第二十五話 たくさんの……


リュカがグランバニアの王位を退陣して一ヶ月、ほぼ八割がたルカの手並みによって光の玉は完成した。
一度ぐらいはテストしたい物だが、この世界に二つ目の太陽を創るわけにも行かずぶっつけ本番と言えばそうなる事は間違いない。
だが誰一人として失敗を疑う事もなく、今リュカたちはラインハットへと来ていた。
もちろん、それまでにもテルパドールやスライム塔の王様などたくさんの人にもお別れを伝えてきていた。

「本当はこんなにも突然に伝えるべきではないのですけれども、私たち魔界に移り住む事になりましたの」

「いいかげんあなた方一家が何をしようとおどろきませんが」

コリンズの部屋で集まる小さくとも大人びた三人である。
困惑しながらも冗談ではないと察していたコリンズであるが、たった今伝えられた言葉よりも余程気になる事があった。
それは自分の向かいのソファーにに座るラナとルカの距離である。
特別くっついているわけでもないのだが、二人の間に特別な空気のような物が見えるのだ。
もちろん二人はそれが自然すぎて気づいていないようだが。

「ルカの方がよっぽど詳しく事情を握っていそうですね。ラナは少し席を外してもらえますか?」

「ええ? 私がですか?」

「お願いします」

何故自分が席を外さねばならないのか、首をかしげたラナへと何故かコリンズが頭をさげる。
頭を下げさせるなどびっくりして動けなくなったラナの背を押して、ルカが一時退席させる。
何度も振り返りながらラナが去ったことで、ようやくコリンズは頭を上げた。

「正直に言いますと、移り住むよりも二人の間で何があったかの方が気になります。前よりもっと僕の入り込む隙間が消えていましたが?」

「一緒に住んでると、色々とあります。喧嘩をするときもあれば、慰めあう事も。ただコリンズよりも、僕の方がそういった時間が長かったと言う事です」

「勝利宣言にしか聞こえませんね」

「ほぼそうです。それとも、魔界までラナを追ってきますか?」

やはり十歳児とは思えないような言葉のやり取りの後、コリンズがニヤリと笑う。

「今回の訪問も、以前よりさらに会えなくなるといった意味があるのでしょう。確かに今のラインハットの王位継承権第一位の僕はラインハットを動けません。ですがルカは私ではなく、私の父上を侮っているようですね」

「どういうことですか?」

「こういうことです」

コリンズが呟いた直後、ラインハット城全体が震え激しい揺れに見舞われる。
瞬時にこれが魔法である事を察したルカは、何事かと部屋へと飛び込んできたラナともどもコリンズを見た。
その揺れが何処で起こっているのかすら知っていそうなコリンズは、ただ静かに窓の向こうにあるとある部屋を見る。
それは丁度今、リュカがヘンリーに会いに言っているであろう彼の部屋であった。
ヘンリーの部屋から光が瞬き、爆発と共に割れたガラスが降り注ぐ。

「どういうこと、何が起こってるのコリンズ君」

「まさか」

「良い大人が大喧嘩ですよ。父上はのけ者にされるのが大嫌いなんです。ましてや魔界へ移り住むなど面白そうな事、直前になるまで知らされないなど我慢がならないでしょうね」

さも楽しそうに煙が上がっているヘンリーの部屋をみるコリンズ。
彼の言うとおり、そのうち割れた窓から二つの人影が飛び出し叫ぶ。

「このやろう、前に来た時言っただろうが。面白そうな事があればすぐに声をかけろって! 子分のくせに報告を怠るとは何様だ!」

「こっちだって色々大変だったんだぞ。光の玉の材料集めに、密林に行ったり、洞窟にもぐったり」

「また面白そうな話を、自慢だろ絶対!」

「そんなわけないだろッ!」

イオラの光とバギマの風が幾つも放たれ、尋常ならざる自称親分と他称子分の喧嘩は続く。

「さて、ルカ。父上が魔界へ行くと言い出すのに時間は要りません。叔父上に子供ができしだい、もちろん僕も行きます。しかも平民に戻るのであれば、一軒隣に住むも自由です。それでもまだ余裕でいられますか?」

「ラナ、帰りますよ」

「え、だってまだ着たばかりで」

「気にしなくて良いですよ、ラナ。いずれまた。たっぷりと会いましょう」

困惑するラナを引っ張るが、コリンズは余裕の表情で手を振るばかり。
するとふいにルカは立ち止まって振り返り、手だけはラナを引っ張ったまま前へ進ませる。
どうなるかはわかりきったことであり、ラナがルカの胸に飛び込んだ。

「ルカ? ちょっと、こんな所で」

慌てふためくラナを強く抱きしめながら、珍しく嫌な笑みを浮かべたルカがコリンズへと言い放つ。

「はやく叔父上に子供が出来ると良いですね。祈ってますよ」

「極秘情報です。実は叔父上に縁談が持ち上がっていましてね。早ければ二年です。忘れないでください」

ふっふっふと不適に笑いあう二人を置いて、ちょっと幸せな気分に浸るラナがいた。





結局魔界行きのメンバーにヘンリーとマリアが加わった翌日、フローラとルカ、そしてラナはサラボナへと行っていた。
その間にリュカとビアンカとは言うと、二人でサラボナから北にある小さな村へと来ていた。
もちろん以前ビアンカが住んでいた家は、すでに他人の家となっており一切ビアンカの物は残っていない。
では何故今更やってきたかと言うと、唯一ビアンカが残してきた両親のお墓におまいりにやってきたのだ。

「また遠い所に行ってくるね。今度はグランバニアよりも、もっと遠い所」

ビアンカの隣で同じように祈るものの、リュカは何を言えばよいのか解らなかった。
間違いなくビアンカを愛しているが、結婚しているのはフローラである。
比べるのがそもそも間違いであるのだが、申し訳なく思ってしまうのもまた事実である。

「さてと、って……何神妙な顔してるの?」

「え、普通じゃないかな? お墓参りにきてるんだし」

「ふ〜ん」

疑わしげな声を出されるが、やましいわけでもないためリュカは胸を張っていた。
しばらくすると飽きたのかビアンカが何処へ向かうわけでもなく歩き出した。
村の中を歩き、時になんでもない場所で立ち止まり、また歩き出す。
考えるまでもなく、父と母が生きていた頃の思い出の有る場所を歩いているのだろう。
一時間ほどそうしているビアンカの後ろをリュカが歩いていると、ふいに彼女が振り返ってきた。

「あのさ」

「ん、なに?」

なんでも思った事を口にするビアンカにしては、躊躇うようなしぐさをみせる。
リュカが身構えてしまったため、ビアンカのほうもなおさら口にしにくくなったようであった。
それでも意を決したように呟いた。

「子供」

「ルカとラナ?」

「違うの」

単語だけで別れと言う方が無理であったが、リュカはビアンカが自分のお腹に触れている事でようやく気づけた。

「ビアンカに僕の子供が?」

「まだ調べてもらったわけじゃないから、確定じゃないけど」

気がつけばリュカは手を伸ばし、ビアンカを抱き寄せていた。
先ほどまでビアンカの両親のお墓の前で抱えていた申し訳なさも吹き飛んで、ただ嬉しかった。

「愛してる。何度でも言うよ、愛してる」

「本当にいいの? 実は不安なの。子供ができてもコレまでと同じようにフローラとやっていけるか。信じてないわけじゃないけど、不安なの」

「ビアンカは、ルカとラナが好きだろ?」

「当たり前じゃない。良い子たちだもん」

「だから大丈夫。フローラさんだって同じだよ。同じように愛してくれる。わかるだろ?」

「ええ、そうね」

良いながらビアンカもリュカの背に両腕を回し、本当に良かったと喜びをかみ締めていた。
あの時、リュカが突然現れた時についていく事を決め事は間違いではなかったと思う。
愛人だなんて人様にとても誇れるような身分ではないが、それでも幸せだとは人様に面と向かって言える。
だからこそ安心して着いていけるのだろう、魔界など突拍子も無い場所でさえ。

「さあ、サラボナに皆を迎えに行こう。早く皆に知らせなきゃ」

「でもサラボナは……ルドマンさんが」

「大丈夫、行こう」

全く根拠の無い言葉であったが、ビアンカがリュカの腕に抱きつくと二人は魔力の塊に包まれ飛んでいった。

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