米粒一つ残さずにお弁当を食べきると、空箱と交換するようにラナから差し出されたお茶を受け取り熱々のそれを口に含む。 喉元を過ぎた余韻をそのままと息として噴出すと、ルカは木陰を作り出す木の幹へと大げさにもたれ掛った。 きつめの日差しの殆どはさえぎられ、心地良い風だけが素肌をさらしている場所を撫でていく。 少し昼寝ぐらいと目を閉じようとすると、まるで休憩をとろうとせずに畑を耕し続けるメッキーが目に映る。 「メッキー、少しは休んだ方が良いですよ。貴方が倒れては、まわりに心配をかけるだけですよ」 「ほうあぁぁぁぁぁぁッ!!」 「一心不乱……腐った方の腐乱かしら。聞こえていないわね、アレは」 一定の動きしか許されていないからくり人形のようにクワを振り続けるメッキーに、処置なしとばかりにラナは両手の平を上に向けて挙げた。 もうこの状態が何日も続いており、フォローの使用もない。 せめて栄養剤でも作って渡してやるかと、珍しくルカがメッキーに対して仏心をだしていた。 「本当にしょうがないですね」 もはや放っておいて休憩を続けようと、ルカは木の幹にもたれなおした。 「そう言えば、今頃になって言うのもなんですが……ヒナはどうしたんですか?」 「気になるんですの?」 「それは当然でしょう。大切な妹なんですから」 一時ラナが頬を膨らませたが、ルカが正直に述べた事で溜息一つで怒りは収まったようだ。 何時もはラナと競ってお弁当を届けに来るはずのヒナがいない理由を教えてくれた。 「油を使う時には気をつけろって言ったのにね。良く水分をとらなかった魚を揚げようとして大爆発」 「それは……ラナ、ちゃんと教えてるんですか?」 「あのですね、私はちゃんと教えていますわ。問題なのはあの子が変に私をライバル視して、中途半端に話を聞かないのが問題です」 「そうですか。でも怪我がなくてよかったですよ」 心底ほっとした様子のルカは、仕事疲れが出たのか木の幹に持たれたまま目を閉じ始めた。 普段はそんなことしないのだが、メッキーが休憩すら取らない状況なので予定よりも作業が進んでいるからだ。 目を閉じ始めたルカの様子をラナは覗き込み、辺りを見渡して壊れたメッキー以外いないのを確認してからルカが木にもたれるように、ルカにもたれた。 農作業をしていただけあって汗と土の匂いがするものの、全く不快なことはなく、ラナは喜んでもたれ掛っていた。 当然ルカももたれられている事にはすぐに気づき、ちょうど首元に来るラナの頭に載せるように首を傾けた。 木陰の中だけは二人だけの世界であったが、一心腐乱なお邪魔虫が一人。 「はうぁぁぁぁぁッ!」 「イオラ」 片目を開けたルカの呪文で、すぐに吹き飛ばされていった。 おかげで少しばかり畑が荒れてしまったが、数時間で元に戻せる事だろう。 今はもう少し、このままでと思っていたルカであるが、何処か違和感が胸に去来していた。 (気が許せる。自分の言いたいことを伝えられる友) 今しがた自分自身で吹き飛ばして離れた場所に倒れているメッキーを薄めで見やり、ルカは思った。 何だかんだ言ってもメッキーは自分の実験に付き合ってくれる、頼れる相手であった。 (自分を慕ってくれる可愛い妹) メッキーに対して思うように、今はここにいない妹をルカは思い出していた。 甘えられる家族であると同時に異性である自分を本当にどう思っているかはわからないが、ルカはヒナが大切だし可愛がりたいと思う。 (お互いに目標となり、競い合えるもう一人の友) ヒナと同じくここにはいない、いまやファミリアの村長格となっているコリンズ。 今でこそその時間は減ったものの、チェスや格闘、学問と競い合うことを止めようとは思えない。 (歪んだ幼少期を見守ってきてくれた父親と二人の母親、そしてこんな僕を好きだと言ってくれるラナ) 土で汚れた手で頭は撫でられないので、代わりにルカはラナの肩を抱き寄せた。 自分にもっと近づくように抱き寄せれば寄せるほど、何かが足りないと心の中で風が吹く。 何もかもが満たされているはずなのに、足りない。 毎日同じように、朝には畑に出て、昼にはラナのお弁当を食べ、日が暮れるまで畑を耕す。 夜には読書だろうが、コリンズとの競技だろうが、好きな事をすればいいはずだ。 (満たされきっているはずなのに、そもそも僕は何の為に魔界にまでやってきたんだ?) 父親であるリュカは、今までとは違う真に平等な社会を作りたいと言っていた。 それが実現しているかどうかはともかくとして、ルカは人と魔物が交じり合って生きる村を作りたかったはずだ。 じゃあそれはどうなったのか。 プックルは特に子供達に受け入れられており、人間の恋人さえ出来ている。 メッキーは相手の両親に拒絶されているがそれは年齢の話であって、魔物かどうかなどとは一言も上がらない。 ならばもう地盤はできているのではないか。 (そうか、そう言うことだったんだ。ここには僕の目的がないんだ。毎日同じ事の繰り返しで、それが悪いとは言わない。ただそれで良いと老け込むにはまだ早い。それだけの事だったんだ) 起きていながらにして、目が覚めたような気分であった。 このままこの場所でラナと生涯を誓っても良い。 ただ今はまだその時ではないし、急いてそうなるつもりも自分にはなかったのだ。 「ラナ、起きてもらえますか?」 「あれ、ごめんなさい。寝ていましたか?」 「ええ、本当に短い間でしたが。それよりも、少し用事が出来ましたので家に戻りましょう」 「用事があったじゃなくて、出来たんですの?」 言い回しに違和感を感じたようだが、とりあえずラナはお弁当箱や水筒をバスケットに詰めて立ち上がった。 その間にルカは倒れているメッキーに活をいれ起こすと、ラナに似たような説明を施して一足早く帰るように言ってあることを頼み込んでいた。 ルカに用件も言われずに集められたのは、この魔界へと踏み込み村を作り出したメンバーにヒナを加えたものであった。 ダイニングにあるソファーに円を描くようにそれぞれが座り、メッキーとプックルは獣型で床やソファーの背もたれに留まっている。 一体何があって集められたかの皆は一様に不思議な顔でルカを見ていたが、ラナは何処か感づいていたのか顔色が悪い。 「それでルカ、急に皆を集めて何かあったのかい?」 「ええ、詳しい説明もないままに集まってもらった事には感謝しています」 切り出すタイミングを掴み損ねているルカを見かねて、リュカが尋ねると、すぐにルカは話し始めた。 家族と、家族同然の一家を前にしては、いささか堅い物言いであり、皆が何があったんだと身を乗り出していた。 その一人一人を見渡し、最後にラナの姿を瞳に入れてからルカは心に決めた事を単刀直入に告げた。 「少しの間、旅に出ようかと思っています」 その一言に対する反応はそれぞれであった。 リュカやフローラはルカが何を言っているのか理解できていないようであったし、ビアンカは何か解ったようにただ笑っていた。 マリアやヘンリーは単純に驚いており、コリンズは意味を理解して直ぐに怒りをあらわにしていた。 メッキーは留まっていたソファーからずり落ち、プックルは珍しく泣きそうなヒナの手のひらを舐めていた。 そしてラナはと言うと、先日見たルカの背の光が見間違いなどではなかったんだとひっそりと瞳に涙を浮かべていた。 「ねえ、どうして急にそんなこと言うの? 何か嫌な事でもあったの?」 「僕に対して色々言いたいことはあると思いますが、まずは僕の話を最後まで聞いてくれますか?」 真っ先に気持ちをぶちまけたヒナの頭を撫でると、ルカは続けた。 「当たり前のことを言うと、もう戻ってこないなんて事はありません。三年、それだけ良いんです。僕は本当に僕のやりたい事を見つけたい。もしそれがここになくてもここに戻ってきます。もし別の場所にあったのなら、そこへ連れて行きたい人がいるから」 思っていた方向とは違う事に気づいたラナが顔を上げたときに、ルカはラナの事を見つめていた。 「ラナ、僕と婚約してくれませんか? それがそのままここへ戻ってくる約束となります。今すぐに、返答をください」
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