第五話 謎の美剣士


薄目を開けて飛び込んできたのは日の光、そしてルイセの淡い桃色の髪であった。
寝ている自分にもたれかかる様に寝入ってしまったようで、カーマインは自然と寝転がりながらルイセの頭を撫で付けた。
一体なにがあったのか、自分がベッドに入った記憶がない。
確か西の岬へ行き、アリオストと出会い、シエラの亡霊、カレンとゼノスの兄妹……そして。
何かあった気がするが思い出せず、やけに右腕が気持ち悪かった。

「よぉ、起きたみたいだな。気分はどうだ?」

「グロウ、僕は……一体?」

無理に頭を抑えながら起き上がろうとしたカーマインの頭を押して、再度枕に横たえる。

「無理に思い出さなくていい。今は、寝てろ」

「ん…………おにい、カーマインお兄ちゃん! 眼が覚めたの?! よかったぁ」

「ルイセ」

「あ、なに。起きたの、コイツ?」

すぐベッド脇に置かれたティピ用のベッドから、ティピも寝むそうに顔を覗かせた。
よく覚えていないが心配を掛けたようだと思っていると、グロウの姿を見つけたティピとルイセの表情が安堵から一変した。

「なんでグロウがここにいるのよ。さっさと出て行きなさいよ」

さすがにルイセまで出て行けとは言わなかったが、あからさまに顔を背けその態度が全てを語っていた。

「ティピ何を急に怒ってるんだい。ルイセも」

「俺がお前を見捨てたからだよ。お前が倒れた後背負って王都まで走ったんだが、凶悪な魔物に教われてお前を囮にして逃げた」

「逃げた?」

囮と言う一点よりもカーマインは逃げたと言う言葉が信じられなかった。
グロウの性格を考えられば、例えどんな状況であろうと逃げるという考えが似つかわしくないからだ。
誰かを犠牲になどなおさら、考えつくとも思えない。

「もうグロウお兄ちゃん出てってよ。カーマインお兄ちゃん血まみれで、死んじゃうかと思ったんだから。出てってよぉ…………」

カーマインに抱きつきながら、泣き声交じりの声を聞かされグロウは何も言わずに部屋を出て行った。

「ほら、ルイセちゃん泣かないで。もうアイツ出て行ったから」

「だって、いつも優しいカーマインお兄ちゃんがこんなめに。変わりにグロウお兄ちゃんが」

「ルイセ!!」

空気がビリビリと振動するほどに大きな怒鳴り声であった。
その声の主が温和なはずのカーマインであり、泣く事も忘れてルイセは眼を丸くしていた。

「カーマインお兄ちゃんが怒鳴ったぁ。だって悪いのグロウお兄ちゃんなのに」

そして自分が怒鳴られたのかと理解した途端、本当に泣き出した。
やりすぎたかなと思う代わりにカーマインはルイセを抱き寄せた。

「駄目だよルイセ、そんな事言っちゃ。それに本当にグロウがそんな事すると思うの?」

「ちょっとアンタそれってどういう事? グロウがわざわざ自分が悪く言われるような嘘ついてるって事?」

「その可能性が高いと思ってるよ。でもまずはちゃんと話を聞かないと……母さんは下にいるの?」

「ちょっと昨日研究所の方でゴタゴタしてたらしくて、帰ってきてる。話もあるみたいだし」

それを聞いて、カーマインはルイセをあやしながら立ち上がった。





「グロウ、私にも本当の事は話せませんか?」

「俺は凶悪な魔物に襲われて、カーマインを囮にして逃げた」

同じ答えを貰ったのは何度目のことか。
頑なに嘘を貫き通す我が子を前に、サンドラは溜息をつくことしか出来なかった。
それが他人から聞かされたことなら話は簡単なのだが、当の本人が言っては嘘だと解っていてもどうしようもない。

「グロウ様、私は……信じています。たった二日ですが、同行し貴方が決して人を見捨てない人だとはわかっているつもりですから」

「気に入らない奴を殴って、目障りな奴を切り捨てただけだ」

「それでも、信じます」

「勝手にしろ」

嘘への追求が終わると、二階からカーマインが降りてきた。
ティピとルイセはまだグロウを疑っているのか、カーマインのそばから離れようとしない。
それどころかグロウをカーマインから遠ざけようと、盾になって居るようにさえ見える。

「カーマイン、もう起きてもいいのですか?」

「全然問題ないよ。いつもと変わらない目覚めだよ。ただ、昨日何があったのかわからないから、できれば教えて欲しいのだけど」

カーマインの言葉を聞いて頷くと、サンドラは語り始めた。

「昨夜、貴方が悪漢からカレンと言う女性を助けた後倒れたそうです。グロウの命令でティピは私の元へ、ユニは医者を呼びに。グロウ自身は貴方を運んでくる予定でした。ですがいくら待ってもグロウは現れず、捜索を開始してすぐ都を出てすぐ西に血まみれの貴方を発見しました」

血まみれと言うところで、ティピとルイセがグロウを睨むが、気にもしていない。

「血まみれ……別に怪我をした様子はないけれど」

「怪我は、ありませんでした。血も貴方のものでは有りませんでした。凶悪な魔物とやらの前に捨てたのにです」

遠まわしにその矛盾点をつくが、それはカーマインもすでに気づいていた。
それにその血が誰のものなのか、グロウが隠したいのはそこなのだろうと考えが行き着くのは簡単であった。

「ほら、ルイセもティピも良く考えて。グロウがどんなに嘘が下駄かわかるだろ? だから、そんな眼でグロウを見ちゃ駄目だ」

「だって…………わかった」

「確かに、変と言えば変よね。グロウの場合、逃げるよりぶっ殺すって言った方がしっくりくるし」

あまり良い印象ではないが、ティピは納得してくれたようだが、ルイセはまだ根深く残っている。
ルイセ自身は普段自分を苛めるから皆のように納得できないのだと考えていた。
だが本当の所に気づくのはまだ先であった。

「では、カーマインが普段どおり動けるのなら、少し頼みたい事が有ります。これを王都から東へ行ったすぐにあるデリス村のウォレスという人に渡して欲しいのです」

サンドラから受け取った物をカーマインはしげしげと眺め、ティピがあたりをつける。

「眼、ですか? マスター」

「それは魔法の眼です。失った視力をすくなからず取り戻してくれるものです」

鉄枠に収まったサングラス、またはバイザーであった。
どの辺りが魔法なのかはサンドラ自身に尋ねなければわからないが、聞いてもわからないであろう。

「ウォレスとは宿で待ち合わせをしています。大柄で義手をしている事からすぐにわかるでしょう」

「義眼に義手……ひどい怪我でも、したのかなぁ?」

言いながらちらりとルイセはカーマインとグロウを見比べる。

「恐らくそうなのでしょうが、不用意に尋ねてはいけませんよ。人には様々な理由があるのですから。では、私は研究室に戻ります」

「もう、ですかマスター? マスターは昨晩夜遅くに呼び出されて、先ほど戻られたばかりでは」

「ええ、昨晩私の研究所に賊が入り込み、研究所を盗まれてしまったのです。賊の捜索と研究所の奪還はすでに手配して有りますが、万が一のこともあります。研究内容の覚えがあるうちに一から作り直します」

「じゃあ私の魔導実習はどうなるの?」

「ルイセには悪いですが、先延ばしと言う事になります。ではウォレスの件は頼みましたよ」

サンドラが出て行ったことで、微妙に間がわるくなっていった。
それだけ今のルイセとグロウの間での緩衝材としてのサンドラの役割が大きかったのだ。
となるとその役目を受け継ぐのはカーマインしかいない。

「ルイセ、母さんの研究内容って知ってる?」

「確かどこかの山で取れる魔水晶って呼ばれる物質の研究だよ」

「そっか、その辺りは歩きながらでもいいかな? 魔導実習もないならルイセもデリス村まで着いてくるかい?」

「え、一緒に行っていいの?」

「もちろんだよ。一人で留守番してるのも寂しいだろ? グロウもいいよね」

えっと一瞬だけだがルイセが固まった。

「なんで俺に聞くんだよ。頼まれたのはお前だろ」

「グロウ……」

「解ったよ。行けばいいんだろ、行けば」

「じゃあ各自色々準備をして、一時間後に東の門に集合だね」

妙に明るく仕切りだしたカーマインに、グロウはけっと顔を背けた。
その様が思い通りにいかずに拗ねる子供のようで、少しだけルイセが笑っていた。





「えっとそれで、お母さんは魔水晶から魔力の源であるグローシュを取り出す事に成功したの。この研究がもっと進めば、送魔線で集められたグローシュを用いてしか魔法を使えない普通の人でも魔法を使えるようになるかもしれないって」

「凄いんだか、凄くないんだかわかんない話ね。別に送魔線があれば済む問題でしょ?」

「えっと、それは」

「ティピ、そんな事を言ってはみもふたもありません」

東の門から出た一行は、先頭をカーマインが歩き次にルイセ、グロウと並んでいた。
ローランディアの近くであれば治安もよく、凶悪な魔物も稀であるが、万が一を考えてルイセを真ん中に置いたのだ。
ルイセは魔水晶に関した講義を行いながら、グロウが気になるのか何度も振り向こうとしていたが、できていなかった。

「グローシアンの生まれる確率を考えれば、そんな台詞は出てこないぞ。ユニ、グローシアンの生まれについては調べたか?」

ずっと黙っていたグロウが急に口を挟んできたため、ユニの反応が少し遅れた。

「あ、はい。昨晩は眠れませんでしたので。グローシアンは日食や月食といった時空の不安定になる日に生まれた子供だと言う事。これは人やフェザリアンがこの世界に渡ってきた事と関係しています」

「渡ってきた? 違う世界にいたってこと?」

「そうです。前の世界が滅亡の危機にあい、フェザリアンと人が力をあわせて時空を重ね合わせる事でこの世界に渡ってきた。ですが、この世界には魔力の源グローシュがなく、時折前の世界から流れ込むグローシュを使うほかはなかった。ただグローシアンだけは違った。時空が極度に歪む日食や月食に生まれることで、その時の時空の歪みを無意識に覚え、自ら前の世界に干渉できる。それがグローシアンです」

「正解だな。あと無茶はするな。寝てないのなら、俺の肩に乗れ」

問答無用でユニを掴んでグロウは自分の肩に乗せた。
どうも飛び方が不安定なことに気付き、眠れなかったという台詞から実行したのだ。
だが大人しくユニが肩に座り込んだのは良いが、ルイセが驚いたような不満なような視線をグロウに向けていた。

「なんだ?」

「なんでもない。カーマインお兄ちゃん」

なんでもないと言った割には当て付けるようにカーマインの腕に抱きついて甘える。

「あの、私がなにかいけないことでもしたのでしょうか?」

「さあな。いちいとそんな事気にするな」

「ねえねえ、それでグローシアンが日食や月食にしか生まれないのと、マスターの研究にどんな関係があるの?」

「お前、ここまで言われてわからないのか?」

「ティピ……」

「いいじゃない。いいから教えてよ」

信じられないものを見るような二つの目つきにさらされて、駄々っ子のようにティピが喚く。
仕方のない奴だと見え見えの態度でグロウが最後まで説明する。

「グローシアンの力は、月食、日食、皆既月食、皆既日食の順で強くなる。ルイセはこの中で一番強い皆既日食に生まれたグローシアンだ」

褒めると言う行為かどうか微妙な所だが、グロウの台詞にルイセはさりげなく耳を傾けていたりする。

「だが日食や月食は年に数度。しかもその日一日中月食や日食を行うわけじゃない。そんな間に生まれる子供が何人居る? 世界規模で考えればそこそこ居るだろうが、同世代、同年代では何人居る?」

「もっと少ないってこと?」

「だから魔水晶からグローシュを抜き取り、誰でも気軽に魔法が使えるようになる事に確かに意味はある」

「ん、あれ?」

説明を聞きながら突然ティピがある方を指差した。
その声はカーマインやルイセも聞こえたようで、指差された方を見た。
そこは丁度川を挟んで小高い崖を橋が架かっており、一人の人がいた。
瞬間的で遠い事から良く見えなかったが、一本の剣がその人の近くから落ちた。
そしてそのままその人は行ってしまう。

「あれ、落っことしたの気付いてないんじゃない?」

「届けてあげないと、カーマインお兄ちゃん行こう!」

「あ、ああ」

気のない返事からカーマインもグロウと同じく気付いているのだろう。
落としたにしては剣は橋の下ではなく離れた場所の河原に突き刺さっていた。

「グロウ様、私の見間違いでなければ……」

「だろうな。だが、行くしかない」

河原に突き刺さった剣を取る役目は、ルイセが真っ先にグロウを指名し、特に断る理由もなく実行した。
突き刺さった剣は細身だがやや長めの剣であり、真っ白な鞘に収められた刀身は眩いばかりの光を発していた。
それだけではない。
柄には本人の手跡のくぼみが決まった位置に出来ており、何度も振り続けたのだと容易に知れた。

「よほど、大切に使い込まれていますね。そのような剣を何故」

「それはわからんが、ゴミを川に捨てるなよく考えろと突き返してやる」

「ふふ、よく考えろですか」

その含んだ笑い方が見透かされたようで、グロウは剣を持ってさっさと道へと戻った。
だがすぐにルイセによってその手から剣は奪われてしまう。

「グロウお兄ちゃん、貸して。カーマインお兄ちゃん行こう」

「おい、引っ張るなよルイセ。グロウ悪い」

「ちょっと何を急いで……あ、急がないとあの人が行っちゃうのか」

カーマインを引っ張りながら急いで走っていくルイセを見送りながら、グロウは仕方がないといった顔をしていたが、ユニの方が憤慨していた。

「グロウ様、いくらなんでも今のルイセ様のは酷いと思います。確かに昨晩のグロウ様の行動と今朝の言動は不可解ですが、やりすぎです!」

「まあ、本当に酷くなったらカーマインが止める。ルイセ自身、自分がどういう態度をとればいいのか混乱してるだろうしな」

「グロウ様がそうおっしゃるのであれば……」

不承不承といった感じでユニが納得すると、グロウも小走りで先に行ったルイセたちを追う。
そう時間もかからずにその姿を視界に納めることには成功したが、あまり気のよくなる場面でもなかった。
一度は捨てた剣を、何も知らないとはいえ返しにきたのだ。
捨てた理由から逃れられないとでも相手は感じたのか、貸せとルイセから剣を奪うようにして走って行ってしまった。

「なによあいつ、失礼な奴ね」

「せっかく届けにきたのに……」

「ルイセ、母さんも言ってただろ。人には様々な理由があるって。彼はルイセに怒ったんじゃなくて、その理由に怒ったんだよ」

「そうだ気にするなルイセ。お前がそんな顔をする必要はない。届けてやったのに恩知らずって罵っとけ」

ぽんぽんとルイセの頭を撫でるように叩いたのはグロウであった。
その行動にとても矛盾が多いようで、ルイセは複雑な顔をしていた。

「カーマイン、デリス村はもうすぐだな?」

「もう少し歩いた所、さっきの人が走って行った先にあるはずだよ。だから頑張ろうか」





程なくしてデリス村にたどり着いたのだが、向かった宿にまだウォレスの姿は見当たらなかった。
そこでルイセから自由行動の提案がでたのだが、自由行動ではなく一人で行動したいと言う意味が含まれていることは明らかであった。
密かにカーマインとティピがルイセの様子を見ると言うことで、グロウはユニとデリス村をぶらつく事にした。

「それにしてもグロウ様の行動には矛盾点というか統一性がありませんね」

「なんだ、やぶからぼうに」

「いえ、どう考えてもルイセ様に嫌われようとしているのかと思えば、先ほどのように慰めていましたので」

「誰も嫌われようとしていない。結果として嫌われているが」

どうにも遠まわしと言うか、ひねた言い方にユニは苦笑するしかなかった。
得にもなくぶらつくにしては、このデリス村は狭くすぐに端から端へとたどりついてしまう。

「あ、あの方は」

だがそのおかげで、あの剣士の姿を見つけることとなった。
長くボリュームのあるクリーム色の髪を無造作に束ねてはいるが、その端正な顔立ちから貴公子然としている。
よく周りを見てみれば、若い女性がちらちらと盗み見ている。
なのにその剣士はそんな女性の視線に気付く事もなく、ある一点を見つめていた。

「たーっ!」

「まだ甘い。もっと踏み込んで来い!」

木剣で訓練をおこなう親子であった。
何が面白いのかそのつたない剣さばきをだまって見つめている。

「グロウ様?」

「おい、お前」

「ん? 何か私に用か? できれば今は一人にしておいて欲しいのだが」

「すぐに済む」

言葉が終わるか終わらないか、それほどの一瞬であった。
甲高い金属音が高らかにデリス村に広がっていった。
交差しているのはグロウのブロードソードと、剣士の細身の剣。
それもまた一瞬のことであり、弾いて素早く切り返した切っ先がグロウの喉元へと突きつけられた。

「いきなり何のつもりだ。返答次第では許さんぞ」

「くっ、お前が何かに悩むのは勝手だが、それにルイセを巻き込むな。迷惑だったのかもしれないが、アイツは単に親切心でその剣を届けただけだ」

「そうかお前はあの少女の」

突きつけた剣先が下がり、鞘に収められた。
そして深々と男は頭をさげてきた。

「感謝していると言えないのだが、すまなかったとあの子に伝えてくれ」

「ああ、わかった。俺が言いたかったのはそれだけだ」

一瞬ざわめいた村の中が、二人が離れたことでまた落ち着きを取り戻していった。
先ほどの男の華麗な剣さばきで彼をみつめる女性が増えたことが唯一の違いか。

「グロウ様! いきなり何をなさるのですか! 怪我でもさせたら大事ではないですか!」

「俺が? 無理だな。お前も見ただろう、アイツの剣さばきを……本当はもっと他の事を忠告しようとしたんだが、綺麗に剣をかえされすぎて言えなかった」

情けない話ではあるが、眼に焼きついた彼の剣さばきでグロウの手のひらはじっとりと汗をかいていた。

「まったく、とんでもない奴がいたもんだ」

「それは貴方の行動です。全く、ちゃんとご自身の力量をわきまえて行動してください!」

「自分の力量か……そうだな。自分の」

少しだけ、グロウの顔に明るさが戻っていた。

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