第七話 男たちの挽歌


その夜、一人の男がベッドに伏せり、全ての負の事柄から逃れようと目を閉じていた。
体に流れる血の如く、体を駆け巡る痛みから。
二人の美鬼から受けた理不尽と思える恐怖から。
大抵自分の身に起こった負の事柄は二人が原因だと思いながら、ベッドに伏せっていた。
もう今日は大人しく寝て、また明日からは何時もののんびりとした毎日を過ごしたいと思っていた。
世界が、運命が何よりもお隣に住む親友がそれを許さないとわかってはいても。

「おい、リュカ。何時までも不貞寝してないで飲もうぜ。なぜか今日突然にフローラさんとビアンカさんが来て、女は俺の家で。男はこっちで寝る事になったからよ」

「父上、止めてあげてください。リュカさんは全治三日と診ました。ルカも同意権だそうです」

「付け加えるならば、今夜さわげば全治五日です。たいした差はないですね」

ルカの意見は、止めるよりも煽っているように聞こえた。
それもそのはずでヘンリーのみならず、コリンズの手にも、ルカの手にもお酒が注がれたグラスがあった。
十八にもなればお酒の一つもたしなむ物であるが、普段の真面目な二人の言動、行動を見る限りあまり似つかわしいとはいえなかった。

「いやね、僕はもう寝たいの。何もかも忘れて夢の国で、優しいフローラさんとビアンカさんと戯れるんだ。邪魔しないでくれ」

「おいおい、何時から元グランバニアの王様はそんな小さい事を言うようになったんだ? でっかく構えてろよ、男だろ?」

「ガウ、そう言うメッキーも。この前また振られたって泣いてた。首吊ろうとして誰も追いかけてこなかったから、いっそう泣いてた」

「余計な事を思い……思い、うぉーーあのアマ! 思い出したら腹立ってきた!!」

煽ろうとしたメッキーが逆にそばにいたプックルに煽られて、叫びながら酒を瓶から一気に飲み始めた。
リュカの寝室でなし崩しに始まった酒盛りは、リュカがネチネチ言われる事に、一人置いて騒がれる事に耐え切れなくなった所でようやくスタートした。
しばらくもたらされたのは、主に愚痴であった。
プックルは元々口を言うような後ろ暗い事も、何一つ持っていないので論外であるし、ヘンリーは逆にそういった状況を受け流す事に長けている。
若いルカとコリンズは尚の事論外で、愚痴を言うのはメッキーとリュカばかりであった。

「別にさ、毎朝起き抜けにキスしろとか、愛してるとか、甘い生活を夢見てるわけではないんだ」

「なんでこの俺様がもてない。解ってない、女どもはわかってない。この俺様に相手してもらう事がどんなに光栄な事か」

「普通でいいんだよ。特別な事は何もいらない。おはようから、おやすみを言うまで穏便に、肉体的ダメージがない生活で。あ、あと精神的ダメージもなしね」

「顔、体力、優美さ、他にもあげたらキリがねえ。そんな俺様に、俺様のどこが不満なんだーッ!!」

川の流れのように、次から次へと二人の口から愚痴が漏れるものの、一言一句聞いている人は誰も居ない。
本人達でさえ自分が何を言っているのか半分以上理解しておらず、口に出して言いたいだけなのである。
そんな時間がどんどん流れている中で、言い出した者がいた。

「愚痴、聞き飽きた。俺、聞きたい。二人が、ラナの事どう思ってるのか。幸せにする気があるのか」

口調からプックルが言い出したことはまるわかりで、聞いた瞬間にルカとコリンズがお酒を噴出し咳き込んでいた。

「おお、幸せにしてやらあ。リュカ、そう言うわけでラナを俺にくレロッ!」

何故か真っ先に立ちあがったメッキーは、即座にプックルの右ストレートを喰らって割れた窓から外へと吹き飛んでいった。
温厚なプックルが殴った事よりも、窓が割れてメッキーが落っこちたよりも、三人の大人の視線は二人の若者へと向かっていた。
お酒のせいで酔いが回り、座った目つきのままで。
ここで普通なら恐れおののいたり、引いたりするものだが、コリンズも負けず劣らず酔いまくっていた。

「幸せにしてみます。この世の誰よりも、そう言うわけで娘さんを僕にください!」

そう言ってコリンズは父親の手を握ったのだが、あいにくそれはヘンリーであった

「そう言うのは自分の父親じゃなくて、相手の父親に頼め」

「僕の何処が駄目なんですか。直します。直してみせますから!」

「ああ、ウゼェ。俺はお前の親父だって言ってるだろうが!」

服をひっぱられながら縋られた事に腹を立てたヘンリーは、そのまま息子を掴んで投げた。

「娘さんを僕にッ!!」

ご丁寧に先ほどメッキーが飛び出した割れた窓から飛び出したコリンズは、メッキーと同じようにドップラー効果を残して落ちた。
数秒後にメッキーの悲痛な悲鳴が聞こえた事から、クッションとしては役にたったことであろう。
もっとも誰もメッキーとコリンズの事など心配しておらず、次の得物へとその目を光らせていた。

「ガウ、聞かせろ。ラナの事、プックルよく知ってる。ラナ、ルカのこと好き。でもルカ、あまり行動しない。ラナ時々、心配してる」

「おお、コイツは危ねえんじゃねえのか? コリンズは酔うと馬鹿だが、普段は良い男だぜ。顔は俺に似て良し、性格は俺と違って真面目……すぎるのが玉に傷だが。何よりも、アイツはちゃんと口で行為を言うからな。強敵だぜ」

「そうでしょうね。強敵であることは、僕が一番良く知っています。それでも僕は……」

「フローラさんと、ビアンカを愛しています!」

割り込んだのは、傷の痛みを酒で忘れたリュカであった。
プックルとヘンリーの冷たい視線にもめげず、叫ぶ。

「二人同時に愛して何が悪いんですか。普段は乱暴ですけどね、良い所だって一杯あるんですよ。えっと、直ぐには思いつかないけれど。あ、じゃあ、沢山ありすぎるって事で〜」

二人で協力して、リュカも窓から排除された。

「さて、これでちゃんとした大人の酔い方が出来るやつだけが残ったな」

「ガウ、聞かせろ。プックル、口は堅い。それにヘンリーが何か言いふらしそうだったら、消す」

「で、できれば人命に関わる宣言は、本人の居ない所でして欲しいんだけど。どうなんだ? お兄さんに話してみな」

「僕は、好きですよ。ラナのこと」

静かな透き通るような声での宣言に、ヘンリーもプックルも一瞬素面に戻りかけていた。
それから口々に、プックルはちゃんと本人にも言えとか、ヘンリーからはアドバイスを貰いながら夜は過ぎ空が白み始めていた。
暗闇の中に薄っすらと差し出した光を感じながら、それでもルカの表情は酔ってもいなければ、とうの昔に行った告白を言いなおし照れても居なかった。
ただ思い悩むように、それを伝えるべきではない事を感じながら迷っていた。





翌朝、最初に他人の声が聞こえた時には、男達の誰一人として起きている者は居なかった。

「おはよう、皆起きなさい!」

真っ先に声に反応して起きたプックルが見たのは、満面の笑みで部屋を覗きながら挨拶の言葉を叫んだラナであった。
その隣では間逆で膨れた顔で不満そうに唇を尖らせているヒナであった。
あまりにも対照的過ぎる機嫌の二人の後ろから、マリアが現れた。

「さあ、皆さん起きてください。プックルさんも、ルカさんを」

「あ、ルカは私が起こしますわ。ヒナはプックルと一緒に下のお父さんとコリンズ君をお願いね」

「解ってるもん。プックル行こう」

「ガウ?」

この差は何だろうと思いながらプックルがヒナと一緒に部屋を出る事には、ヘンリーがマリアに起こされていた。
その際何かささやかれているようであったが、あいにくプックルに聞こえる事はなかった。
不機嫌なラナを抱えながら外に出ると、ますますプックルの混乱に拍車をかけることとなった。
フローラとビアンカが、外へと投げ出されていたリュカを起こそうとしているのは解る。
ただ窓ガラスまで割ってしまっているのに、満面の笑みで協力して優しきリュカを起こしているのが解らなかった。

「ほら、リュカ起きなさいよ。ご飯食べるでしょ」

「貴方、起きてください。お酒は程々にしてくださいね」

酔いつぶれているリュカに、普段ならば蹴りの一つでも入れるはずなのだが。
なんだか怖くなったプックルへと、ヒナがしがみ付きながら呟いていた。

「お姉ちゃんには、絶対に負けないんだから。次は絶対に私だって言わせて見せる」

何の事だと、全く解らないままに、今日も一日が始まろうとしていた。

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