「な〜んか、今日は色々あったよね。フェザリアンを見て、アリオストさんに会って、シエラって人の幽霊を見て」 「そうですね。この調子だともう一度ぐらい何か起こりそうですが」 月明かりとグローシュの光を頼りに夜の道を王都、ローザリアへと向かう。 四人の中で主に喋っているのはティピである。 「え〜、あたしもう疲れた。もう帰って寝たい」 「こんな良い月の夜、もう少しぐらい歩いていてもいいと僕は思うけどね」 「満月ですから」 確かに月は新円を描き、普段よりも大きく見えた。 その柔らかく冷えたような光が包み込むようにして、自分たちの存在が清められていくような感覚を受ける。 う〜んっと眉をひそめながらも、ティピは確かに悪くないと意見を変え始めていた。 「……もうちょっと近くで見てみよう」 そう言ってティピは出来るだけ高く飛び始めた。 元々彼女とユニの羽根は高い高度を保てないので、近くと言ってもそれほど高い場所まで飛べるわけではない。 「確かに綺麗よね。それは間違い……ん? あ、あれ!!」 ティピが突然大きな声を上げて指差したのは、これから向かう王都の方面であった。 「どうしたんだいティピ。はっきり言ってくれ」 「女の人が襲われてる!」 衝撃的な一言に、グロウとカーマインが走り出した。 まさに弾かれるようにといった様子で、慌ててティピとユニも二人へと続く。 四人が居た場所からそんなに離れていなかったことも幸運だっただろう。 その襲われている女性は、まだ捕まっておらず、今にも逃げ出そうとする所であった。 「だ、誰か。助けて!」 「へっ、呼んでもこんな場所だれも来やしねえよ。姉ちゃん、ちょっと俺らと一緒に来てもらおうか」 嫌らしい笑みを浮かべて三人居る男のうちの一人が女性へと手を伸ばす。 それが走ってきたグロウたちの視界に映る。 「ユニの予感が当たったな、殺す」 「一人ぐらいは残しておいてよ? 事情を聞きださなきゃいけないんだから」 「そこのあんた達まちなさい!」 グロウがブロードソードを抜き、カーマインも青銅の槍を構えたところでティピが叫んだ。 「ちっ、面倒だ。俺が女を連れて行く。お前らであいつ等を殺しておけ。おい、お前こい!」 「い、痛い。お願いです助けてください!」 「ああ、早くしないとあの方が。グロウ様!」 急かす様にユニがグロウを見たとき、ダンッと叩き付ける様な音と荒ぶる風が吹いた。 その風にあやうくティピとユニは弄ばれかけ、ひっしに空中で姿勢を整えようとする。 そして風が収まった頃には、悪漢の一人が背中から剣を生やしていた。 ずぶりとその剣が抜けると同時に、力なく倒れこむ。 「おい、しっかりしッ!」 「少しの間眠ってもらうよ。もっとも起きたら牢屋かもしれないけどね」 全くの手加減無しに青銅の槍を男の頭に振り下ろして気絶させる。 「お、お前ら、何者だ!」 女性を連れ去ろうとしていた残りの一人は、逃げる事もわすれて青ざめていた。 いくらただの通行人と侮っていたとはいえ、なにも出来ないままに倒されるほど自分たちは弱くはないと考えていたからだ。 だが、実はそれは大きな間違いであった。 サンドラの教育の過程で、二人はレベルの高い教育を受けていたからだ。 魔法は宮廷魔術師であるサンドラから、剣術はローランディアを統括する王宮剣術指南役から。 単に武器を持ち、振り回すことを覚えた程度の悪漢と比べるにはレベルが違った。 「さあ、死にたくなければその女性を放してください。そうすれば」 「はい、そうですかと言うと思うか。こうなったら俺一人でも」 「一人でも、なんだ?」 気がつけば、女性はすでに自分の手を離れグロウの背に隠れており、自分はグロウとカーマインに挟まれる形となっていた。 「何時の間に……わ、解った。もうこんな事は二度と」 「できると思ってんのか? 死ね」 銀の刃が闇を切り裂くように振り下ろされ、断末魔が夜に響き渡った。 ばたりとまた一つ死体ができあがり、女性はグロウの後ろでぺたんと尻餅をついていた。 体中をカタカタと震わせているが、それがどちらに対する恐怖かはわからない。 「ねえ、大丈夫だった?」 「あ、はい……ありがとう、ございました」 「カーマイン様はともかくとして、グロウ様。もう少し方法を考えてください。何も、殺さなくても」 確かにこの女性は襲われたことと同じぐらい、そのことも怯えていた。 これでティピやユニが居なければ、グロウやカーマインにも完璧に怯えを抱いていた事だろう。 「あの男たちに乱暴されてもまだ、同じ台詞が言えたら考えてやる。ああいう奴は何度でも同じ事を繰り返す。殺すのが一番だ」 「僕も半分はグロウと同じ意見です。それよりも早くここを離れましょう。仲間がいないともかぎ」 少し遅かった。 「ああ、なんでまだ女がここにいるんだ? あいつらは何やってやがんだ!」 ローランディア側からさらに三人の男たちがやってきたのだ。 言動からして女性を狙っていた奴の仲間だと容易に知れ、特に新たにやってきた三人のうちの一人は別格であった。 体の大きさもさることながら、その両手にそれぞれもったハンドアックスが凶悪な光を発していた。 「あれ? あの二人は……」 そして一番がたいの良い男の両側に居る人物にユニは見覚えがあった。 そう、つい先日宿にやってきた二人組みであったからだ。 「やはり、殺しておけばよかったか」 当然、グロウの方もそのことには気づいていた。 「あっ、お前。俺のブロードソード返しやがれ!」 「げげ、親分アイツです。昨日俺達の邪魔をしやがった奴は」 「ほう、一度ならず二度までも俺達の邪魔をするとは運がねえ。このオズワルド様が直々に引導をっと言いたい所だが、女が先だ。行けお前ら」 「「へいっ」」 走って向かってくる二人を見て、カーマインが女性を下げさせる。 「ティピとユニはこの人と一緒にいて、グロウ?」 「カーマインはあのオズワルドって馬鹿を殺れ、俺はあの二人を今度こそ殺す」 真っ先にグロウは昨日の二人へと向かっていき、仕方ないと女性を二人に預けてカーマインもオズワルドへと駆けた。 横目で二人を同時に相手にするグロウをみながら、槍先を突き出しながらオズワルドへと向かう。 オズワルドと名乗った男は、向かってくるカーマインを前にしても笑っており、その槍先が届く一瞬前に、ハンドアックスを投げつけた。 慌てて身を避けたカーマインのすぐ横を、一本のハンドアックスが空気を切る音を立てながら飛んでいった。 カーマインの背後にある森の木にでも突き刺さったのか、甲高い音が響いた。 「くっ」 「ほお、よくかわしたじゃねえか」 ニヤニヤと笑うオズワルドに刺激され、槍先を突いては引いて、また突く。 オズワルドのレベルは先ほどまでの悪漢とは数レベル違い、槍先がかわされ、またハンドアックスの刃のはらで止められる。 「へっ、確かに速いが生ぬるいお勉強で得たような動きだぜ。そういった奴にはこんな手がよく効くのさ」 ハンドアックスを投げつけた事で空いたオズワルドの手の指が、何かを弾いた。 カーマインの目に映ることなく、顔の前まで飛んできた球体は、はじけて粉をばらまいた。 思わず吸い込んでしまったそれの正体を、カーマインが知るのはすぐだった。 「しびれ薬!」 まずは舌が痺れを感じ、ジワジワと体全体にしみるように広がっていく。 それでも懸命に槍を突き出すが、握りが甘いのか、今までよりも余裕をもってオズワルドに止められる。 悔しげに呻いたカーマインを見て、オズワルドが嘲り笑う。 「とっさに息を止めたのは褒めてやる。だが、いつまでもつかな?」 「くっそぉ!!」 「カーマイン?!」 新入りと呼ばれていた男の頚動脈を切り裂いたグロウは、カーマインの言葉に振り返ってしまっていた。 もう一人の男はそんな隙を見逃してくれるほど相手は甘くなかったようで、グロウの利き腕である右腕に熱い痛みが走った。 「ぐぅ……のやろう」 「はっ、余所見する方が悪いんだぜ。よくも新入りをやってくれやがって。俺のブロードソードを奪い返して、それで止めを刺してやる」 ブロードソードと言う言葉に反応して柄に力を込めるが、右腕の痛みが邪魔をして持ち上げる事すら一苦労であった。 その間にもカーマインの方はしびれが回ってきたのか眼に見えて動きは遅くなっている。 グロウ自身も傷自体は深くなくとも、何度も打ち付けられる男の一撃で、段々と右腕の感覚が薄れ始めていた。 カーマインとグロウがお互いにマズイ状況だと思い始めた時、また別の男の怒声が聞こえた。 「やっと見つけた。おい、お前ら何の恨みがあって俺を!」 「兄さん!」 「カレン……これは一体」 現れたのはオズワルドに負けず劣らない屈強な印象を受ける男であった。 自分の身長とさして変わらない大剣を軽々と抱え、さらにその体を鎧で覆っている。 カレンと呼ばれた女性の言葉から兄妹とわかるが、あまりにも似ていなかった。 「その斧を持った奴があんたの妹さんをさらおうとしてたの。それで助けようとしたんだけど」 「お願いします。グロウ様とカーマイン様にお力添えを!」 「てめえら、そういうことか。よくもカレンを!」 とっさの機転でティピとユニが説明を加えた事で、男の視線はオズワルドに絞られた。 「ちっ、さすがに今こいつにこられたら。今日のところは引いてやる。運が良かったな」 「親分待ってください。てめえ、絶対に俺のブロードソードを取り返してやるからな!」 道路わきの森へと逃げ込んでいくオズワルドともう一人だが、グロウはまだ諦めていなかった。 左腕をまっすぐ森へと向けて魔力を込める。 「お前だけは、逃がすか! 我が魔力よ、我が力となりて敵を撃てマジックアロー!」 森へと真っ直ぐ伸びていった魔力の矢が消えて数秒後、叫び声が上がった。 それが断末魔なのかどうかは調べに行かなければわからないが、調べに行く余裕などグロウにはなかった。 血が流れる右腕に手を上げて回復呪文を唱えながら、倒れこんだカーマインの元へと走る。 「カーマイン、しっかりしろ!」 「ひび……おまが…………」 「しびれ薬にやられたのか? カレン、ちょっとコイツを見てやってくれ。お前ならわかるだろ」 「はい、兄さん」 カレンと共にティピとユニも飛んでくる。 すぐさまカーマインの元に膝をつくと、カレンは鞄から様々な薬草を取り出して調合を始める。 「カレンはこう見えて薬草類に詳しい。任せておけば大丈夫だ」 男の、多少自慢が入っているかもしれないがその言葉に安心させられ、やがてカレンは紙片に載せた薬をカーマインに飲ませた。 舌がしびれていたせいか、飲ませた水が頬へと垂れたが、薬の効果はすぐに現れ始めたようだ。 多少のしびれは残っているようだが、さして時間も経たないうちにカーマイン寝転がった状態から自分で体を起こした。 「すぐに動けるようにはなると思いますが、念のため明日はすぐに医者に見てもらう事をおすすめします。私はまだ半人前ですから」 「いえ、そんなことは……もう大分、楽になりました」 「はあ……よかったわね。助けに入って返り討ちじゃ、あまりにも格好悪すぎるもん」 「あ、グロウ様右腕の方は大丈夫でしたか?」 「問題ない、そこまで深手じゃないからな。俺程度でも治せた」 恩人が無事だと知ると、再度男と、カレンは立ち上がり四人に向き直った。 そうして並んでみても、やはり兄妹には見えなかった。 単に男が日に焼けて野性的な印象に足し、カレンが日の光を知らないほどに白く華奢なだけだからかもしれないが。 「お前ら、改めて礼を言わせてくれ。お前らのおかげでカレンは無事だった。俺の名はゼノス、それでこっちが」 「妹のカレンです。本当にありがとうございました」 「いやぁ、当然の事をしたまでだって」 「なんでお前がふんぞり返ってるんだよ」 ティピがコレでもかと体を反りくり帰らせ、グロウの突っ込みにゼノスやカレンまでもが笑っている。 「それにしてもお前らなかなかの腕だな。あのオズワルドって奴は性格や行動はともかく、かなりの腕のはずだ。お前らも闘技大会に出るのか?」 「字の如く、武術による大会のようですが」 「グランシルで行われる闘技大会だ。知らないのか? そこで優勝すれば城の騎士にも抜擢される事もある。お前らが出場すればいい試合ができそうだ。まあ、優勝するのは俺だがな」 「もう、兄さんったら」 「それは面白そうだな。グランシル、覚えておこう」 次の目的地は決まりだなとばかりにグロウは笑う。 カーマインもまだ本調子ではない体で、俺も出てみようかな等と考えている。 「おっと、そろそろもう遅い。それじゃあ、本当に世話になった。またな」 「ありがとうございました」 ゼノスが気軽に片手で挨拶をしたのに対して、カレンは丁寧に頭を下げてから去って行った。 戦った後とはいえ、いつまでもそこで休憩しているわけにも行かず、誰ともなく腰を上げ始める。 「もう、さすがに今日は何も起こらないよね?」 「そうだと良いのですが、はぅ!」 ティピに不安そうに応えたユニの頭をでこピンでグロウが弾く。 「馬鹿野朗、そういう時は起こりませんって断言しろ。カーマイン、帰るぞ」 「ああ、うん」 やはりどこか本調子ではないのか、カーマインの言葉の歯切れが悪かった。 そして、立ち上がろうと腰を上げた所でそのまま倒れこんだ。 やけに重そうな音が地面から浮かび上がるように、聞こえた。 「ちょっと、アンタ。まだ痺れが抜けきってなかったの?!」 「そんなはずは、先ほどまで普通に」 オロオロと狼狽する二人にグロウが怒鳴るように言う。 「ティピ、お前はお袋のところに行け。ユニ、お前は医者を家までつれて来い。俺がコイツを家まで運ぶ」 「解った」 「はい」 言葉通り、飛ぶようにして王都へと向かった二人に追いつくように、グロウはカーマインを背負って走り出した。 足元はとても整備されているとは言いがたく、でこぼことして走りにくかったが、それでもグロウは走った。 例え今日様々なことが有りすぎたとしても、グロウは残り全ての体力をかけて走った。 そのときである、急に背中が軽くなったと思ったら、自分が倒れている事に気づいたのは。 「痛ッ……くそ、なにが…………カーマイン?」 地面に顔を打ちつけながらも振り返ると、そのこいるはずのカーマインが居なかった。 そもそも自分は石にけつまづいただろうか、足がくだけでもしただろうか。 何故転んだのか。 違う、カーマインが自分を足蹴に跳んだのだと気づいたのは、夜に浮かぶ月を背景にカーマインの姿が空にあったからだ。 「なにがどうなって、くそぉっ! カーマイン!!」 声が届く事はなく、グロウはまた走り始めた。 そのカーマインの表情は、誰が見たこともない表情をしていた。 眼を細め、おぞましいほどに妖艶な笑みを浮かべ、笑っていた。 人とは思えぬ跳躍力を見せて、ローランディア王都の壁を越え、そのまま王宮の城壁までもを超えていた。 そのまま着地したのはサンドラの研究室前の渡り廊下であった。 迷うことなく入り口へと向かうと、門番をしていた兵士が一人首から血を流して倒れこんでいた。 「ふん」 表情同様に、あざけるように呟かれたその声もカーマインのものではなかった。 死体を気にすることなく研究室のドアを開け、入っていく。 すると丁度上の階から二人組みの仮面の男たちが一冊の書を持って降りてきた。 「もう気づかれたのか?!」 「おい、死にたくなければその書を置いてゆけ。それは貴様らには必要のないものだ」 カーマインであったずの男はその書が何であるかを知っているような口ぶりであった。 「かまわぬ、表の門番同様に殺してやれ」 「勇ましいな」 書を持っていないほうの仮面の男が両手に刃を構えてカーマインに迫るが、カーマインはそれらをかわし、素手で男の胸を貫いていた。 明らかに鎧を着ていたはずなのに男の胸は貫かれていた。 馬鹿なというのがその男の最後の言葉であった。 その異様な様子を受けて、書を持っていた男が一歩カーマインから離れるように後ずさる。 「せめてこの書だけは」 「無駄な事を」 階段とは別の方向に走り出し、窓ガラスを派手に割って男が逃げるとカーマインもそれを追いかけ始める。 それはまるで狩りを楽しむような一旦が見えたが、とある装置を横切る所でその足が止まった。 放電現象のようなものが見える、ガラス管であった。 「これは……うあぁ」 突然苦しみだした別人のはずのカーマインの意識は、そこで途切れた。
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