第二十四話 光の玉


天空城にある図書館を目指したルカの唯一つの誤算は、蔵書量が予想をはるかに上回っていた事であった。
天空人は羽があるせいか、本棚は何処までも高く積み上げられており真っ先にルカが思ったのはメッキーをつれてくるべきだったということだった。
さらには多すぎる情報量に対してルカの処理能力でさえも追いつかず、時間だけが無駄に過ぎ去り殆ど寝ていないままに一週間も過ぎてしまっていた。
高すぎる本棚の足元で本に埋もれていたルカは、それでも目的の物を探そうとゆっくりと手を動かしている。
だが気を抜けば眠ってしまいそうな疲労感に、ルカは持っていた本にしおりを挟んで立ち上がった。

「ラナ? いないのですか?」

左右を見渡し呼んでも返事は返ってこないため、恐らくは休憩を取りに行っているのだろう。
本当は何度もラナに休憩を取れといわれていたのだが、その気になった頃にラナがいないとは少し笑えて来る。

「グランバニアに帰ったということはないでしょうから、誰かに聞けば……」

一歩を踏み出した所で足から力が逃げ出し折れた膝が絨毯に突き刺さる。

「おや、まずいですね。少しだけ眠りますか」

呟き終わる前にルカは胴体から絨毯へと倒れこんでいた。
幸いにして草原の草花よりも柔らかい絨毯にルカは受け止められ、じきに静かな寝息があたりに響き始めた。
まさに眠りに落ちていくという表現がぴったりである。
十分、二十分としばらくの間は何もかもを忘れて眠り込み続けていたルカであるが、自分が揺り動かされている事におぼろげながら気づき始めた。
揺り動かされているだけではなく、顔に水滴が幾つも断続的に落ちてきた。

「ルカッ、ルカ! 起きてよ、ルカ!」

顔に落ちてきた水滴を拭いながら目を覚ますと、すぐ目の前に泣き面のラナの顔があった。
未だ朦朧とする頭で倒れこんだ自分を思い出したルカは、ゆっくりと今の状況を理解していく。
仰向けに眠らされている自分の頭の後ろには暖かな感触があり、ラナが自分を上から覗き込んできているとあれば膝枕をされている事はわかった。
唯一つ解らなかったのは、ラナがどうして泣いているのかである。

「もう少し眠らせてもらえませんか? このままでいいですから」

さすがに膝が気持ち良いからと言わない所がルカであるが、了解よりも罵声がラナの口から放たれてきた。

「馬鹿、いきなり倒れていてビックリしたんだから。だから休めって言ったんですわ。聞いてますの、ルカ!」

「聞いています。それよりも泣き止んでください。ラナには泣いて欲しくないです」

「だったらちゃんと休んで欲しいですわ」

腕で涙を拭いながら言うラナを見て、言葉以上にルカは後悔していた。
それと同時に、これ以上ラナをつき合わせてよいものかわからなくなってもいた。

「ラナ、ラナだけでもいいですから、グランバニアにもど」

「嫌ですわ」

「ちゃんと今後は休憩を取りながら探し物を続けま」

「嫌ですわ。ルカを信用していないわけではないですけれども、私がついていた方が良いに決まってます」

二度の言葉に即座に断ってきたラナの顔を見上げながら、ルカはラナの顔へと手を伸ばしていった。
寝転がったままでは頭に手が届かないため、頬をなでつけるように手を揺り動かす。
ラナも嫌がる様子は見せず、ルカの手をとってしっかりと握ってくる。

「何もかも私と父上が決めてしまって、これからやろうとしていることは僕らの我がままでしかないんです。だからどうしても、ラナをつき合わせていることが申し訳ないと思ってしまいます。本当に今更ですが」

「そんなことは、ないですわ」

ようやく止まり始めた涙をもう一度拭ってから、ラナは答えてきた。

「随分前にお母様に聞いたことがありますの。どうしてお父様を好きになったのかを」

リュカとフローラの出会いはともかくとして、結婚にいたる過程は決して普通とはいえなかった。
祖父であるルドマンが出した条件、水のリングと炎のリングをとってきた者とフローラが結婚するという無茶なものであった。
確かにリュカはそれをクリアしたのだが、フローラに拒否権がなかったわけではない。
ちゃんとフローラも考え抜いたすえに、リュカとの結婚を決めたのだ。

「お母様とであった頃のお父様は、他の人には無いものを持っていたそうですわ。でもそれはエルヘブンの血とか、グランバニアの王族の血という意味ではないそうです」

本当は秘密と言われましたけれどと少し思い出しながら、ラナは続けた。

「お父様が持っていたのは、ここではない何処かを目指す瞳とここではない場所へと行こうとしている背中だそうですわ。特にその背中が輝いて見え、好きになったそうです」

「初耳ですね。ですが私にはよくわかりません」

「それはそうですわ」

自分でもまずい言葉だったかと思ったルカであったが、ラナの方がルカの言葉を肯定してきていた。
普通なら非難されそうなのにと膝枕をされているルカが見たのは、瞳を潤ませているラナであった。
心なしか顔が赤いのは、泣いていた影響なのか。
ルカが答えに行き着く前に、ラナが言ってきた。

「だってルカもお父様と同じですから。ルカもここではない何処かを目指し、行こうとしているから。だから私にはルカの背中が輝いて見えますの」

ラナの頬を撫でていた手に、火傷するかと思う程に熱がこもりだし、恐らくはルカの顔にも朱がさしていることだろう。
うれしいのか、恥ずかしいのか、照れているのか。
自分が混乱して取り乱しかけるなど思っても見なかったルカは、なにも言えなかった。
ただ何も生産的な考えを生み出してはくれない頭に代わり、ラナの頬に置いた手が動き始めていた。
ゆっくりと手のひらを下ろしていくと、完全に手のひらと一つになったようにラナの顔が降りてくる。

「ルカ」

何も答えずに自らも少し体を起こしたルカは、そのまま唇同士を触れさせた。
何秒なのか、それとも分なのか。
わからないままに離れると、ルカはもう一度ラナの膝の上に頭をおろして呟いた。

「もう少し、寝させてもらえますか。できれば、このままで」

今度言葉を失うのはラナの番であり、何もいえないまま何度も首を縦に振っていた。
今頃になって自分が言った台詞に恥ずかしくなったラナとは逆に、ルカの方は何事もなかったかのように冷静さを取り戻して、すぐに寝入ってしまった。
ルカを膝に乗せたままどうしようと無意味にあたりを見渡してはキョロキョロと視線をさまよわせ始める。
少しでも視線を下げればルカの顔があり、まともに見れないとそこらに散らばっていた本の一つを開いてルカの顔に伏せさせる。
やや寝苦しそうな声が聞こえたが、睡眠不足のルカが起きる事はなく、ラナもそのうち慌て疲れて眠ってしまっていた。
そして二人が起きた時に、探していた物も同時に見つかる事になる。
偶然ラナがルカの顔に置いた本に書かれていたのだ。
かつて何処かの世界で太陽の変わりに使われたという光の玉の存在が。

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