第二十三話 天空のマスター


ルーラによって生まれた魔力球が包み込んでいるのは、ルカとその腕にしがみついているラナであった。
音よりも早いのではと思えるそれが着地したのは、空の上。
弾力を持った不思議な雲の上に立つ城、天空をすべる王であるドラゴンマスターのいる国であった。

「ラナ着きましたよ」

「え、もうですの?」

恐々と目を開けたラナの目の前にも、ルカが見たのと同じ天空城が映った。
ようやく地に足の着く環境になったのかとほっと息をつくのと同時に、何時までもルカの腕にしがみついていた自分に気づいてワタワタと慌てて離れた。

「なにをしているのですか?」

よほど奇妙な行動に見えたのか、真顔で聞いてきたルカに何も言えずラナは黙り込むしかなかった。
そもそもラナはルカがどうして今さら天空城などにやってきたのか理由を知らないのだ。
今グランバニアはルカが王位を降りてオジロンに譲ると言う発表がなされて大騒ぎになっている所だ。
おかげでしばらくは今までのように安易に街や外へ出ては出てはいけないと言われているはずなのに、ルカが天空城へ行くと言い出すとあっさり許可がでた。
それで気になって無理やりくっついてきたと言う事だ。

「なんでもないですわ。それでプサンではなくて、ドラゴンマスター様に会いに来たのですか?」

「これからお会いしますが、目的はそれではありません」

「じゃあなんですの?」

教えてくれてもとの非難を込めての台詞であったが、ルカは踵を返して歩き出したしまう。

「ドラゴンマスターに会いに行きますよ」

行けば解ると言うのか、それとも言いたくないのか。
ありありと不満を顔に出しながらも、ラナはルカの後をついていった。
天空城では当然のように天空人がある時はほがらかに、礼儀正しく挨拶してきたが、ルカは軽く頭を下げるだけでラナは怒っているためほぼ無視の状態である。
一体どうしたんだろうと言う視線を幾つも集めながら向かったドラゴンマスターの部屋。
さすがにそこで挨拶もなしに入り込むわけにも行かず、ようやくルカが声を出した。

「ドラゴンマスター、私です。入りますよ」

普段ラナの部屋に入る時と変わらない言い草である。
ちょっとびっくりしているラナを置いて、返事もされないままにルカは部屋へと入り込んでいった。

「ひさしぶりだな、ルカ。それにラナも。お前たちがここに来るのは非常に珍しい事だな。して今日は何用だ?」

「お久しぶりですわ、ドラゴンマスター様。用はルカの方が」

「天空城内にある図書館の使用の許可を願います。用件はそれだけです」

単刀直入すぎる物言いに、またしてもラナは驚かされていたが、マスタードラゴンはさすがに片眉を大きく上げただけであった。
ルカが何を考えているのか値踏みしながら見透かすような行為であるが、天空の王者と言えど人の心が読めるわけでもない。
しばらく黙り込んでいたマスタードラゴンではあるが、重く大きなその口をゆっくりとあげた。

「許可しよう、だが一つだけ条件がある」

「なんでしょう?」

「お前の求めるものを私に話してくれるか? それ次第では許可を取り消さねばならない」

「それでは交換条件になっていませんが?」

「どうとろうとお前の勝手だ」

マスタードラゴンを相手に一歩も引きそうになかったルカであるが、にらみ合っているだけでは時間の無駄だと割り切ったようだ。

「ラナ、すみませんがしばらく外で待っていてくれますか?」

「なんでですの? 私に聞かれたくないことなんですの?」

本来ならばドラゴンマスターにでさえ話したくはなかったことだ。
だがその一番話したくない相手にするのならば、ラナにした所で問題は無いだろうとルカの方が折れた。
諦めを込めたため息を一つついて、ルカは説明しだした。

「魔界は今、どうなっているのでしょうか?」

唐突な言葉にもドラゴンマスターは答えてきた。

「わからぬ。我の管轄はこの世界であり、魔界ではない」

「でしょうね。ですがこの世界を守りたいと言う貴方の思惑により、僕らは魔界の王を倒した。ですがこの世界が守られただけで、今魔界はどうなっているのでしょう? 未だ闇に閉ざされ、平和を願う人々は強力な魔物におびえ暮らしているのではないですか?」

「ではお前、もしくはリュカが魔界の王にでもなるというのか?」

「それは違います。僕と父上はが目指すのは、魔界に太陽をもたらす事。この世界と同じ太陽と、違った秩序をもたらす事です」

「人の身でありながら大それた事を……だがその正しき心意気と熱意はかおう。許可する」

ドラゴンマスターの部屋を出てすぐに図書館へと向かおうとしたルカだが、そのマントを掴んでいるラナがいた。
首がキュッと絞まってしまい、文句を言おうとしたルカであるが言えなかった。
激しく動揺して瞳を潤ませているラナがそこにいたからだ。

「どうして……」

「ラナ?」

「どうして何も言ってくれなかったの? お母様はこの事を知っているの? そんな大事な事をどうして秘密にしようとしてたの?」

「先ほどまでは父上と僕以外誰も知りませんでした。秘密にしていたつもりはありません。ただ太陽を作るなんてことが実現可能かどうか不明だったから、言わなかっただけです」

「それでは秘密にしたのと一緒ですわ!」

行き当たりばったりとまでは行かないまでも、特にリュカは引き返せない所まで来てしまっている。
すでに王位返還の準備は進みだしているのだ。
もしも太陽を作り出す方法が見つからなかったのなら、どうするのだろうか。
それ以上に、そんな大事な事をルカが自分に黙っていた事の方がラナはショックであった。
リュカがフローラに対して黙っていた事も同様だが、やはり自分が知らされていなかった事の方が大きい。

「そうかもしれません。でも必ず言うつもりではありました。これは僕と父上の目標に繋がることですから」

「目標? ルカの?」

「ずっと小さい頃から考えていた事です。父上と僕が目指すものは、似てはいますが微妙に違いがあります」

目標などと言っているが、それはルカの夢なのではないのだろうかと、少しだけラナに冷静な心が戻ってくる。
同時に、ラナはルカが普段様々な物を研究している事は知っているが、それが何に繋がるのかを知らない事にも気づいた。

「それも秘密なのですか?」

「今はまだ、です。そうですね、魔界での太陽に変わるものを見つけられたのならラナに一番に教えてあげますよ」

人は現金だと言うかもしれないが、一番に教えると言われて喜んでいる自分にラナは気づいてしまった。
だが秘密にされていた事がショックであったことに変わりはなく、すでに図書館へと向かって歩き出したルカの背中を精一杯睨みつける。
するとどうだろうか、ほんの僅かであるがルカの背中が輝いているように見えたのだ。
慌てて目をこすってみるとその光は最初からなかったかのように消えてしまっていた。

「ラナ? 何をしているのですか、行きますよ」

何時までもラナがついてこない事を不信に思ったルカが振り向いた途端、ラナの体中の血液が顔に集まったように赤く、熱くなっていった。
理由はわからないが、まともにルカの顔さえ見れないのだ。

「具合でも悪いのですか?」

「な、なんでもありませんわ!」

心配そうに顔を覗き込まれたラナは、俯いたまま叫んでからルカの腕を取って歩きだした。
グイグイ荷物を引っ張るように歩いてしまうが、ルカから文句があがることはなかった。
ただラナは自分がどうにかなってしまった事だけを理解したまま、ルカを図書館へと引っ張っていった。

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