした理由ではないぞ」

「そう言われると逆に気になるな。いや、実は話したいんだな?」

「私も理由までは知らないな。出来れば聞きたい」

グロウの言ったとおり、元々自分から話すつもりだったのかウォレスに躊躇した様子はなかった。
だがそれはある意味たいした理由であった。

「さっきも言ったとおり、俺は行方知れずとなった団長を探し、生き残った仲間に別れを告げて旅立った。もちろん当てなんかない。真偽も定かではない話に飛びついては色んな場所を渡り歩いた」

「それだけで放浪か? 笑い話にもならんぞ」

「グロウお兄ちゃん、さすがにそれはないと思うけど……」

「そうだな。だが傭兵をしていた団長の行き先だ。国同士の小競り合い、山賊が現れる山、治安の悪い街。自然とそう言った場所だった。すると必ず誰かしら困っているもんだ。国境の境に住む村人、山を通る旅人、犯罪に苦しむ街人。どうも放っておけない性質でな」

「そう言った人を助けているうちに?」

「ああ、ふらりと現れては手を差し伸べる。放浪のウォレスだとよ。俺は単に団長の行方を捜していただけなんだがな」

最後には笑って話を閉めたウォレスだが、たいした理由であった。
困っている人に手を差し伸べる事もそうだが、幾度となくそういった行為を続けてもなおここにこうして立っていることである。
単に暴力を振りかざす事しか知らぬ相手もいれば、技術を学び殺しを生業とするものもいただろう。

「ではその腕と目は、そうしているうちに?」

ジュリアンの問いかけに、少しウォレスの雰囲気が変わった。

「あれは……違うな。突然だった。フルフェイスの白い兜と、白い鎧。統一された格好の二人組みに、襲われ、瞬く間に目と腕を奪われた。生きて居られただけでも運が良かったとしか言い様がない」

「貴方ほどの人が一瞬で……その相手とは」

解らないと言葉を切ったウォレスを見ながら、カーマインとグロウは首をかしげていた。
ルイセもそうだが、放浪のウォレスという名を聞いたのはジュリアンからであり、直接聞いたことがない。
あれほどの強さを見せるジュリアンが敬っているのだから、相当な腕だったのだろうが。
ジュリアンの腕でさえ測りかねている三人には、当時のウォレスの力量を想像することは難しかった。

「今のグロウ様たちにとっては、まさに雲の上の会話ですね」

「やかましい」

「はぅッ!」

はっきりとむかついたグロウだが、しっかりと力を溜め込んだでこピンをユニにぶつける事しか出来なかった。

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