第八話 街道を敷こう


その日、朝からコリンズがラナたちの家にやってきていたが、ラナに会うためではなかった。
彼がテーブルで向かい合う相手はルカであり、真剣な顔で向かい合う両者の間には数枚の資料が置かれていた。
そのうちの一枚を手に取ったルカは、しばらく眺めてから呟いた。

「用件はわかりました。それにしても、このファミリアの村長が貴方だったとは……」

「別に僕だというわけではありません。いなければ困るのに誰もやりたがる人がいなかったので、仕方なく代行でやっているだけです」

「そうですか。街道を敷くために、資料を何枚も作る必要はないと思うのですが。楽しんでやっているとしか思えませんね」

「そう突っかからないでください」

コリンズは冗談めかしての言葉であったつもりのようだが、言われて初めてハッとルカは我に返ったような自分に気づいていた。
これにはコリンズ自身も驚いたようで、伺うようにして言ってきた。

「大丈夫ですか? 貴方がそんな顔をすると、またラナが心配しますよ」

「大丈夫もなにもありません。街道を敷くのでしょう、人手を集めますよ」

怪訝な顔をしたコリンズを振り払うように荒っぽく立ち上がったルカは、人手、主にメッキーやプックルといった魔物たちを集めに出て行った。
残されたコリンズはテーブルの上の資料を集めながら、やはりルカのらしくない立ち振る舞いに隠れた苛立ちを感じ取っていた。
ムキになるということは、まだルカ自身がその意味に気づいていないのか。
まだコリンズも何も手出しは出来ないかと、今はその事を胸にしまいこんでルカを追って外へと歩き出した。





コリンズが提案した街道を敷くという行為は、純粋にこれからのファミリアの為の物であった。
まだまだ村という域を出ない大きさと人口であるものの、少しずつ物資という物が足りなくなってきていたのだ。
食料こそ、ルカの大農園で殆どまかなえている物の人が生きていく為には、食料だけではとても足りないのである。
そこで街道を敷いて他の村や街との行き来を楽にして、行商人などを呼び込もうというのだ。

「いやあ、思い出すねヘンリー。昔もこうやって奴隷仕事してたっけ」

そう言ってリュカが押しているのは、他の人よりもかなり大きなローラーであった。
普通の男であれば恐れおののいて唸るほどに、自分よりもローラーを軽快に引いて地面を押しつぶして平らにしていく。
一方声をかけられたヘンリーはというと、思い切りへばっていた。

「ゼェ……ゼッ、ちょっとまて…………俺はな、結婚して以来体力勝負は久しぶりなんだ。と言うか、言い出したコリンズ許すまじ」

「右に同じ。俺様も、体力は……」

「ガウ、メッキーは結婚してない」

「うるせーッ! てめえは容易に人の傷に触れるんじゃねえ、そっとしておく優しさを学べッ!!」

ボカボカと聞こえそうなほどに殴りあう元気な二人は置いておいて、さすがに朝から続く肉体労働はきつかった。
懐かしそうに奴隷時代を思い出すような台詞を言ったリュカ自身も実は、余裕がありあまっていたわけではなかった。

「それにしても、随分遠くまで来たな。ファミリアが随分小さいや」

振り返ったリュカが見たファミリアは、言葉通り家一つとっても豆粒ほどに小さくなっていた。
それ程遠くに来ても、まだまだ目指すべき街には程遠い。
月単位で日程は動いている為、ここで無理をしても仕方がないので、リュカは皆に休憩の旨を伝えようとした。

「ほら、メッキーもプックルも喧嘩をやめろ。ここいらで少し」

「やってられるかーッ!!」

これから休憩をと言い出そうとしたところで、真っ先に投げ出したのは一番最初に文句を言いだしたヘンリーであった。
そんなに力が余っているのならと思う程に、ローラーを道端へと投げ捨て思いっきり天に腕を伸ばして叫んでいた。

「別にファミリアをでっかくする必要なんてねえじゃねえか。物資が必要なら、メッキーとかにまとめ買いでも頼めばいいじゃねえか!」

「ちょっと待て、何で俺が。やるならプックルだろうが。どうせラナとヒナの使いっぱなんだからよ!」

「いくら二人が頼んでも、何日も離れるなんて嫌だ。それに、何か間違って買ってきて怒られるのも嫌だ」

「嫌だ、嫌だで渡っていけるシャバだと思うな、このクソパンサー!」

またしても始まった喧嘩に今度は何故かヘンリーも混じっていた。

「でも今日のノルマはまだまだだし…………」

はるか先にあるノルマの地点を眺めて、リュカにまで嫌気が伝染してきてしまった。
このまま腰を落として休もうかとした所で、耳慣れた岩が転がる音が聞こえた。
ふと足元を見てみれば、爆弾岩であるロッキーが足元に転がっていた。

「メ……伝令、そろそろ休め。ルカから」

「ああ、ありがとう。だけとマ行の四段目を呟くのはやめようね。心臓に悪いから」

ロッキーに軽く注意を促してから、リュカがその場に腰を下ろそうとすると喧嘩を抜け出したヘンリーがよろよろと抜け出してきた。
そしてロッキーの体をペタペタと触り、当たり前のことを聞いてきた。

「なあ、ロッキーって岩だよな?」

「そうだけど……」

「もしかして、沢山ロッキーの仲間を呼んで転がってもらえばいいんじゃねえか?」

「いや、それはやる前から落ちが……」

「おーい、お前ら良いこと思いついたぞ!」

疲れてへばってイラついて喧嘩していたとは思えないほどに、メッキーやプックルの行動は速かった。
ファミリア各地から集められてきた爆弾岩の数、総勢十体。
それがヘンリーの合図一つで、街道となるべきの道を転がり始めた。
自爆呪文を扱う事から嫌われる事が多い爆弾岩も、実は意外と気の良い性格であり、断ればいいものを精一杯転がっていった。

「おお、コイツは意外といけるんじゃねえのか?」

「マジ尊敬した。生まれて初めて爆弾岩を尊敬した!」

「ガウ、ノルマが速ければラナたち褒めてくれる」

「あ、思ってたよりも結構いける?」

唯一心配していたリュカも、調子よく転がる爆弾岩たちを見て気を良くしてのってきていた。
よせば良いのに、少しばかり遅れ出した一匹の爆弾岩が転がるのを手伝ってやろうとその体に手を伸ばした。
軽く押したつもりが思った以上に加速したその体は、小さな小石を踏んづけた事で思いっきり宙に浮き上がっていた。
労働から開放されて満面の笑みで転がる爆弾岩に併走するヘンリーやプックル、メッキーの目の前で宙に浮かんだ爆弾岩が前を走るグループへと突っ込んでいく。
唯一幸いであったのは、信じられなさ過ぎる光景に四人のうち誰もが事態を把握するに至らなかった事であろう。

「あ」

ゴツっと浮いた爆弾岩が最初に別の爆弾岩にぶつかった瞬間、鉄鉱石に似た色の表面が、赤く加熱された色に変わる。
総勢十体の爆弾岩が繰り出した自爆の炎は、空を食い破るように立ち上り、雲さえも吹き飛ばしていくほどであった。





本来ならば街道の地盤が出来上がっているであろう場所に、生まれてしまった大穴を見てルカもコリンズも言葉なく首を横に振っていた。
大穴の底に横たわるのは四つの屍と、粉々になってしまった爆弾岩たち。
ここで一体何があったのか、聞かなくても大体解る事だが、それでも……と言うより容赦なく二人は尋ねていた。

「説明していただけますか?」

「何を思って、どうするつもりでと言う事ですよ?」

大穴の上から見下して訪ねる二人であるが、もちろん爆発に巻き込まれた四人から返事が帰ってくることはない。
それでもじっと答えを待つ二人の下へと、大きな足音が聞こえ始めた。
地響きとも言えるその足音は、ゴーレムのゴレムスや、キラーマシンのロビンなど巨躯を持つ者たちであった。

「ゴッ、向こうの整備終わった。手伝いに来た」

「って、ちょっと待て!」

ゴレムスたちが来たことで起き上がったのは、まずはメッキーであった。

「こちとら体が悲鳴上げるまで肉体労働させたくせに、お前らは体のでっかい奴におんぶに抱っこか!」

「そうだコリンズ、父さんはお前をそんな軟弱な奴に育てた憶えはないぞ!」

「ゴレムス、すみませんがこの大穴をふさいでもらえますか? 彼らごと」

「「「「無視かよ!」」」」

あっさり無視したコリンズは、後ろにいたゴレムスに抹殺と同義な事を頼んでいた。
慌てて大穴から這い上がろうとするリュカたちを、上からルカが魔法を打ち込んで足止めするうちに、本当にゴレムスたちが大穴をふさぎにかかっていた。
出してくれと四人の大人が良い歳こいて泣きを入れるまで、土は大穴に放り込まれ続けた。
半泣きのリュカたちに、これまたコリンズがあっさりと大穴を一日で埋め尽くす指令を出してその日が一日終わっていった。

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