第二十六話 旅立ち


魔王を倒して以来、魔界の魔物が入ってこないようにと魔界へと続く扉はずっと閉ざされていた。
今リュカはその扉の前に立って三つのリングを握り締めていた。
命と水、炎の名を冠された魔界の扉を開くほどの魔力を秘めている特別なリングである。
水と炎のリングはリュカとフローラの大切な結婚指輪であったが、その力の悪用を避けるためにずっとグランバニアの宝物庫に収められていた。

「フローラさん」

「はい」

リュカに呼ばれたフローラが近づくと、その左手をとって薬指に水のリングがはめられていく。
結局このあとそれを外して魔界の扉を開けるための台座に納めるわけであるが、それは雰囲気からとった行動であった。
まるで少女であったあの頃に戻ったようにフローラが頬を染め、それを見ていたラナは同調するように紅潮していた。
リュカの家族以外にもその場にいたヘンリーがいたずら心をだしてルカを押しやりラナへ近づかせる。

「男なら手ぐらい握ってやれよ」

「う、煩いですね。放っておいてください」

そう言いながらもちゃっかりラナの手を握っているのを見て、ヘンリーが声を押し殺して笑う。
コリンズの気持ちは親として知っているようだが、その場が面白ければ何でも良いらしい。
するとふとマリアがヘンリーの手を取ってきたかと思うと、皆の前だというのにリュカとフローラが唇を合わせていた。
その様子を苦笑しながら見ていたビアンカへと、キスを終えたばかりのリュカが手を伸ばした。

「ビアンカ、おいで」

「おいでって……いいの?」

「ものすごく、いまさらですわ。お嫌でしたら、喜んでリュカを独り占めいたしますが?」

フローラにまでそう言われて戸惑う理由もなく、近寄ってきたビアンカの左手の薬指へとリュカは命のリングをはめた。
正妻の前での行動としては異常なことであるが、フローラいわく、本当にいまさらではあった。
唯一フローラと違うのは、真面目な行為が苦手なビアンカが逃げ出し、フレンチキスで終わった事ぐらいだ。

「それじゃあ、二人とも位置について」

三角形をかたどる様に置かれた台座へと、それぞれが位置につきリュカの合図で窪みにリングをはめ込んだ。
普段は淡く光る程度のそれぞれの輝きが色濃く輝いていく。
連動するように開いていくのは、ほぼ人間ぶりに開いていく魔界へと続く門である。
だがその向こうから漏れ出してくるのは魔界の太陽などではなく、光の欠片一つ無い闇であった。
そこへと踏み出したリュカへと、フローラとビアンカが。
それからヘンリーとマリア、ラナとルカが、リュカたちと心を通わせたプックルやメッキーといった魔物たちが続く。
真っ暗な通路を歩き外に出たとしても、やはりそこは闇に閉ざされたままの魔界が広がっていた。

「ルカ、それにラナ。今度は二人の出番だ」

「わかっています。ラナ」

「うん」

リュカに言われてルカが自分の道具袋から一つのアイテムを取り出した。
一見ガラス玉の中に明かりを輝かせているようなそれが、ずっとリュカとルカが捜し求めていたアイテムであった。
ルカが持っているだけであたり一体を照らし出す小さな太陽である。
ルカとラナはお互いに光の玉に手を添えるようにして二人で頭上へと掲げて言った。

「光の玉よ。その輝きを等しく全ての人に与えたまえ」

「光の玉よ。活動の陽と、安らぎの闇を等しく全ての人に与えたまえ」

願うようにルカとラナが呟くと、二人の手のひらを離れて光の玉が高く空へと上がっていった。
どれぐらい上がっていったのか、やがてその輝きさえも闇の中へと消え去っていった数秒後、一気に光が弾け降り注いできた。
徐々に闇に目が慣れていたせいか、皆がそのあまりの眩しさに顔を伏せ、また今度は光に慣れてくるにつれ顔を上げ始めた。
魔界に上った新しい太陽のおかげで、辺り一体全てが見渡せるほどになっていた。
そのことに事前と笑いがこみ上げ、誰ともなく笑い声を上げ始めていた。
思う存分笑い声を上げる中、ふとフローラが笑いを抑えながらリュカへと疑問を投げかけた。

「あなた、これからどうしますの? まずはジャハンナにでも向かって事情を説明しますか?」

「いいや、そんなことはしないよ。それじゃあ、魔界にまで来た意味がないし、そういえば移住すると言っても詳しい事を言ってなかったね。僕が本当にしたかった事」

「そう言えば、ルカが目的はお父様と自分の目的は似ているけれど違うと以前言ってましたわね」

リュカへと一度集まった視線が、今度はルカへと集まっていく。
リュカとルカはお互いを見合い、なんとなくリュカの方から言う事となった。

「僕は捨てたかったんだ。王位だけじゃなくて、人がコレまで培ってきた身分と言う考えを全て。だから魔界で全く新しい制度を作りたい。誰もが平等で、等しく笑いあい助け合える理想の場所を」

「やはり似ていますね。僕と父上の考えは。僕は人と魔物の完全な共存を目指したかったんです。その為に、悪いとは思っていましたが、プックルとメッキーに半分魔物の姿を捨ててもらいました。二人には人でも魔物でも無い、間を取り持つ新しい種になって欲しいんです」

まるで子供のような、ルカは本当に子供であるが、子供が思い描く世界であった。
二人は胸のうちに長年詰め込んでいた思いを吐き出してさっぱりしたのか、陽の光が降り注いだ魔界の大地を前に胸を張って歩き出した。
聞かされた方のフローラやラナたちは、しばらく呆然としており、一番順応の早かった三人が後を追って歩き出した。

「くぅーッ! やっぱり着いてきてよかったぜ。なんて面白い事を考えるんだ。最高だぜ、お前ら親子はよ!」

「まあ、アイツらについていけば退屈だけはしそうにないよな。この色男に任せておけば半分は達成したも同然だぜ。女の子限定でな」

「ガウッ、俺はずっと前から決めていた。皆がいる場所に俺はいる。だから何時までも着いていく」

反対に女性たちは現実的で、思いっきり馬鹿だと言う視線を男たちに送っていた。
だがそれでもお互いを見合ってすぐにふっと笑うと、追いかけ始めた。

「まずはどこで村から作り上げるのか決めなければなりませんわ」

「面倒だから、その辺からでいいんじゃないの」

「やはりジャハンナの近くは避けた方が良いのでしょうね。リュカさんの言葉を聞く限り、いきなり異なる考えが現れては混乱の元でしょうし」

「何処へだって着いていきますわ。そこにルカがいるのなら」

ラナが言った言葉は、フローラやビアンカ、マリアにだって共通することであった。
たとえ目的がどんなに馬鹿げていても、それを成し遂げようと言うのが愛する男ならば何処までも着いていく。
まだ先の見えない、何処から始めるのかスタート地点すら決まっていない旅立ち出会ったが、誰一人として後悔の顔を見せている者はいなかった。
皆が皆、この先に待ち受ける未来に希望の光だけを募らせ、一向はまだ見ぬ未開の地へと足を進めていった。



魔界に突如として太陽が生まれてから八年の歳月が流れた。
その魔界の何処かにファミリアと呼ばれる、笑いの耐えない太陽に負けないぐらい明るい村があった。
人口こそまだ百そこそこの村であるが、住み心地が良く永住を望む者が後を絶たず、まだまだ大きくなっていく予感をさせる村であった。
ファミリアから少し歩いた場所にある大農園に、クワを使って大地を耕す二人の男の姿があった。
一人は紫色の不思議な色の髪を持った青年と、黒い羽を持った熟という字に片足を突っ込んだ男であった。

「おいルカ、少し休まねえか。朝からずっとはちとキツイぜ」

「この間ファミリアにきたライオネックのライオウ姉さんって、働き者がすきだそうですよ」

「おら、ぼさっとしてんじゃんねえ。まだまだ人が増えるファミリアに取って食料事情は急務だ。先を見据えつつ、村を救う俺様はなんて働き者なんだ!」

(相変わらず、なんて扱いやすい。ライオウさんが子持ちだと言う事は黙っておこう)

少し哀れっぽい視線を羽を持った男に向けながら、紫色の髪を持った青年もふたたびクワを持つ手に力を込めた。
すると甲高い声が地平線の向こうからかけてくるのがわかった。
母親似の金髪をお下げにした元気な女の子である。

「お兄ちゃ〜んッ、お弁当だよ!!」

そのまま走ってきた勢いのまま抱きついてきた女の子を片手で受け止めたルカは、さりげにもう片方の手でお弁当を確保していたりする。

「ヒナが来るって事は、もうすぐラナも来るのか?」

「へっへ〜ん、ラナお姉ちゃんはきませんよ〜だ。コリンズ君が家に来てたから。おかげでお兄ちゃんを独り占め!」

実は足止めの為にヒナがコリンズを誘ったのだが、そんなことはおくびにも出さないのが恐ろしい。
内心で悪い顔を浮かべつつ、表面では満面の何度も鏡の前で練習した笑顔を浮かべていた。

「そうですか」

妹に残念そうな顔を見せないように、抱きしめながら呟いた声には僅かに残念そうな気持ちが漏れていた。
だが目ざとくそれに気づいたヒナが顔を上げた途端、光が畑のど真ん中へと急に落ちてきていた。
なんだかがむしゃらに畑を耕していたメッキーを巻き込んだようだが、そこへ現れたのは着地時に腰を打ったらしきラナであった。
魔界に着てからずっと伸ばしていた髪は腰まで届き出したが、魔法は変わらず苦手な様である。

「あ〜、いっけないんだ。折角お兄ちゃんが耕した畑を駄目にしちゃって」

「どの口でそういうことを言うんですの。どうせタイミングを見計らってコリンズ君を読んだのはヒナでしょ!」

「知らな〜い。お兄ちゃん、お姉ちゃんがいじめるの。助けてえ」

さらにギュッとルカへと抱きつき、その事がラナを噴火させた。

「いいからルカから離れなさい。そこは私の特等席ですわ!」

「い〜や、お姉ちゃんは私より十年も先からにお兄ちゃん甘えてたんだから。もう甘えるの禁止、それにお姉ちゃんにはコリンズ君がいるでしょ!」

「ちょっと二人とも、落ち着いてください。思い切り痛いんですが」

ルカを取り合う妹二人によって、引っ張られたりいたい思いをするルカが主張するが、返答はとてもわかりやすいものであった。

「ルカは黙っていてください!」

「お兄ちゃんは黙ってて、これはアタシとお姉ちゃんの問題なの!」

「はい……」

射抜くような眼差しで睨まれ、ルカは言葉なく黙り込むしかなかった。
それと同時にまだ続く引っ張りあっこで痛みを感じながら、また一段と自分が父親に似てきたなと思っていた。
もちろん、強く物事を主張できず、しおしおと返事をする所など特にそっくりになってきていた。
それだけは嫌だなと思いつつも、現実は無常であった。

「くっ、相手が妹とはいえうらやましい光景だぜ」

そんなメッキーの呟きは置いておいて、もはや村の名物と同義になりつつある三人のやり取りはこの後もしばらく続いていた。

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