第十話 好きなのはどっち?


朝食が終わり、家の者たちが全員仕事や遊びに出かけた後もラナの厨房での格闘は終わりを迎える事はなかった。
元々農作業へと向かうルカの為にお弁当を作るわけなのだが、それに最近あることが加えられたのだ。
最近料理に興味を示し出した、もっと言うならばルカにお弁当を作ることに興味を示し出したヒナとの一戦が勃発するのだ。
かまどの火にかけた鍋の様子を伺いながら、ラナがヒナに話しかけたことから今日の一戦が始まった。

「ヒナ、調味料を一人で独占しないで。使ったら元の場所に戻して!」

「あ、ごめんごめん。これが塩で、これが砂糖で……」

言われてペロッと下を出したヒナが、何故か言葉で言い表しながらもとの場所へと戻していく。

「それでコレが最後のみりん。はいどうぞ、好きなの使ってよお姉ちゃん」

最後まで戻しきると、妙にニコニコと笑ってラナに話しかけてくる。
反対にラナはどこか目元がひきつっており、何かを見抜いている様子であった。

「ヒ〜ナ〜、一つ良いかしら。塩と砂糖のラベルがあべこべになっているように見えるのですけれど、どうしてかしら?」

「チッ…………あはは、間違えちゃった。お姉ちゃんが気づいてくれて助かった」

「今、チッって言いましたわね」

「ぜんぜ〜ん」

「どの口で、そんな事を言うのかしら?」

反省の色がないと、ヒナのほっぺたに両手を伸ばして真横にひっぱり始めた。
ヒナもヒナでやられっぱなしではいられないと、両手を伸ばしたがヒナとラナの十歳という差が腕の長さに現れ届く事はない。
原因が自分とは言え一方的にお仕置きをされる屈辱感にヒナの目が潤み、抵抗の力も薄れる。

「う〜…………」

「まったく、ちゃんと反省した?」

こくんと頬をひっぱられながら頷いたヒナを見て、ラナは両手を頬っぺたから離して痛みの分だけ和らぐように抱きしめてやった。

「ビアンカさんはいい加減な所もあるけど大人なのに、この子はどうしてこう子供なのかしら。実際子供なんだけど……」

リュカの姉貴分であった事を考えれば、自然と答えは見つかりそうな物であったがラナには見つけられそうにもなかった。
そして腕の中で密かにヒナが笑っている事さえ見つけられずに、そちらの答えはラナの鼻に届く事で見つかった。
匂いだけでも苦い、嬉しくない匂い、その発生源は火にかけた鍋からであった。

「あッ、熱いですわ!」

ヒナを放り出してから、思わず鍋蓋を素手でつかんでしまったラナの悲鳴が響き渡る。





ファミリアから少しは慣れた場所にあるルカの大農園へと続く道は、石畳の道が直通で引かれていた。
その道を歩くラナとヒナ、持っているバスケットは一つずつ、ただしヒナの頭の上にはもう一つ大きなたんこぶが置かれていた。
だが痛みに耐えるヒナも時折笑っており、怒っているラナとは色々と痛みわけであったようだ。

「本当にもう、悪知恵だけは一人前ですわ」

「うん、コリンズ君が色々と教えてくれるから。ヒナが色々と応用してみたの」

「今、とても聞き捨てならない台詞が平然と投げられた気がしますわ。どうしてそこでコリンズ君が出てくるんですの?」

隣を歩く自分よりもかなり背の低いヒナに、ラナが問いかけた。

「簡単な事じゃない。お姉ちゃんが料理に失敗し続けて、お兄ちゃんに嫌われたらコリンズ君がお姉ちゃんを優しく慰めるの。それでコロッといったら、お兄ちゃんはヒナのもの。将を射るとすれば、まずはその馬からだっけ?」

「全然違いますが、作戦自体は恐ろしいですわ。しかも本人の前で暴露する所が特に……疑心暗鬼を狙ってませんわよね?」

「ぎしんあんき、なにそれ?」

「知らないのなら、知らなくて良いですわ」

本当に恐ろしい妹を持ったものだと、ラナは深く溜息をついていた。
学習能力がやけに高く、間違った方向に応用力が高い。
しかも子供特有の無邪気さで大人顔負けの、策をめぐらしてくるほどだ。
自分がこのぐらいの歳の頃はと思い出してみれば……それはそれで、歪んでいた所があったなとラナは思い出す事になった。
勇者になりたい一身で、あやうくルカを傷つけそうになったり、一人で勝手に自己完結して周りを巻き込んで。
迷惑だという点が、限りなくそっくりな姉妹であることに気づいた所で、ヒナに話しかけられラナの思考は途切れた。

「ねえ、お姉ちゃん」

「あっ、なに?」

似ている所を見つけたために、ちょびっとばかり優しい笑顔で答えたラナだが、すぐにその笑顔も固まる事になった。

「一つ忠告しておくけど、お姉ちゃんすっごく嫌な女の子になってるよ」

「突然ですわね」

「お兄ちゃんが好きなのに、コリンズ君のことはなあなあ。かといってお兄ちゃんに対しても微妙にはっきりしないし。お姉ちゃん、ちゃんとお兄ちゃんに好きっていった事あるの?」

「えっと…………」

それに類する事は言った事があるような気がするが、好きだと口にした覚えがない。
もしもあったとしても、忘れてしまうぐらい昔の事なのだ。
確かにヒナの言う通り、良い男をなあなあてキープしている子に思えなくもない。

「私だってお姉ちゃんにはっきりさせて、お兄ちゃんを取られるのは嫌だけど。ちゃんとした方が良いと思うよ」

何一つ言い返す事も出来ずに、それっきり会話が途切れたままルカの大農園についてしまった。
ルカの魔法薬のおかげもあって余分な虫もつかずにすくすくと良く育っている野菜たちの中に三人の男達がいた。
ルカを筆頭に、最近近所のお姉さんと良く出かけるようになったプックル。
ここまでラナとヒナが歩いてきたのも、プックル離れが進んだ結果でもある。
そして狂ったようにクワで大地を耕しているのは、恋愛でも幼女に狂ってしまったメッキーであった。

「ソノラ、お前の親に認めさせてやるからな。歳の差がなんだ。良い男ってのは永遠だ!」

「いいのかしら」

「良いんじゃないの、ソノラも喜んでたよ。お空が飛べたって」

そのうち本気で駆け落ちを成功させるのではという恐れもあったが、他人事で放っておく事にした。

「ルカ、今日のお弁当ですわ。プックルもメッキーを少し休憩にしませんか?」

「ヒナも作ってきたよ。お兄ちゃんお昼ご飯!」

二人が声をかけたときに、ラナは目を疑うような光景が一瞬だけ見えた気がした。
光、太陽はすでに真上であるはずなのに、ルカの背中に小さな光の粒たちが見えた気がした。

「あれ? 疲れてるのかな」

目をこすりながらも、何処かで見たことがあるあの光景はと、ラナは随分昔の事を思い出させられた。
ルカの事がはっきりと好きだと思う切欠となった、フローラから教えられた両親の馴れ初めの話。
何処かここではない場所へと行こうとする背中。
理解した途端、ラナの背中にゾクリとした恐怖が駆け抜け、すぐにそれを自分で否定しようとしていた。

(そんな事ありませんわ。ここではない場所へなんて……)

そんなことがあってはならないと思いつつも、かつての切欠を否定し切れはしなかった。

「プックル、メッキー。二人の言う通り休憩にしましょう」

「ガウ、わかった。メッキー!」

「俺はいらねえ。一分一秒たりとも無駄には、ぬおぉぉぉぉッ!!」

言うだけ無駄かとメッキーを誘う事を諦めた二人は、クワをその辺に突き刺して何時もの木陰へと歩み寄っていった。
それに合わせてヒナも木陰へと歩き出し、ラナはタイミングを見計らってから歩き出した。
木陰へと向かうルカと隣り合うようにして、ゆっくりとその背中を覗き込んだ。
光は見られなかった。

「ラナ、僕の背中に何か付いていますか?」

「ううん、なんでもないの。あのね、ルカ……好きですわ。昔からずっと」

「…………僕もです」

最初の沈黙を突然の言葉による戸惑いと受け取ったのか、頬を染め上げたラナは気づく事が出来なかった。
ルカが持った沈黙は躊躇によるものであったことに。

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