第六話 お母さん対決


今日も魔界にあるとらる村の、とある一家の家の中は大きな声が響き渡っていた。
発生源はキッチンであり、騒いでいるのは年の離れた二人の姉妹。

「お姉ちゃん、こっちってこれでいいの?」

妹であるヒナが尋ねたのは、鍋の前に立って今にも振りかけようとしている調味料の事であった。
畑仕事へと向かっているルカへのお弁当を造るのを、珍しくヒナが手伝うと言い出したのだ。
だがそれに対してラナがあまり良い顔をしなかった予感が、今目の前で現実となって現れていた。

「それじゃなくて、こっち。前にも言ったでしょう?」

「そうだって、なんか似てるからコレでも良いよね」

「待ちなさいですわ!」

違うと言われているのに、気にせずいれようとした調味料を取り上げたラナは、頭が痛いとばかりに眉間を押さえていた。
大らかと言うべきか豪快と言うべきか、調味料を取り上げられて不満そうな妹を前によく似た母娘だと思わずには居られない。
その母親であるビアンカと言えば、何が楽しいのかラナとヒナのやり取りを食卓テーブルに肘を着きながら楽しそうに見ていた。
ラナのこの子をなんとかしてくださいという視線もあっさりと受け流し、しつけは頼んだとばかりに手を振る始末。

「ヒナ、お弁当は簡単そうに見えて、箱に詰める分ただ作ればよいと言うわけではありませんんわ。手伝うのなら、もう少し腕を磨いてからにしたらどうですの?」

「練習も良いけど、一番は実践だもん」

「それで失敗作を食べるのはルカですわよ?」

「それは……お姉ちゃんが失敗したってことで一つ」

もちろん、お叱りの拳骨が落ちるのに時間は掛からなかった。

「痛ぃ〜」

「もう、ビアンカさん。限界ですわ。ちゃんと母親なら一から仕込んであげてくれません?」

「面倒ってのは駄目?」

年に会わない無邪気な笑顔での応戦には、さすがのラナも肩の力が抜けずには居られなかった。
そもそももう一人の母親であるビアンカには勝てるとも到底思えない。
こうなったら本格的に鍛え上げるべきかと、頭を抑えているヒナへと振り返った時に、ラナの両肩に優しく手が置かれていた。

「貴方は何時も通りルカのお弁当に集中しないさい。ヒナの面倒は私が見ますわ」

それはフローラの両手であったが、何故かすぐにビアンカから制止の声が上がっていた。

「あ〜、ごめん。フローラには悪いけど、フローラが教えるなら自分で教えるわ」

「それはどういった意味ですの?」

もちろんビアンカであるからして悪気などこれっぽっちも無いのであろうが、何よりも言い方が悪かった。
はっきりと解るほどにこめかみに力を込めていたフローラの置いて手に込められた力に、ラナの方まで顔が引きつっていた。

「あれ、気づいてなかった? 私とアンタの料理の違い」

「ええ、気づいてますとも。私の気品あふれる一品と貴方の田舎くさい物体では勝負にもなりませんわ」

「挑発のつもりはなかったんだけど、返されちゃ受けないわけには行かないわね」

もはや二人の娘を置いてにらみ合うフローラとビアンカ。
その間に挟まれているラナやヒナはと言うと、口が挟めない雰囲気にただ怯えていた。

「お姉ちゃん、これってひさびさにやばくない?」

「そうですわね。さっさと生贄を差し出さないと、とばっちりがきてしまいますわ」

ルカの弁当など忘却の彼方であり、ラナの言う生贄を調達しに走り出した。





それで連れてこられた生贄と言うのは、リュカの事であった。
椅子にロープでグルグル巻きにされながらも、必死の抵抗を見て叫んでいる。

「放せー、お父さんを監禁するような娘に育てた覚えはこれっぽっちもないぞ!」

「滅多にしない、ヒナからのお願い。ヒナ達を助けると思って」

「そう言ってつい昨日にもなんかお願いされて、お父さんうっかり死にかけた覚えが脳内にしっかり刻み込まれてるぞ!」

「でも実際、お父さんに育てられた覚えは、私にはないことですし。娘の為に死んでくださいお父様」

残酷なラナの台詞で一気に生気の抜けたリュカを置き去りに、そそくさと家から脱出を試みたラナとヒナであったが、そう甘くはなかった。
背を向けた直後には両肩を砕くかのような力でそれぞれの母親が、逃がさないとばかりに捕まえていた。
こんな事ならば喧嘩南下するんじゃなかったとばかりに、ラナとヒナはお互いの悲運を嘆きながら食卓テーブルへとついた。

「では審査員もそろったことですし、始めましょうか」

「ま、勝つのは私だけどね」

「吼えるのは構いませんが、それが吠え面にならなければ良いですわね」

「さ〜て何から始めようかなぁ」

きっぱりとフローラの返しを無視したビアンカが下ごしらえをはじめ、やがてフローラも始めた。

「お父様、よく今まであの二人の間で生きてこられましたね?」

「生まれて初めてお父さんを尊敬したい」

「ヒナが生まれる前で、ラナが小さかった頃にそれで一度倒れてるんだけど。覚えてないのかな?」

ガタガタと震える三人の前で、流れるように準備を始めた二人の元乙女は立ち止まる事はなかった。
包丁を振るい、鍋を振るい、たまに同じ食材を手に取ろうものなら死闘を演じて奪い合ったりと、色々関係の無いことも交えながら料理が出来上がっていく。
料理を作ると言えば暖かな団欒を思い浮かべる物であるが、どうにも魔女の薬調合を思い浮かべずにはいられない。
まるで斬首を前にした死刑囚のような未来も減った暮れも無いような表情のラナたちの前へと、それは完成したそれらは差し出された。
フローラは魚のソテーらしき物と付け合せの野菜、対するビアンカは普通に味噌汁と白斑に鮭の塩焼きであった。

「ってビアンカさん……これは一体」

「あ、だってやっぱ人間特別な物よりも食べなれた物が嬉しいでしょ? アンタの料理って何処か他所向けと言うか、何処かのコックが作ったようなものでしょ?」

「確かに、私の料理は修道院と実家のコックから習ったものですわ」

「それが悪いわけじゃないけれど、毎日食べ続けるならね。単なる相性の話」

怯えていたラナとヒナも、なるほどと相槌をうち、当のフローラも納得した表情を見せる中でその言葉が舞い降りた。
怯えすぎて全くビアンカの言葉が聞こえていなかった馬鹿が、料理に口をつけながら言ってはいけないことを言っていた。

「いやあ、こいつはどっちも上手くて甲乙つけがたいと言うか。どっちも勝ちって……アレ、僕何か変な事言った?」

空気が読めないのは、もはや罪であった。

「ビアンカさん、勝負は付かなかったようですわ。これはどうするべきかしら?」

「フローラさん、何故そこでグリンガムのムチを取り出すのですか?」

「そうね、第二勝負は手っ取り早く死闘ということで良いかもね」

「ビアンカさんもグリンガムのムチなんか持ち出して、何故なおかつ僕の襟首を二人して掴んでアーーーーッ!!」

ビアンカとフローラがリュカを連れて表へと出て行った直後、火炎と爆熱、灼熱の光が舞い竜の鱗ですら引き裂くムチが大地をえぐっていた。
リュカが二人のちょうど間に居たのは、単なる不運か、お仕置きか。
何年立っても衰える事の無い二人の母の愛に怯えながら、ラナとヒナは珍しく手を取り合って確認しあっていた。

「ヒナ、ああはなりたくないとは思いませんか?」

「私今日からお料理がんばる。私達だけは、仲良くしてようねお姉ちゃん」

心の底から、誓い合った二人は手始めにルカのお弁当作りを再開し始めた。
とっくにお昼の時間にはなってしまってはいたが、がんばってルカの為にお弁当を作り始めた。

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